吉田淳一(三菱地所社長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか

 世界の都市間競争が激しさを増している。AI、IoTなど、新技術が生活に浸透するこれからの時代に生き残れるのはどんな都市なのか。「丸の内の大家さん」として知られる三菱地所は、東京の魅力アップを目指すという。新しいオフィスの形から街づくりまで、老舗ディベロッパーの挑戦。

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佐藤 2018年に自社で手掛けられた大手町パークビルに本社を移転されました。このオフィスが評判になっていますね。

吉田 社外の方にもどうかご覧くださいと、見学していただくようにしましたら、1年で1万人以上の方がいらっしゃいました。ご自分の会社のオフィス作りに何がしかのヒントを得ていかれた人が多いようです。

佐藤 部長以下は固定の席がないフリーアドレスなんですね。でも吉田社長にだけは部屋がある(笑)。

吉田 私だけではなく、会長にも部屋はありますよ。CEOがオープンスペースに出ている会社も一部にはありますが、それだとわが社は、かえって社員が迷惑ではないかと思いますね(笑)。

佐藤 仕切りのないオープンスペースで、内部階段があるし、カフェもある。人が交流できる場所がたっぷり取ってあり、一方、ひとりで仕事をしたい時には、予約制の個人ブースが用意されている。

吉田 それまでは古い築60年の還暦を迎えたビルに、各部署がバラバラに入っていました。いわば旧来型のオフィスビルにどっぷり浸かっていた。でもオフィスを提供する会社として、本当に働きやすい空間とか働きがいのある空間はどうあるべきかを考えました。他社のモデルになることを意識したところもあります。

佐藤 これは吉田社長のアイデアなのですか。

吉田 私どもがいろいろ考える前に、もうスタートアップ企業やベンチャーの方々がフリーアドレスや遊びの要素を取り入れ、その空間を楽しみながら、想像力を発揮しやすい環境を作り出すことはされていた。そこからヒントをいただきながら、私どもの仕事に合わせ、どんな空間作りをすればいいか、中堅・若手が真剣に考えてくれました。その中身については、昔ながらのオフィスの固定観念が染みついている私たちの世代は口を出さないことにしました。

佐藤 口を出さないのも勇気のいることですよね。

吉田 若い頃の経験で、上からの指示に従うとマイナスになる事柄ってあったじゃないですか。それをやらないなら、ひとつひとつ説明して納得してもらわなければならない。そんな時間や労力は無駄ですよ。今回はオープンなスペースにしましたから、万が一、ここを変えたいと思ったら、できた後でも変えることができる。そういったフレキシビリティもあるので、これは口を出さない方がいいと思いました。

佐藤 ただし大方針はありますよね。

吉田 それは「ボーダレス×ソーシャライジング」です。心理的な壁、あるいはこだわりみたいなものを取り払って、社員同士が密に交流していくことで新しい事業を生むための新しい発想につながる、そう考えています。

佐藤 なるほど、そういう意図があるんですね。

吉田 それも、作ったらそれで終わり、ということではなくて、もっと利用しやすくするために、その後もこんな仕組やルールがあったらいいという提案を、社員にアンケートを取るなどして出してもらっています。

佐藤 外務省時代のことを思い出しますね。サミット準備室など大がかりな会議がある時には、間仕切りをしないオープンスペースでスタートします。仕事を進めていくうちにだんだん形が出来ていく。

吉田 私どもの街づくりも同じで、作った後も、どんどん魅力を高めていきます。状況によって新しい要素を「アドオン」し、継続するものは「キープオン」、さらに市場の中で成長させて「マーケットオン」していく。そのやり方ですね。

佐藤 当初の状態から、どこか変化したところがあるんですか。

吉田 フリーアドレスと言っても、大まかに部署単位でゾーニングしているのですが、今は「シャッフルデー」と言って、全社的にどこに座ってもいい日を、月に1度、試験的に設けています。まったく違う分野の仕事をしている社員が隣り合い、今はこんなことをしているんだという話から、新しい企画を作ったり仕事をうまく進めたりするヒントになればいいと思っています。

