総合菓子メーカーからウェルネスカンパニーに生まれ変わる――太田栄二郎(森永製菓代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】
2022年06月28日 05時55分 デイリー新潮
「ミルクキャラメル」「チョコボール」「ハイチュウ」、そしてこれからの季節は「チョコモナカジャンボ」。数々のロングセラー商品を生み出し、120年以上の歴史を持つ森永製菓が、昨年、会社の新たな方向性を定めた2030経営計画を発表した。向かう先は「健康」。老舗企業はどう変わるのか。
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佐藤 太田社長は1959年生まれですね。何月ですか。
太田 6月です。
佐藤 私は1960年の1月ですから、太田社長と同学年になります。しかも同じ時期に京都の同志社大学で学んでいた。
太田 ご経歴を見て、私もあれっ、と思いました。
佐藤 もっとも、私は1浪していますから、大学は1学年下です。
太田 当時はどこに下宿されていましたか。
佐藤 聖護院付近、平安神宮の裏です。
太田 私は下鴨神社の糺(ただす)の森のそばだったのですが、窓を開けると境内が見えて、そこでテレビドラマ「暴れん坊将軍」の撮影をやっていたんですよ。当時、あそこでよくロケをしていましたね。
佐藤 下鴨神社のすぐ北には、マクリン幼稚園があります。私は、同じ敷地にある賀茂教会にいまも通っています。
太田 そうでしたか。私は下鴨神社の西側にあるグリル生研会館という洋食屋さんでアルバイトをしていました。カレーの仕込みなど厨房に入って働いていたのですが、森永製菓に入社したのは、そこのマスターが大いに関係しているんですよ。
佐藤 この会社の関係者だったのですか。
太田 そうといえば、そうですね。私は食品業界と決めて就職活動をしていたわけではなかったのですが、森永製菓も受けるとマスターに言ったら、自分の中学生時代の同級生が森永製菓にいる、と言うんです。42歳のマスターと同じ年ですから20年先輩になりますが、人事部のマネージャーとして関西に来られたのが、その方だったんですよ。こんな偶然があるのかと思いましたし、マスターからも勧められて、この会社に決めたんです。
佐藤 そういう縁は大切ですよね。当時、同志社から東京の森永製菓に入るのは珍しかったのではないですか。あの頃、同志社の学生は、箱根の山の東側には何がすんでいるかわからないって言ってました(笑)。
太田 確かに同志社の先輩は4人しかいませんでしたね。
佐藤 私は埼玉県大宮出身で東京近郊ですから、森永のお菓子やアイスクリームになじんで育ちました。チョコボールのおもちゃのカンヅメが欲しくて、金や銀のエンゼルを集めようとするのですが、いつも銀3枚集めたくらいで息切れしてしまう。中身が知りたかったですね。
太田 おもちゃのカンヅメの中身は、社長になっても見せてくれない(笑)。もちろん取引先にお土産として持っていくなんてこともできません。ただカンヅメの容器だけは見せてもらえます。容器は数年ごとに変わっていて、この間までは「走る!キョロちゃん缶」だったのが、いまは「飛びたいキョロちゃん缶」になりました。羽をバタバタさせたり、しゃべったりするんですよ。
佐藤 あれは子供の頃の記憶に、強く焼き付いています。いまも子供たちを夢中にさせているのでしょうね。

■コロナ禍の中で「攻める」
佐藤 このコロナ禍は森永製菓にどんな影響を与えましたか。
太田 コロナ禍が始まった当初、2020年3月まではあまり影響を感じることはなく、結果的に2020年3月期は過去最高益となりました。それが4月になると、いきなり主力製品のinゼリーの売り上げが前年の半分になったんですよ。
佐藤 緊急事態宣言が発令されてから、大きな影響が出た。
太田 ええ。コンビニやドラッグストアには、普段通り並んでいるんです。でもそれが半分しか売れない。そして5月も半分でした。
佐藤 外出制限が直撃したわけですね。
太田 inゼリーは発売当初、「10秒でとれる朝ご飯」というコンセプトだったように、時間や場所が無い時の手軽な食事として利用されることが多い商品です。通勤通学する人が少なくなると、飲むシーン(場面)がなくなってしまうんですね。
