なぜ「パワハラ指導者」はスポーツでも仕事でもなくならないのか

− チームビルディングに本当に必要な考え方 −


「リーダー」と聞いて、皆さんはどんな人を思い浮かべますか? ワンマン社長やカリスマ監督といった、組織のトップに立って強烈なリーダーシップを発揮する人をイメージする人も多いことでしょう。そうした「組織や部門のすべてを自分ががっちり握って、権力を背景にしつつトップダウンでメンバーを動かしていく人」は、従来タイプのよくあるリーダーといえます。

 この「従来タイプのリーダー」として典型的なのが、プロ・アマ問わず、日本の野球界における「監督・コーチ」たちです。私自身はこれまでプロ野球選手として、また引退後はメジャーリーグのスカウトとして、野球のさまざまな現場を見てきて、近年は少年世代のチーム改革や選手のコーチングなども行っています。いまは何でも動画をアップされてしまう時代なので、みんな表立ってはやりませんが、残念ながら見えないところでは、いまも「パワハラ指導」「パワハラコーチング」が横行しているという話を現役選手からつぶさに聞いています。「令和の時代にまさか……」と思うでしょうが、いまだに暴力もあるそうです。

 この記事では、拙著『C3チームビルディング』をもとに、リトルリーグからプロ野球まで、あるいは会社において、こうした「パワハラ指導」がなぜ起こるのか、そして理想のリーダー像はどんなものかについてお伝えします。

■「殴られても絶対に辞めるな」という親さえいる

 トップダウンの時代は、組織のメンバーは「指示通りにする人」であれば正直、誰でもよかったかもしれません。でも、これからは、組織のメンバーはみんな「個」として組織に加わることが必要になってきます。したがって、それを率いる指導者としてのリーダーも変わらなければいけないのは当たり前です。少年野球チームや中学・高校の野球チームにおける指導の現状を例にしつつ、少し説明したいと思います。

 メンバーを「個」としてきちんと尊重する監督・コーチもいますが、依然として単に「立場が上であること」を利用して指導をする監督・コーチも多くいます。指導者自身に悪意はなくても、「自分は上、選手は下」という潜在的意識のなかで、それほど自覚しないままパワハラ指導や暴力が行われているケースもあるのです。

 一方で、このような指導者に自分の子どもを預けている親の意識にも問題がある場合があります。

「ちょっとぐらいの暴力ならしかたない」
「自分たちではしつけできないから、野球部で厳しく指導してもらったほうがいい」
「野球推薦が得られれば、有名高校や甲子園に出られる高校に入れて、大学進学もできる」

 これらの理由が根底にあって「殴られても野球部を絶対に辞めるな」と子どもに言い聞かせているような親も実際にいるのです。

■パワハラ指導者が「再生産」されるしくみ

 私も実際にそういう親に「わが子が殴られてもいいんですか?」と尋ねたことがあります。すると、こんなことを言う人もいます。

「いや、それでプロに行けるならラッキーじゃないですか」
「うちのようにお金がなくてバカだったら、殴るしかないんですよ。野球に一縷(いちる)の望みをかけているわけで、特待生やスポーツ推薦で進学できれば願ったり叶ったりです」

 親が問題視しないので、指導者のなかには、安心してパワハラ指導をしている人もいます。結局、指導される側は「やらされている」だけで、常に被害を受けているのが現状です。

 少年野球に限らず、プロでもそうですが、こうして育った選手が引退して指導者になると、自分が受けた指導そのままのコーチングをするようになります。

 パワハラ指導を含めて、問題のある行為は、本来であれば選手が告発するべきです。しかし、それがなかなかできないのは、選手自身の問題意識もまた低いからかもしれません。子どものころからずっと同じ調子で育ってきているから、疑問にも思わなくなっているのです。

 実際、指導者の側としても、自身がパワハラ指導で育ってきたため、指導方法としてそれしか知らないことも多く、「そうした指導こそがいいし、選手のためになる」と思っていることが多々あります。さらに言えば、ほかのきちんとした指導法が優れているとなると、それまでの自分を否定することにもつながりかねません。一度このスパイラルに入り込むと、抜け出すことはなかなか難しいでしょう。

■会社に当てはめると……

あなたの会社でも、これと同様のことはないでしょうか? 社長や部長がたたき上げで育ってきた人たちだと、

「俺はこうやって結果を出してきたんだから、お前らもこうするべきだ」
「昔はこうだった。そのおかげでいまの会社がある」
「上から怒られたら、『なにくそ』と思って頑張るのが成長につながる」

と言いながら従来型のマネジメントをします。自分の過去と照らし合わせながら、同じように社員に接してしまうのです。

 これらの問題がどうして起きてしまうのかというと「指導者が指導法を学んでいない」「マネジャーがマネジメントのやり方を学んでいない」ことが一番の大きな理由として挙げられます。

