「トランプ現象」はバイデン時代も続く――宮家邦彦(内閣官房参与)【佐藤優の頂上対決】

 コロナ禍が続く中、1月20日に民主党のジョー・バイデン氏が第46代アメリカ大統領に就任する。これからアメリカはどう変わるのか。分断された社会はどのように修復されるのか。そして外交では路線を変更し、積極的に諸外国への関与を再び深めていくのか。2021年の世界を概観する。

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佐藤 トランプ大統領の「不正選挙」闘争も潰え、いよいよバイデン大統領が誕生します。

宮家 2016年の大統領選では予想を外してしまったので、今回は相当慎重に考えて「わからない」と発言してきました。実際、ほんとうに予想がつかなかったですね。

佐藤 みなさん、「わからない」が、率直なところだったと思います。

宮家 結局、ここぞという時に民主主義が機能するのがアメリカなんですね。問題ある大統領は選挙で代えていく。ウォーターゲート事件で政治不信が広がった後には、カーター大統領が誕生しましたし、イラク戦争で勝ちはしたものの経済が立ち行かなくなると、ブッシュ大統領からクリントン大統領に代わった。

佐藤 今回も含め、それぞれ共和党から民主党政権への移行ですね。

宮家 要するに節目節目で、北部の理想主義が勝ってきたということです。トランプ政権がずっと続いたら、アメリカはバナナ・リパブリック(多数の貧困労働者と少数の支配者からなる政情不安な国)になってしまう。今回、そうはならない、ということを示したわけです。ただトランプ現象が消えたかといえば、そうではない。

佐藤 私もそう思います。選挙報道だと、勝敗の地図が州単位で出てきますね。共和党を赤く塗り、民主党を青くする。あれが間違いのもとだと思います。都市ごとに見ていくと相当違って見えてきます。そして全体的としては、赤と青が混じり合ったモザイクになり、紫色です。

宮家 おっしゃる通りで、少し近づいて見れば、大都市は真っ青で、郊外は真っ赤です。その間がまだらになっている。

佐藤 かなり入り組んでいますよ。

宮家 それに加えて、トランプ大統領が前回を超える七千数百万票を獲得したのは、かなりマイノリティの票が増えているからなんですね。

佐藤 ひと昔前のように、マイノリティが民主党支持かといえば、そうではなくなっている。

宮家 多くの票が共和党に流れています。その理由を考えてみると、アメリカは移民社会で、マイノリティはみんな移民です。その移民の中で一番新しい移民を最も差別するのは誰かというと――。

佐藤 その直前に来た移民たちですね。

宮家 その通りです。彼らの生活を最も脅かすのは、次に入ってくる新しい移民たちです。だから彼らが一番、新参者に厳しい。

佐藤 メキシコとの国境に壁を作ることを歓迎しているのは、不法移民を含め、すでに入ってきてしまった人たちということですね。

宮家 トランプは仕事がなくなった白人たちだけではなく、彼らにも訴えかけるものがあった。

佐藤 白人票だけでは、あれだけの接戦になりませんから。そこがトランプの強さです。

宮家 驚いたのは、選挙後、共和党議員300名ほどにインタビューしたら、トランプが負けたと公言する人が29人しかいないというんですよ。もう共和党が乗っ取られてしまっている。

佐藤 古き良き共和党はなくなってしまったわけですね。

宮家 アメリカの保守主義は多種多様で、伝統的な南部の保守もあれば、宗教保守もあるし、倫理保守も反共保守もある。だいたい1970年代までは民主党の中にも保守派がいたんです。特に南部はそうでした。それを1980年代にすべて共和党が持っていってしまった。

佐藤 レーガン大統領の時代ですね。

宮家 「レーガン・デモクラッツ」と言いますが、数多くある保守グループが保守合同し、まとまった。ところがソ連が崩壊して、その絆が解けていくわけです。それで共和党がおかしくなり始めた。共和党政権下で、イラクで戦争をやりアフガニスタンでも戦って、ネオコンが台頭しました。でも戦争で疲弊してクレディビリティ(信頼性)を失います。その後にティーパーティーや小さな政府を主張するグループが出てきて共和党改革をしようとしますが、うまくいかない。そこに現れたのがトランプでした。

