三木谷浩史(楽天 会長兼社長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

■国家と企業が対立する時代がやって来る


 国際協調の枠組みが変わりつつある。先進各国では中間層が没落し、一方でAI、IoTなどの技術革新が進む。大きく変わろうとしている世界の行く末を、各界のリーダー達はどう見通しているのか。時代の指標となる対談シリーズを「知の巨人」佐藤優がお届けする。

 ***

佐藤 私と楽天とのご縁といえば、まずこの三菱鉛筆製のボールペンなんですね。これは、東京拘置所の指定ボールペンなんです。そこにいた時のことを忘れないようずっと使っているんですが、町の文房具店にないんですね。どこで買うかというと、楽天市場です。楽天には他で買えないものがたくさんある。このノートもそうですし、高価なものでは、60万円のモンブラン万年筆を買ったことがある。

三木谷 ありがとうございます。どんどんお買い上げいただきたい(笑)。

佐藤 ご縁はもう一つありまして、私の母が楽天イーグルスのキャンプ地である沖縄・久米島出身なんです。楽天さんのおかげでちゃんとした野球場ができて、子供たちが本当に喜んでいます。

三木谷 いまも久米島によく行かれるんですか。

佐藤 時々行きます。久米島の学校で講義もしているんですよ。

三木谷 キャンプをするようになって15年、久米島の方々には本当にお世話になっています。

佐藤 さて、今回から「週刊新潮」で日本の各界を代表する方々にご登場いただいて、日本がこれから生き残っていくための方策、というテーマでお話をうかがっていくことになりました。その第1回は、IT業界の寵児として、まさに時代を変えつつある楽天会長の三木谷浩史さんです。

 まず三木谷さんに、いま私たちがどんな時代に生きているのか、そのあたりのご認識からお話しいただきたいんですけども。

三木谷 私が社会人になったのは昭和63(1988)年で、平成の直前でした。一橋大学を卒業して日本の重厚長大産業を支えてきた日本興業銀行に入ったのですが、7年ほどで辞め、独立しました。ちょうどインターネットの技術が出てきた時期で、ここから一種の社会革命が起こるのだと感じて、起業したんですね。当時はまだアナログ回線だったんですが、これによって情報の流れが抜本的に変わる、さらには社会構造や政治や国のあり方さえも変わっていくと思いましたね。

 例えば教育です。なぜ学校があるかというと、これまでは教師がいて、黒板があって、プリントを印刷し生徒に配って、という以外考えられなかった。

佐藤 しかも同じ年齢の人を同じ形で教育していく。それで汎用性の高い労働者を作っていくわけですが、これは近代国家のシステムと深く結びついていますね。

三木谷 しかしインターネットがあれば、個々に自由な時間に学習できるし、学校に行く必要もない。

 もしいま、インターネットを前提に、ここから世界を始めるとしたら、社会の構造は全く違う形になると思うんですよね。

佐藤 それはそうでしょうね。

三木谷 日本など、いわゆる先進国は既存のインフラがある程度整備されている。電話回線はくまなく引かれているし、クレジットカードもある。しかも民主主義ですから、なかなかダイナミックな変化が生み出せなかった。でも中国などは、インフラも整っていないし、自由な民主主義国ではないですから、かえってIT化がどんどん進んだわけです。

 でも結局は時間の問題で、同じところに帰結するのだと思います。一つ例をあげるとすれば、最終的には現金というものがなくなっていきますね。

佐藤 三木谷さんのお考えは、ユダヤ・キリスト教的ですね。時間軸の問題は重要です。最終目標って、古典ギリシア語では「テロス」と言いますが、目標と完成と終わりを一体化して考えていくのが欧米の発想です。日本人は何でも一所懸命にやっていくけど、着地点を見ない。

三木谷 欧米のメディアは、どうせ変わるのなら、いま多少傷んでもネット化を進めるぞ、という判断をするんです。一番記憶に残っているのは、CNNを創ったテッド・ターナーです。彼はインターネットの草創期の95年頃に700人くらいのインターネット部隊を作った。彼によれば、昔は仕事を終えて家に帰り、くつろいでご飯を食べながら7時のニュースを見ていた。それを家に帰って扉を開けたらすぐニュースが見られる、そんな状態を作って、CNNはニュースのファーストタッチをとった。だから成功したんですね。でもよく考えてみたら、家に帰る前にニュースを見たっていい。彼はあの時期にそれをやったわけです。

佐藤 ロシアでもそういうことがありましたよ。ソ連時代から生き残っている新聞は数少ないんですが、その一つ、イズベスチヤはソ連時代1800万部だったんです。今はどのくらいだと思われます?

