菅首相のジャカルタ内外会見は、質問と回答が用意された”ヤラセ会見”。現地記者からも抗議の声

菅義偉首相の「内外記者会見」で"サクラ"質問があったと証言 インドネシアで抗議の声

記事まとめ

  • 菅義偉首相は10月18日から“外交デビュー”先のベトナム・インドネシアを歴訪した
  • ジャカルタで開いた内外記者会見での質問内容が"サクラ"だったことが明らかになった
  • インドネシアの記者からは「報道の自由を侵害している」という抗議の声が上がっている

菅首相のジャカルタ内外会見は、質問と回答が用意された”ヤラセ会見”。現地記者からも抗議の声

菅首相のジャカルタ内外会見は、質問と回答が用意された”ヤラセ会見”。現地記者からも抗議の声

インドネシア・ジャカルタで内外記者会見を行う菅首相(首相官邸ウェブサイトより)

◆菅首相、就任以来初の外遊先インドネシアで初会見

 菅義偉首相は10月18日から“外交デビュー”先のベトナム・インドネシアを歴訪。最終日の21日午後にジャカルタで開いた「内外記者会見」で、日本とインドネシアの各2人が質問に立った。このときの現地記者2人の質問内容は、外務省国際報道課が事前提出させた “サクラ”質問だったことが2人の証言で明らかになった。

 国家指導者の記者会見(press conference)は文字通り、政治家と記者が議論を交える真剣勝負の場でなければならない。しかし菅首相の会見は、中世の王や将軍の“ご意見拝聴”の場に成り下がっている。これを見たインドネシアの記者たちからは、「日本政府の参加記者への対応は検閲にも当たり、報道の自由を侵害している」という抗議の声が上がっている。

 叩き上げの実務家で外交に弱点があると言われてきた菅首相の初外遊を成功させるため、外務省は9月20日ごろから、初の外遊先を第2次安倍政権発足時と同じ東南アジア諸国連合(ASEAN)の2か国(安倍氏は今回の2か国とタイを訪問)に決定。「殿に失礼がないように」と、現地の大使館を通じて、記者会見で恥をかくことのないよう周到なメディア対策を取っていたのだ。

 菅首相がジャカルタでの宿泊先のフェアモントホテルで開いた会見については、首相官邸ウェブサイトに「ベトナム及びインドネシア訪問についての内外記者会見」と題して、全記録と動画がアップされている。

 会見は午後0時10分から始まり、NHKの正午のニュース枠で中継された。菅首相の会見は9月16日に30分間、就任挨拶の会見をして以来。今回も、プロンプター(原稿映写機)は使わなかった。

 菅首相は冒頭発言で、「ベトナムは今年の東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国、インドネシアはASEAN最大の人口、国内総生産(GNP)、面積を持つ国として初訪問先に選んだ」と述べた。 また、防災対策のためにインドネシアへ新たに500億円の円借款供与を表明、最近の台風被害に緊急援助物資を届けたと述べた。

 首相はさらに、「我々が、助け合い、そして、絆を強めていけるのは、ASEANと我が国が、このインド太平洋という地域において、法の支配、開放性、透明性といった基本原則の実現を共に目指しているからだと思う」と強調した。

 その後、中国を念頭に、南シナ海での力と威圧による緊張を高めるいかなる行為にも反対し、国際法に基づく法の支配の貫徹、平和的解決に向けて努力すると訴え、「私自身の首脳外交を進める」と締めくくった。

◆事前に現地記者を呼び出し、会見で質問する内容を確定していた!?

 官邸報道室が内閣記者会の幹事社の記者らから質問事項を集め、秘書官ら官邸官僚が回答を用意し、首相は問答集を手元に置いて答えるのというのは、安倍政権時から行われていた。今回、海外でも同じことをやったのだ。

 菅首相はこの会見で、同行の内閣記者会(正式名は永田クラブ、官邸クラブとも呼ばれる)の同行記者2人の質問に答える際、ずっと目を落として答えていた。同行記者は、外務省と官邸報道室側に質問事項を事前提出したと思われる。記者との質疑応答全体が“やらせ”だった可能性が高い。

 菅首相の会見で質問した『アンタラ通信』(国営)のゲンタ・テンリ・マワンギ記者と英字紙『ジャカルタ・ポスト』のディアン・スプティアリ記者によると、外務省国際報道課の鴨志田尚昭国際報道官が首相就任後の9月20日ごろ、在インドネシア日本大使館と協議して会見に参加するインドネシアの報道機関を決定したという。

