キャッシュレス決済はそんなにいいか 還元キャンペーンで浮き彫りになったリスク

キャッシュレス決済はそんなにいいか 還元キャンペーンで浮き彫りになったリスク

PayPay公式HPより

 そのバスに乗らないと待ち合わせ時間に間に合わない、というなら、乗り遅れないほうがいいに決まっているが、「バスに乗り遅れるな」という掛け声は、往々にして行き先さえ告げていないから要注意だ。

 たとえば、1940年の日独伊三国同盟への参加を煽った掛け声も「バスに乗り遅れるな」だったが、駆け乗ったバスは対米戦争に突き進み、終点は日本の破滅であった。

 最近でいえば、「バスに乗れ」とうるさいのが、キャッシュレスである。

「日本では、キャッシュレスの利用率は20%ほど。海外では韓国が90%、中国が60%、アメリカが45%などで、日本は圧倒的に現金派が多いのです」

 と、消費生活ジャーナリストの岩田昭男氏は言うが、政府はいま、2025年までにキャッシュレス決済を40%にまで高め、将来は8割にすると、壮大な目標を掲げている。これでは現金派が、自分は2割の少数派になってしまうのか、と焦るのは無理もない。

 そのうえ、10月の消費税率引き上げから9カ月限定で、中小店舗でキャッシュレス決済した場合は5%を、コンビニなどフランチャイズの店舗では2%を、消費者に還元すると決まっている。むろん、これも経済産業省のキャッシュレス推進策の一環で、それに合わせて、キャッシュレス決済事業者が100社以上も経産省に仮登録を申請、なんてニュースも流れるものだから、自分もキャッシュレスにしなきゃ大損する、時代から取り残される――。そうやって焦燥に駆られる人も急増しているのだ。

 では、実際のところ、キャッシュレスに乗り遅れないほうがいいのか。焦る人を前に結論を先延ばしするのも無粋なので、ひとまず先に述べておくが、バスに乗る必要はまったくない。

 さて、ひと口にキャッシュレスといっても、

「大きく分けてクレジットカード、電子マネー、スマートフォンを使ったQRコード決済の三つがある。最近乱立しているのが、ソフトバンクとヤフーが運営し、昨年12月、“100億円キャンペーン”を行った“ペイペイ”、続いて“20%還元キャンペーン”を行っている“LINEペイ”などのQRコード決済です」

 と岩田氏。これは、四角いモザイク状のQRコードをスマホで読み取ったりして決済する方式で、今後のキャッシュレス決済の中核をなすと見られている。今回は、主にスマホを使ったこの決済の“善し悪し”を検証する。

 ところで、いまキャンペーンについて話に挙がったので、どんなものであったか確認しておくと、

「“100億円キャンペーン”はペイペイで決済した消費者に、決済額の20%のポイントを還元し、さらに抽選で決済額を全額無料にするというもの。還元額が100億円に達したら終了する予定でしたが、実際にはテレビやSNSで話題になって、わずか10日で終了してしまいました」(同)

 ペイペイにとって大きな宣伝になり、現在、第2弾を実施中だが、岩田氏は、

「効果は絶大でしたが、必ずしも成功とはいえない」

 と言って、続ける。

「4カ月と謳いながら10日で終了したことで、消費者に不信感を与えたのではないでしょうか。100億円をばら撒くというやり方は、ギャンブル的な臭いもし、不愉快に感じた人も多かったと思います」

 しかも昨年末、キャンペーンが終わるやいなや、ペイペイの不正使用の報告が相次ぎ、「100万円利用された」という人も出現。闇サイトでクレジットカード番号などを入手されてしまうと、簡単に不正使用されるというリスクが浮き彫りになったのである。


■業者のためのもの


 いきなり危険な香りがプンプンだが、わかりにくいQRコード決済の仕組みについて、もう少し説明しておきたい。

 たとえば同じキャッシュレスでも、Suicaなど交通系の電子マネーの場合、店が電子データを読み取る専用端末を導入する必要があり、その数万円の費用が中小店舗には負担になっていた。一方、QRコードなどを読み取るスマホ決済なら、レジに備わるバーコード読み取り機が使え、それがなくても、QRコードが印刷された紙さえあれば、客にスマホで読み取ってもらって決済できる。

 だから、中小や零細の小売店でも導入しやすいというのだが、それは消費者には関係ない話である。

「誤解してはいけないのは、キャッシュレス決済は顧客のためのものではなく、ビッグデータの収集や人件費の節約など、あくまでもお店や、サービスを提供する側のためのものだ、ということです」