三木谷 100万部くらいかな?

佐藤 わずか15万部です。ただしインターネットで全て無料で読めるようにしています。情報空間におけるイズベスチヤの影響が担保できるのだったら、そこから様々なビジネスが生まれるという発想で大きく舵を切った。

三木谷 日本だと、部数が下がったり広告収入が減ってしまうというネガティブな考え方になる。でも欧米では、いずれそういうものはついてくるんだという発想なんですね。

■社内英語化の効用


三木谷 僕は小学生の頃アメリカにいましたし、ビジネススクールもアメリカなので、日本的発想とアメリカンのハイブリッドなのかもしれません。また父がマクロ経済学者だったんですが、マクロ経済学にはいろいろなことがあっても最終的にはどこかで均衡するという「均衡理論」があります。結局はそうなる、ということで、やっぱり時間軸の問題なんですよね。

佐藤 そうですね。リチャード・ドーキンスのミームという概念がありますね。ドーキンスは、生物は遺伝子を増やすのが目的で、われわれは遺伝子の乗り物に過ぎないという説で知られているけれども、文化形成の遺伝子ミームが重要であるとも言っている。それは遺伝子以上に力があるというのがドーキンスの仮説ですけども、三木谷さんは日本で新しい文化の遺伝子を作ろうとしているんじゃないかという気がしますね。社内公用語英語化もそうじゃないですか。それが楽天哲学じゃないかと思う。

三木谷 2010年から英語の社内公用語化を進めてきたんですが、経済界の中心的な方々から色々ご批判を受けました。でもみなさんの誤解は、三木谷は日本の良い文化を破壊しようとしていると考えていらっしゃることなんですね。そうじゃない。僕は日本の良い文化を海外に輸出したいんですよ。その良さをわかってもらうためには英語が必要なんです。

 世界最高のサービスということで五つ星のホテルが選ばれますけれど、実はそのくらいのサービスは日本の温泉旅館にもある。でも日本の温泉旅館は選ばれない。これはひとえに言葉の問題だと思うんですよ。

佐藤 そうです。

三木谷 サービスだけじゃなくて、日本のチームワークとか、一定の規律を守ってやっていこうという組織のあり方なども、海外に輸出できて、それを核にした企業ができれば、それはものすごく強力なものになりますよ。

 それとやっぱり日本はもっと国際的にならなきゃいけないと思います。鎖国して内向きだったのが明治維新でオープンになって、その後にまた内向きになって第2次世界大戦後にもう一度オープンになって、平成は内向きでしたね。放っておくと内向きになる環境だと思うんです。

佐藤 どの国でもその傾向はありますね。トランプ大統領のもとでアメリカも内向きになっている。

 私はもう一つ、英語公用語化の中に重要なポイントがあるように思うんです。それは論理力の強化です。これは数学力の強化とも重なりますが、英語が話せたとしても、文化圏が違いますから、ただ話すだけではコミュニケーションが取れない。そこで何が必要かというと、論理力です。

三木谷 それはあるでしょうね。

佐藤 そもそも文化には説明できるところと、できない残余の部分がある。だから少なくとも、説明できるところギリギリまでは、理屈でしっかり説明しないといけない。

三木谷 日本は曖昧な答えが得意な国ですからね。それに対し、英語はイエスかノーじゃないですか。だから「前向きに検討します」は、どう訳したらいいかわからないって言われますね。

