冨山和彦(経営共創基盤CEO)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

 グローバル競争によって、今や中産階級は消滅しつつある。それは先進国で世界的に起きている現象だが、グローバル企業からリストラされた中産階級の受け皿は、ブラックな職場の非正規雇用しかないのか。カリスマ企業再生請負人が、ローカル経済圏での中産階級再生の道筋を示す。

佐藤 ともに1960年生まれですね。何月生まれですか。

冨山 4月です。

佐藤 私は1月なので学年は一つ違いますね。この歳になると、サラリーマンになった同級生は、どうしていますか。

冨山 偉くなっているか、事実上、リタイアしているかですね。

佐藤 私の周りでは、すごく偉くなっているのは少数派で、大体はそこそこのところでとまっていて、「お前はいいなぁ、組織人じゃなくて」と言うんですよ。これから一旦退職して再雇用になり、年収は半分以下になるわけですが、「かつての部下が寄りつきもしない」と愚痴る。

冨山 それは組織人の宿命ですよ。

佐藤 私たちの世代はまるまる平成時代を社会人として過ごしてきたわけですが、冨山さんは、この30年をどのようにご覧になりますか。

冨山 日本の経済は停滞し、日本の企業が世界的なプレゼンス(存在感)を失った30年です。その前の30年は栄光の時代だったのですが。

佐藤 登り詰めたら必ず転落する。ギリシャの古典劇ですね。

冨山 これも歴史の法則で、前の時代の成功要因が負ける要素になっています。日本企業の形は、新卒一括採用の人が一生その会社に勤める。その極めて同質的、流動性の低い組織の中で、ひたすら改善改良をやり、高品質で安いものを大量に作るというモデルです。これは、状況が連続的に変化する時には強いんです。でもそこへ、一つにはグローバル化という現象が起き、もう一つはデジタル・トランスフォーメーション(変革)の波がやってきました。この二つの大変化によって、日本はどうしようもなくなってしまった。

佐藤 国際的な存在感も大きく失われました。

冨山 ええ。この二つの変化によって、日本がやってきたことが10分の1のコストでできるようになり、中国と台湾がセットで「世界の工場」となった。日本企業はこれに対抗するため、賃金を下げ、歯を食いしばって貧乏作戦を展開してきました。でもコストを10分の1にはできないわけです。おまけに為替も円高に誘導された。だからまず、私たちのモデルは後ろから追いつかれて破壊されてしまった。

佐藤 一方で、前にも立ち塞がったものがありますね。

冨山 そうです。衰退したと思われたアメリカからGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)というネットビジネスのモデルが出てきた。少数の極めて天才的なプログラマーやアーキテクチャーデザイナーの思いついたことが、一気に世界を席巻していきました。

佐藤 これが一人勝ちの状況を生み出した。

冨山 こちらは日本の組織にはすごく向いていないゲームなんですよ。ずっと一所懸命に緻密な野球を作り上げてきたら、急に種目がサッカーに変わってしまったようなものです。もう打順も守る場所も関係ない、攻めと守りは連動するんだと言われても、それはできないですよ。しかも野球はサッカーの下請けみたいな構図になってしまった。同質的で非流動的な組織には、対応の幅が限られていますから。

佐藤 右側通行を左側通行にするようなものですね。しかも日本の場合、会社に人生設計までもが含まれているので、そう簡単には変えられない。

冨山 その企業モデルに適応させる形で、教育も働き方も人生の送り方も作られている。だからさっき佐藤さんがおっしゃったような同級生の言葉が出てくるわけです。

佐藤 みんな鬱っぽくなっていますね。

冨山 その中で日本の企業が何をやってきたかといえば、歯を食いしばって頑張る路線か、小手先でGAFAの真似事をするくらいだった。

佐藤 小手先というのは?

