杉山剛士(武蔵高等学校中学校校長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

 豊かな環境のなか、「自調自考」を核に据えて独自の教育を行う、都内男子校「御三家」の一つ、武蔵高等学校中学校。ますます先行き不透明となっていくこの不確実な時代に、子供たちにとって必要な経験とは何なのか。受験一辺倒でなく、20年後30年後の人間をつくる教育の神髄。

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佐藤 杉山先生が私立武蔵高等学校中学校の校長になられて、1年が経ちました。

杉山 ええ。昨年、43年ぶりに母校に戻りました。

佐藤 その前の埼玉県立浦和高校の校長時代に、私は先生とご縁をいただき、私の母校でもある同校で講演や授業を持たせていただきました。そして武蔵でも特別授業をさせていただきましたね。

杉山 その節は、たいへんありがとうございました。

佐藤 2年目に入って、いま学校はコロナで大混乱だと思いますが、どのような状況でしょうか。

杉山 3月2日から休校しています。卒業式は行いましたが、入学式も始業式もできませんでした。授業に関しては5月7日より、月曜日から金曜日まで毎日午前中に4コマずつ、全教科全学年で授業をインターネットで配信しています。

佐藤 いつくらいから準備されたのですか。

杉山 3月後半からですね。いまは生徒全員にタブレットを持たせている学校もありますが、武蔵は自調自考――自ら調べ、自ら考えるをモットーに、対面でのライブ感を大切にする学校でしたから、オンライン教育の環境がありませんでした。

佐藤 武蔵の生徒だったら、この休校期間に自分でどんどん勉強を進めて、1年先、2年先までやってしまいそうですけどね。

杉山 そういう生徒もいるかもしれませんが、やはり生徒たちにはリズムが大切で、個人だけに委ねられない部分があります。だから、長期戦になるとわかったところで、課題も出すけれども、オンライン授業の仕組みを考え、生徒が毎日時間割に沿って、パソコンを見ながら勉強する体制を作りました。ほんとうに突貫工事でした。

佐藤 それは先生方の質が高いからできたのでしょう。

杉山 ありがとうございます。仕組みを作るにあたって、三つのスローガンを作りました。「チャレンジ・楽しむ・助け合い」です。ピンチはチャンスだから挑戦してみよう、そんなにうまくいくはずないからせめて楽しもう、そしてお互い助け合ってやろう、というものです。なかにはパソコンをやりませんという先生もいるんですよ。もともと何の準備もなかったところから短期間で立ち上げたわけですから、これは誇らしいことだと思っています。

佐藤 リアルタイムで授業をやられているのですか。

杉山 最初は録画した授業をオンデマンドで配信しました。Google Classroomを使っていますが、生徒の受信環境を調べると、生徒たちが100%、リアルタイムで長時間受信できる環境にはないんです。そこで、だんだんと慣れていく中で、少人数のところはZoomでやるなど、リアルタイムの授業も増やしています。


■「あと伸び」の教育


佐藤 私は毎年、同志社大学大学院神学研究科の授業を対面で5時間続けてやっていましたが、リモートだと3時間でクタクタになりますね。それと問題は、オンラインだと早く進みすぎてしまうことです。

杉山 相手の顔は見えても、やりとりがないですからね。

佐藤 画面に顔が映って、いわば顔を突き合わせながらやっていますから、密度は濃いんです。だから最初は調子がいいな、15コマくらいでやるところを3コマでできる、と思っていました。ところが一番優秀な女子学生からこう言われたんですね。「授業内容を消化できてはいるけれど、普段なら人のレポートを読んだり、家に持ち帰って考える時間がある。それがないままに進んでいくから取り残されたというか、置いていかれたような感じがする」と。これを聞いて反省し、解説を増やすなど、少し余裕を持たせるようにしました。

杉山 車のハンドルに「遊び」が必要なように、どこかに緩んだ部分や余白の部分がいるんですよね。

佐藤 それは絶対に必要ですね。詰め込むだけではどこかに歪みが出てきます。受験勉強でも、学校で課外活動もなく勉強でがんじがらめにしたり、超難関校に特化した予備校や進学塾に通って志望校に入った学生は、私が見るところ、伸びしろがないというか、限界がある感じがします。