佐藤 弱った企業に強面(こわもて)の総会屋が乗り込んできて、言いなりにさせてしまったような状態なのでしょう。

宮家 現役の議員たちは2024年の大統領選挙の予備選を考えなければなりませんから、負けてもトランプ派を無視できない。

佐藤 本人も出るつもりでいる。

宮家 つまり2016年にトランプさんを当選に導いた白人至上主義、大衆迎合主義、排外主義、差別主義といったダークサイドは、いまも残ったままです。アメリカ社会の分断は建国前からありますが、穏健な保守派と現実的なリベラル派がいなくなり、両極化が進んでしまった。共和党のみならず、これからは民主党でもリベラル政治家の劣化が進むと思います。

佐藤 民主党の場合は、やはりアイデンティティの政治から抜け出せないでしょう。黒人でイスラム教徒で性的にストレートとか、アイルランド系でゲイとか、支持層が細分化されていて、その中でお互いがいがみ合っている。

宮家 バイデン次期大統領も年齢を考えると、1期しかやれないでしょうし、民主党も内部からどんどん壊れていくと思います。ですからトランプ大統領が退場したからといって、アメリカが健全な方向に向かうわけではない。

佐藤 アメリカ社会の分断は止まらない。

宮家 怖いのは、トランプ大統領よりも若くてスマートで、ほんとうは差別主義者なのに、それを微塵も感じさせない指導者が出てきた時です。あるいは、若くて頭のいいバーニー・サンダースが出てきても怖い。

佐藤 その可能性はあるでしょう。

宮家 また、トランプ大統領の白人至上主義的な思考は、ヨーロッパでも根強い。トランプ政権誕生の立役者で、当選後に一時、首席戦略官も務めたスティーブ・バノン氏は退任した後、イタリアやベルギーなどヨーロッパに渡って、現地の右派ポピュリストたちを結集させようとしました。

佐藤 ブレグジットもありますし、排外主義はいまも無視できない潮流です。

■外交政策は変わらない


佐藤 アメリカの外交政策はどうなるとお考えですか。

宮家 バイデン次期大統領は「America is back」と言いましたが、私は「Washington is back」だと思っています。つまり我々が慣れ親しんできた、アイビーリーグや有名大学を出て、学者になったりシンクタンクに行ったり、あるいは議員のスタッフや役所で仕事をしてきた、政治首都ワシントンで生きる人たちが表舞台に戻ってくる。

佐藤 トランプ大統領が追放しようとした人たちですね。

宮家 彼は「ディープ・ステイト(影の国家)」と呼んで、ワシントンをかなり破壊しました。ただ、幸いなことに1期で終わった。だからいま民主党のワシントニアンがどんどん戻ってきている。それが国務長官になるアントニー・ブリンケン氏であり、国家安全保障担当補佐官に任命されるジェイク・サリバン氏です。その意味ではオーソドックスな外交となる。

佐藤 国際協調ではあるけども、アメリカがリーダーシップを取る。

宮家 だからサプライズはない。手強くて古くてイヤーなアメリカに戻ると思います。気候変動問題や人権問題はトランプ政権の政策から転換するでしょうが、その他では大きな変化はないでしょう。

佐藤 対中政策も変わらない。

宮家 中国に対する厳しい姿勢は、オバマ政権の2期目にもう始まっていたと私は見ています。つまり民主党に代わったからといって、転換するものではない。

佐藤 昨年7月にヒューストンの中国総領事館を閉鎖させた時、「ウォール・ストリート・ジャーナル」は社説で、これをトランプ大統領の選挙対策と考えたら間違いだ、中国が脅威であることはバイデン候補にとっても同じだと書きました。

宮家 関与によって中国を変化させられるという幻想は終わりました。我々日本側としては当たり前のことで、オバマ政権時代から何度も「中国が問題なのが、どうしてわからないのか」と言って無視されてきました。そうした中国の脅威を意図的に軽んじる人たちが一掃されたのは、トランプ大統領の功績かもしれない。

佐藤 それに米中貿易戦争でトランプ大統領は、ハードルを高めに設定しましたから、それを下げることでディール(取引)もできます。

宮家 これからも東アジアを「自由で開かれたインド太平洋」と呼ぶかどうかは別にして、アメリカにインド太平洋という発想は昔からあり、ずっと重視してきました。第7艦隊は前からインド・パシフィック・フリート(艦隊)です。さらに言えば、バーレーンにある第5艦隊も、エネルギー資源のない東アジア諸国のシーレーンを守っている。

