経営者の75%が「売上成長見通しに自信なし」の悲惨…日本経済の停滞を招いている2つの理由【元IMFエコノミストが解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

日本においては、物価高にも関わらず賃金がほとんど上がりません。この状況が作り出された原因とは一体何なのでしょうか。本連載では、元IMF(国際通貨基金)エコノミストで東京都立大学経済経営学部教授の宮本弘曉氏が、著書『51のデータが明かす日本経済の構造 物価高・低賃金の根本原因』(PHP研究所)から日本経済の問題点について解説します。

「デジタル化の遅れ」が経済停滞を招いている

労働生産性低迷の原因のひとつに「物的資本の停滞」があります。

経済理論は、労働投入1人当たりの資本ストックが多くなると、労働生産性が高くなることを示しています。データを確認しましょう。

[図表1]は資本装備率の推移を示したものです。

[図表1]資本装備率の推移

資本装備率は、資本ストックを従業者数で割ったもので、従業員1人当たりの設備等の保有状況を示したものです。一般に、この指標が高いと、生産現場において機械化が進んでいるとされます。

日本の全産業の資本装備率は、2000年代初頭までは大きく上昇していましたが、その後は伸びておらず、これが労働生産性を停滞させたと考えられます。

産業別に資本装備率の推移をみると、製造業では2000年代以降も伸びている一方で、サービス業では停滞していることがわかります。サービス業は、全産業に占める割合が大きいため、サービス業での資本装備率の低迷が経済全体の資本装備率の低迷につながっています。

製造業とサービス業で資本装備率が異なるのは、サービス業では労働を資本で代替するのが難しいことを反映しています。

労働を資本で代替することの難易を示す尺度である「代替の弾力性」をみると、かつては製造業に比べてサービス業では代替の弾力性は低く、労働を資本で代替するのは容易ではありませんでしたが、2010年代には製造業とサービス業で代替の弾力性はほぼ等しくなっているとの報告もあります。

この背景には情報通信技術(ICT)の発達があります。これまでサービス業で人間が行っていた仕事が、最近では機械に代替されるようになってきました。たとえば、スーパーマーケットやコンビニなどでは、セルフレジを導入する店舗が増えています。

また、事務作業を担うホワイトカラーがパソコン等で行っている一連の作業を自動化できるソフトウェア「ロボティクス・プロセス・オートメーション(RPA)」を導入する企業が増加するなど、ソフトウェアを利用した省力化投資も活発に行われています。

とはいえ、他の先進諸外国に比べると、日本のICT導入は大きく遅れています。総務省の調査研究([図表2])によると、日本企業のICT導入率はアメリカ、イギリス、ドイツの企業よりも低く、労働生産性を抑制しています。

また、ICTを導入しても、ICTの利活用に向けた環境整備を実施している企業の割合が低いという現実があります。

[図表2]企業のICT導入状況の国際比較

日本のIT(情報技術)化、デジタル化の遅れは他のデータからも明白です。

スイスのビジネススクールIMDが毎年公表する「世界デジタル競争力ランキング」によると、2021年の日本のデジタル競争力の総合順位は64か国中28位となっています。そのうち、デジタル・技術スキルの領域では62位となっています。

コロナ禍で明るみに出たデジタル化の遅れ

また、コロナ禍では、デジタル化の遅れが明るみに出ました。たとえば、東京都では当初、各保健所がファックスで新型コロナウイルス感染者の数を報告しており、データによる迅速・正確な集計や情報共有がなされていないことが問題になりました。

また、新型コロナウイルス対策として、政府が2020年に実施した1人一律10万円の特別定額給付金では、オンラインで申請されたデータと受給権者リストの自動照合ができず、職員は目視による照合作業に追われ、多くの自治体がオンライン申請の受付を停止しました。その結果、「オンラインよりも郵送のほうが早い」というありえない状況が多くの自治体で発生しました。

民間でも、テレワークの導入は進んだものの、在宅では処理できないプロセスも多く、また、ハンコ承認や紙の書類処理のための出社を余儀なくされた人が多く出ました。

日本企業は「守りの姿勢」に入りすぎている

生産要素以外で、「TFP(全要素生産性)」の低下も労働生産性の低迷を招いています。経済学の教科書によると、TFPは技術進歩やイノベーションなどにより、経済が資源を利用する際の効率性を反映しているとされます。

企業経営のあり方、経営の質、さらには働き方や雇用制度などもTFPに影響を与えます。ここでは、企業経営のあり方に焦点をあててみましょう。

近年の日本企業の行動をみると、「守りの姿勢」となっていることが目を引きます。デジタル化の遅れや従業員への教育・訓練費の低下などに代表されるように、企業による資本や人への投資が低迷しています。