 特に少年野球など若い世代のスポーツチームなどでは、指導者が、「腕が折れてでも、歯を食いしばって泥臭くやるもの」だと思い込んでいるので、「効率」というと何か近道をして、ズルをしているような感覚に陥ってしまうのでしょう。たとえ指導者が的外れな指導をしていても「血のにじむような努力をすること」は美徳であるかのように考えられている場合もあります。

 本来であれば、科学的・効率的な指導を行って、より短い時間で結果が出たほうが、余った時間でさらに成長することができます。しかし、日本の企業でも「効率的に仕事をする」のがまるで悪いことのような風潮が一部に残っていないでしょうか。働き方改革なども同様ですが、こうした考え方を転換していくことがいま、より求められているはずです。

■リーダーは「強い刺激」に頼らない

 熱心なリーダーのなかには、情熱のあまり「強い言葉」や「大きな声」で相手を叱咤激励することもあるでしょう。しかし、そうした激情型の接し方は、短期的には効いても、長期的に見るとだんだん効果が薄れてくるものです。

 というのも、「強い言葉」や「大きな声は」、受け取る側が慣れるものだからです。慣れていくと効かなくなっていきます。すると、リーダーはより強い刺激に頼るようになります。あってはならないことですが、最終的にはそれが「暴力」という手段に向かうケースさえあります。

 だからこそ、リーダーは「強い刺激」に頼るのではなく、「理」でもって相手を諭していく必要があります。普通の調子で言っても相手に伝わるようにならなければなりません。

 少なくないリーダーにとっては、自分がかつて最前線でプレイヤーとして動いていたときと比べて、いまの若者の様子については、冷めたような印象を受け、歯がゆく映るかもしれません。しかし、まず「彼らは彼らなりに精いっぱいの毎日を過ごしている」と理解することが重要です。

■仕事や人生は「トーナメント戦」ではなく「リーグ戦」

 それに、そもそも仕事は、常に70〜80%の能力を出せるような状況でこそ長く続けることができます。そうすると、70〜80%のキャパシティがどんどん大きくなっていきます。ところが、120%を求められると、数日はできるかもしれませんが、いくら長くてもせいぜい数カ月しか続かないでしょう。

 仕事や人生は、「トーナメント戦」ではなく、「リーグ戦」です。一度、結果が出なくても、次にがんばればいい。大事なことは、毎日少しずつ成長していくことです。70〜80%の力を常に出せるような環境・状況・自分の状態が保てたら、おそらく非常に充実した人生を送れるはずです。

 リーダーの側にしても、自分の基準では部下は「50%の力しか出していない」と見えるかもしれないですが、本人は100%でやっているかもしれません。もし何か無駄があるのなら、それを指摘して、無駄に使っていた力を成長に向けていくのが本来のリーダーの役割です。( https://amzn.to/32YIva7 )

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■リーダーは「偉い」のではなく「役割が違う」だけ

 指導において特に大事なのが、「上から目線」にならないこと。立場や役職として「上」「下」はありますが、リーダーとメンバーは、あくまで「役割」が違うだけです。対等な存在として意思疎通を図ることが大切です。

「何かあったら、言ってこいよ」
「俺がお前を一人前に指導してやる」

と上から目線で言われたら相談する気になりませんが、対等に、あるいは場面によっては「ちょっと下から」入っていくと、「この人なら話をしやすそうだな」と思ってくれるはずです。

 こうしたコミュニケーションをとれる人が、日本のリーダーには少ないのではないでしょうか。リーダーとメンバーの間に乖離があるために、メンバーの立場の人から見ると、「うちのリーダーは話しかけづらい」「何を考えているかわからない」というふうに見えてしまいます。わからないから、本音も出しようがないのです。

 どんなに立場が上になっても、いつも下の立場の人と対等に話せる、気にかけていられるリーダーは多くの人から支持されるはずです。ビジネスの場合でもそういう人にこそ、正しい情報が入ってきて、的確な判断でき、仕事もうまくいくはずです。

■小島 圭市(こじま・けいいち)
 C3.Japan合同会社 代表。1968年神奈川県川崎市生まれ。東海大学付属高輪台高等学校卒業後、読売巨人軍に入団。1996年MLBテキサスレンジャーズとマイナー契約。1997年傘下チームのフロリダとオクラホマでプレー。その後、中日ドラゴンズ、台湾プロ野球の興農ブルズでプレー。2000年に現役引退を決意。ロサンジェルス・ドジャースからスカウトの打診を受け、同年からMLBロサンジェルス・ドジャースのアジア担当スカウトを13年間務め、アマチュア選手の獲得にも積極的に活動。プロでは、斎藤隆投手や黒田博樹投手の獲得に関わる。その後、ビジネス業界に転身し、現在はC3.Japan合同会社の代表を務める。

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