円は米ドルの奴隷になるしかない…「釣り方を教えず、釣った魚を与える」新興国への支援で、勢力をコツコツ拡大した結果

(※写真はイメージです/PIXTA)

様々な要因によって世界的なインフレが起こり、将来の展望が正確に描けない昨今。自身の資産を守り、未来につなげていくためには、どのような行動を取ればいいのでしょうか。複眼経済塾の取締役・塾頭、エミン・ユルマズ氏が、著書『エブリシング・バブルの崩壊』(集英社)から、世界経済の展望と、日本経済にに潜むチャンスについて解説します。

「投資家とは流動性を提供して、利益を得るが、絶えずクラッシュのリスクに晒される存在」

負の相関関係にあるVIX指数とS&P500

株式市場でもっとも注目される大きな指数は、「工業株400、運輸株20、公共株40、金融株40」の各指標で構成され、ニューヨーク株式市場時価総額の約4分の3をカバーする「S&P500」である。

その「S&P500」の指数ボラティリティを示すものが、S&Pの1ヵ月のオプション価格から計算するVIX指数だ。VIX指数の別名はボラティリティ指数、あるいは恐怖指数とも言われる。相場が暴落すると、VIX指数が高まる、もしくはVIX指数が高まると、相場が暴落するという仕組みになっている。つまり、VIX指数とS&P500のパフォーマンスは〝負〟の相関関係にあるわけだ。

本来であれば流動性を提供している投資家がリスクを取っているわけである。流動性を提供して、その代わりに利益を得るけれども、絶えずクラッシュのリスクに晒されなければならない。

ただし、いまの世の中においては中央銀行が〝最終的〟な流動性供給者になっている。つまり、何かが起こるたびに世界各国の主要な中央銀行がそこに入って、相場を支える役割を担っているわけだ。

リクイディティ・プロバイダー(流動性供給者)は流動性を供給している代わりに、実質的にはボラティリティをショートしている。つまり、売っている。ボラティリティを低く抑える。いま最終的にそれをやっているのが中央銀行ということになる。なぜならば、中央銀行が一番大きな資金供給者であるからだ。

これが世界的に大きなキャリートレードになって、最終的にはお金が全部米国株に集まって、S&P500がどんどん上昇していく。何かが起こるたびに米国株が買われ、ちょっとでも下がれば買いにくる人がいるわけである。

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

その結果、いま何が起きているかというと、結局、大きなファンドはVIX指数を売っているわけである。

コインの表と裏の関係にある「VIX指数を売っている人たち」と「ロングポジションにしている人たち」

ちょっと専門的な話になるが、VIX指数には、その時点の値の「スポット」と、先の日程における値の「インプライド(暗示)」とがある。当然ながら先の日程のVIX指数のほうが不確定なので、現在のスポット価格よりも1ヵ月後の価格のインプライド価格のほうが、高い。

したがって、VIX指数の先物、たとえば1ヵ月先のものを空売りして、何も起きなければ儲かることになる。スポット価格のほうがインプライド価格より低いからだ。つまり、期限が近づけば近づくほど、インプライド価格がスポット価格に近づくので、先物の価格が落ちてくるわけである。何も起きなければ、VIXを売ることは非常にプロフィッタブル(利益大)なのだ。

実は2018年の2月まで、こういう商品がたくさんあった。いわゆるVIXをショートする商品、もしくはあらゆるボラティリティをショートする商品だ。ETN(指数連動証券)の一種で、VIX指数に逆連動するタイプのファンドが特に多くあった。日本では、「NEXTNOTESS&P500VIXインバースETN」が知られていた。

VIX指数を売っている人たち、もしくは流動性を供給している人たちの利益は、ちょっとずつちょっとずつ上がっていく。急には上がらない。そして何かショックを受けるとガクンと損をする。またそこに中央銀行が入ってくると、再びちょっとずつちょっとずつ上がっていく。またショックが起きてガクンと下がる。のこぎりの刃形の下落といえる。

ひるがえって、VIX指数をロングポジションにしている人、もしくはヘッジをかけている人は、その逆となる。これは米国の『TheBigShort』(邦題『マネー・ショート華麗なる大逆転』)という映画でも有名だったが、ちょっとずつお金がなくなっていく。クラッシュが起きると儲かるという仕組みなので、VIXショートポジションとは逆ののこぎりの刃形の状況となる。

リーマン・ショック前よりはるかに拡大した現在のスーパーバブル

「新たなバブルは前のバブルよりも必ず大きい」

こういう相場の何が問題なのか。

一つは、まずキャリートレードは必ずレバレッジを含むということだ。レバレッジがどんどん膨らんでいく。クラッシュが起きるたびに中央銀行がそこに介入して、さらに大きなバブルをつくる。つまり、新たなバブルは前のバブルよりも必ず大きいわけである。いまは米国株バブルだけれど、これはリーマン・ショック前のバブルよりはるかに大きくなっているスーパーバブルだ。

たとえばS&P500のPSRは3倍にもなっている。またバフェット指数は本来であれば80%が妥当なのだが、いまは200%にまで上がってしまった。GAFAの時価総額だけで、日本株の時価総額のトータルを大きく超えてしまったのだ。

