「都構想」否決へ導いたSNSの動き ──<誰が「大阪市」を守ったか2>

「都構想」否決へ導いたSNSの動き ──<誰が「大阪市」を守ったか2>

都構想実現を訴える吉村・松井の両氏。メディア露出効果か、街頭の人気では勝っていたが…

◆「ふわっとした民意」からの卒業

 大阪市廃止・特別区設置の住民投票で、いわゆる「都構想」が否決されて最初の週末、梅田の居酒屋に30〜40歳代の男女7人が集まった。ほとんどが初対面だが、お互いのことはTwitterのアカウント名で認識している。都構想批判や維新政治の検証を行い、SNS上で発信してきた市民のオフ会である。

 職業を聞けば、会社員、飲食店経営者、デザイナー、主婦など。居住地は、阿倍野、天王寺、生野、住吉、都島の大阪市内各区に、市外の府民もいる。大阪市の存続決定を喜び合い、杯を交わしたのも束の間、話題は、これからも当分続く維新体制の問題へと向かった。

 たとえば、住民投票の結果を無視して府への広域行政一元化と総合区制度を強引に進める条例案。市の広報で都構想のメリットばかりを強調しながら、基準財政需要額試算のような自らに都合の悪い報道を「捏造」と決めつけて攻撃する情報コントロール。市民の共有財産である公園や公共施設を「民間委託」という名目で特定企業の収益に変える手法。そして、マスメディアでは持て囃されたものの、イメージばかりで実態が伴わず、感染拡大を抑え込めていない新型コロナ対策……。

 興味深いのは、彼らはもともと強固な「反維新」では必ずしもなかったことだ。党派性や政治的主張を強く持っているわけではない、いわゆる無党派。むしろ、以前は橋下徹氏が語ったような「ふわっとした民意」の一人だったと、自覚的に語る人もいる。

「わたしは橋下さんが何か変えてくれるんじゃないかと、すごく期待していました。父が強力な自民党支持者なので、よくぶつかった。だけど、結婚して子供ができ、育児をするうちに政治を見る目が変わりました。子育て支援や保健医療にしても、大阪市が政令指定都市だからできる行政サービスがあり、そのための財源もある。都構想でそれがなくなるのは違うよね、と」

 そう語る女性に前回2015年の住民投票のことを聞くと、「実は、投票に行ったかどうかも覚えてなくて」と苦笑した。

◆自ら調べ、気づいた市民が反対した

 別の出席者の男性は前回、賛成に投票したという。「大阪がよくなる、変えてくれるというならええやんと思って、ふらっと賛成に入れてしまいました」と言い、「恥ずかしいですけど、当時はあまり政治に興味がなくて……」と付け加えた。彼も、この5年間に2人の子供ができ、市民として身近な行政に目を配るようになったという。維新は子育て施策に手厚く、その世代に支持者が多いと言われるが、少なくともここに集まった面々はそうではない。

 都構想否決後、「大阪市民は変化を好まない」「市がなくなることへの漠然とした不安」「単なるノスタルジー」などと語る維新議員やコメンテーターがいたが、彼らの話を聞く限り、そんな理由ではない。メディアを通じて「何か変えてくれる」「大阪が成長する」と漠然としたイメージ宣伝が繰り返されてきた都構想や維新政治の実態を自ら調べ、正確に理解したからこそ、明確に反対の意思を表明したのである。

 こうして「気づいた」人たちが、個々に粘り強く情報発信を続けてきたことで、Twitter上では、都構想反対の声が告示後、日を追って大きくなっていった。投開票2日前の10月30日には、「#大阪市廃止を否決しよう」「大阪市4分割コスト試算」「市財政局」などのキーワードが、近畿や日本のトレンドに並んだ。SNS世論と実際の世論は必ずしも一致しないが、今回について言えば、中盤までの劣勢を覆し、否決の流れを作る重要な一要因になったのではないだろうか。

◆公文書で検証する「開示請求クラスタ」

 先の会合に出席していたshinoda soshuさん(@ssoshu)に別の日に会って、詳しく話を聞いた。通信系の会社に勤めるという彼は41歳。Twitter上で「開示請求クラスタ」と呼ばれるアカウントの一人である。

 開示請求とは、行政機関の情報公開制度に基づき、公文書や行政情報の公開を求めることだ。たとえば大阪市のHPでは、〈行政運営の透明性を確保し、市民の市政参加を促進する〉〈市政に対する市民の理解と信頼を確保し、行政の説明責任を果たすため〉と、目的が説明されている。

