学者・元官僚・実業家の顔を巧みに使い分ける「竹中平蔵」、再登板で日本はどうなる

学者・元官僚・実業家の顔を巧みに使い分ける「竹中平蔵」、再登板で日本はどうなる

竹中平蔵氏、2017年撮影(写真/時事通信社)

 小泉政権下で郵政民営化など数々の構造改革を推し進めた竹中平蔵。非正規雇用を増やし、日本を格差社会へと導いたA級戦犯とも批判されるが、「元部下」である菅首相の誕生で、再び政権中枢へ近づく。彼はまた日本を“改革”する気なのか?

◆正体をつかめない男

「首を切れない社員なんて雇えないですよ、普通」

 新型コロナウイルスの感染拡大で、多くの人が失業の不安に駆られるなか、東洋大学教授で、人材派遣会社大手パソナの会長も務める竹中平蔵氏は、10月30日の『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)でそう言い放った。

 ツイッターでは「竹中平蔵を政治から排除しよう」「つまみ出せ」なるハッシュタグがトレンド入り。ツイデモ(ツイッターでのデモ)参加者の40代男性医師は「竹中さんは重症者430人で医療崩壊はおかしいと言うが、コロナ患者の受け入れ負担を全くわかっていない。医療崩壊は差し迫っています」と憤る。同じく参加者の50代男性ソーシャルワーカーが話す。

「まるで貧困街の“手配師”のように見える。派遣社員からピンハネし、私腹を肥やす。行政が一番守るべきは命。もう政治に関わるのはやめてほしい」

◆再び注目が集まっている竹中氏の人生

 警察庁の発表によると、今年10月の自殺者数は2000人超え。特に非正規で働く割合の多い女性が前年比約1.8倍と急増している。

 小泉政権の「聖域なき構造改革」で、労働者派遣法を改正し、雇用を不安定にさせた張本人と批判されながらも、菅義偉は首相就任後、真っ先に総務副大臣のとき上司(大臣)だった竹中氏と面会。今も菅首相が信頼を寄せる竹中氏は、「成長戦略会議」のメンバーに選ばれ、再び注目が集まっている。

 学者・政治家・実業家の顔を持ち、なかなか正体がつかめない竹中平蔵氏。どのような人生を歩んできたのだろうか。

 ’51年、竹中氏は和歌山市の商店街で履物店を営む家庭の次男に生まれた。復員して、朝早くから夜遅くまで働く父親の「いい時代に生まれたなあ。好きなことを何でも、自由にできるよ」という言葉が頭に強烈に焼きついているという。また、父親が一生懸命働いているのに、生活が豊かにならないことに疑問を感じたともインタビューなどで語っている。

◆「若者には貧しくなる“自由”がある」

 それがなぜ、後に平然と「若者には貧しくなる“自由”がある」と言うようになったのか。評伝『竹中平蔵 市場と権力』(講談社文庫)の著者で、ジャーナリストの佐々木実氏はこう指摘する。

「一橋大学卒業後、竹中氏は日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)に入り、4年後には銀行の設備投資研究所に配属となりました。池田勇人内閣で所得倍増計画を主導し、竹中氏の憧れだった下村治、日本人でノーベル経済学賞にもっとも近づいた宇沢弘文らのもとで研究しています。

 それが31歳のとき、一つの転機を迎える。大蔵省(現・財務省)に出向し、異能の官僚である長富祐一郎氏に出会ったことです。バブルに沸く日本で、霞が関で絶大な権力をもつ大蔵省は監督する金融界と癒着を深めた。長富氏の懐に飛び込んだ竹中氏は金融界を統括する官僚のごとく活躍できた。この体験が彼の中で抑圧されていたものを解放したのではないでしょうか」

◆もはや竹中氏は時代に取り残された存在

 当初、2年の期間であった大蔵省への出向は何度も延長となり、異例の5年間に及んだ。’87年、大蔵省を去ると、竹中氏は銀行に戻らず、大阪大学経済学部の助教授に就任。ハーバード大学の客員准教授を経て、’90年からは慶應義塾大学総合政策学部で教鞭をとる。

 そして、’98年には、小渕恵三政権の諮問会議のメンバーに竹中氏は選ばれた。

「ちょうど大蔵省の権威が不良債権処理の失敗やノーパンしゃぶしゃぶ事件で地に落ちていたころ。バブル処理に失敗した官僚はダメだから、経済学者の知恵を借りようと呼ばれました。でも、経済学者といっても竹中氏は“元大蔵官僚”。政策提言だけでなく、官僚を動かすノウハウを知っているから、政治家から重宝される。その後、森・小泉・安倍・菅政権で首相ブレーンを務めますが、根本の考えは『税金というのは結局ヤクザのみかじめ料みたいなもの』(『経済ってそういうことだったのか会議』)と発言した20年前と変わっていません。

 最近、提唱している『ベーシックインカム』も新自由主義者・フリードマンの『負の所得税』の焼き直し。米国では格差拡大や環境破壊を引き起こした『株主資本主義』の反省から、従業員や顧客、環境などに配慮する『ステークホルダー資本主義』という、新しい資本主義を経営者たちも支持するようになっている。コロナ危機で大きな転換点を迎えた今、いまだ政治力があるとはいえ、もはや竹中氏は時代に取り残された存在です」

◆竹中平蔵氏の歩み

'51 和歌山県和歌山市生まれ。実家は履物店を営み、3兄弟の次男

'69 和歌山県立桐蔭高等学校卒業。高校時代は民青の活動に関わる。社会科の教師より、世の中を良くするためには経済学を学ぶことが大切と教わり、近代経済学を学ぶため一橋大学へ

'73 一橋大学経済学部卒業。日本開発銀行入行(現・日本政策投資銀行)