佐藤 ロシア語で前向きに検討する、は「トゥモロー」なんです。これは24時間後の明日ではなくて「日本のあした」みたいな遠い未来の意味です。


■国の機能が変わる


三木谷 今年、楽天は自前の回線によるモバイル事業に参入します。そのために本当に新しい革新的なプラットフォームを作ります。最初から5G対応のネットワークにするんですが、ソフトウェアとハードウェアを分離してクラウドを通じて制御する。圧倒的に低コストで作れますから、通信費も下がります。質的にも量的にも通信を変革していくプロジェクトなんですが、これは英語化がベースになっているんですね。この仕事をしている人がかなりの割合で、外国人がリーダーであったりエンジニアだったりするんです。

佐藤 その人たちを動かしていくには、言葉とともにフェアネス(公正さ)が非常に重要になってきますよね。日本的な文化の文脈を離れて、日本人も外国人も納得できる人事システムであるとか、職場の環境であるとか。

三木谷 そうです。インドから招いたタレック・アミン氏が4月に楽天グループの副社長になりましたが、全く日本人と外国人の差別はありません。今や日本人だけでも英語でミーティングやってる会社ですから。

佐藤 そこが重要なところです。日本人だけでいる時に日本語で話すと嫌な雰囲気になりますから。

三木谷 しかも、だんだん日本人だけで集まるようになる。

佐藤 日本人だけの時も英語で話すと、いろいろ利点がありますよ。かなりキツいことでも英語だと言えます。私も妻も元々外務省のロシア専門家だったので、夫婦間でロシア語に切り替える時がある。「あなた何を言っているの」とか「それは間違えている」とかストレートな表現は日本語では角が立つんですが、ロシア語なら問題にならない(笑)。

三木谷 それはあるかもしれないですね。日本は社会の融和を保って平和的に発展してきた。それ自体が悪いわけではないけれど、これからは国が関係ない時代がきます。その時にどうするかです。

佐藤 本質的な変化は既に始まっています。

三木谷 通貨とか、社会保障や医療とか、どんどん変わってくる。国の規制なんかもそう。シェアリングエコノミーが実現して、インターネットのレビュー制度がきちんとあれば、そこで安全性が確保できるわけですよね。ホテルやタクシーじゃなくても、いろんな分野でそれはやれる。またレビューを読んで自己責任で対応ができるようにもなる。そうすると国の機能が変わってくる。

佐藤 私の実感として、国の機能があまり強くなくても大丈夫と思うのは、ソ連にいたからなんですね。ソ連ではタクシーが国営しかない。でも道で手を振って止めるとほとんどが白タクです。その白タクにもルールがあって、後部座席に乗らず助手席に乗らなきゃいけない。後ろに座るのは政府高官だけなんです。またロシア人はとにかく備蓄する。ソ連崩壊後に価格を自由にしたらインフレの年率2500%。でも餓死者も出ないし、デモも起きない。みんな備蓄していたからです。あの、何でも国が面倒を見ますよというソ連の体制の中で、外交・安全保障以外はほとんど信用できないということを国民が広く共有していましたね。


■出過ぎた杭として


佐藤 三木谷さんは改革者だったりいろいろ制度を壊していく破壊者だと見られているわけですが、実は組織への帰属意識は強いんじゃないかと思いました。

三木谷 組織への帰属意識ですか?

佐藤 まず興銀のような厳しい環境の中ですぐには飛び出していない。

三木谷 まあ、興銀はそんなに厳しくはなかったですけどね。

佐藤 それに英語もそうだけども、チームワークを重視している。会社の効用ということでは、組織が人を引き上げてくれる要素がありますね。それをすごく感じます。旧来的な非合理的愛社精神ではなくて、健全な意味の組織への帰属意識だったりチームワークというのはこれからすごく重要になると思います。いま学生たちが成果主義に走って、年収でこのくらい稼いだら、次は転職してさらに多く稼ぐことを追い求めるようなところがありますが、それじゃつまらない。

三木谷 今までの年功序列型ではなく、若い人が活躍したらそれに対する正当な対価を得るというのはいいし、技術者や特殊技能をベースにしている人も同様だと思いますが、一方で人間的な実力や教養、知識や技能というのを高めていかないといけないとは思います。やはり会社は世の中に価値のあるものを生み出していく、人々の生活を豊かにするというところが最終的な目標ですから。

佐藤 でもこの資本主義社会の中では競争は必要不可欠で、勝ち抜いていかなければならないわけですよね。ところが一定の評価をされると逆風が強くなる。政治や官僚の世界でもそうで、吹き飛ばされないためには一歩前に出なければいけないのだけど、そうするとますます逆風が強くなる。三木谷さんもそうでしょう?