 これを活用してTwitter上にさまざまな情報を流している人たちにshinodaさんは触発され、「自分もやってみようかな、と軽い気持ちで」始めたという。きっかけは、大阪府・市の新型コロナ対策に疑念を持ったことだった。

「最初に変やなと思ったのは今年の3月、吉村洋文知事が大阪・兵庫間の往来自粛要請を発表した時です。何を言ってるんや、対策として明らかにおかしいと思い、コロナ対策を中心に知事や松井一郎市長の発言を追うようになったんです。初めて開示請求をしたのは6月、『大阪ワクチン』の件でした。吉村知事は『6月末から大阪市大で治験を始める』と言いましたが、そんなことできるのか、何を根拠に言ってるんだろう、と」

 shinodaさんが「阪大医学部または阪大病院、或いは株式会社アンジェスから府知事が受け取った、新型ウイルスのワクチンに関する最新の報告書」を請求したのに対して出てきたのは、製薬会社が「DNAワクチン」をPRするプレゼン資料のようなものだった。こんなものだけを根拠に、知事は「治験開始」や「年内実用化」と言ったのか。それとも自分の請求の仕方が悪かったか……と、しばらく考え込んだという。

 続いて、松井市長の呼びかけで30万着以上が集まった「雨合羽の行方」、吉村知事が医療従事者らに支給を決めた「20万円のクオカード」の経緯などを相次いで請求。文書開示に至らず、担当部署からの「情報提供」となったり、知りたい情報が的確に得られない場合もあったが、Twitterで公開すると反響があり、「こんな文書を、こういう文言で請求したらいい」と助言してくれる人も出てきた。

 府のコロナ対策で言えば、開示請求クラスタの一人、沙和さん(@katakorinaoshi1)が8月、吉村知事の「うがい薬会見」に至る経緯を明らかにしたことが大きな話題を呼んだ。720ページに及ぶ資料には、知事・市長と医師の面談記録やメールのやり取りも含まれ、関係者が前のめりで、「ある意味、コロナに打ち勝てる」と発言したあの記者会見へと進んでいった経緯が記されていた。この大きな成果は、毎日新聞にも報じられた。記事の中で、沙和さんやshinodaさんが「開示請求の鬼」と呼ぶ東京の男性が語っている。「情報公開請求は、紙1枚で始められる民主主義だと思う」と。

◆維新首長は言いっ放し、メディアは検証せず

 コロナ対策への疑問から始まったshinodaさんの関心は、住民投票を控えた都構想へ、そして維新政治全般へと広がっていった。

 7月には、大阪メトロ(旧大阪市営地下鉄)の駅などに貼られた「副首都・大阪をめざして」という府市の名前入りポスターの制作・掲示の経緯を質している。中立であるべき行政機関が維新の主張を宣伝することに違和感を覚えたからだが、これはサッカークラブのFC大阪が費用を負担し、府と同クラブとの「包括連携協定」に基づいて掲示された、という回答だった。だが、shinodaさんの開示請求もあり、批判が広まったせいか、ポスターは2週間ほどで消えた。

 このほか、「知事・市長の言う二重行政とは何か」「市廃止の住民説明会に知事が同席することになった理由」「アメリカ村をジャックした都構想宣伝バナーをめぐる経緯」「頻繁にテレビに出ている知事への出演依頼書」「大阪府市と電通の契約一切」……など、次々と開示請求を重ねていった。

「首長や維新関係者の発言に関する文書がない『不存在』という回答を得ることにも意味があります。庁内や担当部署と話もしていないのに、思いつきや嘘を言っていることが明らかになるので。僕が請求した中では、『特別区になると消防車の到着が早くなる』と書いた特別顧問のツイートや、松井市長がテレビで『市の財政局が作成した』と言って示した財政シミュレーションの上振れグラフなどがそうでした」

 こうして、さまざまな発言や政策の「裏取り」をしてきたshinodaさんは言う。

「維新の首長は、本当に言いっ放しや詭弁が多い。その場の思いつきや言い逃れなんでしょうけども、本来それを検証するべきメディアが、ほとんどやってくれない。だから、事実と異なる印象論や机上の空論、時には明らかなデマがSNSで飛び交い、賛成・反対両派が不毛な議論をすることになっている。そうではなく、事実に基づいて議論し、冷静に判断することが大事だと思うんです」