 鴨志田氏は大使館のローカルスタッフ(現地職員)を通じ、各メディアへ通知した。その後、鴨志田氏は参加が決まった記者全員に、質問事項の提出を要請。外務省が提出された質問内容を検討し、会見2日前の10月19日に記者を個別に呼び出し、「1対1」で、会見で聞く質問事項を確定した。その際、「許可した質問内容への追加や変更を行わないように」と命じていた。

◆すべての質問に対して、用意された台本を読み上げた菅首相

 この内外記者会見では、山田真貴子・内閣広報官(長谷川栄一氏の後任、前総務審議官)が司会を務めた。山田氏は「指名された方は、スタンドマイクに進み、所属と名前を言ってから質問ください。マスクを着用ください」と言って、「では、2列目のこちらから見て左から2番目の方どうぞ」と指名した。ランダムに当てているようにふるまっていたのだ。

 指名されたフジテレビの千田記者が「総理はインド太平洋構想を強調しているが、王毅中国外相は、『インド太平洋版の新たなNATOの企てだ』と批判している。中国への海洋進出に懸念がある中、どう進めるか。日中韓サミットはどうするか」と聞いた。

 菅首相は「特定の国を対象としていない。(新たな)NATOを作る考えはない。日韓間の外交の一つひとつには答えないが、日中韓サミットの日程は決まっていない。日本企業の差し押さえ資産が現金化されれば、日韓関係について深刻な事態を招くので絶対避けなければならない」と答えた。回答はすべて台本を読んでいるもので、首相自身の言葉ではない。

 広報官は「次は外国プレスの方。同時通訳になる」と述べ、「それでは、最前列の左端にお座りの方」とその場で指名しているようにふるまったが、芝居が下手だ。

 指名を受けた『アンタラ通信』のマワンギ記者が「今回の初めての2か国訪問の目的は、安倍前総理の流れを継承するものか。あるいは、総理御自身の掲げる日本の外交方針に基づくものか。また、総理の外交方針は、特に南シナ海における中国の強い影響力及び『自由で開かれたインド太平洋』構想に関する日本の立場を踏まえたものか」と聞いた。

 菅首相はマワンギ記者が質問している時から、台本に目を落として回答を読んでいた。そして「自由と法の支配を求めることは、私の政権においても変わらない」などと答えた。

 広報官は「それでは次に日本のプレスの方、どうぞ」と言って、『朝日新聞』の伊澤記者が指名され、「内政について聞く」と述べた。日本学術会議の任命拒否問題。原発汚染水問題、臨時国会に臨む方針を聞いた。

 菅首相は伊澤記者への回答も、用意された問答集を読んだ。

「学術会議は国の予算を投じている。出身やそういうものを総合的、俯瞰的に判断した。前会員が推薦された方がそのまま任命された前例踏襲でいいのかを考えた」

 広報官は「終了予定の時間が来ている。次で最後にしたい。恐縮です」と述べ、『ジャカルタ・ポスト』のスプティアリ記者が質問に立った。

「南シナ海やナツナ島の問題を踏まえ、日本はインドネシアとの間で、どのように海洋安全保障に取り組んでいくのでしょうか。日本自身が中国への対処から得た教訓は、何ですか。また、インド太平洋地域における日米豪印の枠組みにおいて、インドネシアはどのように位置づけられていますか」

 菅首相は質問の時から台本を見ていて、次のように回答を読み上げた。

「力と威圧の動きには毅然と対処する。南シナ海には、法の支配、国際法に基づく解決を目指す。防衛装備品の技術移転を地域に進める」

 結局、内外記者4人への回答は全部読み上げだった。会見は0時36分に終わった。たった26分の会見だった。

◆確信した「ヤラセ会見」

 NHKはスタジオで大谷暁・政治部記者が菅首相の発言を広報し、「菅総理は夜には帰国し、26日からカンナイカクとして初めての国会に臨む」と言って、アナウンサーが「スガ内閣ですね」と注意して、「スガナイカク」と言い直した。

 菅首相はハノイの大学での講演で「ASEANのみなさん」と言うべきところを、「アルゼンチンのみなさん」と読み間違えた。NHK記者も首相も、自分の言葉で話していないから信じられないミスをするのだろう。

 筆者は1989年から1992年まで共同通信ジャカルタ支局長で、ジャカルタ外国特派員協会の副会長を2年務めた経験がある。スハルト軍事政権の絶頂期だった。33年続いたスハルト独裁体制は1998年に崩壊した。