佐藤 他の商品はどうでしたか。
太田 ハイチュウも8割ほどになりました。これも4月、5月の行楽シーズンに持っていくというシーンがなくなってしまった。
佐藤 一方で、巣ごもり需要で伸びた商品もあったのではないですか。
太田 ホットケーキミックスは、あっという間に店頭から在庫がなくなりました。
佐藤 ネットではプレミアをつけて売られていました。ニュースでも相当に取り上げられましたね。
太田 売り上げが2倍以上になりましたし、同じく巣ごもり需要でビスケットの販売も好調でした。ただ、ホットケーキミックスなどはできる限りの増産対応をしましたが、売上規模から考えるとinゼリーのマイナス分をカバーできないんです。
佐藤 その後、inゼリーは回復したのですか。
太田 これは回復を待つだけではダメだと思って、その後、inゼリーを飲むシーンを増やし、ターゲットを広げようとしたんですね。もともとinゼリーは朝食というシーンから、体調不良時の栄養補給や受験生の夜食などシーンを広げてきました。その過程で、子供からお年寄りまでターゲットが広がった。そこでコロナ禍でのニーズを捉えて、プロテインをより強化したり、考えるためのエネルギーになるブドウ糖を入れたり、また女性の間食向けにフルーツ食感のinゼリーも出しました。
佐藤 いろいろCMが流れていました。
太田 櫻井翔さんが在宅でトレーニングしながら飲むとか、テレワークしながら飲むとか、そうしたCMを通じて、新しいシーンを提案していったんです。
佐藤 守るのではなく、攻めたわけですね。
太田 その結果、コロナの1年目は年間で十数%減になりましたが、その後は順調に回復し、21年度はコロナ前の19年度を上回る売り上げになりました。
佐藤 決算報告のビデオを拝見しましたが、2022年3月期の全体の売り上げは過去最高なのですね。見事な手腕です。
太田 コロナ禍で一度落ち込んだのを回復させ、過去最高の売り上げになりました。ただ、喜んでばかりもいられません。利益は減っていますから。
佐藤 原材料の高騰ですね。
太田 弊社が使う原材料は、小麦や砂糖、そして乳などです。それらを中心に、菓子、冷菓、食品、健康に関わるさまざまな製品の原材料価格が上がっています。
佐藤 日本では国が小麦を一元的に輸入して各社に売り渡していますね。その価格は年に2度改定され、4月には17.3%上がりました。でも、それはまだロシアのウクライナ侵攻が考慮されていない数字です。2度目の改定がある10月には、もっと上がるのは間違いない。
太田 そうですね。今後も更なる原材料高騰に備えないといけないと思っています。
佐藤 いま、ロシアに占領されているウクライナの国土は、全体の5分の1ほどです。でもGDPは45%近い減少になるといわれています。それは工業地帯と小麦の取れる黒土地帯が、ロシアが占領する東部と南部にあるからです。今年はもう小麦の作付けも刈り入れもできません。だから、来年の4月はさらに高騰します。
太田 それに加えて円安もあります。弊社は昨年度の実績は1ドル115円、今年度予想の前提は128円です。円安で恩恵を受ける海外事業もありますが、それを含めてもマイナスインパクトの方が大きく、非常に厳しい状況です。

■鮮度マーケティングの追求
佐藤 どこの会社でもいまの社長は、こうした激動の時代の舵取りをしなければなりません。太田社長の経営判断の基準は、どんなところにあるのですか。
太田 やっぱり私は「強みを生かす」ことを意識的に行っていますね。つまり売れるものを売る。かつて弊社の営業は、売れるものから売りづらいものまで一様に営業をかけてしまう傾向があったのですが、それよりも、売れるものをもっと売ろうという話をしてきました。
佐藤 そういう形で伸びてきた商品にはどんなものがありますか。
太田 先ほどのinゼリーもそうですし、やはり最大のヒットはチョコモナカジャンボだと思います。
佐藤 我が家の冷凍庫にもあります。
太田 ありがとうございます。チョコモナカジャンボは、弊社商品の単品の中で一番売れている商品なんです。
佐藤 それは金額ベースですか、個数ベースですか。