杉山 その通りです。私たちは「あと伸び」と言っていますが、瞬間風速ではなくて、あとで伸びていく子供を育てることが大事だと考えています。だから武蔵は受験対策一辺倒ではなく、20年後、30年後の人づくりを念頭に置いた「人間教育」に重点を置いているんです。

佐藤 そこが武蔵のいいところですね。だいたい、偏差値が73、74の学校で勉強や成績を最優先にしてしまったら、みんな煮詰まってしまいますよ。同級生と叩き合っても絶対勝てない人が必ずいます。だからそれぞれの分野ごとに認め合って棲み分けをする必要がある。

杉山 そしてお互い刺激し合うということですね。それは前の浦和高校も同じでした。

佐藤 浦高と武蔵の生徒をご覧になって、両校にどんな共通点や相違点をお感じになりましたか。

杉山 やはり生徒の自主性、主体性を尊重して、自由に伸び伸びやらせるところは非常に似ていますね。

佐藤 どちらも大学に合格させるだけの受験刑務所ではない。

杉山 そうですね。もちろん個性の違いはあって、浦和はちょっと体育会系です。

佐藤 ちょっとじゃなくて、かなり、ではありませんか(笑)。霞が関の官僚で作る麗和会という浦高同窓会がありますが、彼らに「浦高で何を学んだ?」と聞けば、だいたい「体力です。体力だけは自信がつきました」と言いますよ。

杉山 そうですね。一方、武蔵はアカデミックな感じがあります。両校とも伝統行事として「強歩大会」が有名ですよね。浦和は、学校の門から茨城県の古河まで、50キロを7時間で歩く。1時間に7キロ強ですから、歩いていたのでは時間内に到着しない。だから実質はマラソンです。生徒たちは「古河マラ」と呼んでいましたよね。最近の生徒は真面目だから、7〜8割が時間内に達成しますが、それを3年間やる。

佐藤 強歩大会が終わった後の浦高生は、すぐわかります。筋肉痛やこむら返りが起きるから、大宮駅の階段の手すりにしがみついている。

杉山 武蔵にも「強歩大会」があります。こちらは、距離にすると20キロ〜30キロですが、昨年は横浜、今年は埼玉と、毎年コースが違います。それを生徒が決めるんですね。強歩大会委員長に立候補して選任された生徒を中心にコースを決め、警察の許可を取り、国交省の公園事務所と調整するなど、運営も自分たちでやります。また、絶対に走らない。楽しみながら歩こうぜ、という感じです。

佐藤 武蔵生が独創的たるゆえんですね。

杉山 浦和はタフで優しい人間。人生、何があっても乗り越えて、そして人を思いやり、共感力がある。一方、武蔵はいろいろなアイデアを持ち、独創的で柔軟性があるという感じでしょうか。どちらも非常にいい学校です。

■人間への信頼を培う


佐藤 杉山先生は昨年の武蔵の入学式で、恵まれた環境にいることへの感謝と自覚を持つよう、強調されていました。私はこれを聞いて、浦高での経験が背景にあるのではないかと思いました。

杉山 確かにありますね。

佐藤 浦高生が恵まれていないわけではありませんが、どの年でも住民税免除家庭の生徒たちが4%くらいいます。数にすると十数人です。これは武蔵にも開成にも麻布にもまずない状況ですよね。

杉山 そうですね。だから浦和で「将来何をやるのか」と聞くと、「世界のどこかを支えるんだ」という話をする生徒が結構いましたね。そういう意識は、やっぱり中学や高校で、ある種いろんな友達関係の中で育ったことから芽生えてくる。

佐藤 最近出た平田オリザ氏の『22世紀を見る君たちへ』を読むと、彼が住んでいた東大駒場キャンパス近くの小学校からは、大半が中高一貫校に進み、地域の公立中学に進むのは4割くらいとあります。地元に残るのは、中高一貫校に落ちた子供か、経済的な理由などを抱える子供で、だから公立中学の難しさを指摘しているのですが、逆に言うとそうした現状があるわけです。だから武蔵の生徒が、恵まれた環境にあることにギルティ・コンシャス(罪悪感)を感じることはない。恵まれていても、新聞を読んだり、書物に触れたり、人の話を聞いたりして、そこに思いを馳せることはできます。

