会社を強くする「人事」の極意――西尾 太(フォー・ノーツ代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

 働き方改革にジョブ型雇用の導入、そしてDXへの対応――。さらにコロナ禍で急速に進んだテレワークも加わり、いま「働き方」が大きく変わろとうしている。この状況下で組織を最適化するには、どうすればよいのか。人事のプロが説く、会社の成長力や業績に直結する時代の人材育成活用術。

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佐藤 西尾さんは人事のプロフェッショナルとして知られています。これまで1万人以上の採用・昇格面接、管理職や人事担当者の研修を行ってこられたとうかがいました。

西尾 就職して30年以上、ほぼ人事の仕事をしてきましたね。まず最初に入社したいすゞ自動車の配属先が人事部門だったんです。その後、転職してリクルートの人材総合サービス部門で働き、TSUTAYAを展開するCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)と、クリエーターエージェンシーの草分け、クリーク・アンド・リバー社では人事部長を務めました。

佐藤 独立されたのはいつですか。

西尾 2008年です。フォー・ノーツという会社を設立し、400社以上で人事制度の構築や教育研修に携わりました。

佐藤 企業を取り巻く環境が大きく変わるなか、人事への取り組みが企業の成長力や業績に大きく影響を与える時代になった、と指摘されていますね。

西尾 はい。働き方改革にテレワークの普及、ジョブ型雇用の導入、DX(デジタル・トランスフォーメーション)への対応、そして副業の容認など、働き方や人事に関する話題は尽きることがありません。これにいかに対応するかで会社の将来が決まってきます。

佐藤 労働環境の変化は、コロナ禍でますます強まりました。

西尾 昔の人事部の仕事は、正社員の採用や教育、評価、給与制度だけを考えていればよかったんです。でもいまは非正規雇用が増え、さらにアウトソーシングやクラウドワーカーなど、雇用契約以外の契約も増えています。さらに人に代わってAI(人工知能)やRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション=事務作業の自動化)が担う領域も広がってきた。いま企業は、こうした動きにも適切に対応していくことが求められています。

佐藤 それを西尾さんは「第4次人事革命」と呼んでおられるのですね。

西尾 その通りです。

佐藤 いまが第4次なら、人事戦略には変遷があったということですね。現在に至るまで、どのように変わってきたのでしょうか。

西尾 第1次人事革命は昭和50年代に起きます。それまでの高度成長を支えたのは、年功序列や終身雇用でした。この時代、会社は社員を課長、部長などの「ポスト」で処遇してきました。植木等さんが出ている昔の映画を見ると、課長になったら、家族中で大騒ぎしているんですね。

佐藤 昭和のサラリーマンにとって出世は一大イベントです。

西尾 それが安定成長期に入り、オイルショックが起きると、企業が成長しなくなります。すると、ポストが増えなくなる。会社から見れば、ポストで社員を処遇できなくなったということです。そこで第1次人事革命が起きて「能力」で処遇するようになった。能力があるという前提で、45歳や50歳なら部長級の給料を出すことにしました。これを「職能資格制度」と言います。

佐藤 まだ会社の業績は悪くなく、それで回っていたわけですね。

西尾 そのあとバブルになりますから。でも平成に入ってバブルが弾けてしまうと、能力は高いかもしれないけれど成果を出さないオジサンたちは会社の大きな負担になる。もう結果を出さない人はいらないと、各社は一気に「成果主義」に舵を切ります。同時に中高年のリストラも始まります。これが第2次人事革命です。

■成果主義の副作用


佐藤 第2次は日本経済の失われた30年の背後で進んでいくのですね。

西尾 当時、この成果主義と相まって導入されたのが「年俸制」です。プロスポーツ選手のように年収全体を「洗い替え方式」で決めていく。つまり去年がいくらかは関係ない。だからこれは年収を乱高下させる仕組みでした。

佐藤 それが行き過ぎると、人生設計ができなくなります。

西尾 その通りです。そしていまで言う、ジョブ型雇用を導入した企業もありました。「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)」により職務を明確にし、人ではなく仕事に焦点を当てるこの仕組みは、年功序列を否定するものとして合理的だと考えられていました。ジョブ型は、能力主義、成果主義と並べて、職務主義という言い方もします。