佐藤 大企業だと同じ場所に勤めていても、まったく顔を合わせない人もいますものね。

吉田 そうです。それから昼休みなどに、外部の講師を招いて話を聞く催しを、全社的な規模でやるようにしました。それまでも部署単位ではやっていたんですが、オフィス内に100名くらい収容可能な場所ができましたから、そこに集まることができる。

佐藤 例えばどんな催しがあるんですか。

吉田 一例を挙げますと、丸の内には「三菱一号館美術館」があります。そこで新しい展覧会が始まる前に、作者や描かれた絵の時代背景など、絵を見に行っただけでは得られないような話をレクチャーしてもらう。

佐藤 それはいいですね。

吉田 仕事をするだけじゃなくて、さまざまな教養を身につけて人間としての幅を広げていってほしい。それがひいてはいい仕事につながっていくと思っています。

■新事業はトマトに瞑想


佐藤 2年経って、社員の様子はどうですか。

吉田 今まで古いお役所的なオフィスに浸かっていた人も、ようやく新しい働き方に慣れてきた、というところですかね。フリーアドレスやテレワークは、基本的に紙の資料をなくすことが前提になります。前から電子決裁システムを導入しているので、あとは資料を電子データとして保存し、紙をストックしなくなればいい。そこをみんなが徹底してくれました。うまくいっているのは、それが大きい。

佐藤 霞が関の役所などは、電子化とともに紙の使用量は増えていると思います。とりあえずプリントアウトもすることになりますから。

吉田 そういう話はよく聞きますね。また政治家の方々に説明に行く際には、まだ必ず紙資料を持っていかなければならないでしょう。

佐藤 そうです。政治家に持っていく際は、多くてもダメで、総理大臣ならA4の紙2枚が限度、国会議員でも5枚ですね。ただそこにある内容は何を聞かれても答えられるように、ファイルを2冊くらい持っていく。それらはもう千ページくらいはありますからね。

吉田 それでは紙の撤廃は難しいでしょうね。

佐藤 現状では無理だと思います。ところで、「働き方改革」の大号令もあって、今は働き方全体が変わりつつある。IT企業などではオフィス不要論もあります。

吉田 弊社もテレワークなどの制度がありますが、やはり人と人がコミュニケーションをとって新しい価値を生み出していく、それが大事だと思いますね。

佐藤 人材育成の方はいかがですか。いまは新卒一括採用、年功序列の日本的なモデルが批判にさらされています。

吉田 そこは他の会社と同一に考えにくい会社だと思っていまして、私が入社した時は事務系同期が15人、現在の新入社員だと40人くらいいます。彼らにはいろんな場面でチャンスを与えていきますが、どちらかというと同期間で差をつけない。ラグビーの「ONE TEAM」じゃないですけども、それがまとまりを作り出しているところもあります。我々の事業は、ビルにしろ住宅にしろ、すぐに成果が出るようなものではないし、スペシャリストでもない。外部の専門家とどれだけうまく一緒にやれるか、そうしたコーディネーター的な経験値を積んでいくことが一番大事なんです。

佐藤 それはゼネラリストを育てていくということですね。

吉田 ゼネラリストではあるのですが、その人に熱意があるから自分の能力を最大限発揮して協力していこうと専門家たちが思ってくれる、そんな唯一のコーディネーターになっていくことが重要です。

佐藤 人間力ですね。

吉田 それが一番大きいと思っています。ただ、入社した中には、自分はこういう分野で何かを突き詰めたいんだ、というタイプもいて、転職する人もいる。私はそれもアリだと思っていて、逆に彼らには転職先で自分を鍛えて、弊社とコラボレーションできるようなことがあったら、持ってきてほしいですね。それはもう最優先でやりますよ。

佐藤 なるほど。役所がまだまだ年次を重視しているのは、難関試験を潜り抜けてきた優秀な人たちが、実力主義で叩き合いを始めたら、内部でとんでもないエネルギーが浪費されてしまうからです。それだと、組織としてまとまった仕事ができない。

