自動車産業の「脱炭素化」に向けて…日本ならではの「強み」を活かす方法

(※写真はイメージです/PIXTA)

自動車産業において、世界では脱炭素化にEV化を中心に取り組みが広がっています。脱炭素化・EV化においては出遅れた形となっている国内メーカーですが、日本ならではの強みを活かす方法があるといいます。みていきましょう。

求められる「脱炭素」…企業側の課題はコストの高さ

サステナビリティーに関する消費者の意識が大きく変わっている中、自動車産業はどのような方向に向かっているのだろうか。

実際に21年から22年にかけて21カ国において大手企業経営者(CEO、CFOなどの上級役員クラス)と政府・公共機関の上級職2083人(日本からの回答は106人)へ実施した調査では、7割以上の企業が消費者・ステークホルダーからの強い圧力を感じている一方で、気候変動対応の取り組みを進めるうえで障壁となる理由のトップに「コストが高すぎる」を挙げ、開発コストアップに頭を悩ませている現状がうかがえる(図表1)。

出所/デロイト トーマツ グループ「2022年 CxOサステナビリティレポート」
[図表1]21ヵ国2000人以上のCxOに対する調査結果 出所/デロイト トーマツ グループ「2022年 CxOサステナビリティレポート」

「脱炭素」対応でEVシフトを進めるGM、フォード

GM、2025年までにEVと自動運転関連技術に350億ドルの投資

すでに米国では、ゼネラルモーターズ(GM)が積極的な動きを見せている。バイデン陣営の勝利が濃厚となった21年のCESで、GMはEVと自動運転車の開発を強調し、サステナビリティーを前面に押し出したプレゼンテーションを行った。技術開発をますます強める方向性を鮮明に打ち出したのである。

CESの基調講演でGMのメアリー・バーラCEOは、18年から掲げる「事故ゼロ、排出ゼロ、混雑ゼロの世界をつくりあげる」というビジョンを改めて強調した。注目すべきは、温室効果ガスの排出ゼロへのコミットである。同社は2020年11月の段階で2025年までにEVと自動運転関連技術に270億ドル(その後350億ドルに増額を発表)を投資することにより、排出ゼロを推進することを発表している。

21年のCESでは、EV製造の鍵として韓国のLGエナジーソリューションとのジョイントベンチャーで製造するバッテリーセル「Ultium(アルティウム)」を発表。30種類のEVを製造、市場に投入する計画を打ち出した結果、CESでの発表から僅か10日でGMの株価は20%近くも上昇した。

22年のCESでは、「2025年には米国の施設を完全に再生可能エネルギーで稼働、2030年までに北米と中国の製造拠点の50%以上をEV生産に切り替え、2035年までに小型車と大型車の全車両をEV化、パリ協定で合意された2050年を10年前倒しし、2040年までに完全なカーボンニュートラルを実現する」と発表し、時間を追うごとに気候変動対応へのコミットを強めている。

以下に、21年のサステナビリティーリポートに記されたGMの気候変動対策の概要を記載しているが、温室効果ガスの排出量の84%は販売後の車の利用から発生している。販売後の車の利用からの排出削減手法としてEVへのシフトを急激に加速させている状況もうかがえる(図表2)。

出所/ 2021 GM Sustainability Reportより筆者ら作成
[図表2]GMのカーボンニュートラルに向けた取り組み 出所/ 2021 GM Sustainability Reportより筆者ら作成

フォード、2030年までに完全にEVへ切り替え

一方で、米国第2位の自動車メーカーであるフォード・モーターは、2050年までのカーボンニュートラルにコミットしている。2035年までのバッテリー開発を含むEVへの投資を、従来の220億ドルから2030年までに300億ドル以上に拡大させ、2030年までに世界販売台数の50%をEV化、欧州では2027年までにゼロエミッション車に移行し、2030年までに完全なEVに切り替えると発表しており、EVシフトをますます強めている(図表3)。

出所/ 2022 INTEGRATED SUSTAINABILITY AND FINANCIAL REPORTなどより筆者ら作成
[図表3]フォードのカーボンニュートラルに向けた取り組み 出所/ 2022 INTEGRATED SUSTAINABILITY AND FINANCIAL REPORTなどより筆者ら作成

BMW、完全にリサイクル可能な車を開発

欧州の自動車メーカーにおいても、各社必死に気候変動対策を進めている。その中でもBMWのサステイナブルを実現するサキューラーの取り組みを紹介したい。BMWは21年9月の国際モーターショー「IAA Mobility」で100%リサイクル可能な未来のコンパクトカー「i Vision Circular」を発表した。

