医と食をつなぐ事業で社会問題を解決する――磯崎功典(キリンHD代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

 若者を中心にビール離れが止まらない。いつのまにかビール市場は最盛期の3分の2となり、各社はビジネスモデルを再構築せざるえなくなった。他社がグローバル化に大きく舵をを切る中、キリンはヘルスサイエンス事業に活路を見出した。その核となる「プラズマ乳酸菌」の力とは――。

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佐藤 私の母方の伯父は、かつて兵庫県の県会議員を務めていて、尼崎に住んでいました。子供の頃に遊びに行くと、近くに巨大なキリンのビール工場があったのが、強く印象に残っています。

磯崎 尼崎工場ですね。あそこは大正7年(1918)の操業開始で、長い歴史のある工場でした。

佐藤 地域にも密着していて、いろいろ催しがあったので、中に入ったこともあります。また伯父は沖縄県人会の会長も務めていたのですが、沖縄出身の親戚や知人がそのビール工場で何人か働いていました。

磯崎 そうでしたか。尼崎工場は主力工場の一つでした。1996年に操業を停止し移転しますが、私はその跡地にできたホテルの総支配人を2年間務めました。当時、沖縄県人会の方々は大切なお客様で、宴席や結婚式でよく使っていただきました。

佐藤 大変でしたでしょう。沖縄の結婚式は、沖縄本島でなら300人は呼ぶのが普通で、本土では少し規模が小さくなるにしても、かなりの数になります。人がどんどん集まってきて、よく飲みますし、やがて踊り始めます。

磯崎 そうでした。すごく飲まれました。沖縄の方々は、阪神工業地帯の中小企業を支えて、大勢が尼崎にお住まいでしたね。

佐藤 もう戦前から仕事を求めて移り住んでいます。その地域の中心に大きな工場があった。だからキリンは愛着のある特別なブランドです。

磯崎 そんなご縁がありましたか。

佐藤 それに昔はビールといえばキリンで、寡占状態でした。

磯崎 高度成長とともに伸びてきて、最高時は、全国シェア63%でした。ちょうど私が入社した1977年頃です。尼崎工場のある兵庫県なら70%以上、お隣の岡山や広島では80%以上になりました。さすがに競争の厳しい東京ではそこまでいきませんが、当時は独占禁止法の企業分割の対象となる可能性が囁かれるほど、売れに売れた。だからお客様のお求めになるだけのビールを出荷できないこともありました。

佐藤 ウチはキリンが何本取れるんだ、と出入りの酒屋さんが自慢していたことを覚えています。

磯崎 いまはもう死語ですが、小売店に対して「割当」という言葉がありました。

佐藤 私の父は、少し高いけれど、独特の苦味があるから、やっぱりキリンなんだ、と言っていました。

磯崎 祖父、あるいは父が家の縁側でラガービールを飲んでいるのをよく見ていたので、自分もキリンのファンになりました、というお話はよく聞きます。それが永遠に続けばよかったのですが、ビール市場全体の出荷量は1994年がピークで、現在の市場はその3分の2になっています。

佐藤 今年の上半期は、キリンがアサヒを抜いて11年ぶりに首位奪回という記事がありましたが、喜んでばかりもいられないわけですね。

磯崎 かつてのような出荷数に戻ることはないと思っています。

■ビール離れはなぜ起きたか


佐藤 ビール離れはどこに原因があるとお考えですか。

磯崎 まず一つの要因は、人口減です。これは避けられません。そして若者のビール離れがあります。昔は歓迎された苦味が苦手という人たちが増えてきた。かつて乾杯はビールで、その後にウイスキーや日本酒、カクテルでしたが、いまは最初からカクテルやチューハイという人が多い。

佐藤 お酒の種類もたくさんあって、選択肢が増えました。しかも安価なものがたくさんあります。

磯崎 そうですね。それに加えて、飲み会といいますか、大勢で集まりわいわい盛り上がってビールを飲むという機会が減っています。みなさん、違うものにお金をかけているんですね。ゲームだったり、スマホのいろいろなサービスだったり、飲酒以外のことに楽しさや価値を見出している。これは世界的な傾向です。

