大阪市廃止住民投票否決。大阪市民は維新府政下の「空白の10年」で何を失ったのか?

大阪市廃止住民投票否決。大阪市民は維新府政下の「空白の10年」で何を失ったのか?

住民投票の結果を受け、記者会見に臨む松井一郎大阪市長(左から2人目)と吉村洋文大阪府知事(左端)(写真:時事通信社)

◆大阪市廃止・住民投票の否決

 大阪市民は、2020年11月1日に実施された住民投票において、日本維新の会代表の松井一郎大阪市長による大阪市廃止の提案を否決しました。具体的には、賛成675,829票(49.37%)が反対692,996票(50.63%)を下回りました。2015年に実施された住民投票に続く二度目の否決です。その結果、大阪市廃止を主導してきた松井市長は、2023年4月の任期満了後の政界引退を表明しました。

 大阪市廃止は、2010年4月に結成された大阪維新の会(現・日本維新の会)の目玉政策として、10年間にわたり推進されてきました。大阪維新の会は、当時の橋下徹大阪府知事が打ち出した大阪市廃止を支持する自由民主党の大阪府議会議員と大阪市議会議員を中心に結成されました。その後、国会議員を擁し、他の政治勢力との離合集散を重ねて、現在の日本維新の会に至っています。その間、大阪市廃止は「大阪都構想」の名で一貫して推進されてきました。

 大阪市廃止の選択肢が完全に潰えたことは、公共サービスの縮小を通じた支持の拡大という、日本維新の会に代表される政治手法の曲がり角を意味します。人口増加・高成長から人口減少・低成長に転じた日本社会において、後者に適応するのでなく、前者の実現を旗として掲げつつ、公共サービスの「肥大化」で「経済と生活が苦しくなっている」と喧伝し、公共サービスを縮小させ、格差を拡大し、その被害者を支持者にするという政治スタイルです。公共サービスを縮小し、人々や企業を苦しめれば苦しめるほど、落ち着いて原因を考えられなくなる人が増え、被害者が支持者に転じていきます。大阪市廃止の再度の否決で、この政治手法が通用しなくなってきたと可視化されました。

 今後、公共サービスを縮小して支持を拡大する日本維新の会の政治手法がどうなるのか、注目されます。この政治手法は、かつて小泉純一郎政権で展開され、各地の自治体などでも大なり小なり同様に展開されました。現在の菅義偉政権も、同様の性格を有しています。菅首相と松井市長の近しい関係もしばしば指摘されます。この政治手法の震源地の一つである大阪市において、市民が大阪市廃止を否決したことをきっかけとして、実態の解明が進む可能性もあります。

◆大阪府・市は大阪市廃止に政策資源を集中

 大阪府と大阪市は、この10年間、大阪市廃止を実現するべく、政策資源を集中してきました。政策資源とは、人員・資金・権限・時間の大きく4つです。大阪府知事と大阪市長の両ポストを得た日本維新の会は、それらの政策資源を大阪市廃止に集中してきたのです。例えば、大阪市廃止を推進する合同組織(大阪府副首都推進局・大阪市副首都推進局)を設け、府市の職員を集めました。また、大阪市廃止に向けた一環として、大阪市営地下鉄の民営化や公立病院の統廃合などを進めてきました。

 府と市が大阪市廃止に政策資源を集中してきたことは、他の行政分野での政策資源を減らしてきたことを意味します。大阪市には、市民局、福祉局、健康局、こども青少年局、環境局、都市整備局、教育委員会事務局、区役所など、市民生活と密接に関係する組織がいくつもあります。本来ならば、それらの部局に配属される職員や配分される財政、検討されるべき条例、課題について議論する会議の時間が、大阪市廃止のために割かれてきたわけです。当然ながら、その分だけ公共サービスの質量は低下します。

 本稿では、その影響について「持続可能な地域づくり」という視点から検証します。福祉などの市民に直結した公共サービスについては、様々な証言や検証がありますので、本稿では割愛します。ハーバービジネスオンラインにおいても、青木雅幸氏の「急伸する吉村大阪府知事と維新の人気。ほんまにそれでいいのか?」や横田一氏の「住民投票直前。メッキが続々と剥がれ始めた「維新都構想」」などの記事がありますので、ご覧ください。

