「街の歯科医」がスタッフの教育に「年間1,000万円以上」使うワケ【医師が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

4つの歯科医院を運営する村瀬千明氏は、「スタッフの教育にお金をかける」ことを重視しており、セミナー費用等で、年間1,000万円以上を使っているといいます。離職率が高いといわれるこの業界で、スタッフの教育にここまで力を入れる理由とは、みていきましょう。

「チーム医療」とは

チーム医療とは、担当の歯科医師・歯科衛生士・歯科助手がチームを組んで治療に当たることです。

厚生労働省のチーム医療の定義によると、それによって、「医療に従事する多種多様な医療スタッフが、各々の高い専門性を前提に、目的と情報を共有し、業務を分担しつつも互いに連携・補完し合い、患者の状況に的確に対応した医療を提供すること」ができるという考え方です。

私の医院のチーム医療に対する考えは、担当ではなく「医院全体」で患者様の診療に当たるというものです。つまり患者様を特定の医師と女性スタッフで診療するのではなく、診療する医師も女性スタッフも入れ替わります。誰かが休んでも誰でも入れ替われるシステムなのです。

担当制のメリットは患者様にいつも同じ歯科医師であることで安心してもらえることですが、デメリットはその医師が辞めればその患者様も来なくなることです。

患者様には「この先生に診てほしい」という希望があると思いますが、経営を安定させるためには歯科医師を誰でも入れ替われるようにすることがベストなシステムだと判断しました。

一方で特別な診療をする「矯正チーム」や「インプラントチーム」もあります。しかしそういった自由診療のチームはメインではなく、私の医院はあくまでも「誰でも入れ替われる」一般診療と予防がメインの歯科医院です。

そもそもインプラントや矯正は教育をしっかりとしなければ診療できません。教育は、外部の研修が1回40万円で6回コースというふうに少なくとも200万円以上掛かるので、コスト面で全員に受けさせることは難しいのです。

義歯やインプラント、それに矯正といった、技術力に差がつく難しいものは、責任をもってやり続けることができる歯科医師を担当にしています。

「チーム医療」で経営を安定させる

このように私の歯科医院は「誰でも入れ替われる」独自のチーム医療であるため、誰か1人欠けてもカバーできて収益に影響しない体制になっています。

本院と3つの分院全体で考えているので、4つの医院を何人で回すかで最低実行人数を決め、少し多めの人員確保をしています。この体制は、私の歯科医院の経営を盤石にするためになくてはならない診療システムなのです。

「誰でも入れ替われる体制」にはデメリットもあります。担当制ではないので、医師が交代すると患者様に「あの先生だから予約したのに違うんだったら帰る」というようなクレームを言われるときがあります。それを防ぐため「うちは、みんなで診させていただきます」とあらかじめ患者様に説明するようにしました。

私の歯科医院のチーム医療のことをほかの医院の院長や経営者に話すと、「合理的でいいですね」「独特で変わっている」などと言われます。

私としてはすごく気に入っていて、特定の歯科医師に依存しないで経営を安定させるためのチーム医療は、経営者として安心できるシステムだと考えています。

「スタッフの教育」にお金を掛ける意味

経営が安定してくるとスタッフの外部セミナー代を出せるようになりました。セミナーを受けると知識を得ることで自分から考えて行動するようになったり、意識が高くなり患者様をより大事に思うようになったりします。仕事のことにかかわらず、なんでも学んだほうがよいというのが私の考えです。人材が育つことは組織として成長することを意味します。

なぜ外部のセミナーをわざわざお金を出して受けてもらうかというと、私が直接スタッフに教えるよりも外部の人の考え方や話を聞いて、今の自分と照らし合わせてものを考える力を身につけてほしいからです。

セミナーを受けてもらうことは、スタッフの自立心を育てるために有効な手段の1つです。上司や会社からの指示だけでは、院内の話しかできなくなってしまい視野が狭くなります。

視野を広くもたせいろいろな考え方があるんだよと世界を広げてあげることが、自立心を育てるためには必要だと考えています。

私の歯科医院では、全員が接遇とお金のセミナーを受けます。そのほか希望者や指名された人がインプラントや矯正、歯科衛生士・歯科助手向けの技術や業務に関するセミナーを受けます。セミナー費用はトータルで年間1,000万円以上になります。

知識が増えると考える幅が広がります。女性スタッフに「考えて自主的に動いてほしい」と望むなら、まずは「学び」を与えることだと私は思います。習ったことで興味が湧いて自分で考えて行動に移せるのです。

技術の向上のためにはテクニカル的な問題も解決したいですが、テクニカルな部分すなわち臨床は勉強し、日々患者様からのフィードバックを受け、繰り返し経験を経て成長するものだと思います。

私も臨床を16年やっていますがまだまだです。日々勉強をして、去年より今年のほうが良い治療ができます。勉強を続けることが患者様への誠意だと思っています。

同じことを習っても受けた全員が同じ成果を上げられるわけでもありません。その点接遇セミナーは受けるとすぐに効果があり、医療人としての倫理や意識を高める意味でも必要なことと考えています。

医院の雰囲気向上に役立つ「接遇セミナー」

接遇セミナーの受講後、明らかに医院の雰囲気が良くなりました。接遇セミナーを受けることになったきっかけの1つは、患者様から「態度がなっていない」「感じが悪い」などのクレームがあったことです。