他方、企業は内部留保を積み上げています。内部留保とは、売上高から原材料費や人件費などの費用を引き、さらに法人税や配当を支払った後に残った利益を積み上げたものです。なお、会計用語としては、内部留保という言葉はなく、利益余剰金と呼ばれます。

「内部留保」が経済成長に悪影響を及ぼすワケ

[図表3]は企業の内部留保(金融・保険業を除く)の推移を示したものです。

[図表3]企業の内部留保の推移

内部留保は2000年代に入ってから増え続けていることがわかります。2021年度には約516兆円と初めて500兆円を超え、2000年度の内部留保(約194兆円)の約2.7倍となっています。2021年度の名目GDPは542兆円なので、内部留保額はGDPの約95%に匹敵する大きさです。

このように企業がお金を社内にため込むというのは、実は異様な姿です。というのも、本来、企業は貯蓄よりも投資が多くなる投資超過主体だからです。

企業は、金融機関から借り入れたり、株式や債券を発行したりして資金を調達し、それを元手として事業を行い、収益をあげることを目的としています。

将来の糧を生み出すために、リスクをとって新しいことにチャレンジし、積極的に投資をするはずの企業がお金をため込んでしまっているということは、企業行動が保身的になっている証拠です。

なぜ、企業はお金をため込むようになったのでしょうか?

企業が内部留保を積み上げるようになったのは、バブル経済崩壊後のバランスシート不況のなかで、借金返済を最優先として、企業活動を縮小せざるをえなかったことがきっかけだと考えられています。

その後も、企業は、100年に一度の大不況と言われたリーマン・ショックを契機とする世界金融危機を経験します。大きな経済ショックを経験した企業は、いざというときに備えて、借り入れの依存度を下げ、財政基盤を強化するようになったのです。

また、高齢化を伴う人口減少を背景として、将来にかけて低成長が持続する懸念があるなかで、設備投資や人件費などの増加を抑え、有事に備えて、自己資本の積み増しを優先するという行動をとるようになったとも考えられます。

このように、日本企業が保守的で消極的な行動をとるようになった大きな要因に、経営者のあり方や質があると考えられます。

企業経営者の本来の役割は、リスクをとって新しいことにチャレンジし、企業を成長させ、収益を上げ、従業員に賃金を支払い、株主に収益を還元することです。

しかしながら、経済環境が厳しいなかで、特に大企業で、経営者が保身化しているように見受けられます。

積極的な経営を行い、果敢に投資を進めた際に、失敗して責任問題になることを恐れ、むしろ、経費削減やリストラなどで数字を安定させ、評価を得ようとするようになっていると言えます。

もちろん、経費節減やリストラなどにより経営を改善し、再生した企業もありますが、そうでない消極的な経営を行う企業が多くなれば、経済全体で投資は低迷、経済成長にはよくない影響を及ぼします。

「第25回世界CEO意識調査」の興味深い調査結果

興味深いデータがあります。世界的なコンサルティングファームであるPwC(プライスウォーターハウスクーパース)が世界89カ国・地域の4446名のCEO(うち日本のCEOは195名)を対象に2021年10月~11月にかけて実施した「第25回世界CEO意識調査」です。

この調査では「今後12カ月間の貴社の売上成長見通しについてどの程度自信をお持ちですか」という質問があるのですが、それに対して自信がある(「非常に自信がある」および「極めて強い自信がある」)と回答したCEOの割合は、世界全体で56%、アメリカで67%、中国で45%であったのに対して、日本では25%と非常に低い数字になっています([図表4])。

[図表4]CEOの売上成長見通しについて

経営者には、いかなる環境にあっても勝ち抜く経営判断が求められます。程度に差はあるものの、コロナ禍から経済が回復しつつあるという似たような経済環境のなかで、将来の売り上げ成長見通しに自信がある経営者が世界と比べて日本で少ないことは、日本の企業経営者の経営判断や経営戦略に問題があることを表していると考えられます。

日本経済は1990年代半ばに、現在では「失われた20年あるいは30年」と呼ばれる長期停滞に入りました。日本が敗戦という大きな構造変化に直面した1945年から約50年を経た後のことです。

これは、ちょうど、戦後日本の成長を牽引した松下幸之助や本田宗一郎のような起業家精神に溢あふれる第一世代のリーダーたちが去った後のタイミングです。

バブル崩壊後のバランスシート不況を乗り切るために、企業活動を縮小し、借金返済に注力せざるをえなかった時代の経営者たちの守りの姿勢が今も続き、企業行動が積極的でなくなっていることは否めないでしょう。

宮本 弘曉

東京都立大学経済経営学部

教授

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