冨山 新規事業としてネットでeコマース(電子商取引)をやってみたり、コーポレートベンチャーキャピタルを作って、ベンチャー企業に投資してみたり、端の方でサッカーをやってみるわけです。でも会社本体は野球をやっている。それでいくつかのビジネスは消えてなくなってしまったし、ついていけなくなった。例えば、テレビや携帯電話ですね。携帯電話の市場自体は成長しているのに、産業として衰退していく。

佐藤 もうシステム自体を変えないといけないわけですね。

冨山 日本型ガバナンスは、昭和の後半までは機能したと思いますが、今はもうフィットしなくなっています。あらゆるレベルでトランスフォーメーション、大規模な変容、改造をやらなくてはならない、というのが、グローバル企業が直面している現実だと思います。

佐藤 相当な難題ですね。

■中産階級の消滅


冨山 これと連動してローカルな世界で起きていることがあります。結局、グローバル企業はこの変容についていけず、リストラを始めます。そうなると典型的な中産階級雇用を吐き出し始める。ローカルへ出されていった雇用の受け皿は、低賃金、ブラックな職場で、非正規雇用が多いわけです。具体的には、建設や介護の業界です。

佐藤 先進国においては世界的に起きている現象ですね。

冨山 そうです。要するに今のグローバル産業というのは中産階級を生まない構造になっている。グローバル競争の結果は、中産階級雇用を常に賃金の低いところへと移動させていきます。

佐藤 中産階級がなくなる一方で、生産手段を持つ少数が富を独占していく流れになっている。

冨山 昔、マルクスが心配したのとは違う形ですが、生産手段の独占が起きて、どんどん格差が広がっていきます。一部の頭のいい人たちがほとんどの生産手段を持っていってしまう。これは教育や知的な能力の問題にもつながっていますから、やっかいです。

佐藤 そこは民主主義の根本に絡む問題です。

冨山 ええ。そこは不調和を起こします。

佐藤 一人一人の能力の違いをどうするか。個々人の能力はアトム(原子)からなるものとして、同じ条件だったらみんな同じで、だから一人一票になっている、というのが民主主義です。

冨山 民主主義同様、市場経済も一応それが建前になっています。

佐藤 ただ、そこには問題もある。『21 Lessons』の中でユヴァル・ノア・ハラリが、ブレグジットに対する遺伝子学者ドーキンスの言葉を紹介していました。EU離脱問題は、イギリス国民に聞くべき問題ではない。なぜなら政治経済の必要な知識がないから。それは飛行機がどの滑走路に降りたらいいか、乗客に投票させるようなものだ、と。

冨山 そんな危ないことはない。

佐藤 そこに手をつけることができるかどうか。これから識字率が極度に落ちるということは考えられないので、物事を見極められなくても様々な情報は共有されます。日本でも、昨年は“桜まつり”というか、「桜を見る会」の騒動が、必要以上の大騒ぎとなった。

冨山 わかりやすいですからね。

佐藤 国会でもっと議論しなければいけない問題はあるし、紙面に限りのある新聞だってそうですよ。

冨山 そうですね。

佐藤 別の見方をすると、ノブレス・オブリージュ(貴族の義務)が非常に大事になってくる。エリートが「儲かって幸せ」では済まされない。

冨山 20世紀前半も、ある意味でそうした問題を抱えていたのだと思います。あの時も新聞や映画が大衆メディアとして登場してきて、民主化運動が起きた。背景には20世紀型の富の独占があります。当時は設備集約型の産業が花形ですから、設備を持つお金持ちに富が集中して、階級差が広がりました。あの時は、その民主化運動の先にドイツのワイマール共和国の崩壊が起きて、さらには戦争となり、それらを挟む形でしか富の独占は克服できなかった。今回も、知識と富の独占が起きています。それをどう克服するかは、人類的な課題です。特に先進国は、新たな中産階級を生み出すことに真剣に取り組まなければならないと思います。


■ローカルの重要性


佐藤 そこで、冨山さんは企業再生の立場から、グローバル経済とローカルな経済を分けて、ローカルの重要性を説かれている。

冨山 GAFAは一見派手にやっているように見えますが、実はその雇用数はすごく少ない。日本企業もグローバルで勝っていけばいくほど、国内に残る雇用者の質は高くなっていきますが、数は減ります。だから国家や社会という単位で、人を幸せに、豊かにするには、彼らに頑張ってもらうことはあまり重要ではない。おそらく社会全体の8割9割の人は、ドメスティックでローカルな産業で働くことになりますから、この人たちの賃金水準をどう上げられるか、そのためには生産性をどのくらい上げられるかの方が大事なんです。