歯科医院は治療さえ良ければいいというものではなく、人としての接し方やマナーの違いで患者様のリピート率は変わります。接遇セミナーは日々の表面的な問題を解決し、理屈として分かりやすくすぐに実践でき、かつすぐに効果が出ます。

私から講師に出しているリクエストの2022年のテーマは「スタッフが仲間割れをしないこと」なので、「ワンチーム」をテーマにしたセミナーを各医院で、診察時間内に開催してもらっています。

新規の患者様が医院に来たときの第一印象はとても大事です。医院に足を踏み入れた瞬間の空気感やスタッフの表情や雰囲気を、初めて来る患者様は敏感に感じ取っています。そこで入りやすい雰囲気の場づくりと次回からも安心して治療を受けてもらえる環境づくりに努めています。

私たちが良いと思っていることでも、接遇の先生から見ると間違っているところが多くあります。

例えばスタッフを名前で呼ぶ「○○ちゃん、お願い」というのは、スペシャリストらしさに欠けると注意されたのです。「○○さん、お願いします」と言ったほうが教育されている大人の雰囲気が出るため、トラブルを未然に防ぐことができるとアドバイスを受けました。

それぞれやっていることがバラバラだと教育されていない子どもたちのように見えることも教わったので、一つひとつの作法や患者様の呼び方にも統一感を出すように努めました。

ホテルに行くと言葉遣いなどの対応は統一されています。良いホテルであればあるほど、きちんと教育されている印象を受けます。それと同じだなと納得して、みんなで気を付けるようにしました。

また患者様へは一言、「本日担当する村瀬です。よろしくお願いいたします」というような自己紹介が大切だと教わりました。理由は、一言挨拶があれば円滑にいく作業も、その挨拶やアイコンタクトができていないと小さなトラブルを引き起こす可能性があるからです。歯科医院でよくあるトラブルとしては、紙を渡して説明しているのに「聞いていない」というクレームです。

患者様はその場では分かりましたと返事をしても、あとになるとよく分からないことや、理解があいまいなことを「聞いていない」と返してくることがあります。そうすると、「そんなことは聞いていない」と患者様は怒るわけです。

恩着せがましいようでも「今から○○さんの□□についての説明を始めます」と始め、最後に「○○さん、□□についての説明を終わりますが、ご質問はありませんか?」「それでは説明は終わります」と言って終わります。

説明しているのに「聞いていない」と言われることを未然に防ぐことでクレームによるストレスを軽減することもできます。

ほかにも患者様にどういう接し方をすれば親切になるかを教えてもらっています。挨拶や笑顔で印象が決まると教わったのでマスクをしていても笑顔が伝わるように、どんな笑顔が良いかみんなお互いに見ながら笑顔づくりをやったこともあります。

こうしてセミナーをきっかけに、一人ひとりが接客態度により気を使うようになり、みんなでより良い歯科医院を作ろうと同じ目標に向かって努力するようになりました。

接遇セミナーを受けてから院内の雰囲気はとても良くなり、時を同じくして新規オープンの内覧会がありました。内覧会は、道端で通り過ぎる人に声を掛けて院内に入ってもらい、歯の相談を受けながら予約を入れてもらう、オープン時のとても大切なイベントです。

スタッフには前もって「今回の内覧会はAさんとBさんでいくから一緒に頑張って。期待しているからね」と送り出します。その内覧会を担当した女性スタッフの接客態度がすばらしくて感動したのを私は今でも忘れられません。

その日休みで給与が出ないのに、医院の一大事だからと駆けつけてくれるスタッフもいてうれしかったです。

挨拶の仕方や会話のコツを先生から教えてもらったように頑張っていました。患者様に時間を掛ければいいというものではなく、限られた時間のなかでどれほど患者様のことを思いやって相談に乗れるかが大切です。

歯科医院は治療だけではなく、マナーや心が通じ合う会話をすることも大事だと、スタッフの姿を見て改めて教えられました。

今は接遇マナーもテクニカルな部分と同じく繰り返し受講して勉強と経験を重ねることで、特別なものから当たり前のことに変化していくと感じています。何事も一回教わり完璧になるというものではないですから、定着させるには定期的に受講する必要があります。するとスタッフの目覚ましい成長が見られます。

お金のセミナーで長く働くメリットを理解してもらう

もう一つ全員に受けてもらうのがお金のセミナーです。

目的は仕事をし続けることの大切さを感じてもらうことです。「ここで長く働くと得する」ことを実感してもらいたいのです。老後2000万円問題から始まり、社会保険に加入していることがいかに大切か、退職金がある企業がどれほど良いか、そして退職金が老後の人生になくてはならないものだと教えてもらっています。

日本人はお金の話を避けたがります。お金は生きていくためになくてはならないものですし、避けないでお金と向き合うことは大切だと思います。

退職金制度を設けたときに私がお金の話をすると、スタッフにいい顔をされませんでした。その退職金は訳の分からない保険に入れと言われているようだと敬遠されたのです。

ですがスタッフの懐は痛めずすべて会社のお金で積み立てていることが分かると、不平や文句を言う人はいなくなりました。

「退職金はありがたい制度」だということを言わないとスタッフには伝わりません。しかしそれを経営者に言われるより、外部の人に言われたほうが素直に受け取れます。

「ここの退職金はすごいですね」、「この会社は皆さんのことをよく考えていますね」と講師が言うだけで、スタッフに社会保険や退職金のありがたみや大切さを十分に知ってもらえるのです。

村瀬 千明

歯学修士

日本矯正歯科学会認定医

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