DXで仕事がなくなる時代をいかに生き抜くか――新井紀子(国立情報学研究所教授)【佐藤優の頂上対決】

 AIは人智を超えない。しかしながら、今後は確実にいまある仕事を人から奪っていく――。効率化が社会の隅々まで及ぶ時、私たちに必要となるのはどんな能力で、いかなる生き方なのか。AIロボットによる東大受験プロジェクトを率いてきた気鋭の数学者が語る大転換期の人生設計。

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佐藤 新井先生の『AIvs.教科書が読めない子どもたち』は、すっかり古典としての地位を確立しましたね。計算機の延長に過ぎないAIが人智を超えないことや、その技術によって生まれたロボット「東ロボくん」が東大に合格できないことは、広く共有されるに至ったと思います。

新井 2015〜16年に見られたAIへの過剰な期待は、いまや「がっかり感」に変わっているように見えますね。

佐藤 シンギュラリティ(AIが人類を超える技術的特異点)は来ない。ただ問題はそこにあるのではなく、AI技術の進展で仕事が消えていく一方、AIでは替えの利かない「読解力」が日本人全体で落ちていることですね。その問題を新井先生は最近、「新文書主義」という言葉で説明されています。

新井 はい。21世紀はテクノロジーの世紀であるとともに、新文書主義の時代です。対面でのコミュニケーションよりもメールやマニュアルなど、文書によるやりとりの比率がどんどん上がっている。しかも高度な内容を読み解かなくてはいけませんし、そこでミスをすると大きな損害になったりします。

佐藤 新型コロナの感染拡大で定着したテレワークが、それに拍車をかけている。

新井 何でも一人で読んで理解しなくてはならなくなりましたね。テレワークだと、もう隣にいる先輩に「これ、どうするんですか?」とは聞けない。自分一人で理解できますよね、自力で読めて当然ですよね、という前提で、仕事が行われるようになります。

佐藤 しかし新井先生が開発されたリーディングスキルテスト(RST)の結果を見ると、自力で読める人ばかりではないことがわかる。

新井 現在、20万人以上にRSTを受けていただきましたが、一部上場企業の方でも中学生並みにしか読解力のない人がいます。

佐藤 芥川賞作家の藤原智美(ともみ)氏も読解力の低下を危惧しています。『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』というエッセイ集で、いまのSNSなどでやりとりされているのは、書き言葉でなく話し言葉で、このため日本人の読解力が急速に落ちている、と指摘しています。

新井 文字列によるコミュニケーションはあらゆるレベルで浸透していますが、SNSでのショートメッセージ的なやりとりしかしていない人と、業務的な文書を書かねばならず、かつ読まねばならない人とでは、どんどん読解力が乖離していきます。昔は新聞という共通のテキストがありましたが、いまはみなが読むものではなくなってしまいました。SNSには主語も述語もないような文章ばかりですが、一方に非常に高度な文章を速いスピードでやりとりする人たちがいて、彼らがどんどんビジネスを決めていってしまうのです。

佐藤 霞が関の官僚たちも大量の文章を読んで的確に処理することが得意ですが、ホワイトカラーの中でも二分されていくのでしょうね。

新井 これからは総務や経理といった部署がまずDX(デジタルトランスフォーメーション=変革)で縮小されます。だからホワイトカラーの大量雇用はなくなります。配属された部署に若手は自分一人という状態が生まれ、「このマニュアルでやってください」と言われる。それが読みこなせないと、鬱になってしまうでしょうね。

佐藤 それはもう起きつつある。

新井 かつての日本の会社は、3割の人が利潤を生んで、7割の人はサポートという名の定型処理をして回っていました。終身雇用神話もあった。でもこの7割をどうコストカットしていくかが、DXの目標のひとつになります。

佐藤 そうなると、社会全体ではどんどん階級分化が進んでいきます。

新井 はい。ただ、いま企業の中のIT化はまだデジタイゼーションにとどまっていて、デジタライゼーションには至っていないんですね。ここを混同する人が多いのですが、デジタイゼーションはいままでの業務を前提として、その業務をデジタルにすることです。例えば、文書をPDFにしてタブレットで見られるようにするというものですね。