佐藤 中東政策はどうなりますか。私はトランプ外交の最大の業績は中東だと思います。

宮家 良きにつけ、悪しきにつけ、そう言えますね。

佐藤 一つは米国大使館をテルアビブからエルサレムに移したこと。もう一つはイスラエルとアラブ首長国連邦、バーレーン、スーダン、モロッコの国交を正常化させました。あれでパレスチナの弱体化がはっきり見えてしまった。アラブ諸国はパレスチナ問題を解決しない限り、イスラエルと国交を結ばないと言ってきたわけですから。

宮家 さらにゴラン高原をイスラエル領と認めてしまいました。ここは国連決議でイスラエルの支配が無効とされた場所です。

佐藤 これらは、アメリカとイスラエルの共通の敵であるイラン対策でもあります。

宮家 よく、バイデン大統領になったら中東政策は転換されるのですか、とも聞かれるのですが、戻すわけがないですよ。

佐藤 そうでしょうね。ある意味では、アメリカの総意です。

宮家 それに、バイデン政権の外交を支えているのはユダヤ系エリートが多いのです。これは隠然たる支配とか陰謀論ではなくて、彼らが非常に優秀なアメリカ人だからそこにいるわけです。さればイスラエルに不利なことを意図的にやるはずがない。

佐藤 そもそもいままでやりたくてもできなかったことをトランプ大統領が実現させたわけでしょう。その点では感謝しているかもしれない。

宮家 その通りです。ではトランプ大統領になぜそんなことができたかといえば、アラブ諸国がパレスチナを見捨てたからです。

■菅政権は堅実な外交


佐藤 宮家さんは菅政権で外交担当の内閣官房参与に就任されましたが、日本の外交はどうなりますか。

宮家 政治家は、ビジョンで突っ走るタイプと、現実主義でできるところからやっていくタイプに分けられるといいますが、それに倣えば安倍さんは前者で菅さんは後者です。もうビジョンは安倍さんが出している。過去15年くらいに東アジアの国際安全保障環境が大きく変わり、日本のとるべき道は限られていた。そこを安倍さんはしっかり見極めて外交を行い、幸いにも成功しました。その安倍外交の仕上げをするのが菅政権で、非常に堅実な外交になると思います。

佐藤 まずベトナムとインドネシアを訪問し、インド・太平洋の一国として、この地域を重視していることを印象づけました。いいスタートだったと思います。

宮家 菅総理の外交経験の乏しさを不安視する人もいますが、私は外交の8割は内政だと考えています。ある国とディールしようとなった時、一番反対するのは国内の人たちです。外国を説得するより国内の利害関係者を納得させるほうが大変です。

佐藤 北方領土問題も同じで、まず国内のさまざまな意見をまとめなければならない。

宮家 安倍外交7年数カ月のうち、外交の8割が内政なら、菅総理はそのほとんどに関わっています。官房長官でしたし、国家安全保障会議の4大臣(総理、官房長官、外相、防衛相)会合にも全部出ています。ですから情報は充分に入っている。派手さもけれん味もないかもしれませんが、菅総理は非常にプラクティカルに、現実主義的に外交を行っていくと思います。

佐藤 11月に中国の王毅外相が来日しました。菅総理と会談した前日、外相会談後の記者会見で、王毅外相は「日本の偽装漁船が繰り返し敏感な海域に入っている」と、尖閣諸島の領有を前提にした発言をして物議を醸しました。

宮家 王毅外相は言わなきゃいけないことを言っただけですよ。

佐藤 それが彼の仕事ですからね。

宮家 その一方で、中国が日本に秋波を送ってきているのも確かです。でも中国については、同盟国アメリカの方向性が決まっていますから、日本の取るべき道もはっきりしている。中国から見れば、日中関係は米中関係の従属変数です。米中が悪くなれば、当然、日米関係に楔(くさび)を打つべく日本にすり寄ってきます。ただそれはあくまで「戦術的」な譲歩で、「戦略的」な譲歩ではない。