佐藤 大学生なら、かつては月に何度かは当たり前のようにコンパがありましたが、確かに少なくなりました。

磯崎 さらにWHOからアルコール規制への圧力が強まっています。最初はタバコで、2003年に「たばこ規制枠組条約」が採択されました。これに続いてアルコールが問題視され、2010年に「アルコールの有害使用を低減するための世界戦略」がまとめられています。

佐藤 この流れはなかなか止まらないでしょう。

磯崎 はい。それともう一つ、ビール会社の怠慢もあったと思います。お客様のニーズをきちんと受け止めてこなかった。いま大手は4社ありますが、どこも同質のビールを作って、あとはコマーシャル競争です。毎年春になれば新しいビールを出し、1年経つとそれが消えて、また新しいビールを作る、ということを繰り返してきた。でも、本当に毎年新しいビールを出すことが求められているのかと考えてみると、そうとも言い切れない。本物のビールがあればそれでいい、というお客様もいるでしょう。我々がお客様不在の競争をしているうちに、本当にビールの好きなお客様が離れてしまったのではないかと思っています。

佐藤 外国のビール会社は、次々いろんな名前の新ビールを出すことはありませんからね。

磯崎 こうした中で、我々が持続的に成長していくのにビールだけでいいのか、酒類だけにしがみついていていいのか、と自問自答してきました。私の在任時だけならそれでも大丈夫でしょう。でも次の世代はどうか。これから入社してくる人たちに魅力ある会社であり続けることができるのか。ビジネスですから収益をあげていかなければなりません。そのために、いまのうちにいろいろ手を打っていかなければならない。

佐藤 同じ問題を抱えるアサヒグループHDやサントリーはグローバル展開に大きく舵を切りました。

磯崎 我々はどこよりも早くグローバルに出て行きました。オーストラリア、フィリピン、そして売却しましたが、ブラジルにも進出しました。ですからグローバルの状況は早くにわかっていたつもりです。でもその中で、とても好調だったオーストラリアで、あれよあれよという間に数量が減ってきた。オーストラリアはほぼ寡占状態でしたから、値上げをすれば計算上利益は出るのですが、ビールは装置産業です。機械にかかる固定費や人件費を、効率をマックスの状態にすることで吸収して原価を下げている。その努力が、販売数減になると、一瞬にして消えてしまいます。だから数量が減ることは非常に大きな問題なのです。

佐藤 新興国に活路を見出す、という戦略もあります。

磯崎 確かにフィリピンもブラジルもビールの消費量は伸びています。ただ新興国で利益をあげるのは、たいへんなことです。価格にコンシャス(意識的)だからです。その中でビジネスをするには、よほどきちんとしたブランド戦略、あるいはチャネル(販売ルート)戦略がないと成功しません。

佐藤 確かに日本のビールは高級品になりますね。

■医と食をつなぐ事業


磯崎 2012年に国内事業会社のキリンビール社長に就任し、販売の最前線に立って、これはビールだけでは厳しいと改めて実感しました。以来、さまざまな展開を検討してきました。その中で見えてきたのが、キリンが昔から手がけてきた発酵・バイオテクノロジーを使った事業です。

佐藤 ビールの醸造技術が基礎になっている。

磯崎 はい。弊社はいまから40年ほど前に医薬事業に本格参入しています。ビールのシェアが60%台の時に、当時の経営者は将来を見据えて新しい事業を始めようとした。おそらく人口動態を見て決めたのだと思います。それがいま協和キリンという素晴らしい医薬会社になっています。腎臓や血液の領域にとても強い会社です。ここで培ってきた発酵・バイオテクノロジーを使い、昨年「健康」の領域へ踏み込んでいく決断をしました。それも医薬品分野ではなく、近接しているヘルスサイエンスの領域、別の言い方をすると、「医と食をつなぐ事業」として立ち上げることにしたのです。

佐藤 医薬品と食は、重複集合となって重なりあう部分が大きい。

磯崎 まさに弊社がこれから手がけていく免疫分野はそうです。そして今月、健康な人の免疫機能を維持する力を持つ「プラズマ乳酸菌」が入った「iMUSE(イミューズ)」ブランドの商品6種類を新発売します。