 と言うのは、消費経済ジャーナリストの松崎のり子さん。経済産業省消費・流通政策課のキャッシュレス推進担当に聞いても、

「推進する目的は、店舗の現金管理コストをカットすることと、客が現金を出す手間を省くことです」

 という返答だ。実際、みずほフィナンシャルグループは、日本では現在、現金を取り扱うためのコストが年間8兆円におよび、キャッシュレス化でそれを半減できると試算するが、べつに消費者の利便性が増すという話ではない。松崎さんが再び言うには、

「日本は“キャッシュレス後進国”だとネガティブに表現されますが、だから日本が遅れているとは思いません。現金を使う人が多いのは、裏返せば、現金を持ち歩いても襲われる心配が少ない治安のよさ、レジで瞬時に計算ができる能力の高さを示しています」

 前出の岩田氏も、いまQRコード決済が乱立している理由をこう説明する。

「背景には、サービスを提供する企業にとって“宝の山”である顧客情報の存在があります。そもそもQRコード決済のサービスを提供するのは、膨大な顧客情報をもつ企業ばかり。それがお得な自社ポイント還元で顧客を囲い込むと同時に、年齢、性別、職業、購買履歴などを記録し、自社のマーケティング戦略に利用しようというのです。将来的には顧客から収集した個人情報のビッグデータが、企業間で共有されることもないとは言い切れません。情報漏洩のリスクも考えると、現金にくらべてキャッシュレスは圧倒的にデメリットが大きいです」

 情報がオレオレ詐欺に流れる危険性だって、否定できないのだ。


■人情味も失われる


 東京の下町、墨田区の商店街連合会は、昨年12月からペイペイと共同で、「キャッシュレス実証実験プロジェクト」を行った。向島橘銀座商店街協同組合の大和和道事務局長は、

「“こんな下町の商店街がキャッシュレス決済を導入した”と注目され、マスコミの取材がたくさん来た」

 と語るが、肝心のペイペイについては、

「約75軒ある店のうち、25軒で導入し、利用を取りやめた店はありませんが、導入して売り上げが増えたという話は聞きません」

 とのこと。焼き鳥と惣菜を売る店の店主は、

「紙のQRコードを店の前に置くだけだし、キャンペーン中なのでわれわれ店には手数料もかからず、よいことばかり」

 と言いつつ、わからないことをペイペイの担当者に尋ねるうちに、

「お客さんが600円の買い物をするとして、“500円はペイペイであとは現金”といわれても、現金との併用はできないと教えてもらいました」

 と不便さも学習しつつある。また和菓子店では、

「この前、注文を受けてお菓子を包んでいる間に、お客さんがペイペイで勝手に決済しちゃって。“もう払った”と言われても、お客さんのスマホの画面を見ても支払ったかわからなくて、不安に思っていたら、お客さんが怒っちゃってね」

 中小店舗も導入しやすいのがウリでも、現実には店舗も戸惑っていたのだ。

 とまれ、さすがに国を挙げて「キャッシュレス」と大合唱されれば、バスに乗り遅れないかと不安になる人は多いようで、評論家の大宅映子さん(78)も、

「やっとスマホに慣れてきたけど、急に動かなくなったりするし、失くしたりもするので、財布の機能までついたら、使いこなせる気がしません。詳しい人に手取り足取り教えてもらえば、使えるようになるのかもしれないけど、そんなわけにいきませんよね」

 と不安を漏らす。だが、読者はもうおわかりかと思うが、教わる必要もないのである。元サッカー選手の釜本邦茂氏(75)は、

「僕は昔人間なので、いまもガラケーですよ。そういう人にQRコード決済とか言われても無理。僕が生まれ育った関西には値切る文化があって、会話ができるんです。古い市場で“おっさん、あれなに?”と聞いたりして買い物をするのが僕は好き。キャッシュレスだと、そういう人情味もますますなくなりますよね」

 そう言いながら、

「キャッシュレスを勉強しなきゃいけないのかな」

 と不安も漏らすが、いやいや、勉強する必要などさらさらない。現金なら使えない場所はなく、情報が流出する心配もなく、災害が起きようが停電になろうが、有事には現金が強く、問題ない。堂々と使い続けても、使う本人が困ることはなにもないのである。

「週刊新潮」2019年4月25日号 掲載

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