杉山 まったくその通りですね。

佐藤 武蔵の卒業生に、湯浅誠さんがいますね。彼も武蔵から東大と、恵まれた環境の中で育ってきたけれど、一貫してそうではない世界に思いを馳せて活動している。彼は当初「年越し派遣村」の村長として注目されていました。だからその後は反体制運動のリーダーになっていくのかなと思っていたら、貧困問題を具体的に解決するには行政の中に仲間を作らなければいけないということで、非常に現実的な路線に転じていった。僕はここに武蔵らしさを感じます。

杉山 それはうれしい指摘ですね。武蔵らしさというのは、先ほど触れたように、独創性という部分と、もう一つ、柔軟性があります。彼はまさにそれを体現している感じですね。

佐藤 問題を解決するのに、人間同士、話し合えばきっとわかると考えて行動する。そんな、人間に対する根源的な信頼を感じます。それは武蔵の中で培われたものでしょうね。

杉山 人間への信頼を培うには、やはり10代の経験が大きいですよ。

佐藤 しかも武蔵は少人数制ですから、人間関係が濃くなる。

杉山 1クラス40人の4クラス編成で、毎年クラス替えがあります。私は武蔵に戻ってから、ここでの学びを「ワクワク・ワイワイ」と呼んでいます。「ワクワク」の元になる好奇心を刺激する仕掛けが、武蔵にはたくさんあります。川が流れる豊かな自然の中に校舎がありますし、理科・特別教室棟には地球の自転がわかる「フーコーの振り子」があり、実験室の前には岩石標本が並べられている。そうした環境の中で、少人数で「ワイワイ」やりながら、独創性と柔軟性を身につけていく。そこでさらに他者に対する想像力を持ち、痛みを想像できるようになれば、社会にとってほんとうに望まれる人間になるのではないかと思います。

佐藤 私の授業に集めていただいた生徒たちは、本をよく読む人たちでした。特に小説です。それは想像力を育む。彼らは日頃、図書館に出入りしている生徒なんじゃないかと思いました。

杉山 ここにはまず大学図書館に70万冊あって、高中図書館でも8万冊あります。両方が使えるのは、ほんとうに恵まれた環境です。

佐藤 書籍を通じた文化というのは、どこか旧制高校的ですよね。だから武蔵の教育はチャレンジングであるとともに、基礎となる「型」の部分がしっかりしている気がします。それは先生がいつも強調されている「守破離」の「守」でもある。

杉山 「守破離」は武道や芸道の言葉です。修業には、まず型を作り身につける「守」、次はその型を破って自分なりに挑戦していく「破」、そしてその型から離れ自分のやり方を生み出す「離」の3段階があります。私は教育にもこの3段階が必要だと思っています。

佐藤 デタラメな行動と型破りは違うということですね。ただの思いつきと、一度、型を身につけてから、それを壊すのとでは、物事への理解が全然違う。

杉山 一見、同じように見えても、大きな差がある。

佐藤 これはアメリカと日本のAO入試のレベルの差にも表れています。アメリカの大学には、学生の募集から選抜までの業務を専門に行うアドミッションズ・オフィスがあります。そこが成績や文化・スポーツ活動、ボランティア活動の情報を収集して検討しますから、デタラメを見抜けます。でも日本は大学教員が片手間にやっているから、デタラメが通ってしまう。また本気でAO対策を授けてくる予備校にも突破されてしまいます。


■高校時代には失恋せよ


杉山 私は昨年校長になってから、生徒たちと面談を続けています。昼休みを使って、だいたい1チーム6人くらいで校長室に来てもらう。高校3年生から始めて、1年でようやく高校1年生まで終わりました。彼らに聞くのは過去、現在、未来です。「なんで武蔵に入ったの?」という過去、「いまの武蔵での生活はどう?」という現在。そして「たった一度しかない人生をかけて何をやりたいのか」と、未来の姿を尋ねるんです。

佐藤 それは興味深いですね。

杉山 そうすると、生徒たちはほんとうにさまざまなことを語ってきます。そこで私も、人生における成功は何かとか、何を獲得したいのか、と問いを重ねます。

佐藤 生徒には貴重な体験になりますね。

杉山 本当に自分たちがやりたいことを見つけさせ、そのために何をすればいいのか、それを通じて何に貢献するのかについて考えさせる。人生の構想力を身につけてもらいたいのです。