太田 両方です。冷凍庫という設備が必要な商品にもかかわらず、一番売れています。今年発売50周年を迎えていますが、この20年間ずっと伸びてきた。昨年は前年比97%ほどだったのですが、それでもダントツで、年間2億個ほど売れています。
佐藤 基本的には夏の商品ですから、すごい数字ですね。前にこのコーナーで日本気象協会にうかがった時、森永製菓のアイスは、彼らが提供する気象データによる需要予測を取り入れているという話を聞きました。
太田 そうですね、需要予測も含めて、鮮度マーケティングが大きく寄与しました。本来、アイスには賞味期限がありません。ですから作りだめをするのが当たり前の商品なんです。当然、暑くなるにつれて売れますが、夏に合わせた製造能力を持つと、冬には赤字になります。だから普通は冬に作りだめをしておき、夏に売る。ところが、チョコモナカジャンボはそうしない。鮮度にこだわる。
佐藤 あのパリパリ感ですね。
太田 その通りです。普通のモナカアイスはクリームの水分がモナカ部分に移るので、時間が経つとモナカがしなっとしてきます。それを私どもではモナカの内側にチョコレートコーティングをスプレーして隙間なく覆うことで、吸湿を遅らせるようにしています。チョコモナカジャンボだけでなく、バニラモナカジャンボも同様です。でも、それだけではない。やっぱり作り立てを早く食べてもらいたいので、製造後5日以内の工場出荷を目標に、製造を調整しているのです。
佐藤 作りだめをしない上に、頻繁に工場を動かしたり、停めたりするのですか。
太田 はい、この10年くらいで製造の瞬発力を増強し、年間でフレキシブルに対応できる製造態勢を整えてきました。だからモナカアイスは数あれど、ここまでモナカの鮮度を追求しているのは弊社だけです。そうしたやり方ができるのは、約2億個という販売量があるからです。
佐藤 同じモナカアイスでも、森永製菓のジャンボは独特の商品なのですね。
太田 もっとも、私たちが鮮度にこだわっても、お店の中で滞留してしまってはどうしようもありません。ですから販売量を追わないで在庫管理を徹底して鮮度を追う。時には得意先からの注文に対して調整をかけて出荷することもあります。また、我々は鮮度を売っているわけですから、作り立てと2カ月経ったモナカを食べ比べてもらったりもします。すると、大きく違うことがわかる。
佐藤 そうした啓発活動もしてきたわけですね。最初からヒット商品だったのですか。
太田 そうではないですね。2005〜06年くらいから伸びてきました。そして量が増えて、こうしたマネジメントができるようになったんです。
佐藤 その陣頭指揮をとってこられたのですか。
太田 2009年からアイスの事業本部長をやりました。その時には、弊社のアイスを菓子素材と組み合わせたものに特化することにし、カップ入りのバニラアイスや、みぞれのアイスを出さないと決めました。いわば総合アイスメーカーの看板を下ろし、ジャンボを中心とした、当社の強みが生かせるラインアップに特化した。その結果、どんどん伸びていったんです。
佐藤 つまり選択と集中ですね。
太田 もともとモナカアイスが強かったこともあります。弊社は、アイスのメーカーの中ではSKU(Stock Keeping Unit=在庫管理上の品目数)がとても少ない。またサブフレーバーもほとんど出していない。その中で売り上げが伸びたので、非常に経済的効率がいいんです。
佐藤 しかも業界の常識を打ち破る独自のやり方です。こうなると、他社は追随できないでしょうね。
■心の健康と体の健康
佐藤 これからは、社長として会社を「ウェルネスカンパニー」へ変えていこうとされています。
太田 それまでの中期経営計画では、成長は「海外と健康」だと言ってきました。ただ、その時のウェルネスは、お客様の体の健康でした。それを昨年初めて作った2030年に向けての経営計画では、心・体・環境という三つの価値をお客様と従業員、社会に提供すると再定義しました。
佐藤 健康志向は大きな流れです。
太田 体の健康では、一つのブランドで、健康的な要素を付加した商品を展開してきました。ブランド・エクステンションと言っていますが、先ほどお話ししたコロナ禍の中でのinゼリーがまさにそれです。また、素材の持つ健康効果もアピールするようにしてきた。例えば、ずっとボトル容器で売ってきたラムネ菓子です。考えてみたらラムネは90%がブドウ糖でできているんですね。