画像/ BMWホームページ
[画像]RE:BMW Circular Lab 画像/ BMWホームページ

このコンセプトカーは、BMWが定義したサーキュラーエコノミー(循環型経済)の4原則、「RE:THINK」「RE:DUCE」「RE:USE」「RE:CYCLE」に従ってデザインされている。

車体にはリサイクルされたアルミを使い、塗料を使用せず、ライトゴールドのアルマイト仕上げが施されている。タイヤは認定された持続可能な方法で栽培された天然ゴム製であり、内装には接着剤を使わない新しい接合技術を導入する。コードやボタン、ファスナーなどで接続されており、簡単に分解が可能なデザインとなっている。現状ではエアバッグの要件などから実現が難しいが、2040年までには完全な循環型の車体を実現可能と見込んでいるという。

BMWの取り組みの中で特徴的なのは、透明性のあるコミュニケーションを続けるためのプラットフォームでの活動を重視している点であろう。BMWは、21年に「RE:BMW Circular Lab」というプラットフォームを構築した。

これをサーキュラー・サステナブルな社会実現のためのコミュニケーション・コラボレーションプラットフォームとして位置付け、エキスパートとの対話やネットワークの構築から、ワークショップの実施、会社の立ち上げまで幅広く取り組み、BMWグループとしての活動を透明性高く共有する場としている。

例えば、BMWは車のデザインからサーキュラーを実現すべく、“Circular Design”を研究しており、その研究内容を大人も含む12歳以上のメンバーに共有するためにエコ素材を使ったワークショップを開催している。当然のことながら12歳の子供がすぐさま顧客になるわけではないが、BMWのサーキュラーエコノミーに対する取り組みをいち早く共有し、長年にわたって顧客を育成する考えである。

自動車メーカーによる、温室効果ガス排出削減への取り組みは、製造工程への再エネ導入、リサイクル可能なマテリアルの採用、サーキュラーデザイン、EVの製造、バッテリーリサイクルなどであり、各社似通ってくることが想定される。

その中で顧客体験において重要になるのは、環境への貢献度を実感として顧客自身が持てるか、自らが選択するブランドによる環境貢献を確信できるかである。企業が顧客から信頼されるブランドを構築するには、いち早く自らのコンセプトを明確にし、首尾一貫した行動と長年にわたるコミュニケーションで信頼を醸成する必要がある。BMWの取り組みは、まさに顧客との信頼関係を醸成する取り組みなのである。

脱炭素はサプライヤーを巻き込んだ総力戦へ

気候変動対応では、世界の2600社超がコミットするSBTi、ISO(国際標準化機構)などにおいて、原則としてスコープ1〜3までを把握することが求められている。

スコープ1は、自社の事業活動における直接的な温室効果ガス排出、スコープ2は他社から供給された電気、熱・蒸気の使用により発生する間接的な温室効果ガス排出、スコープ3は、上流・下流双方のサプライチェーンからの温室効果ガス排出である。

モビリティ産業も例外ではなく、バリューチェーンの上流・下流全体を含むライフサイクル・アセスメントでの温室効果ガス排出削減が求められる。

実現においては、企業の直接的な排出データである1次データ(※)の把握が肝要で、関係するサプライヤーとともに取り組む必要がある。サプライヤーの温室効果ガス排出のデータを把握し、削減努力が適切に反映される仕組みの構築が求められるためである。

※「1次データ」に対して業界の平均値や財務数値からの推定によるデータを「2次データ」という。1次データを活用すると、2次データを使用する場合に比して、企業の実際の排出削減の努力が正確に反映されるため、企業が適切な削減インセンティブを持つとされる。

先行する企業では、この課題にチャレンジするために、メーカーがサプライヤーからデータを収集する取り組みを始めている。メルセデス・ベンツは2039年にサプライチェーン全体のカーボンニュートラルを達成する計画「Ambition 2039」を発表し、コミットしている。

22年からカーボンニュートラルでの生産をMercedes-Benz Cars&Vansの自社工場で開始し、2030年にはスコープ1、2において18年比50%の温室効果ガス排出削減を実現、2039年にはサプライチェーン全体でのカーボンニュートラルを実現するというロードマップを示している。20年12月には、2039年にカーボンニュートラル未達となるサプライヤーを取引先から除外する方針を公表し、約2000社のサプライヤーのうち75%が実現へ向けた覚書に署名するに至った。

メルセデス・ベンツは、カーボンニュートラルな乗用車を目指し、ブロックチェーンスタートアップのCirculor(サーキュラー)とともに、コバルトのサプライチェーンにおける温室効果ガス排出量の透明性を高めるパイロットプロジェクトにも取り組んでいる。メルセデス・ベンツはサプライヤーの排出量を記録し、効果的な温室効果ガス削減策を特定することも始めている。