佐藤 それはロシアについても言えることです。

宮家 中国が戦略的譲歩をする気はないと弁(わきま)えた上で、限られたレベルの関係改善をしておく。それが我々のすべきことです。

佐藤 何か仕掛けてきませんか。

宮家 新政権ができると、中国は必ず何かテストをして反応をうかがってくるものですが、王毅発言もテストだったかもしれないですね。恐らくはバイデン大統領にも何かテストをすると思います。かつて中国の戦闘機がアメリカ海軍の偵察機にぶつかって、海南島に不時着させたことがあったでしょう。

佐藤 2001年のブッシュ政権の時ですね。

宮家 1月に政権が誕生して、事件が起きたのは4月1日です。これなどは一つのテストですよ。

佐藤 だいたい3月、4月くらいがテストの時期になる。

宮家 3月だとまだ次官補が決まっていませんから。

佐藤 実務を取り仕切る人たちがいない。

宮家 だからその時期を狙って、恐らくは台湾がある南シナ海周辺で何か動きがあると思います。


■日韓関係は改善しない


佐藤 中国は香港に続き、建国100年の2049年までに台湾を統一すると宣言しています。

宮家 台湾有事は、日本有事になります。その戦闘は中国大陸の東側と台湾だけで収まるはずがありません。当然、周辺を包囲して進めることになる。そうすると、台湾から120キロしか離れていない与那国島の領空と領海は必ず侵犯されます。さらに言えば、沖縄の米軍をそのままにして、台湾を攻めることはできません。だから中国が賢ければ、そんな愚かなことをするはずがない。

佐藤 逆に言えば、台湾有事を抑止する仕掛けが作ってある。

宮家 そうです。中国はイケイケドンドンで、習近平主席も確かに強いリーダーではありますが、私はものすごくディフェンシブ(防御的)だと思っているんですよ。

佐藤 どういうことですか。

宮家 習主席と同い年の私からすると、彼は「中国株式会社」の2代目だと思っているのではないかなと。先代のトウ小平さんが改革開放を行い、韜光養晦(とうこうようかい)(才能を隠して力を蓄える)で、頭を低くして国際社会に出ていくと言ったけれども、それで結局どうなったのか、共産党はおかしくなっていないか、実は傾いているじゃないか、と思っている。そこで習近平主席は共産党の力を結集し、引き締めることにした。いま体制を守るには、力で抑えるしかないという信念を強く感じます。

佐藤 フルシチョフの後のブレジネフみたいなものですね。

宮家 そうかもしれない。

佐藤 では、韓国はどうですか。

宮家 日韓関係は非常に難しい。まず韓国の外交政策がすっかり変わってしまいました。冷戦時代の日米韓三国反共同盟は終わり、韓国は李氏朝鮮時代のバランス外交に戻ったと見るべきでしょう。

佐藤 中国は国際関係の現状を変更しようとする勢力になっています。

宮家 歴史的経緯から、韓国は一番強い国の冊封関係に入ることが自分たちを守る最適な方法だと考えている。私に言わせれば、バランスを取ることは外交ではないのですが、中国がこれだけ大きくなって北朝鮮も核を持っている、そんな時代にいまさら米韓同盟じゃないだろうと考えるのは不思議ではない。

佐藤 文在寅政権だから、というわけではないのですね。

宮家 韓国の政治を担っているのは、386世代(1990年代に30代で、1980年代の民主化運動に参加し、1960年代生まれ)です。日本の70年代の安保世代と同じで、民主化運動を体験した世代は、どちらかと言えば左でリベラルです。韓国ではその世代がいま50代ですから、あと20年は現役です。

佐藤 つまり文在寅大統領のような人が次々と出てくる。

宮家 だから日韓関係も改善しません。もっと悪くなるかもしれない。もう韓国を反共同盟に結びつけておくことは無理です。せめて中国側に行きすぎないようにすることが日本のできる最善の策だと思いますね。

宮家邦彦(みやけくにひこ) 内閣官房参与
1953年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒。78年外務省に入省。外務大臣秘書官、在米国大使館1等書記官、中近東第1課長、日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官を歴任。2006〜07年総理公邸連絡調整官。09年よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年10月に菅政権の内閣官房参与に就任した。

「週刊新潮」2021年1月14日号 掲載

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