佐藤 なるほど。

冨山 そこで問題になるのは、日本は会社の数が多すぎることです。数が多ければ、それだけ優秀な経営者も必要です。でも経営者って、希少資源なんですよ。100万社あったら100万人の優秀な経営者がいないと、個々の企業の生産性は上げられない。100万人は無理です。でも1万人であれば、優秀な人はいる。だからその1万人に100分の1の数の会社を経営させた方が、生産性は上がるし、給与も上がるんです。

佐藤 外務省も同じです。アフリカで大使館の数を増やそうとしても、大使に適任な人材なんてそうはいないんですよ。昔、大使の3分の1を外部から登用する話が出たことがありました。その時は外務省を挙げて猛反対しましたが、人材がいるわけではない。だから大使館を作れば作るほど、どんどん変な人を大使にしなくてはいけなくなってしまう。

冨山 同じことです。会社の数を減らすのは、経営者の問題が大きい。

佐藤 戦争で、兵士に間抜けがいたら、彼が弾に当たって死ぬだけですが、司令官が間抜けだったら部隊が全滅しますからね。

冨山 おっしゃる通りです。一方で、日本の兵隊のレベルは高いんですよ。やっぱり真面目だし、きちんと働く。他の国だったら、行き帰りに身体検査して、何か持ち出していないかとか、そのレベルから始めなくてはならない。

佐藤 そういう国の方が多いかもしれないですね。

冨山 だから日本は司令官や将校がしっかりしていれば、それなりに生産性は上げられるんです。そうすれば、給料も上がる。

佐藤 生活水準も上げられる。

冨山 大金持ちを大勢作るという議論よりも、年収300万円の人をどうやったら400万円、500万円にするかのほうが極めて大事なことなんです。

佐藤 社会的な安定も作り出すことができますからね。

冨山 ここの100万円、200万円の差は大きい。人生が変わる100万円になります。でも5億円の人が10億円になっても人生は変わりません。だからマクロ経済的にも、そこをどう押し上げるかが、より重要なんです。


■企業再生の要諦とは


佐藤 いつからそこに着目されていたのですか。

冨山 産業再生機構で、大手も中小も企業再生をやって、ローカルの方がマジョリティじゃないか、という感じはありました。

佐藤 冨山さんは実際に、経営危機にあった地方のバス会社をまとめて「みちのりホールディングス」という会社を設立し、経営されています。成功の秘訣は何ですか。

冨山 日本の製造業が戦っている水準から言えば、同じ野球でも三角ベースくらいの感じですよ。ある程度のレベルの人が行って、やるべきことをやる。事業の「見える化」とか「分ける化」をやり、その中で使えるTT技術があれば導入する。それらをコツコツ真面目にやっただけです。だからノーマジック。具体的に何をやったかはあちこちで話していますが、なかなか真似していただけない。それは経営能力がない会社が多いからです。

佐藤 頭でわかったからといって、できるものではない。

冨山 経営って、もっと身体化されたものなんですよ。

佐藤 JALやカネボウなどの大企業の再生も手掛けられています。こちらはどうですか。

冨山 大企業はみな同じで、地獄の釜が開いて、グツグツお湯が沸いている熱さをリアルに感じないと動き出さない。

佐藤 ソ連に攻め込まれているのに、ナチスはベルリンの地下壕でヒットラーの後継者争いをしていたのと同じですね。

冨山 巨大企業だから危機にあるという実感がない。

佐藤 正常性バイアス(自分にとって都合の悪い情報を過小評価する)も働きますからね。

冨山 JALは完全な資金繰り破綻の2カ月前までいきました。政府系の金融機関、つまりは国が資金をつながなかったら全世界で飛行機が飛ばなくなっていた。航空会社って一度飛行機が飛ばなくなると、再生が極めて難しくなるんですよ。