三木谷 やっぱり出る杭は打たれるということはありますね。でも出過ぎれば打たれない、というところもあると思うので。そのためには気を抜かない。コンプライアンスをしっかりするということでしょうか。

佐藤 男のヤキモチはすごいものがありますからね(笑)。

三木谷 それは文化の根底にある程度ある(笑)。

佐藤 私の場合、外務省のノンキャリアでしたから、絶対にキャリアには追いつけない。だから出る杭は打たれるかもしれないが、出過ぎた杭は打たれないという感じで仕事をしてきたんです。その結果、破格の待遇を受けて、局長級の機密費もつけてもらったし、東京大学で教えもした。でも捕まってから鈴木宗男さんが言うんです。「出過ぎた杭は打たれないというのは間違いだね。出過ぎた杭は抜かれるんだ」と。東京地検特捜部がきて抜かれてしまったわけです(笑)。


■IT業界対国家


三木谷 それでも、出過ぎた杭ではないですが、日本では企業も個人もこれからはもっと外向きになった方がいいと思います。それに海外で活躍する日本人についてはみな何も言わないわけですよ。そこまで行けばいい。日本って居心地いいんです。でもそのコンフォートゾーンを抜けないとだめだと思います。

佐藤 賛成です。私も2割くらい自分に力の負荷を掛けないと、仕事が前に進んでいかないと思っています。英語なんか、引っ込み思案が許されないという環境じゃないと絶対伸びないですよ。

三木谷 だから若者のメンタリティを変えたい。

佐藤 その意味では、三木谷さんは社内での教育にも非常に力を入れられていますね。

三木谷 英語化に当たっては、社員にTOEICの試験を何度も受けてもらったり、講師を招いたりイベントを開催したり、あるいは英会話学校へ通いやすくするサポートも実施しましたね。他には科学技術面。昨年から新人に関しては財務部に行く人も法務部に行く人も6カ月間プログラミングを勉強してもらっています。今年はそれに加えてAIとデータサイエンスについてもある程度のものを習得してもらおうと。あとは国際性と最先端知識ですね。これらをどう体系的に組み上げていくか。楽天は創業して22年ですが、これから100年先を作っていくとすると、そういうことをしっかりやらなくてはならないと思っています。

佐藤 イスラエルの諜報機関モサドの教育って面白いんですよ。常に職員の3分の1が研修中なんです。交代で研修をしている。そして必ず情報専門家以外に食べていける仕事を二つ作ることになっている。それは身分を偽装するために必要なんですが、それだけじゃない。この分野で仕事をしていると、必ず事故が起きる。その時には役所をやめてもらうことがある。でもスパイしかできないと組織に恨み骨髄で敵対してくるんですね。二つくらい手に職をつけてあると、円満に離職してくれる(笑)。

三木谷 なるほど。楽天で働いている人も、外に行って困らないと思うな(笑)。

佐藤 そうでしょう。だからインテリジェンス機関の教育にちょっと似てる。

三木谷 そうやって若い世代が育ち、20〜30年後の社会では、オープンなインターネット環境のもと、政府の発表やメディアの報道をそのまま信用するんじゃなく、自分の視点で物事を判断していくようになってほしい。ただ、この情報革命の反動でいまよりペイトリオティズム(愛国主義)が進展していくという見方もある。もしかしたらIT業界対国家という対立がますます激しくなっているかもしれませんね。

三木谷浩史(みきたにひろし) 楽天株式会社 代表取締役会長兼社長
1965年、兵庫県神戸市生まれ。一橋大学卒業後、日本興業銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)に入行。93年、ハーバード大学でMBA取得。95年、興銀を退職し、翌年にクリムゾングループを、翌々年にエム・ディー・エム(現・楽天)を設立し、「楽天市場」を開設した。2012年に発足した新経済連盟の代表理事も務める。

「週刊新潮」2019年10月3日号 掲載

関連記事(外部サイト)