 テレビで4人の記者と菅首相のやりとりを見て、この会見は首相側が質問者を決めた完全な“やらせ”会見だという確信をもった。会見の問答集は通訳にも事前に配布されていたと思われる。そこで、私は会見で質問したインドネシアの記者2人に、「会見で質問する内容は事前に決まっていたか」「菅首相の回答はどうだったか」などを聞いた。

 2人によると、記者会見場に入る取材許可(プレスID)が得られた記者は、全員がコロナウイルス感染の検査を受けて陰性証明を示す義務もあった。

 質問できた2社以外で、会見に参加できたインドネシアのメディアは、リパブリカ、メトロTVだけだった。英ロイター通信と仏AFP通信(カメラ記者)所属のインドネシア人記者も出席した。

 その他、外務省が取材許可証を出した地元報道機関の記者はワーキングルームで映像、音声を視聴できたという。ブリーフィングの場所も設けられたが、取材許可が得られた現地メディアの記者は限られていたため、参加できなかった記者は、生配信される記者会見の映像を自宅や会社で見ていたという。

 首相の国内の記者会見の場合、内閣記者会が主催で、官邸報道室が実務を代行している。一方、外遊中の首相の記者会見はすべて現地の日本大使館と外務省が仕切っている。ボゴールの大統領宮殿での取材は、インドネシア政府の国家官房(Sekretariat Negara)が許可を出した。

◆現地記者が証言「許可した質問内容の追加や変更は行わないようにと言われた」

『アンタラ通信』のマワンギ記者は筆者の取材に次のように答えた。

「記者会見の1か月前に日本大使館から、どの報道機関が参加するのかは決められていた。事前に質問を提出するように言われていたので、日本の外務省が質問内容について検討したようだ。

 記者会見の2日前に、日本の外務省側と報道機関の間で個別に、つまり1対1での打ち合わせがあり、外務省・大使館が許可した質問事項を確認した。

 この説明の時には、私が実際に記者会見で質問できるかどうかは確定していなかったが、もし私が質問することになった場合には、許可した質問内容への追加や変更を行わないようにと言われていた。

 菅首相は私の質問に回答する際、手もとの紙を見ていたようなので、すでに回答は準備されていたのだろうと思った。首相の回答はごく当たり前なもので、ボゴールの大統領宮殿での記者発表において読まれた内容と重複している部分もあった」

 また、『ジャカルタ・ポスト』のスプティアリ記者は「記者会見の前に質問内容を提出するよう言われたが、日本側からは私の質問を記者会見で必ず受けつけるという確約はなかった。菅首相はすでに質問について説明を受けていたと確信しているし、私の質問への回答も、会見冒頭で述べた内容の繰り返しだった」と述べた。

◆官邸、外務省、内閣記者会に質問するも無回答

 筆者は10月22日、菅首相、富永健嗣官邸報道室長、山田内閣広報官宛に、ジャカルタでの会見について以下のような質問書をファクスで送った。

@首相に同行した報道機関名と記者の数は

A同行記者は内閣記者会の常勤幹事社19社だけか

Bコロナ禍の最中の首相の外国訪問でのメディア対応で、これまでとの違いがあるか

C政府専用機に“箱乗り”した記者の航空運賃、ホテル代の手配・費用はどうしたか

Dジャカルタでの「内外記者会見」はどこの主催か

E会見の予定時間、質問の仕方などは事前に同行記者団、内閣記者会と協議したか

F司会者は4人を指名し、菅首相は回答の時に、終始、手元の文書を読んでいたように見えたが、参加記者から質問事項を集めていたのか

 10月30日には、外務省報道課にも以下について聞いた。

「菅首相は4記者の質問に対する回答の時に、手元に置かれた文書を読んでいたが、内外の参加記者から事前に質問事項を集めていたのか」

「インドネシアメディアの参加記者の質問について、外務省が大使館を通じて、質問事項の提出を求めた事実はあるか」

「会見の2日前の10月19日、外務省側と現地報道機関の間で、外務省・大使館が許可した質問事項を確認し、会見で質問が許された場合、質問の変更はできないと通知した事実はあるか」

 外務省から回答期限の11月2日までに回答がなかったので、11月2日夕方に質問書を再送して回答を求めたが、まだ回答は来ていない。

 筆者は10月22日、内閣記者会にも7項目の質問書を送ったが、幹事社のNHK・西日本新聞は「内閣記者会は関与していないため、お答えしかねます」と回答した。内閣記者会が関与していないとすれば、同行記者の選定などはどこが関与したのだろうか。