佐藤 これまでの乳酸菌とは違うのですか。

磯崎 はい。人間は誰しも免疫細胞を持っていますね。NK細胞とかキラーT細胞、B細胞、ヘルパーT細胞などがありますが、一般的な乳酸菌はそのどれか一つを活性化させるだけです。しかしプラズマ乳酸菌は、免疫細胞の司令塔である「プラズマサイトイド樹状細胞」を通じて、すべての免疫細胞に働きかけます。だから免疫機能全体が活性化される。

佐藤 それは画期的な乳酸菌ですね。

磯崎 これは今年8月に免疫分野で初めて機能性表示食品として消費者庁に受理されました。

佐藤 研究開発には、どのくらいの時間がかかっているのですか。

磯崎 プラズマ乳酸菌を見つけたのは2009年のことです。免疫研究は約35年前から、アメリカのサンディエゴにあるラホヤ研究所で行っています。その蓄積があったからこそ発見することができました。

佐藤 商品になるまで10年かかっている。

磯崎 時間はかかりましたね。私はもう5年以上、毎朝そのプラズマ乳酸菌を摂っていますが、すこぶる健康ですよ。

佐藤 これは大きな事業になりそうです。

磯崎 まずは飲料やサプリメントで売り出しますが、今後、プラズマ乳酸菌の菌体を世界中の大手食品メーカーに卸して、それが入った製品を作っていただき、いろいろなブランドで販売していただけたら、と思っています。

佐藤 キリンが一種のプラットフォームを作るということですね。

磯崎 いわゆるライセンスアウト(使用許諾)をしていく形です。自分たちだけでやるには限界がありますから、外に向けてさまざまな展開を考えています。

佐藤 いま、目端の利く腕のいい医者はサプリメント外来を設けています。サプリメントの分野は、今後さらに伸びていくと思います。

磯崎 弊社は昨年、ファンケルと資本業務提携しましたが、そのファンケルに「パーソナルワン」というオーダーメイドのサプリメントサービスがあります。月に数千円と少し値段が高いのですが、生活習慣のアンケートを取った後に尿を採取して、必要な栄養素を特定し、その人だけのサプリメントの組み合わせを作ってお届けしています。例えば、免疫機能を維持したいというニーズがあれば、そこにプラズマ乳酸菌を入れてもらうことも考えています。

佐藤 サプリメント外来に1回行くだけで数万円も取られることがありますから、極めてリーズナブルですよ。

磯崎 尿以外にも血液や便を採って、どこに問題があるか判断したりしますね。これからは未病という発想や予防の領域が大切になってきます。薬を飲む段階に至る前に、サプリメントで健康を維持し、時間をかけて体調を整えていくということがどんどん浸透してくると思います。

佐藤 サプリメントはまさに「医と食をつなぐ」領域です。でもキリンの医薬品分野は、外国の投資会社から売却を提案されたこともありましたね。

磯崎 投資家から見ると、ビール会社はビールに専念するほうがわかりやすいんですよ。

佐藤 そのビール事業のほうはどうしていきますか。

磯崎 今回のコロナの影響も大きいのですが、その前からビールを店ではなく家で飲む傾向が強まっています。その対策として「本麒麟」や「のどごし」など、新ジャンルと呼んでいる低価格で味がいいものに力を入れていきます。また家で飲んでいると、どうしても運動不足になる。健康にも留意しなくてはいけませんから、プリン体カットや糖質オフ・ゼロ系など、健康志向に合わせた商品にも注力していきます。

佐藤 最近はノンアルコールビールもおいしいですよね。初期の頃とは別物だと思います。

磯崎 もうビールと同じですね。ノンアルコールでもポーッとしてくるくらい(笑)。

佐藤 黙って出したら、酔っぱらう人もいますよ。

磯崎 家飲み対策としては、クラフトビールにも力を入れています。先ほども申しましたが、日本ではビール各社が同じような商品ばかり作って、同質化が進みました。だからラズベリーの香りがするとか、シトラスの香りがするなど、個性あるビールを提供していきたい。店には行かないけれども、ちょっと贅沢な気分で食事をしたいという方には、こうした味わい深いクラフトビールを自宅でゆっくり飲んでいただく。