吉田 そうですね。我々も海外に100%子会社がありますが、その一つのロックフェラーグループ社などは、どちらかというと年功序列に近いですよ。

佐藤 実際、アメリカの会社にも年功序列的なところはありますからね。幹部クラスになる人はそんなに転職していない。

吉田 コカ・コーラ社などもそうですね。

佐藤 そうした社風の中から、新しい事業がいろいろ出ていますね。例えば、トマトを作られている。

吉田 あれは糖度が高く、ものすごく甘いトマトなんです。初めて食べた時には、感動しましたね。特殊な土壌を作る技術を持つ会社がありまして、そこと連携してやっているんです。トマトは世界的に見ても消費量が多い野菜の一つです。インバウンドで日本に来られたお客さんに、ここでしか食べられないものとして人気が出たらいいし、丸の内の飲食街でも提供していきたいですね。

佐藤 そういう企画は社員から上がってくるのですか。

吉田 もうずいぶん前から社内に新規事業提案制度がありまして、そこから出てきた企画ですね。

佐藤 本業と関係なくてもいい?

吉田 ええ、日本の社会課題の解決につながるような事業であれば、三菱地所がやってもいいのだと考えています。

佐藤 他にはどんなものがありますか。

吉田 若手の女性2人から、メディテーション(瞑想)とお茶を組み合わせた「Medicha(メディーチャ)」という没入体験型スタジオ事業の企画が出てきて、いま東京・南青山にお店があります。80分のコースで、感性を刺激する空間の中で瞑想と煎茶を味わってもらいながら、頭をリフレッシュしていただく。他にも様々な人気フィットネス施設を入会金等不要で自由に“都度利用”できるWEBサービス「GYYM(ジーム)」の開発などもありますね。

佐藤 やはり新しいオフィスになって、こうした提案も増えましたか。

吉田 はい、毎年増えています。

佐藤 何件くらいあるのですか。

吉田 今年度は26〜27件かな。主に中堅・若手が出してきますね。その層にはだいたい400人くらいいて、そこから毎年30件ほど提案があります。今は就業時間の10%を自己成長のために自由に使っていいという制度もありますから、それを利用している人もいます。


■東京の魅力を高める


佐藤 本業の方では、大阪のあべのハルカスを超える日本一の高さのビルを作ることになっています。

吉田 「東京駅前常盤橋プロジェクト」ですね。丸ビルが三つも入る3・1ヘクタールもの土地に、2棟の高層ビルを中心とした再開発を計画していますが、その一棟が約390メートルのビルになります。首都東京の玄関口、東京駅の目の前にふさわしいものにします。

佐藤 完成はいつになりますか。

吉田 2027年度です。

佐藤 その一帯はどんな場所になるのですか。

吉田 もともと我々がエリアマネジメントをしている大丸有(大手町、丸の内、有楽町)から日本橋や兜町につながる地域を、東京都が「東京国際金融センター」という国際金融拠点の軸として策定しているんです。その中心的な役割を果たしていくことになりますが、各国から金融関係者が集まりますから、日本の魅力を強く発信できる場所にしていきたい。それには地方との連携も必要です。実はもうすでに日本の地方で作っている独自のコンテンツを紹介することを始めています。具体的には、静岡県裾野市が開発した薄層緑花システム(FSGシステム)です。この緑化技術を活用し、常盤橋街区内中央通路を緑あふれる空間に演出すると同時に、同市のPRも実施しています。

佐藤 三菱地所は丸の内の地主さんとして知られているわけですが、そのお隣なんですね。

吉田 そうです。丸の内エリアに関しては、大手町、有楽町の地権者とともにネットワークを作って、もう30年以上、街のハード面はもちろん、ソフト面を含めていろいろ連携をして街づくりをしてきました。その取り組みが一昨年、日本サービス大賞の内閣総理大臣賞に選ばれています。「街のブランド化に向けた丸の内再構築の地域協働型プロデュース」と言うのですが、平日だけでなく土日も賑わう丸の内を作り出した。今後もさらに発展させ、イノベーションの発信基地に向けた街づくりをしていくつもりです。

佐藤 いま世界では、都市間競争が激しくなっています。

吉田 だから東京の魅力をいかに高めていくかが、非常に大事です。ビルだけではなくて、オフィスのあり方や街づくりも含めて、魅力的なものが増えていかないといけない。東京を盛り上げないと、日本は沈んでしまいます。日本を代表し、世界から注目されるポイントが必要です。もちろんそれは大阪とダブルでもいいし、福岡と一緒でもいい。

