日銀も勘違いしてしまった!? バブル時代=インフレではない

バブル時代を「ものすごいインフレだった」と回想する読者は少なくないだろう。しかし冷静に振り返ると、高騰していたのは土地などの資産だけで、そのほかの物価はそれほど上がっていなかったと経済学者の高橋洋一氏は指摘する。そして、バブル崩壊の後処理を誤り「失われた20年」を生み出した元凶こそ日銀だという。

※本記事は、高橋洋一:著『給料低いのぜーんぶ「日銀」のせい』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

■バブル時代の物価はそれほど上昇していない

若い世代の方は記憶がないと思うが、日本は1980年代半ばから90年代にかけて「バブル」と呼ばれた時代を経験した。バブル期というと値段がどんどん上がり、ものすごいインフレが続いていたと思っている人は多いと思う。

それは若い人が想像しているというだけでなく、その時代を実際に生きた中高年の世代にも「いやあ、当時はものすごいインフレ状態だったんだよ」などと回想している人も多い。

しかし、バブル期とされる1987年〜1990年の一般物価の物価上昇率は、実は0.1〜3.1%だったのだ。これを知らない人は意外に多い。

この数字を見ればわかるとおり、今の日銀が掲げるインフレターゲット「2%」と比べても同次元の範囲で、むしろ健全な物価上昇率といえる。「ものすごいインフレ」などでは実はなかったのだ。

たしかにバブル期は、資産価格である株や土地の価格が異常なまでに上昇した。株価のピークは89年末、地価は少しタイムラグがあって91年頃がピークだった。

バブル期に異様に高騰していたのは、物価ではなく資産価格だけだった。経済を考えるとき「一般物価」と「資産価格」は、切り離して考えなければならない。バブル期の実態は「資産バブル」だったのだ。

▲バブル期に高騰していたのは資産価格だけ  イメージ:PIXTA

一方、当時はほとんどの企業が株式市場で資金運用をしていたが、なかでも証券会社に運用を一任する「営業特金」と呼ばれた財テクが一般化していた。

これは、証券会社が利回りを保証したり、損失補?(損失が出た場合に証券会社が保証する旨をあらかじめ契約すること)をしたりと、今では禁止されているものだが、当時は法の不備を突いた抜け穴として横行していた。

そこで大蔵省は、大蔵省証券局通達「証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止について」を1989年12月26日に出し、営業特金を事実上禁止した。事実上というのは、厳密には自粛なのだが、これは法改正をしていると時間がかかってしまうからだった。

というのも、この通達を起案したのは私なのである。上司から「法改正できるか」と聞かれ「1〜2年かかってしまいます」ということになり、1〜2カ月でできる通達という方法で対処したのである。

結果、その年のピークには3万8915円をつけた株価は、90年代終わりにかけて2万3000円くらいまでに下がっていった。

▼株価は90年代終わりにかけて2万3000円くらいまで下落 イメージ:PIXTA

■日銀による金融引き締めが致命的な失敗だった

さらに90年3月、大蔵省銀行局長通達「土地関連融資の抑制について」を出した。不動産向け融資の伸び率を、総貸出の伸び率以下に抑える措置だった。いわゆる「総量規制」と呼ばれたものだ。これで地価も下落した。

先述したように「資産のバブル」の「資産」を冷え込ませたのだから、当然ながらバブルは沈静化していく。これでわが国のバブルは消えたわけだが、問題なのはここからだ。

当時の日銀が同じ時期に、金融引き締め(利上げ)をしてしまったのだ。これがバブル処理における致命的な失敗だった。具体的には、1989年5月に公定歩合(政策金利)を2.5%から3.25%に引き上げ、さらに同年10月も引き上げた。

バブル期に異様に高騰していたのは、株価と土地だけで、一般物価は健全な状態だっ
たのに、中央銀行がそれを分析できずに歴史的な失敗を犯したのだ。これがバブル後遺症を20年も長引かせたのである。

そもそも、バブルの原因は金融緩和ではなかった。一般に、バブルの原因は、プラザ合意後の低金利政策にあったと考えている人が、識者の中にも多くいるようだが、そうではない。

▲日銀による金融引き締めが致命的な失敗だった イメージ:PIXTA

日本のバブルは資産バブルであり、それを生んだのは、税制の抜け穴を利用した営業特金や土地転がしで、資産売買の回転率が異様に高まったからである。日銀はこのとき、あきらかに原因分析を誤ったのだ。

一般に、中央銀行は「物価の番人」「通貨の番人」などと呼ばれるが、その「物価」には「株」や「土地」などの資産価格は含まれていないはずだ。存在目的である物価の安定を気にするのであれば、本来は消費者物価指数のような一般物価を監視しながら対処すればよかったのだ。

それをなぜか、株や土地など資産の高騰を自分たちの金融緩和の失敗のせいだと勘
違いしてしまったわけだ。

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