佐藤 この時にジョブ型雇用に切り替えた会社もあるのですね。

西尾 いまになって経団連や日経新聞が連日、ジョブ型ジョブ型と騒いでいますが、バブルが弾けたあとの一時期、それが持て囃されたことがあったのです。

佐藤 しかし定着はしなかった。

西尾 そうです。第2次人事革命は平成初期に始まり平成10年代の初めまで続きますが、成果主義においては、わざと目標を低く設定したり、自分さえ成果を出せばいいという風潮を生んでチームワークを阻害したりと、さまざまな問題が浮上しました。また、ジョブ型もローテーションで社員を育成する日本企業には馴染みませんでしたし、年俸制は生活設計ができず、社員の不安を増大させるだけで、結局止めてしまう企業が多数出てきました。

佐藤 揺り戻しが起きたのですね。

西尾 結局、バブル後に導入された人事施策の多くは頓挫します。その間に、社員の会社に対する信頼はどんどん失われ、日本は社員が会社をもっとも信頼していない国になっていきます。

佐藤 成果主義の副作用には激しいものがあった。

西尾 成果主義だけではうまくいかない。かといって昔の能力主義には戻れない。そこで次に多くの企業は、成果を出すための「行動」に着目します。これが第3次人事革命になります。

佐藤 この流れはゲーテの『ファウスト』とそっくりです。ファウストは物語の始めの方でギリシア語版聖書をドイツ語に訳すのですが、「はじめにロゴスありき」のロゴスを、最初は「言葉」と訳すんです。でも言葉など信頼できない。だから次に「心」と訳す。しかし心も信頼できない。そして3度目には「力」と訳します。でもそれもしっくりこない。そして最後に「行動」と訳して、よしとするんです。

西尾 それは面白いですね。

佐藤 哲学者の田辺元(はじめ)は、これを次のように分析します。最初の「言葉」はギリシアの思想、「心」はヘブライの思想で、「力」は成果を導き出す近代の思想、最後の「行動」は現代を表す思想だと。

西尾 言葉と心は、やる気に通じますよね。結局、昔から人間は同じようなことを考え、たいして進化していないということですね。

佐藤 そう思います。優れた分析は、どんな分野からアプローチしても、哲学の根本部分にまで到達していきます。その好例ですね。

西尾 ありがとうございます。そして第4次人事革命は、この流れを踏まえたものでなければなりません。いま私たちで作っている人事制度は、行動と成果の両方で評価します。行動したからといって成果が出るとは限らないし、頑張らなくても成果が出ることはある。だからその両方を見ましょうということです。行動は基本給、成果はボーナスといった形で給与体系を整理しています。

■年次の呪縛


佐藤 公務員は、民間企業とはまるで別世界です。私はバブル末期の昭和63年から平成7年まで、モスクワの日本大使館に勤務していました。そして帰国後の平成10年、登用制度によって専門職からキャリア(幹部候補生)の扱いになります。役所は年次が非常に重要で、登用されるとキャリアから5年落ちの年次になりますが、専門職の同期職員たちは同期会に呼んでくれなくなりました。

西尾 裏切り者扱いですね。キャリアからはどう迎えられたのですか。

佐藤 あちらからも歓迎されませんでしたね。ノンキャリアの頂点がキャリアの最下位より下にあることで、官僚制度は成り立っています。だから、追い抜いてくるんじゃないかと、非常に警戒心を持たれました。

西尾 それはイバラの道ですね。

佐藤 登用される際、私は二つの道を提示されました。一つは、そのまま首席事務官から課長になって、最後はどこかの大使になるコース。もう一つは自分の専門分野を発展させる形で独自の道を作るコースです。私は後者を選んだ上で、欲しいものを三つ挙げました。

西尾 条件闘争をしたのですね。

佐藤 まず誰も持っていない肩書きです。これは主任分析官という名称になりました。それから自分の部屋を作って、各部署から自分の部下を集められること。そして外務省報償費(機密費)――支出を明示しなくていいお金を持たせてほしい、とお願いしたのです。