 「持続可能な地域づくり」とは、気候変動対策を中心にした環境・福祉・経済・開発などの総合的な政策のことで、この20年ほど国内外の自治体で急速に発達しています。従来は、環境・福祉と経済・開発は対立する分野と考えられ、どちらかを重視すれば、どちらかを軽視することになると考えられてきました。ところが、1992年の地球サミット(環境と開発に関する国連会議)を契機として、環境と経済の好循環について、国家レベルだけでなく、自治体(都市・地域)レベルでも様々な模索が始まりました。その結果、2000年前後から都市・地域レベルで新たな政策手法が次々に生み出され、国内外の多くの地域で環境と経済の好循環が実現しています。

 国内の自治体で「持続可能な地域づくり」の先頭を走ってきたのは、東京都です。都環境局の職員が中心になり、温室効果ガスを抑制する効果的な政策を創出し、他の自治体のモデルになっています。例えば、国内で都だけ、温室効果ガスを大量に排出している企業に対し、条例で総量削減義務(キャップ&トレード制度)を課し、グリーンビルディングの先進都市となりつつあります。詳しくは、元都環境局長の大野輝之の著書『自治体のエネルギー戦略』(岩波新書)をご覧ください。

◆「持続可能な地域づくり」の先進自治体

 国も2008年から自治体の「持続可能な地域づくり」を支援しています。それを国で担当しているのは内閣官房・内閣府です。地方自治を担当する総務大臣や環境政策を担当する環境大臣とは別に専任の担当大臣を置き、政府全体で支援しています。名称は「環境モデル都市」「環境未来都市」「SDGs未来都市」と複数ありますが、いずれも「持続可能な地域づくり」を支援する点で同じです。政府が公募し、有識者による選定プロセスを経て認定します。認定後、自治体は進捗状況を国に報告し、国は補助金などで支援します。

 2008年7月に第一弾の支援対象として「環境モデル都市」に認定されたのは、横浜市、北九州市、富山市、帯広市、水俣市、下川町の6自治体でした。これらの自治体は、認定から12年を経て、実績を積み重ねて「持続可能な地域づくり」の先進自治体として知られるようになっています。例えば、横浜市は廃棄物の焼却量を大幅に減らし、北九州市は環境関係の産業を集積させ、富山市は公共交通を発展させています。それだけ、都市としての魅力も高まっています。

 「環境モデル都市」は2014年3月まで4次にわたって認定され、23自治体が認定を受けています。これは、都市の低炭素化と経済の活性化の両立を主眼とする認定です。都道府県に準じる権限を有する政令指定都市と中核市に限ってみても、横浜市、北九州市、京都市、堺市、新潟市、神戸市、富山市、豊田市、尼崎市、松山市と、6政令市・4中核市が認定を受けています。

 「環境未来都市」は2011年12月に、東日本大震災の被災自治体を含め、11自治体が認定を受けています。これは、都市の低炭素化と経済の活性化に加え、高齢化社会への対応と住民参加を重視した認定です。政令市と中核市で認定されたのは、横浜市、北九州市、柏市、富山市です。横浜市、北九州市、富山市は「環境モデル都市」としての先駆的な取り組みが評価され、重複認定となりました。

 「SDGs未来都市」は2018年6月から3次にわたって認定され、2020年11月時点で93自治体が認定されています。都道府県では10地域、政令市では14都市が認定を受けています。横浜市、北九州市、富山市、下川町は「環境モデル都市」「環境未来都市」「SDGs未来都市」のすべてで認定を受けています。いずれか二つの認定を受けている都市も、堺市、豊田市、陸前高田市、東松島市、つくば市、生駒市、水俣市、ニセコ町、小国町、西粟倉村の10自治体あります。