 都構想の事実を伝え、住民投票に関心を持ってもらうため、デザイナーの直帰がベストさん(@Chokki_is_best)と協力し、わかりやすい文言とビジュアルでチラシを作る活動も行ってきた。これらの作品や開示請求の記録は、shinodaさんのアカウントからリンクされている。

◆イメージとパフォーマンスの維新政治

 吉村知事は都構想否決翌日の今月2日、囲み会見でこんな発言をしている。

「どこが出してるかよくわからないチラシやデマみたいな文書が出回った。責任元不明、その時だけ生まれてきた無責任な団体が湧いて出て、どれだけお金を使っているかわかりませんが、明らかに賛成派よりたくさんの量のビラが出ていた」

「市民の皆さんは、コロナと住民投票を分けて考えられていたと思う。もともと強烈に反対していた人たちがコロナ(対策への批判)と一生懸命、結びつけようとして活動していた」

 コロナ対策に疑問を抱いたところから都構想反対へと至ったshinodaさんのような市民の存在をまったく見ようとせず、否決の理由や市民の運動を「デマ」の一言で済まそうとする、それこそ無責任な発言である。

 そしてまた記者を集めては、万博会場への「空飛ぶ車」開発や「アジア市場を牽引する国際金融都市」を目指すといった、実現性も疑わしい派手な話ばかりをぶち上げている。「維新の首長は、住民の生活というものに根本的に関心がないのだろう」と評する人がいるが、私も同感だ。議論と調整を通じた地道な行政の積み重ねで、住民の命と生活を守るという地方自治の本分を履き違えているとしか思えない。

 だから、都構想のような制度論に10年間も執着し続け、「NYや上海と並ぶ都市に」と浮ついた成長イメージを語り、メディア受けするパフォーマンスのようなコロナ対策に終始する。そして、事態が行き詰まれば、選挙や党派間の駆け引きといったパワーゲームで異論を抑え込もうとする。

◆「市民より維新」が変わらない限り

 都構想反対の論客である自民党の川嶋広稔・大阪市議は、維新政治の問題点と、今後に望むことをこう語った。

「彼らは行政を効率化や経済合理性だけで語ろうとするけれども、地方自治体の本来の役割はそこじゃない。災害にどう備えるか、少子高齢化社会で地域のコミュニティをどう作るか、コロナの影響で今後増えるであろう貧困層の救済といった社会政策です。経済に関して言えば、成長戦略や金融政策なんていうのは国レベルの話であって、道府県でやれるのは企業誘致と、それから何よりも地元の中小企業の支援ですよ」

「維新が市民の選択を真摯に受け止め、民主主義の原点に戻って、議論や調整を地道にやれるかどうかでしょうね。私は自分のスタンスを『自民より市民』と、いつも言ってるんですが、彼らは常に『市民より維新』。その姿勢が変わらない限り、大阪の政治は今後も変わらないでしょう」

 そのためには、大阪の自民党の責任も重い。当面は2023年4月に予定される知事・市長ダブル選挙に勝つことが目標になるが、選挙は住民投票とは違い、政党の戦いになるだろう。そこに向けて組織を立て直し、市民の信頼を取り戻せるか──。

 11月21日に大阪維新の会の代表が松井から吉村に代わったことを受け、あらためてshinodaさんに連絡を取った。実は、彼は数日前、新型コロナウイルスにより母親を亡くしたばかりだ。大阪市存続に安堵したのも束の間、関東にいた母親が11月に入ってから感染が確認され、2週間も経たずに急逝したという。それだけに、急激なペースで感染拡大する大阪の状況は他人事ではなく、維新首長のパフォーマンス政治に強い危機感を持っている。彼からのメッセージこうあった。

「『市民に寄り添う』とはどういうことか考えていただき、ただの数字の裏に一人一人の生活があることに思いを馳せて真剣に向き合う、誠実な政治と行政をお願いしたいです」

 この言葉を、維新の首長たちは受け止めることができるだろうか。

<取材・文・撮影/松本創>

【松本創】

まつもとはじむ●神戸新聞記者を経てフリー。関西を中心に、ルポやインタビュー、コラムを執筆している。著書に『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』(東洋経済新報社)、『誰が「橋下徹」をつくったか 大阪都構想とメディアの迷走』(140b)など。Twitter IDは @MatsumotohaJimu

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