西尾 それはかなりハードルの高いお願いではないですか。

佐藤 いえ、人事課長からは「君、欲がないねぇ、そんなのでいいのか。それなら永久にスタッフじゃないか」と言われましたね。

西尾 その時、何歳でしたか。

佐藤 38歳です。おそらく人事課は、部屋を持たせて二重帰属の部下を作ると組織がどうなるのか、わかっていなかったんでしょう。これによって情報が集まり、チームは先鋭化して、私は実質的に局長以上の権限を持って、内閣総理大臣とも直接接触できるようになりました。

西尾 それはすごいですね。

佐藤 もっともそれがトラブルを引き寄せ、私が逮捕される原因にもなります。私以外にも機密費を流用して競走馬やゴルフ会員権を買ったり、交際女性に渡したりして逮捕された要人外国訪問支援室長が登用でした。だから以後、外務省は深く反省して登用制度を廃止します。

西尾 深く反省――したのですかね。

佐藤 そういう人間を登用する側にも問題があるはずですが、制度自体をなくして組織の保全を図った。役人の世界も、年次を一部でも崩すのは大変です。民間企業でもなかなか崩せないものでしょう。

西尾 第1次、第2次の人事革命があっても、そのまま第1次の頃の年功序列、終身雇用を続けている会社はいくらでもあります。

佐藤 根本に手をつけず微調整している会社が多いのでしょうね。

西尾 おっしゃる通りで、ここ数年、キリンホールディングスやアステラス製薬など、大企業で黒字リストラが続いています。これには年次を守ろうという意識が働いているのです。年次は崩したくない。でも給料が高くなった中高年を今後10年も20年も置いておくわけにはいかない。だから辞めてもらおうという話になる。

佐藤 若い人たちから見たら、彼らは迷惑な存在ですからね。

西尾 もう年次は崩して、給料を時価払いにすればいいんですよ。年功序列の給与体系は、若い頃は低く抑えて、歳をとったら高く払うという後払いの仕組みです。これを時価払いにする。そこに手をつけずして、黒字リストラするのは順序が違うと思います。

佐藤 そこはシンプルに切り替えたほうがいい。

西尾 もし完全に年次を排除できないということでも、40歳になったら年次は関係ないとかの線をはっきりと引くべきですよ。

佐藤 そうすると、40歳以降の人生設計を真剣に考えるようになります。

西尾 先日、ある大学の管理職研修に行ったんです。彼らが困っているのは、年上部下の扱いでした。管理職にとっては部員の評価も大切な仕事ですが、評価の目的は「育成」です。その人物をどう育てて、この先どんな仕事を任せて成長させるかを考える。でも50代になって、もうこのままでいいと思っている年上部下がかなりいるんですね。彼らはどんな評価をしようと、「そうっすね」で終わってしまう。ただ給料は下がらない。彼らをどう扱ったらいいのか、40代の課長が悩んでいる。

佐藤 それにはどう対処すればいいのですか。

西尾 まず一つは、逃げ切りを許さないことですね。つまり評価して、給料を下げるべき時には下げる。自分を成長させ、技術をブラッシュアップして仕事をしないなら、給料が下がる仕組みにすることです。

佐藤 現状維持でなく、はっきり下げるのですね。

西尾 もう一つは、50代でも成長するのだとわからせることです。私は55歳ですが、40歳の時とそうは変わっていない。それはつまり40歳の時と同じ状態で、成長の余地がまだあるということです。実際、私はこの歳でプロに習い、ゴルフが少し上達しました。やりようによっては変われるのです。だから40代もどんどん50代にモノを言えばいいと思うし、50代も耳を貸して、そうか、ここがダメなのかときちんと受け止めることが大事です。

佐藤 45歳くらいで割増退職金をもらって早期退職すると、大学院に来る人がいます。彼らが若い学生に悪い影響を与えて、非常に問題になっています。俺の若い頃にはこんなことをしてと、いまは全く通用しない武勇伝を持ち出して説教するのです。みんな一流の大学を出て、一流の会社に入って、でも最後は窓際だった。その鬱憤を、若い学生相手に解消しているんです。

西尾 それは困りますね。

佐藤 だから初めから40歳と年次を切ってしまえば、彼らももっと有意義な人生を歩めるようになる。

西尾 日本人の平均年齢はいま48歳くらいです。だから40歳はまだ若造で、そこで完全リタイアすると働く人が減ってしまう。ですから彼らに再度活躍してもらう仕組みが必要だと思います。