佐藤 サメと同じで、動いていないと死んでしまう。

冨山 平時にあの規模の会社に、どんな力量のある経営者が入っても、まず再建できません。それはかつての日産自動車にも言えることです。

佐藤 タイミングがある。

冨山 早くても遅くても、空振りになります。

佐藤 もう一つ、引き際もありますよね。

冨山 そこは人間の煩悩との闘いになる(笑)。バッと入っていって一定の仕事をして、結果が出る。その後によく起きるのが、自分の手柄にしたい、という煩悩が強く出てくることです。

佐藤 よくある話です。

冨山 手柄の証に、その組織に君臨したくなる。カルロス・ゴーンが嵌(は)まったのがそれです。再建すると、古くて大きな組織でもオーナー創業者のように振る舞えるんですよ。

佐藤 中興の祖ですものね。

冨山 大事なことは、いい加減の年限でスパッといなくなることです。

佐藤 だから後継者もきちんと決めておかないといけない。

冨山 もちろんそうですが、大組織の上に君臨していると気分がいいんですよ。ゴーンみたいになるのがむしろ普通なんじゃないですかね。やっぱり改革のエネルギーの源泉は、多くの場合、権力欲や金銭欲、名誉欲です。そうした生々しい煩悩で頑張っている人が多い。

佐藤 でも人は死にますからね。一生は君臨できない。

冨山 そうした諦観がある人はいい。君臨することに興味がない人は、10人中、1人、2人です。

佐藤 引くことができる人の特徴は何ですか。それは冨山さんの特徴でもあると思いますが。

冨山 自分としては、また新たに面白いことをやりたいから、ですかね。カネボウとJALをやって、あの領域やパターンはわかった。それはもう難しいことではない。だから次はより難しく、本質的な問題に向かって行きたくなるんですね。それに引っ張られて自分の活動領域を広げてきた感じはあります。

佐藤 面倒臭さそうな会社を引き受ける方がずっと面白い(笑)。

冨山 人間は物事を善と悪に切り分けますが、現場を知れば知るほど功罪相半ばしているんですよね。善悪一如で、ああ、その時の理屈はこうだったのかと思うことが多々あります。

佐藤 どんな会社にも内在的な論理がありますからね。

冨山 再生は外から攻撃するだけではだめで、その内在的な論理を解いてあげないと解決しませんね。

佐藤 企業再生には、きれいごとではすまないこともたくさんあります。

冨山 哲学とか倫理観が問われるようなところに追い込まれますね。典型的な話は、リストラです。JALやカネボウのリストラは、さほど悲惨ではありません。彼らはエリートなので、プライドを捨てれば、次の仕事はある。大変なのは、例えば旅館の仲居さんです。その仕事は資格のない女の人がまともに働けるギリギリのラインです。それにシングルマザーで子供を預けていたり、仕送りをしていたりと、ワケアリの人も多い。彼女たちがクビになると、風俗に落ちるか、生活保護を受けるしかなくなる。その時にこの人に辞めてもらうのが正しいかどうか、あるいは辞めた後の人生に何ができるかを、毎回自問自答しなくてはいけなくなる。

佐藤 そこに人生がかかっていますからね。

冨山 結局、事業を止める、工場を閉める、人に辞めてもらうことは、その当事者にとっては100%の出来事です。でも会社にしてみれば、10%人を減らせば生き残れるわけですから、10%の話です。この100%と10%の非対称性は、どうしても超えられない。この矛盾は、それを決める人間が一生背負うしかない。つまり一人の人間が正しいと思うかどうかに帰結するんです。その軸が弱い人は迷うし、潰れる人もいます。

佐藤 そこを引き受けるのがリーダーです。

冨山 従来のように、もうサラリーマンの成れの果てがリーダーになる時代ではない。リーダーになる素質と意思のある人間を時間をかけて鍛えて、しかるべき試練を与えて育てていこうと考えています。

冨山和彦(とやまかずひこ) 株式会社経営共創基盤代表取締役CEO
1960年生まれ。東京大学法学部卒。スタンフォード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年、産業再生機構設立に参画し、最高執行責任者(COO)に就任。同機構解散後の07年に経営共創基盤を設立し、現在に至る。

「週刊新潮」2020年1月30日号 掲載

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