「デジタル敗戦国」日本に天才IT大臣オードリー・タンは現れるか


今回は、注目の人としてオードリー・タン氏を取り上げます。中華民国(台湾)の天才プログラマーであり、台湾史上最年少の35歳で閣僚に就任した現役の政治家でもあります。台湾の先進的なコロナ対策を牽引する若きリーダーとして、日本のニュースでも最近よく取り上げられています。

名前は知らなくても、ニュースで見た方は多いのではないでしょうか。そう、長髪で往年の山下達郎みたいなヘアスタイルの人です。ちょっと古い例えですが。当記事では、オードリー・タン氏の人物紹介と、ITと政治の関係について考えていきます(以下、敬称略)。

■天才的なプログラマーとして注目を集める

オードリー・タン(唐鳳、Audrey Tang)は1981年4月18日生まれ、現在39歳です。ちなみに、日本の若手・人気政治家の代表ともいえる小泉進次郎氏と同年齢ですね。

オードリーは幼少時代からコンピューターに興味を示し、14歳のときに学校生活に馴染めなくて中学を中退しています。そして19歳のときに、シリコンバレーでソフトウェア会社を起業しました。

オードリーは米アップルなど世界のIT企業の顧問を務めるとともに、フリーソフトウェアへの貢献でも知られています。様々なフリーソフトウェアの国際化と地域化に対する貢献や、オープンソースに関連する書籍の中国語への翻訳も行っています。そんなオードリー・タンは、台湾で「ITの神」と呼ばれています。

■35歳で政治家としてデビュー

オードリー・タンは2019年1月、アメリカの外交専門誌「フォーリン・ポリシー」で2019年のグローバル思想家100人に選出されました。また日本でも、昨年出版された『Au オードリー・タン 天才IT相7つの顔』(文藝春秋)が大きな注目を集めています。

オードリーの政治家としての軌跡を見ていきましょう。台湾政界への登場は、2016年で35歳の時です。二度目の政権獲得を果たした民主進歩党の蔡英文政権下において閣僚(デジタル担当大臣)に任命されました。

オードリーの政治活動への参画は、2014年の「ひまわり学生運動」がスタートだと言われています。「ひまわり学生運動」は3月18日に始まったことから、当時、台湾メディアでは318学運・占領国会事件と呼ばれていました。

ひまわり学生運動は、台中間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」の批准に向けた審議に端を発し、2014年3月18日に、学生と市民らが立法院を占拠した学生運動から始まった社会運動です。そして、オードリーは「ひまわり学生運動」側のメンバーとして、占拠された立法院にいました。

オードリーが行ったのは、NGOをはじめとする参加団体のライブストリーミングのセッティング等をし、占拠された立法院の模様をライブ配信したり、各団体の議論の場をネット空間上に立ちあげたこと。最近のインタビユーでは「当時の国会はブラックボックスだった」と発言しています。

■オードリー・タンの「政治思想」

ここからは、オードリー・タンの「政治思想」を見ていきましょう。昨年、鷲尾和彦氏(博報堂生活総合研究所)が行ったインタビュー記事を参照します。インタビュータイトルは『民主化とイノベーションは同義。オードリー・タンが語る台湾の「上翼思考」』。

ちなみに「上翼思考」とは左翼(レフトウイング)か、右翼(ライトウイング)という違いや争いを超えて、ともに上を目指す「上翼(アップウイング)」という意です。インタビューからオードリーの発言をいくつか引用します。

「パブリックセクター(行政)よりも、ソーシャルセクター(市民)のほうが有効」

「民主化とは『新しい社会をつくる』ことであり、そのため、社会イノベーションと産業イノベーションの間にも明確な区別はありません」

「とてもシンプルに言えば、『誰とでも意見交換しよう』という考え方です。『誰とでも』というのは、経済的あるいは政治的弱者を除くことなく多様な声に耳を傾けるという意味です」

いかがでしょうか。印象を一言でいえば、オードリーが賛同するオープンソースの考え方から一貫して、現在の新しいデジタルの世界観を政治の世界に持ち込んだだけという印象を強く持ちます。つまりオードリーになにか特別な「政治的な信条」があって、それをデジタルやITという「便利なツール」で実現するという構造ではないのです。

「民主化とは『新しい社会をつくる』ことであり、つまりは『イノベーション』を起こすことなのです」これが、オードリー・タンの「思想」です。

■日本にオードリー・タンは現れるか

結局のところ、ITと社会や政治は、もはやダイレクトにつながっているのだと思います。つまり「台湾の偉人オードリー・タン」をITの天才かつ政治の天才という、違う世界にまたがる「文武両道」的に捉えてはダメということかもしれません。

たとえばネットワーク論でよく言われる「エコシステム」。企業の枠を超えたネットワークを意味しますが、これは未来の協働的な社会や産業構造とつながっています。このようなITを社会の中枢に実装することが、いまのITの主要テーマですから、ITが社会や政治と無関係でいられるわけがない。

これをもっと分かりやすく説明すると、「A業界ってIT導入が遅れているね」という言い方がありますよね。10年前は確かにその表現でよかった。ただITが重要になればなるほど、「A業界はIT導入が遅れている」は「A業界は遅れている」とほぼ同義になってくるわけです。そしてこの「A業界」を「A国」と置き換えてもよい。

昨年、平井デジタル改革担当大臣が日経のインタビューで「日本はデジタル敗戦した」と語ったのは衝撃的でした。これは日本政府のデジタル施策が、すべて失敗したと認めたものです。しかし「日本がデジタル敗戦した」ということは、「日本が敗戦した」ということではないのか。メディアもこの点を全く突っ込まない。

結局、日本政府におけるITは単なる道具・ツールなんですよね。平井大臣もそのように見切っているから、あの発言ができる。日本の政治は、「誰とでも意見交換しよう」いう考え方とはむしろ真逆で、「総合的に判断した」で済んでしまうことも多いですから。

そして、このような状況の日本では、残念ながらオードリー・タンは決して現れないと思います。

●参考資料

  • 『民主化とイノベーションは同義。オードリー・タンが語る台湾の「上翼思考」( https://forbesjapan.com/articles/detail/39060/1/1/1 )』(Forbes)

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