■人事の目指すところ


佐藤 人事から見て、これから会社はどんな形になっていくとお考えですか。

西尾 いろいろあると思いますが、まず社長と一緒に経営を考えていくコア人材は必要です。その人たちには高い給料を払って、早い段階からいろんな修羅場を体験させて育てていく。一方、専門的な仕事をする人材は、もう社員として抱えなくてもいいかもしれません。アウトソーシングできますし、クラウドワーカーもいる。それ以外に、どうしても社内でやらなきゃいけない仕事があります。ここに誰を置くか、どれだけの人材を割くかが人事戦略になっていくと思います。

佐藤 ジョブ型はどうなりますか。

西尾 先にお話ししたように、バブル崩壊後にもジョブ型と言われ、スペシャリスト志向、“手に職”ブームが起きました。それに伴い、ゼネラリストは不要とか、管理だけの管理職はいらないという風潮まで生まれました。その失敗を繰り返してはなりません。

佐藤 管理というのは立派な仕事なんですけどね。

西尾 社内でジョブ型人材を作っていくと、その仕事しかできませんという人を大量に生み出しかねない。その仕事がイノベーションでなくなったら、どこにも行けなくなります。もちろん一定の専門性は必要ですが、それしかできない人が増えるのは、人事からすればとても怖い。

佐藤 そこでよく言われるのは、T型人材やπ(パイ)型人材ですね。

西尾 一つしかできないI型人材は危うい。一つの専門性を持ちながら幅広い知見があるのがT型で、彼らは専門性のあるマネジメント人材になることが期待できます。π型なら二つの専門性を持ち合わせ、かつ広い知見があるわけですから最強です。

佐藤 専門性の獲得には、どのくらいの時間がかかるのですか。

西尾 専門性1本にだいたい1万時間と言われています。1日8時間そればかりやっても年間1900時間ですから、6、7年はかかりますね。だから企業内で2本作るとなると、非効率的かもしれません。

佐藤 π型の優秀な人は、他社に引き抜かれることもあるでしょう。

西尾 ありますね。ただ私は、人事の究極の目標は「どこにでも行ける人がうちにいる状態にする」ことだと考えています。

佐藤 それは面白い発想ですね。

西尾 私は1998年にCCCに入りましたが、当時、それまで社員がだいたい500人くらいなのに、96年に100人、97年に300人、98年に100人と採用し、一気に500人も増えました。ただ退職率も高く、20%を超えていたんですね。いい会社なのに何が原因なのか突き詰めてみると、自分がキャリアアップして進んでいく道が見えないということでした。そこで人事に入った私たちは、きちんとした等級制度を作りました。現時点ではこれでいいけれども、昇格するにはこれが必要だと、等級別に定め、社員に知らしめて運用していったんですね。キャリアステップのラダー(梯子)と言いますが、これで2年目、3年目には退職率が半分になりました。

佐藤 指標ができたわけですね。

西尾 これは汎用性があります。ここにいればキャリアが積めて、いざとなったら他に行けると思うようになると、逆に辞めなくなるんです。ここで成長できるなら、わざわざ辞める必要はありません。だからどこにでも行ける人を作れば、逆に定着率を高めることになります。

佐藤 逆にそこでしか働けない人を作ると、いざという時に辞めてくれないし、リストラしなくてはいけなくなりますね。

西尾 あとは理念です。その会社がどんな価値を社会に提供しているかに共感してくれれば、その人は辞めません。人事の仕事は、社員に会社が目指す方向と同じベクトルを持ってもらうことです。それができれば、会社は非常に強くなり、業績も伸ばしていけると思います。

西尾 太(にしおふとし) フォー・ノーツ代表取締役社長
1965年東京都生まれ、早稲田大学政経学部卒。88年いすゞ自動車入社。90年リクルートに、98年カルチュア・コンビニエンス・クラブに移り人事部長にも就任。2005年よりクリーク・アンド・リバー社で人事・総務部長を務め、08年に人事専門会社フォー・ノーツを設立。著書に『超ジョブ型人事革命』『アフターコロナの年収基準』など。

2021年6月10日号 掲載

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