 これらの自治体のなかには「持続可能な地域づくり」を始めたばかりのところもあり、すべてが先進自治体ではありませんが、積み重ねが長い自治体ほど、先進的な傾向はあります。とりわけ「環境モデル都市」と「環境未来都市」は、多数の応募から少数の自治体を厳しく選抜し、フォローアップを重ねているだけあって、一定の成果が出ています。

◆「持続可能な地域づくり」で大きく出遅れた大阪府・市

 日本維新の会は、一貫して「自立する地域」を主張し、他の国政政党に対抗して、地域政党としての性格を特徴としています。同党は、政治理念を「自立する個人、自立する地域、自立する国家を実現する」とし、基本方針で「国からの上意下達ではなく、地域や個人の創意工夫による社会全体の活性化を図る」としています。

 そうであれば、同様の考え方に立脚して「持続可能な地域づくり」を推進する自治体として、大阪市が早期に認定されていても良さそうです。政令市では、2008年7月に横浜市と北九州市、翌1月に京都市と堺市、2013年3月に新潟市と神戸市が「環境モデル都市」の認定を受けています。他にも、大阪市の近隣では、2013年3月に尼崎市、翌年3月に生駒市が「環境モデル都市」の認定を受けています。よって、大阪市にも認定の可能性は十分あったはずです。

 しかし、大阪市が「SDGs未来都市」として認定を受けたのは2020年7月の同3次認定で、これから「持続可能な地域づくり」に着手する状況です。残念ながら、横浜市や北九州市、京都市、堺市に遅れること12年です。少なくとも「国からの上意下達ではなく、地域や個人の創意工夫による社会全体の活性化を図る」先進自治体とはいえません。

 都道府県の認定は2018年の「SDGs未来都市」第一次認定からですが、大阪府は2020年の第三次で認定されました。第一次で認定されたのは、北海道、神奈川県、長野県、広島県の4道県で、翌年の第二次で認定されたのは、富山県と滋賀県です。大阪府は、それらの道県に遅れ、第三次で岐阜県と三重県とともに認定されました。

 このように、大阪府・市は「持続可能な地域づくり」で大きな後れをとってしまっています。この分野の政策が現在進行形で発展していることを踏まえれば、これは「国からの上意下達ではなく、地域や個人の創意工夫による社会全体の活性化を図る」点で致命的です。

 大阪府・市が出遅れた背景には、大阪市廃止に政策資源を集中したことがあると考えられます。横浜市や北九州市、富山市などの先進自治体では、組織横断で「持続可能な地域づくり」を進め、担当する部局に政策資源を集中させています。例えば、富山市ではLRT(次世代型路面電車システム)などの公共交通の整備に力を入れ、高齢化して自動車を運転できなくなっても、安心して買い物や病院通いができるまちづくりを推進しています。LRTは低床式のため、高齢者や障がい者なども容易に乗降でき、外出のハードルを下げています。このようなまちづくりができるのも、市長や市幹部がそのためにエネルギーを注ぎ、政策資源を投入しているからです。

 つまり、10年間にわたり大阪市廃止に政策資源を集中してきた大阪府・市は、住民生活と地域経済にとっての「空白の10年」を生み出してしまったのです。他の先進自治体は、試行錯誤を含め、様々な政策を実行し、知見を積み重ねてきました。東京、横浜に次ぐ大都市が「空白の10年」をつくってしまったことは、大阪のみならず、日本全体にも大きなマイナスでした。

 大阪府民・大阪市民が、大阪市廃止の住民投票を否決した機会を捉え、国内外の先進自治体と同様に「持続可能な地域づくり」にまい進することを強く期待します。それは、地域住民・地域企業の未来を明るくすることに加え、日本の未来を明るくすることでしょう。

<文/田中信一郎>

【田中信一郎】

たなかしんいちろう●千葉商科大学准教授、博士(政治学)。著書に著書に『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない―私たちが人口減少、経済成熟、気候変動に対応するために』(現代書館)、『国会質問制度の研究〜質問主意書1890-2007』(日本出版ネットワーク)。また、『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』(扶桑社)では法政大の上西充子教授とともに解説を寄せている。国会・行政に関する解説をわかりやすい言葉でツイートしている。Twitter ID/@TanakaShinsyu

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