佐藤 それで何かをやった気になってしまう。

新井 デジタライゼーションは機械同士が協力できるよう規格を統一し、お互いで処理し合えるネットワークを作ることです。これまでの日本の会社は「うちの業務はこうですから」とか「私のクリニックはこうです」と言って、自社用にカスタマイズして業務システムや電子カルテを作ってきました。だからデジタイゼーションは終わっていますが、そこからデジタライゼーションに移行できないんです。

佐藤 規格が統一されていないから、メールで来たデータを手作業で転記しなくてはいけなくなる。

新井 コロナの感染者数の集計を保健所がそうやっていましたね。そんなわけのわからない作業が発生するのが日本のダメなところです。

佐藤 官にも民にもわかっている人がいない。

新井 日本のデジタル化は、文科省のGIGAスクール構想に代表されるように、ハードを学校に配ることだと考えられています。そうなると、デジタルは単にコストでしかない。つまり成長に繋がっていかないんですね。IT企業も同じです。彼らの利潤率は10%を超えるべきですが、日本のSIer(エスアイアー)(情報システム構築会社)のようなIT企業でも、なかなか10%を超えられないのは、そこに原因があるのだと思います。

佐藤 このデジタライゼーションが徹底されると、社会は大きく分断される。そうならないためには読解力が必要で、新井先生はそれが生産性の向上にもGDPの伸長にも寄与すると指摘されています。ただこの変化を前に、もう低成長社会でいいじゃないかという人たちも増えている。例えば『人(ひと)新世の「資本論」』の斎藤幸平・大阪市立大学准教授ですね。地球の生態系を考えると、環境負荷が少ないから、その方がいいという主張です。

新井 そうですね。イタリアみたいにしていく。そういう考えはあっていいと思いますが、低成長社会でまったり生きていくにも、そこそこお金は必要です。

佐藤 何かで稼がないといけない。

新井 自分がまったり過ごせる居場所をうまく作ることに、読解力は必要になります。

■読解力も体力もない子供


佐藤 北関東のコンビニの店先でたむろしている子供たちはどうでしょう。彼らの近未来はあまり変わらない気もします。

新井 私たちの時代の不良たちというのは、体力がある子が多かった気がします。ケンカが強くて根性があって、ある特定の組織の規律には非常によく従う。そういう子たちは人手が足りない鳶(とび)職といった、機械化できない高度技術が必要な場所で働けました。でも最近の、オレオレ詐欺の出し子で捕まるような青少年は、すごく体力がない。少年院で「クーラーのある部屋じゃないと働けない」みたいなことを平気で言います。彼らに鳶職は無理です。

佐藤 確かにそうですね。私も埼玉の鳶職の親方を何人か知っていますが、若い鳶は減っているそうです。余談ですが、その原因の一つはライバル業種があるからで、それはホストクラブです。ホストの方が稼げる。その業界も上下関係がきっちりしていて、文化として似ている。

新井 なるほどねぇ。

佐藤 一方で開成や灘、あるいは桜蔭といった超難関中学校に合格する子は、中学受験の時点で大人に匹敵する読解力を身につけています。

新井 もう小学4年か5年の段階で高いですよ。

佐藤 中学受験の段階で、数学と英語を除けば、東大入試もある程度こなせます。

新井 この間、開成中入試の算数の問題を見ましたが、問題の条件となる部分を正確に読み取れるのは大人でも1割いないような設問でした。

佐藤 だからエリートたちのほうは変わらない。

新井 ええ。逆におうちでずっとゲームをして読解力もなければ体力もない、という子供たちは、これからほんとに難しいなと思います。

■資本主義と民主主義とDX


佐藤 これからの社会がDXによって大きく変わっていくと、当然、制度も大きく影響を受けますね。

新井 そこが佐藤さんと話したかったことです。いまの資本主義と民主主義がどんな影響を受けるかは、佐藤さんとじゃないと話ができない。

佐藤 是非ともお願いします。

新井 政治形態が変わる時は、最初に新しいテクノロジーが興り、それによって富の配分や必要とされる職種に無理が生じて、革命や体制の変化が起きます。民主主義もルソーが一所懸命に言ったから生まれたのではなく、先に蒸気機関のようなテクノロジーが生まれ、産業が機械化されて工業が興り、資本主義が生まれたから、民主主義ができてきた。それは工業が都市労働者を必要としたからです。