佐藤 今年は東京でオリンピックが開催され、2025年には大阪で万国博覧会が開かれます。東京にしても大阪にしても、傍から見ると、湾岸地域の開発にしくじったな、という印象があります。だからそれらのイベントで、何とかしようとしているように見える。世界的に都市の再構築が進んでいる中、日本は、国家が明確な青写真を作るとか、ビジョンを示すなどの政策面が弱くはないですか。

吉田 そうなんです。都市間競争で言うと、アジアのシンガポールや上海などの都市は、国がマスタープランを決めて開発をどんどんやっていくため、スピードがまったく違います。そもそも日本では国が決めるのか、都が決めるのか、あるいは区にがんばってもらうのか、それさえ曖昧です。さらに民間とどう連携するかは、もっとわからない。築地もそうですが、東京湾をどう世界に開かれたゲートウェイにしていくか、方針がありません。各地方自治体がバラバラにやっていますが、それが効率的なのかどうか。また検疫の問題もありますし、全体としてどう作っていくのか、きちんと決めたほうがいい。そこは国が率先してやっていくべきところだと思います。

佐藤 最近、地政学が注目されています。地理的要因が政治に与える影響を無視できないというのが地政学の基本的な考え方ですよね。人口の都心回帰の流れは世界的な現象で、国家もそれをわかっているから、都市間競争が高まっている。その中で都市を効率的にどう構築していくかは極めて重要です。

吉田 我々も有楽町エリアなど、もっと開発をしていきたいんですね。今、都やJRと協議していますが、全体のコンセプトがなかなか決まらない。そこが大きな問題なんです。

佐藤 政治がある程度、方向性を示さなくてはならないわけですね。


■日本の土地制度の問題点


吉田 そこで私が心配していることが一つあります。日本の土地には手厚く所有者の権利を守る絶対的所有権がありますね。

佐藤 他の国よりはるかに強いです。

吉田 東京の高級マンションの2〜3割は中国人が買って所有しています。また北海道の山林なども買われている。中国はご存じの通り憲法の上に中国共産党があります。だから中国国民の財産を差し押さえるなど、簡単にできてしまう。

佐藤 その通りです。

吉田 そうすると、強い所有権に守られた日本のさまざまな不動産が情報拠点になるなど、中国政府に自由にコントロールされる可能性がある。そこが非常に問題だと思うんです。だから緊急時などには、土地の利用権を制限するとか、何らかの歯止めが必要じゃないでしょうか。

佐藤 おっしゃる通りです。日本では憲法でも、国家の緊急事態は想定されていません。逆に言えば、どんな緊急事態でも守らないといけない手続きや人権も規定していない。ここも問題なのですが、このグローバリゼーションの中で、中国だけでなくアメリカでもロシアでも、国家をむき出しにして利益を主張してくる可能性がありますから、土地問題も含め緊急事態での法体系を整備しておくことは大事です。

吉田 我々も東南アジアでいろんな事業をやっています。ただそこには外資規制があったり、外国人は所有権が持てなかったりと、さまざまな制約がある。日本では、絶対的所有権がある一方、土地は誰でも自由に買えるんです。

佐藤 どの国も土地の希少性という特質をよく考えている。

吉田 日本がこの人口減少社会の中、消費活動や経済活動をさらに活性化させていくとなると、どうしてもインバウンドをどんどん増やしていくしかありません。ある程度の規制も含め、彼らを受け入れる体制をきちんと作っておくことです。一企業でできることには限りがありますから、都市開発のマスタープランや土地利用の緊急時のルールについて、国が積極的に取り組んでいってほしいですね。

吉田淳一(よしだじゅんいち) 三菱地所株式会社執行役社長
1958年福岡県生まれ。東京大学法学部卒。1982年三菱地所入社。20代で北海道札幌市のニュータウンの基本構想づくりなどに携わり、2007年に人事企画部長、11年にビルアセット業務部長となり、14年に常務執行役員、16年に取締役を兼任して、17年より現職。「スター・ウォーズ」のR2-D2グッズのコレクターとして知られる。

「週刊新潮」2020年2月6日号 掲載

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