「うちは貧乏」と信じた息子の悲しい作文…おねだりへの対処法を間違えたママの後悔


子供は私たちが思っている以上に、大人の言葉をよく聞き「理解」しています。つまり、「こう言っておけばいいだろう」と舌先三寸で適当にあしらっていたら、あとで子供たちから手痛いしっぺ返しをくらうこともある…ということ。

特に、お金に関することは、なんとなくお茶を濁してしまいがち。それが度重なると、とんでもない結末が待っていることも…。

今回は、適当なことを言ってしまったばかりに、子供たちが思いもよらない言動に出てしまった…という二人のママのお話を紹介します。

■「我慢ができる子」に育てたかっただけなのに

Cさんは小学2年生の男の子のママ。Cさんは無駄な買い与えはしないポリシーで、息子をこれまで育ててきました。

たとえばスーパーで息子がお菓子をほしい、とねだっても「そんなお菓子を買う余分なお金はないから買えません」。おもちゃが欲しい、と言っても「うちはそんなおもちゃをすぐに買えるほどお金持ちじゃありません」。二言目には「お金がない」と言って、息子のおねだりを諦めさせていたそうです。

息子が小学1年生になったとき、Cさんが「自分は間違っていたのでは…」といたく反省するような出来事が二つ、立て続けに起こりました。

まず一つめ。Cさんの息子のクラスでは毎週末、作文の宿題が出されます。ある日の作文のタイトルは「将来の夢」。何気なく息子が書いた作文をのぞき見たCさんは衝撃を受けました。

なんと息子の作文は「ぼくのいえは、びんぼうです」で始まっていたのです。

後に続く文章では、──うちにはお金がないからおもちゃもお菓子も買ってもらえない、お父さんは毎日一生懸命働いているのに、給料が少ないんだと思う。将来僕は、お菓子やおもちゃが買えるお金持ちになりたい──と。

これを担任の先生が読むのか、と思うとめまいがしたというCさん。書き直すように言っても「なんで? 本当のことでしょう」と言われ、反論できなかったそう。

もう一つの出来事はお正月。今まで義理の両親から息子へのお年玉は、お金を管理するCさんか夫に渡されていたのですが、小学生になったのを機に、直接息子に手渡されるように。

「はい、これお年玉」と、手渡された息子は、そのお年玉をじっと見つめた挙句、目に涙を溜めながら「これ、お母さん持ってていいよ。お金ないとき、ここから僕のお菓子やおもちゃ買ってよ」。

義理の両親の視線が痛かった…と語るCさん。以来「お金がない」は禁句にしているそうです。

■祖父母を逃げ道にしたばかりに…

続いてご紹介するのはMさんのエピソード。Mさんの娘はMさんの両親にとって初孫。目の中に入れても痛くないほどの可愛がりようで、いつも大量のおもちゃやお菓子を持って孫の元を訪れていました。

そして娘は3歳に。スーパーで「あれ買って」「これが欲しい」と駄々をこねるようになってきました。子供にむやみやたらに買い与えをしたくないけれど、何も買ってあげないのは不憫だ…と悩んでいたMさん。

娘が「これ買って」と駄々をこねるたびに、その場しのぎのつもりで「それはおじいちゃん、おばあちゃんに買ってもらいなさい」と答えるようにしました。

すると娘は、おじいちゃんおばあちゃんに「アレが欲しい」と即座におねだり。Mさんの両親は「いいよ、あんたが可愛いからいくらでも買ってあげる」と二つ返事でOK…の繰り返し。

何年もの間、すっかり両親に甘えていたMさんですが、小学2年生になった娘に言われたひとことでハッとします。

「おじいちゃんおばあちゃんは、いつも私が可愛いから何でも買ってあげる、って言ってるよね。ということは、ママは私のことが可愛くないから何も買ってくれないんだよね…」

なんでもかんでも買ってくれる祖父母に甘えているうちに、Mさんの娘の中ではすっかり「愛情=なんでも買ってくれること」という認識が出来上がってしまったようです。

「そうじゃない」といくら説明しても、「じゃあなんで、ママはおじいちゃんおばあちゃんに買ってもらいなさい、ってすぐいうの?」と聞かれ、答えに窮したMさん。自分の安易な言動をいたく反省しているそうです。

■まとめ

お金に関することは、なかなか子供に話しにくいもの。つい易きに流れてしまいがちです。しかし、それでは子供は納得しませんし、ともすれば間違った認識を抱いてしまうようになります。

親の不用意な発言で傷つき、将来苦労することがないように、お金の話だからこそ、子供が納得いくようなきちんとした説明が必要なのではないか…と筆者は考えます。なぜ自分はむやみに買い与えないのか、なぜ祖父母はいろいろ買い与えてくれるのか。そこをきちんと説明することこそ、親の義務だと言えるのではないでしょうか。

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