佐藤 それまでになかった職業です。

新井 都市労働者に機嫌よく働いてもらうには、ある程度、生活を豊かにしたり、自由を担保しなくてはならなかった。また仕事に必要な学問を身につけた方がいいという資本主義の都合から、教育を充実させたり、子供は働かせないで学校に通わせたりするようになった。奴隷解放も労働者の待遇改善も、女性の社会進出も同じ流れです。

佐藤 つまりそれらはすべて資本主義の要請で、資本主義が発展するために必要なことだったわけですね。

新井 だから民主主義は、明らかに資本主義のおかげで生まれたのです。そしてその資本主義が生まれたのは、19世紀テクノロジーのおかげです。

佐藤 いまはAIなどのテクノロジーで、それ以上の変化が訪れようとしている。

新井 恐ろしいことに、DXによって起きるのは、人を不要とするタイプの変化です。労働者が要らなくなる。もっともシンギュラリティは来ないので、全部要らないということはなく、非常に高い能力を持つ人が少数必要な世界になっていきます。

佐藤 そうなると、会社のあり方だけでなく、雇用や労働者の意味が変わってくる。

新井 アダム・スミスは、資本主義が労働者を必要とするという前提で『国富論』を書き、現在の経済学もその流れの中にあります。労働者が要らなくなることを想定していない。そこにはさらに落とし穴があって、「神の見えざる手」以降の経済学は、完全競争によって「一物一価」に近づくことをよしとしたわけですね。誰かが起業したり資本家が投資をしたりすると、最初は他に競争相手がいないから価格が不当に高くなりますが、それが完全競争によって一物一価になる。

佐藤 同一市場の同一時点における同一の商品は同一価格になる、という考え方ですね。

新井 それがどうして起きるのかといえば、情報の非対称性が解消されていくことによって起きるわけです。

佐藤 その通りです。

新井 これまで人間のライフスパンの中では、一物一価になる期間が長かったわけですよ。でもこのインターネットの社会では、価格ドットコムやアマゾンで比較したりすれば、誰でもすぐに最安値がわかってしまう。つまり一物一価がものすごい速さで達成されてしまいます。

佐藤 何か買う時には、最初に検索しますからね。

新井 ひと昔前は、商品について一般の人は知る方法がないから、近所の商店街の電器屋さんから商品を買っていたわけです。

佐藤 自分で調べつくすには、コストと時間とエネルギーがかかりすぎる。だから電器屋さんへの「信頼」でことをすました方がよかった。

新井 そのコストがインターネットによってゼロになってしまった。情報の非対称性が解消されて完全競争になるのが速すぎるんです。そうなると、何かに投資をしても、その投資を回収する前に一物一価になってしまい、利益が出ません。また商品に関しての知識やノウハウを提供したり、ショールームを持って商品を飾ったりしているお店には何のメリットもなくなってしまいます。

佐藤 いまのお年寄りがいなくなったら、街の電器店はなくなってしまうでしょうね。

新井 こうした変化の中で企業が何をするかといえば、やっぱりDXです。DXで岩盤コストである人件費を究極まで削る方向に向かう。いまの業務をただデジタル化するだけのデジタイゼーションでお茶を濁しているような余裕が企業からなくなり、本気でデジタライゼーションをして業態変革をし始める。それに成功した会社だけが生き残り、失敗すれば市場から退場せざるを得なくなります。

佐藤 そこでは働けなくなる人がたくさん出てきますね。こうした問題はマルクスからも読み解けます。『資本論』にこうあります。「あらゆる利益を横領し独占する大資本家の数の不断の減少とともに、窮乏、抑圧、隷属、堕落、搾取の大衆が増大する」。スキルのある高度人材は資本に集まってきますが、それは一握りで、多くは無知で貧困状態で、人の言うがままに従う大衆となる。