 外務省がジャカルタで行ったような事前の記者からの質問取りは、欧米先進国のメディアに対してはしないだろう。菅首相はインドネシアをASEAN最大の国と持ち上げたが、インドネシアの報道機関を見下しているから、こんな質問統制を平然とやったのではないか。

 日本はアジア太平洋戦争で、1941年から45年までインドネシアを侵略・占領した過去がある。欧米列強の帝国主義から解放・独立させると騙しての植民地化だった。

 筆者は1989年2月から1992年7月まで共同通信ジャカルタ支局長を務めた。その間、竹下登、海部俊樹、宮沢喜一各首相がインドネシアを訪問したが、これほど露骨なやらせはなかった。

◆日本の報道は、菅首相の初外遊を評価した“大本営発表”報道

 元NHKジャカルタ支局助手、メトロTV記者、米国の声(Voice of America)インドネシア支局長を経て現在フリージャーナリストのフランス・パダック・デモン氏は「記者会見の前に質問事項を集め、誰が質問するのか決めるのは、本来はしてはいけないことだ。取材・報道の自由の原則に違反している。インドネシアで今回の日本政府のようなやり方をする国というのは、私が知る限りはない」と語る。

「スハルト大統領の時代には、このように記者会見前に政府と報道陣がやり取りすることはあった。当時は、記者会見前にインドネシアの情報省や内閣官房の職員が、『誰が会見で質問するのか』について事前に調整するということがあった。

 ただ、質問の詳細まで事前に聞かれることはなく、会見の意図に沿う質問をするように、とだけ伝えられていた。しかし今、ジョコ・ウィドド大統領になってからは、記者会見では誰が何を質問しても良いようになっている」(フランス氏)

 筆者は『日本大使館の犯罪』(講談社文庫)で、ジャカルタ支局長時代に訪問した竹下登、海部俊樹、宮沢喜一各首相の訪問について書いているが、菅首相の初外遊に関する報道は、当時よりもずっとひどい。まさに“大本営発表”報道だった。

 日本の報道では、菅首相の2か国歴訪を「今回の2か国訪問は、米中対立の中、絶妙なバランスで行われている」(10月19日のテレビ朝日「報道ステーション」で、太田昌克共同通信編集委員)「無難な初外交だった」(10月25日、TBS「サンデーモーニング」で姜尚中東大名誉教授)などと評価している。

 しかし、インドネシアでは菅首相を批判する声も少なくなかった。マヘンドラ・シテガル副外相は、菅首相訪問に関連して10月14日、「これまでコロナ・パンデミック問題において日本とインドネシアの間には具体的な協力が何もなかった」と批判。また、菅首相の会談の際、ジョコ大統領は「インドネシアからの農業・林業・漁業の生産物の日本への輸入許可が制約されている」という不平を述べた。しかし、菅首相からの反応は特になかった。

◆虚しく響く菅総理の「法の支配、開放性、透明性」という言葉

『ジャカルタ・ポスト』のコルネリウス・プルバ上級論説委員は10月19日の記事で、マヘンドラ副外相の見方を以下のように紹介した。

「ASEAN首脳会談には中国も招かれている。中国の軍事力強化は事実だが、米、豪、インドと組んで中国との闘いを構える日本の戦略は警戒が必要だ。菅首相の『自由で開かれたアジア太平洋』構想は、コロナ禍にあるASAEAN地域に住む人々の生活を無視し、地域の安全保障を不安定化し、緊張を強める危険性が大きい」

 フランス氏はこう提言する。

「日本はインドネシアとの関係をより強固にするために、中国で活動する数十の日本企業の拠点をインドネシアに移すと約束している。しかし、インドネシアの1998年の民主化以降、日本とインドネシアの関係は弱まっている。

 その一方で、中国と韓国はインドネシアでの存在感をますます強めている。日本は、中小企業への投資、芸術、ドラマ、映画、音楽など、文化的な外交、大学間の協力などでインドネシアとの関係を活性化する必要がある」

 菅政権のインドネシアでのメディアコントロールは、菅首相が謳う「法の支配、開放性、透明性」に反するのではないか。共同通信論説副委員長から、首相補佐官(政策の検証担当)に転身した柿崎明二補佐官に、ジャカルタ会見の検証をしてもらいたい。

 また、菅首相は官邸での記者会見は、就任時に30分の挨拶会見を行っていないが、国際標準の記者会見を定期的に開催するよう強く求めたい。

<文・写真/浅野健一>

【浅野健一】

あさのけんいち●ジャーナリスト、元同志社大学大学院教授

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