したがって、いま米国は史上最大のバブルの真まっ只ただ中にあるわけで、膨らみすぎたバブルになれば、バーストは避けられない。なぜならば、レバレッジを永遠に膨らますことはできないからだ。どこかに限りがあって、最終的には息切れする。

もしくは、何か外部要因をきっかけに株価が下がり始めると、過剰なレバレッジ状況のなかでみなが資金回収せねばならず、売りが売りを呼ぶ展開になる。そして今度は買い手がつかない状況になってしまう。

「アルケゴス・キャピタル・マネジメント」破綻の例

典型的な例が、先に説明したが、2021年3月末、アルケゴス・キャピタル・マネジメントが破綻したときだった。アルケゴス・キャピタルの代表はビル・フアンというコリアン・アメリカン。もともとはなかなかアグレッシブなファンドマネージャーだった。

彼が何をしでかしたかというと、約200億円の軍資金に過剰なレバレッジをかけてさまざまな株の株価を吊り上げて、10年かけてトータルで1兆5,000億から2兆円まで拡大させていたと言われている。さらに最終的には12兆円ぐらいのポジションを持っていたのではないかともされていた。

当然ながら12兆円のポジションをもってしまうと、手持ち株が2割下がったら、全部が吹っ飛ぶ。アルケゴス・キャピタルで起きたのはそれだった。

特に彼は、中国のオンライン教育関連株やメディア株に積極的に投資していた。2021年初めに中国株が一気に3割下がったから、ひとたまりもなかったというわけだ。

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

結果的には、自分が吹っ飛んだだけでは済まなかった。持っていたポジションほどビル・フアンには元金がないから、野村證券やUBSなどといった取引先企業が、巨大な損失を被った。破産した彼から資金回収などできないのだから。

いまわれわれは恐ろしくレバレッジが効いたキャリーバブルの真っ只中にいるわけだが、キャリークラッシュは必ず訪れる。巻き上げたレバレッジが巻き戻されて、プレーヤーたちには最終的にはマージンコール、つまり追証がかかる。

キャリークラッシュのときは、何が起きるのか?

キャリークラッシュのときは、何が起きるのか。

まず現金のニーズが高まる。追証を乗り切るためには現金が必要だからである。現金の価値が高まるということは、つまり〝デフレ〟が起きるわけだ。したがって、キャリートレードが破綻した世界では実質的にはインフレになりにくい。バブルが起きているときだけ資産インフレが起きるが、全般的には景気は良くならない。

また、米中経済のデカップリング(二国間の経済や市場が連動しないこと)は継続的な物価高をつくる可能性もある。そのような場合、物価が高いのに景気が悪いという最悪な事態に陥ってしまう。それをスタグフレーションという。

立場が逆転した「株式市場」と「経済」の関係

もう一つ問題なのは、いまの米国の株価を見ればわかるが、実体経済とかけ離れていることである。

本来であれば、株価もしくは相場、あるいは金融市場とは、経済の派生的な立場のものにすぎない。

つまり経済が先で、人々が働いていて付加価値の高いもの、サービス、商品をつくって、その結果としてキャッシュフローが生まれて、利益が生まれる。それに伴って最終的には金融資産が上昇したり、下落したりするわけである。

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

ところが、いまの世の中、金融市場が経済のど真ん中に鎮座しているのである。経済がど真ん中にあるのではない。つまり、景気が悪くなるから金融危機が起きるのではなく、金融危機が起きるから景気が悪くなってしまう。経済により株価が動いているのではなく、株価により経済が動いてしまっている。言葉を換えると、経済が、株価もしくは金融市場の人質に取られている。そう考えていい。

だから、FRBも他の中央銀行も、引き締めを長らく躊躇してきたわけだ。引き締めをやろうとした途端に株価が暴落し、それが結局は不況につながる。ひどいときには金融危機につながる。彼らはこうした仕組みをよく理解していたにもかかわらず、リーマン・ショック以降はこの状況がより鮮明になっていた。

しかしトラップに嵌まったような状況に陥っていたのを、2022年3月、FRBはようやく政策転換し、利上げを開始することになったのだ。

「米FRBは世界の中央銀行である」と断言できるワケ

FRBはもはや単なる米国の中央銀行ではなく、実質的に世界の中央銀行みたいなものである。その典型的な例を挙げると、これは日銀も同じなのだが、FRBは必要な国にドルを供給しており、これをスワップラインという。その国の通貨とドルをスワップ(交換)しているわけだ。

具体的には、どこかの新興国で危機的な事象が起きようとする前に、そこにFRBがお金を貸す。つまりドルのクレジットライン(与信)を設けて、その国の通貨を安定させる。そういう意味において、世界中がドルでつながってしまった。大仰でなく、もはや特定の国の株式動向などは、どうでもよくなってきているのだ。

そうしたひどい状況はこの1年間でさらにエスカレートしてきた。米国をはじめとする先進国のエコノミストやアナリストは、すでに各種マクロ指標を分析するのを止めて、まるで占い師みたいに次にパウエルFRB議長が何を言うのかを論じ、彼の発言後はその分析ばかり行っている。実際の景気がどうなっているかには、あまり関心を払っていないかのようにさえ見えてしまう。

エミン・ユルマズ

複眼経済塾取締役・塾頭

著者画像撮影 Rikimaru Hotta

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?