フォルクスワーゲン傘下のポルシェも、ブロックチェーンスタートアップのCircular Tree(サーキュラーツリー)と組み、いち早くライフサイクル全体での温室効果ガス排出量削減を目指している。

サーキュラーツリーが開発した「Carbon Block」は、サプライチェーンにおける部品や材料の構成を明確化し、温室効果ガスの排出をより透明化するカーボンフットプリント技術である。

サプライチェーンに沿った部品の温室効果ガス排出量をデジタルで転送するスマートコントラクト技術を実装しており、ポルシェはサプライヤーのカーボンフットプリントを比較できるようになる。これが、カーボンニュートラルなアプローチを取るインセンティブとなる。

ポルシェは、同社のサプライヤーであるマザーソンとBASFの2社と試験的にデータ共有を行っており、サプライヤーを巻き込んだカーボンニュートラルの達成を目指している。ポルシェは温室効果ガス排出量の可視化を超えて、さらに広範なサステナビリティー情報の開示を目指す。オランダのスタートアップCircularise(サーキュライズ)と製品のサステナビリティー情報を確認できるブロックチェーンベースのアプリを開発。これにより、すべての部品のプラスチック含有量を追跡することが可能となるという。

サーキュライズはEUのイノベーション促進プログラム「ホライズン2020」を通じて、150万ユーロの資金提供を受け、活動を促進している。フォルクスワーゲンは部品製造時の電力を再生可能エネルギーのみとしない場合、将来的な契約締結を不可とする方針も打ち出している。

脱炭素化をより加速させることができれば、日本の強みも活かせるようになる

サプライヤー側に目を移してみる。欧州の大手化学メーカーBASFは、環境も含むサステナビリティーへの貢献度に応じてソリューションを4つのカテゴリーに分類。5万7000点以上の製品ポートフォリオを分析し、約1万6000のソリューションを「持続可能な解決策に多大に貢献する製品」としてアクセラレーターカテゴリーに設定している。

同社は2020年時点で167億ユーロであるアクセラレータ―カテゴリーの売上高を2025年までに220億ユーロまで大幅に伸ばす野心的な目標を掲げる。

4つのカテゴリーのうち、同社のサステナビリティー基準を満たしていないとされる最も厳しい「チャレンジ」に分類された製品は、遅くとも分類後5年以内で段階的に廃止する方針を取る。BASFは温室効果ガス排出量の開示にいち早く対応することで、自社が選ばれる仕組みを構築しているのである。

欧州ではスタートアップと大手自動車メーカー、化学品メーカー、部材メーカーが連携し、自動車の製品ライフサイクルのあらゆる場面で排出量を把握するプロジェクトを推進している。世界各地で自動車の製品ライフサイクル全体でのカーボンフリーを目指す、「カーボンニュートラル・ビークル」の概念が提唱され始めており、温室効果ガス排出削減を今後ビジネスと結びつける動きはますます強まるものと考えられる。

このような排出削減はサプライヤーにとって、コスト増となるばかりではなく、チャンスと見ることもできる。日本で温室効果ガス排出算定ツールの開発を手掛けるゼロボード代表取締役の渡慶次道隆氏は、

「欧州ではサプライチェーン排出量の削減努力が製品価格に転嫁され始めている。受け身になりがちな日本企業だが、この動きはチャンスにもなり得る。系列などサプライチェーン間の関係の強さを生かし、中小企業も巻き込んで1次データを収集する仕組みを構築すべきだ。1次データの活用で、サプライチェーンの脱炭素化を加速させることができれば、日本が世界をリードできる可能性がある」と話す。

サプライヤーを巻き込んで1次データを適切に活用し、サプライチェーン全体での脱炭素化を加速できるか、強固な取引関係と改善システムを構築してきた日本の自動車産業の新たな総合力が試されている。

【参考文献】

電通、電通総研(2021) サステナブル・ライフスタイル意識調査2021


木村將之(2022)「気候変動対応はビジネスになるのか?」日経クロストレンド 2022年7月28日


Ford(2022)2022 INTEGRATED SUSTAINABILITY AND FINANCIAL REPORT


General Motors(2021)General Motors 2021 Sustainability Report


Aspiration(2021)Aspiration Investor Presentation Octoboer 2021


USEPA(2022),Inventory of U.S. Greenhouse Gas Emissions and Sinks,APRIL 14, 2022


Rhodium Group(2022)Preliminary 2020 Global Greenhouse Gas Emissions Estimates,Dec23,2021

木村 将之

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社

シリコンバレー事務所パートナー、取締役COO

森 俊彦

パナソニック ホールディングス株式会社

モビリティ事業戦略室 部長

下田 裕和

経済産業省

生物化学産業課(バイオ課)課長

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