佐藤 ビール事業にも新たな展開がある。

磯崎 さまざまな楽しみ方を提供、提案していきます。コロナは企業にとって大きなダメージではありますが、それでしょげているわけにはいかない。これを奇貨として新しい価値を創造していければ、と思っています。


■社会問題を解決する企業へ


佐藤 ヘルスサイエンスとビールと、いまキリンという会社が大きく変わりつつあるのですね。

磯崎 スタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授が『両利きの経営』という本を出しています。「知の探索」と「知の深化」によってイノベーションが引き起こされるということですが、キリンの場合、ビールは中核をなすものとして、どんどん深化させていきます。そして新しい領域として、ヘルスサイエンスを探索していく。それからこの分野の蓄積を生かし、いろいろな事業に広げていきたいと考えています。

佐藤 日本のベンチャーでは、プラズマ乳酸菌を発見するような大きなことはなかなかできません。研究開発に投入できる資金が限られていますし、ベンチャーキャピタルも巨額のお金は入れてきませんから、何十年にもわたる研究は難しい。キリンにはそれができる組織の強さがあります。

磯崎 それはそうかもしれません。

佐藤 また本業のビール事業より他の部署の経験が多い磯崎さんが、その方向性を決められたことも興味深いです。組織が強いと、本業の中心にいなかったり、枠外の人も活躍できるものです。私みたいなはぐれ者も、外務省が強い組織でしたから、拾ってくれて、仕事をさせてくれたのだと思います。

磯崎 私はビールも少しやりましたが、最初は小岩井乳業のチーズを売っていましたし、子会社のホテルの支配人にもなりました。それらはすべて自分の血肉になっています。そこからさまざまな知見を得ることができた。日本企業の社員は、自分の会社や部署以外のことを、知らなすぎると思いますよ。

佐藤 先ほど名刺交換した広報のお二方の名前の下には、「ワインアドバイザー[(社)日本ソムリエ協会認定]」と書いてありました。資格を取ることを推奨されているのですね。もちろんキリンはワインも製造販売していますが、広報の方まで持っている。

磯崎 社外での学びによって、新たな発想が生まれるということがありますから。

佐藤 武道や茶道などで言う「守破離」の発想をお持ちなのかな、と思いました。まず学んで「型」を作り、他社や他の業界を知って、その型に何かを取り入れて壊す。そして最後は型から離れて独自のものを作っていく。

磯崎 なるほど、言われてみれば、そう考えているところはあります。

佐藤 型を知った上で、新しいことをやりましょうという考え方が名刺から垣間見えました。型破りというのは、型を知っていないとできませんから。

磯崎 いまはVUCAの時代と言われていますね。不安定(Volatility)、不確実(Uncertainty)、複雑(Complexity)、曖昧(Ambiguity)の時代だと。コロナもそうですが、予想もつかないことが起きる世の中です。そうした環境変化がある中で、組織を活性化し、イノベーションを起こして新たな価値を作っていくには、均質な社員では無理です。ただ会社で働いているだけでなく、社外で学んだり仕事をしたり、あるいはちょっと常識外れの人がいていい。そのくらい度量のある組織にしていかないといけません。

佐藤 その時代に独特の経歴を持つ磯崎さんが社長になられたのは、意味があることだと思います。

磯崎 コロナが猛威を振るった今年、プラズマ乳酸菌が機能性表示食品として受理され、キリンが持つ、社会に役立つ技術が世に出ることになりました。私は以前からCSV(Creating Shared Value、共有価値の創造)を唱えてきました。キリンという会社を50年後も100年後も存続させるには、社会問題の解決を土台とした長期的な成長が必要です。それには「健康」の分野を強化し、まずは「プラズマ乳酸菌」を中心に価値の提案をしていきます。

磯崎功典(いそざきよしのり) キリンHD代表取締役社長
1953年神奈川県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。77年キリンビール入社。神戸支店勤務後、米国コーネル大学ホテル経営学部に留学。帰国後、経営企画室などを経て99年傘下のホテル「ホップインアミング」総支配人に。2004年比国サンミゲル社副社長、07年キリンHD経営企画部長、12年キリンビール社長。15年より現職。

「週刊新潮」2020年11月26日号 掲載

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