佐藤 まさに未来の人づくりですね。

杉山 いま未来がどんな世界になるのか、ほんとうにわからなくなってきました。もちろん少子化や高齢化は進みますが、テクノロジーの進み方や環境問題、そして現在のコロナウイルスなど、先行きがますます不透明になっている。その中で生徒たちに、未来を生きる力を身につけさせねばなりません。文科省が「主体的で多様な他者と協働する力」とか「キー・コンピテンシー(人生の成功と正常に機能する社会のために必要な能力)」などさまざまなことを言っていますが、それらはすでに武蔵ではやってきたことです。現場から見ると、それだけでは足りない。いま必要なのは、どんどん挑戦して失敗し、その失敗を乗り越えて立ち直り、またみんなとやっていくような力ではないかと考えています。

佐藤 失敗する経験は、私も非常に重要だと思います。

杉山 よくレジリエンス(回復力)と言いますが、教育をやればやるほど、挑戦や危険から遠ざけ、レジリエンスが育っていかない状況があります。そこは意識しないといけない。

佐藤 チャレンジすること自体、ハイリスクでローリターンと受け止める風潮がありますからね。

杉山 そうです。

佐藤 私は高校時代には、まず恋愛で失敗しておいたほうがいいと思っています。一つには、自分の成績とか努力では思い通りにならないことがあるとわかる。もう一つには、恋愛をすると母親が中立的でない介入をしてきますから、母親が100%の味方ではないと知ることができます。

杉山 子離れ、親離れですね。

佐藤 公立の共学校ならそれがうまく学校生活に組み込まれていますが、男子校だと、これは課題になります。私は親から子離れはできないと思っています。子供から親離れするしかない。

杉山 なるほど。

佐藤 そのためには、友達と話をする、小説を読む、あとは先生が親子を隔てる話をチクリチクリとする(笑)。そして大学に入る時には、下宿をすることですね。

杉山 佐藤さんは、大学から京都で一人暮らしですね。私は大学院を出て教員になった時に家を出ましたが、確かにそこは大きな節目でした。

佐藤 大学を受ける前から、家を出ると決めておく。そうするだけでも早く親離れできると思います。

杉山 確かに一人暮らしや恋愛をする中で、人生は大きく変わっていきますからね。

佐藤 たとえそこで失敗しても立ち直る力が身についていればいい。それには学生時代の経験が大切だし、失敗を許容できる環境も必要になります。それが学校ですね。

杉山 武蔵の「ワクワク・ワイワイ」の中には、失敗を許容できる文化がある気がしますね。そうでないと、何かやってみよう、みんなでやろうということになりませんから。

佐藤 失敗を許容する文化は、やり直せる安心感があって生まれてくるのだと思います。失敗してもこの学校ならやり直せると思えるかどうか。私も東大や早稲田に進学していたら、たぶん学生運動で退学させられていたと思います。同志社の神学部だから大目に見てもらえたわけです。考えてみると、その後の人生で起きることは、たいてい学生時代に鋳型ができます。武蔵生もここで経験したことが後の人生で必ず生きてくる。将来、何か問題に直面した時、「あの時に経験したことと似ている」とか「こういう奴いたよね」とその記憶が蘇る。武蔵はミクロコスモス(小宇宙)なんです。

杉山 まったくその通りだと思います。10代に学校で経験したこと、その時に吸っていた空気というのは、その後の人生の基盤になります。みんなでつるんだり、一緒にタガを外して遊んだり、そして失敗しても許容し合う。先行きの見えないいま、そうした仲間集団を作ることが、中等教育機関に求められていると思います。

杉山剛士(すぎやまたけし)  武蔵高等学校中学校校長
1957年東京都生まれ。私立武蔵中・高から東京大学教育学部に進み、同大学院教育学研究科修士課程修了。埼玉県教員となり、社会科教員13年、教育委員会12年、教頭・校長として10年勤務し、浦和一女教頭、熊谷西高校校長、浦和高校校長などを務める。2019年4月より母校である武蔵高等学校中学校校長に就任した。

「週刊新潮」2020年6月11日号 掲載

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