認知症という“法的な死”による「財産凍結」から家族を守る方法

医師の「死亡診断書」による死のほかに、認知症という“法的な死”があることは、あまり認識されていない。もし、親が認知症になると、親が積み立てた預金なのに家族は引き出すことができず、自宅の売却さえもできないという「財産凍結」の憂き目に遭ってしまうのだ。そんな悲劇を回避するためのポイントは“親が認知症になる前の相続対策”する、これに尽きる。

会計・税務対策の第一人者である牧口晴一氏が、このような“悲劇”を起こさないための、認知症になる前にやっておくべき相続手続きについて、わかりやすく解説します。

※本記事は、牧口晴一:著『日本一シンプルな相続対策 -認知症になる前にやっておくべきカンタン手続き-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

■相続対策は認知症になる前にやっておく

相続は“手続き”です。だから、本音を言えば、なるべく手間をかけたくありません。

「親子なんだから、スポン! と移してくれればいいじゃないか」と言いたくもなります。

しかし、現実には大変な手間がかかります。だからこそ、自分の財産も法的にしっかりと守られているわけです。家族だからといって、簡単に財産が配偶者や子どもに移動できるようでは、安心できません。

相続でも同じです。「本物の相続人」を証明する戸籍を故人の生まれた日に遡って用意し、どこに相続財産がいくらあるかを調べ、分割協議書に印鑑証明書を付けて実印を押し、銀行で手続きをして、法務局で登記し……これらは最低限しなければなりません。

ところが、実際には、この手続きの前に思わぬ落とし穴が、それこそ幾つもあって、手続きに大変な手間と時間と費用がかかってしまうのです。実際に相続が始まってからだけでも、そもそも財産はどこに、何があるのかわからない。

わかったとしても遺産分けをめぐって家族間でもめる。さらには、もらっても売れないものなら納税できないなど……。

さらに重要で、特に最近注目されているのが、亡くなる前の問題です。認知症になると自分の預金なのに引き出せず、施設入居の一時金のための自宅売却もできない「財産凍結」の憂き目に遭うのです。すると、死ぬ前から手続きは困難になり、費用もかかり、家族のもめ事が急増します。もちろん相続対策の贈与もできなくなり、やがて遺言書も書けなくなります。

▲相続対策は認知症になる前にやっておく イメージ:sasaki106 / PIXTA

これらを、困らないようにする! そして、できるだけ安くシンプルにするにはどうしたらいいか。

そのポイントは“認知症になる前の対策”に尽きます。

さらに、これは従来の相続対策に欠落していた“財産凍結を回避すること”ができます。また、その過程で主な財産が明らかになります。

なんといっても本人はまだ生きているのですから、財産の所在は明らかです。

その結果、親も得をするので協力が得られて、「相続対策」までもシンプルにできるのです。

■仲良し家族のままにスムーズに相続手続きを

相続の手続きは面倒なものです。そのうえ手続きを間違えると、とんだ遠回りになってしまいます。だから、そうならないように段取りを考えます。

たとえば、お茶を淹れるなら、カップを出すより先に湯を沸かす準備をします。そのあとでお湯が沸く時間を利用して、カップの準備をする……これが長年の経験で得た常識です。この常識は、何度も経験した結果、無意識にも合理性な手順が作られます。

しかし相続については、法律も社会も大きく変化してしまいました。昔は「長男が相続するもの」で皆が納得していたので簡単でした。ところが、相続への権利意識も高まり、関係者全員を納得させるのは大変です。

分けるためには財産を明確にすることが重要です。その明細は生前にはわからないため、いま起きた目先の相続への対応に忙殺され、合理的な手順が形成されないのです。本来は“先に”すべきこと、それが“先にお湯を沸かす”と例えた「認知症対策」です。

▲仲良し家族のままにスムーズに相続手続きを イメージ:Luce / PIXTA

私が、NHK文化センターで、相続講座を担当して10年余りが経ちました。

その間、受講者のご質問は、死の前後3年が中心で、以下のものでした。

生前贈与…(贈与税の110万円非課税贈与) 相続税の節税…(自宅の8割引き特例・生命保険の掛け方・養子) もめない遺産分割…(遺言書・遺留分・「二次相続」の対策)※「二次相続」とは、たとえば父の相続後の母の相続のこと

しかし、私はいつも講座の冒頭で言います。

「それでは遅いのです! 最も大切なのは実際の相続前10年前後に起きる認知症への対策です!」

なぜなら、認知症になると財産は凍結されて、親の預金は引き出せず、空き家となった実家も売れなくなるため、上記1~3の対策のすべてができなくなります。

これは「介護」 と「相続」 を分けて考えてしまったことで起きる不幸なのです。

世の中では、「介護」は身体的ケアが中心に語られ、「相続」は遺産分割が中心に語られるという分断が生じています。「高齢者白書」では相続は語られません。

介護と相続は、財産的には一気通貫の連続です。そして、その入り口である介護になる原因の第一位が認知症なのです。ですから、認知症になって困る財産(実家と預金の一部分だけ)を“部分的に事前相続”したかのように避難させておくのです。そのついでに財産の明細を徐々に明らかにしておくのがシンプル相続の極意です。避難してあるので、子どもが親の面倒を看るという目的のもとで自由に使え、処分もできるのです。

これは極めて合理的な段取りで、今後の常識になります。また、この対策が令和6年からの贈与税の大改正の対策にもなります。なぜなら、令和6年から生前贈与した財産が相続財産に加算される期間が3年から順次7年に延ばされるので、早期に贈与を始める機運が高まっています。

一方、厚労省のデータによると、亡くなる8年ほど前から認知症のリスクが高まります。

そこで、私は認知症になる前に対策を始めることで相続税対策と認知症対策の一挙両得を目指すという「日本一シンプルな相続」を提案したいのです。

その第一は、認知症になる前に「家族信託」という契約をすることです。「信託」といっても、信託銀行の商品とはまったく違います。

親が信頼する子に「信じて託する」という契約を認知症になる前に結んでおくのです。いわば、生前に行う「事前相続」のようなものです。

第二として、従来から行われている遺言などの対策を順次行うのです。

こうして、事前にトラブルの原因を潰しておくのです。そうすれば、認知症になった以後の相続のときも、資金不足にならず、仲良し家族が仲良しのままスムーズに手続きが進むのです。

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