'77 同設備投資研究所。所長は下村治、顧問は宇沢弘文

'82 大蔵省財政金融研究室に出向。異能の官僚・長富祐一郎の薫陶を受け、5年間の長期にわたり在籍

'84 初の単著『研究開発と設備投資の経済学』を出版、サントリー学芸賞受賞。同僚の鈴木和志との共同研究や高橋伸彰が作成したグラフを無断で使用していたと指摘されている

'01 小泉内閣発足。経済財政政策担当相、郵政民営化担当相、総務相などを歴任。住民税を免れるため住民票を米国に移していた疑惑が週刊誌に報じられ、国会で追及

'09 人材派遣大手のパソナグループ取締役会長

'13 第2次安倍内閣において、「産業競争力会議」「国家戦略特別区域諮問会議」メンバー

'20 菅内閣発足。「成長戦略会議」メンバー

◆学者の顔と実業家の顔。利益相反の疑い

 郵政民営化に向け、小泉純一郎が会長を務めていた超党派「郵政民営化研究会」メンバーだった上田清司議員は、当時をこう振り返る。

「小泉さんは、民営化は郵便だけという考えだった。『クロネコヤマトも郵便ポストを使えるようになれば、郵便料金は安くなる』と言っていたのに、アメリカの要請を受けた竹中さんによって、いつの間にか、ゆうちょ(銀行)もかんぽ(保険)も対象になった。さらに問題なのは、かんぽの宿がオリックスに売却されようとしたり、竹中さんがやることは不思議と彼とつながりのある企業が関わってくることです」

 竹中氏が役員を務める企業への利益誘導疑惑はたびたび浮上している。

 今年5月にも『週刊朝日』のスクープで、竹中氏が国土交通省の非公表資料を開示させていたことが発覚。国会で上田議員が追及した。

「竹中さんは空港や水道の運営事業(コンセッション)を手がけるオリックスの社外取締役です。それなのに、学者という肩書で会議に参加し、空港運営権の落札価格が推測できる数字を教えろと国交省に執拗に迫り、個別に聞き出した。国会議員の私が入手したら、『竹中会長限り』と印字され、資料はほとんど黒塗り。聞けば、竹中さんには守秘義務もないという。競争、競争と口では言いながら、ご自身は公平な競争をしていないのです。

 竹中さんのおっしゃる“改革”で、非正規は約2000万人に増え、給料の中央値は20年前から100万円下がり、300万円〜350万円になった。若者は結婚できず、少子化は進む。消費は増えないから日本のGDP伸び率は先進国でも低いまま。国は衰えて、口利きや中抜きだけが肥え太っていきます」

 スガノミクスによる成長も「竹中会長限り」のようだ。

◆新自由主義者は中国の夢を見る

 これまで「米国追従だ」と散々批判されてきた竹中平蔵氏だが、今度は肝いりの政策が共産党の大門実紀史議員から「中国のマネをするな」と反対に遭っている。AIやビッグデータを活用し、社会のあり方を根本から変えるような都市設計を目指す「スーパーシティ構想」だ。

 竹中氏が有識者会議の座長を務め、5月に法案が可決。コロナ禍で自動運転や遠隔医療などの期待は大きいが、一方で政府や企業に膨大な個人情報が集まり「監視社会」の恐れも指摘される。『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)の著者である神戸大学教授・梶谷懐氏はこう話す。

「中国・アリババの拠点がある杭州市を、内閣府はスマートシティの一つの例に挙げています。欧米ではプライバシーの問題で頓挫したアイデアも、中国では実行できる。デジタル社会において、効率を追求する新自由主義的な政策を進めるには、皮肉なことに、小さな政府ではなく、中国のような“強い政府”が求められているのです」

◆「ショック・ドクトリン」の懸念

 コロナ対策でIT化の遅れが浮き彫りとなった日本とは対照的に、中国政府はハイテク企業のビッグデータを活用。人々の行動を制御し、感染を抑え込んだ。国家と民間資本が一体となる習近平政権の目指す経済体制(シーノミクス)を見習い、「スガノミクス」でも規制撤廃・デジタル化を推し進めるべきとの声も聞こえる。しかし、こうした危機的状況に乗じて、早急に改革を進める「ショック・ドクトリン」を梶谷氏は警戒する。

「中国革命の父・孫文が『中国人はバラバラの砂のようだ』と言ったように、中国社会は個人がまとまるのが難しく、政府が上から管理するしかないと考える人も多い。日本は業界組合や地域コミュニティなどの中間団体がしっかりしており、現場からの視点で政府と対峙してきた。それを竹中氏は既得権益と呼び、コロナ禍を機に一掃しようとしています。効率性だけを考えれば見直すべきものもある。ただ、中間団体を一掃すれば、弱い存在の個人が国家や大企業と直接向き合う社会になる。上からの改革を目指す竹中氏にとって、中国は理想的な社会かもしれないが、日本では中間団体を生かす方法もあるのではないでしょうか」

 次は中国の背中を追うつもりか。

【ジャーナリスト・佐々木 実氏】

'66年生まれ。日本経済新聞社を経てフリーランス。大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞した『市場と権力』(講談社)が'20年9月に文庫化。

【参議院議員・上田清司氏】

'48年生まれ。’93年衆院選に初当選(3期)。’03年より埼玉県知事(4期)。’19年参院補選で国政に復帰。現在、国民民主党・新緑風会派に所属。

【神戸大学教授・梶谷 懐氏】

神戸大学卒業後、中国人民大学(財政金融学院)に留学、神戸学院大学経済学部准教授などを経て、’14年より現職。著書に『中国経済講義』(中公新書)など。

<取材・文/梶田陽介 村田孔明>

関連記事(外部サイト)