■小さく起業する


新井 ここにスマホがありますね。この中のさまざまな機能やダウンロードしたアプリを使いこなしているという人たちがいるじゃないですか。

佐藤 何でもスマホでできるという人たちですね。

新井 それがすごいことだと思っているかもしれないけど、違います。あなたは大衆としてスマホを持たせられて、資本家が必要とするデータを集めるために、毎日持ち歩き、さまざまなデータを提供しているだけなんですよ、と言ってあげたい。

佐藤 時には文章を書き込み、写真を撮ってクラウドに保存して、彼らのデータ商売に協力している。

新井 そう、自分の時間を使って、彼らのためにアノテーション(情報のタグ付け)してあげる非常に都合のいい大衆になっているんです。

佐藤 大衆は新しい形で搾取されているわけですね。

新井 こうした社会の中で、いままでの豊かな中間層が経済的に破綻すると、再生産しなくなる。子供を産まなくなっていくのはその一つで、経済全体がシュリンク(萎縮)していきます。そして負のスパイラルに陥っていく。

佐藤 この事態に対処する妙案はありますか。

新井 私が提案しているのは、起業です。大企業の一事業部は売り上げ100億円くらいの規模でないと動きません。ですから数億から数十億円程度のニッチなところで起業する。起業のハードルはかつてなく低くなっています。ネットさえ通じていれば、オフィスは自宅、会計と総務はソフトウェアに任せられる。できるだけデジタルを活用することです。人件費を少なくし持続可能な形を作って、モノポリー(独占)の達成を目指す。身の回りの不便を探せば、起業の種は案外見つかるものです。

佐藤 新井先生もRSTで起業しました。

新井 お陰様で2年で黒字化しました。これが画期的なイノベーションかといえばそうではないですし、別に最新のテクノロジーを使っているわけでもない。やっぱりニッチということだと思うんですね。

佐藤 目の付け所がいいんですよ。

新井 重要なのは、できるだけ多く起業させて、中小企業の新陳代謝を起こし、デジタルを活用した新しいタイプの業態を作ることです。

佐藤 起業を目指す若者は増えているのは、一筋の光明ですね。

新井 ただ市場から退場せざるを得ない人が出てくるのは不可避なので、小中学校の義務教育や高校大学の教育を本質化する必要があります。

佐藤 それはGIGAスクールではない。

新井 デジタルドリルで勉強させることは全然本質ではありません。その程度の勉強はAIがやれてしまう。やはり問題は読解力で、読み書き聞き、そして表現する力を高校の卒業段階までに身につけてやることです。そうしないと、彼らはまともな職につけなくなる。

佐藤 まだ間に合いますか。

新井 これからは一生で3回転職するようになると私は考えています。テクノロジーが発展している段階では、まだ社会の形態がはっきり出来上がっていない。蒸気機関ができてフォード式自動車ができるまで100年かかっています。

佐藤 いまはDXの発展途中です。

新井 この段階では、テクノロジーの都合でどういう職種が要らなくなるかが決定されてしまうので、流動的になる。それはつまりどういう仕事に人が必要なのかも流動的だということです。人が20歳から60歳まで働くとして、その40年間には10年に1度、転職しなくてはならなくなると思う。だから当面はこの3回の転職を無事乗り越えることがすごく大事になります。

佐藤 3回を乗り切るのは難しい。脱落していく人も多いでしょう。

新井 これは一人ではなかなか乗り越えられない。できればパートナー、家族と乗り越えるのが望ましい。片方が失敗しても片方が成功すれば生き延びる確率は高くなります。ダブルインカムでもシングルインカムを前提にしてライフプランを立て、3回の転機に立ち向かうことをお勧めします。

新井紀子(あらいのりこ) 国立情報学研究所教授
1962年東京都生まれ。一橋大学法学部、イリノイ大学数学科卒。97年東京工業大学で博士号取得。2006年より現職。現在は社会共有知研究センター長も兼務。11年に人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」を開始。16年から「リーディングスキルテスト」の開発を行う。「教育のための科学研究所」代表理事・所長も務める。

「週刊新潮」2021年4月8日号 掲載

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