佐藤 だから脳への吸収が圧倒的に早いですよね。
太田 社内では、その重要さがあまり認識されていなかった。ブドウ糖は考えるためのエネルギー源ですから、集中力につながります。それを強調して大人向けに粒を大きくしてパウチ形態で発売したら、売り上げが3〜4倍になりました。
佐藤 inゼリーでもブドウ糖入りのラムネ味を作られたのは、その成功体験があるからですね。一方で、inゼリーにはカロリーオフの商品もあります。
太田 昔は栄養価が高いものが求められました。弊社はアメリカで11年間、西洋菓子を学んだ森永太一郎が1899年に創業しましたが、当時の日本はまだ栄養が十分でなかった。だからそれを補う商品を出してきた。まさに森永ミルクキャラメルがそうで、パッケージにはいまも昔のままに「滋養豊富、風味絶佳」と書かれています。
佐藤 甘さはご褒美でした。そしてカロリーが高いのも売りになった。
太田 でも、いまは逆です。栄養を取り過ぎないことも大切です。これだけ世の中が豊かになってくると、求められるものも変化してきますし、味覚も変わってきます。だから時代に合わせて、商品を進化させていかなければなりません。
佐藤 ただ、おいしくないといけない。
太田 味を作る技術は非常に重要で、例えば健康素材であるプロテインそのものは食べにくい。それをinゼリーやinバーに入れても、マスキングという技術でおいしくするんです。またコラーゲンも匂いが強いのですが、「おいしいコラーゲンドリンク」という名前の通り、おいしい飲み物になっています。
佐藤 心の健康の方は、どんなことを目指しているのですか。
太田 例えば、チョコモナカジャンボのパリパリ食感です。その心地よさを脳波や副交感神経の動きなどから解析して、どういうものを食べると幸せな気分になるか、幸福感を覚えるかを研究しようと思っています。ハイチュウのチューイング性(かみごこち)なども研究していきます。いま弊社の研究所が外部の研究機関とも協働して、科学的なアプローチで心の健康の定義を作ろうとしているところです。
佐藤 それは面白い試みですね。
太田 またお菓子には情緒的価値があります。東日本大震災の時にも、最初は水や食料が求められましたが、時間の経過とともにお菓子が喜ばれるようになった。
佐藤 よくわかります。私は逮捕されて512日間、拘置所にいました。そうした環境にいると、チョコレート一枚で心のありようが変わってきます。また父から聞いたのですが、軍隊の酒保では森永のキャラメルが人気で、それがすごい安らぎになるということでした。
太田 そうしたお菓子の情緒的な力を含めて研究していくことで、お客様の満足度を上げることができると考えています。
佐藤 お菓子は、子供の頃のさまざまな記憶とも結びついています。
太田 いま、子供たちが食べるお菓子の量は減っていますが、シニア層では増えているんです。60代、70代が増え、長寿社会になっていくにつれて、その世代がお菓子に戻ってきた。その傾向は、今後ますます強まります。そうなると、少しでも体にいいものを、ということになる。
佐藤 ターゲットも広がりますね。
太田 2030年に向けて、「心の健康を深掘り」し、「体の健康を加速」して、「心の健康から体の健康へ進化」させていきます。
佐藤 そこには、一つの人間観が感じられますね。身体的な健康を考え、脳科学的なアプローチを行い、さらに心理的な側面にも着目する。今後の企業活動が楽しみです。
太田 お菓子の力は大きい。まだまだお菓子には多くの可能性が残されていると思っています。
太田栄二郎(おおたえいじろう) 森永製菓代表取締役社長
1959年兵庫県生まれ。同志社大学商学部卒。82年森永製菓入社。横浜支店、姫路支店、本社営業部を経て2000年北海道支店長。09年冷菓事業本部長となり、11年取締役就任。15年取締役常務執行役員、17年同専務執行役員を経て、19年代表取締役社長。全日本菓子協会会長も務める。
「週刊新潮」2022年6月23日号 掲載
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