日本は個人資産2,000兆円→うち11%が市場に「えっ…ほとんどタンス預金?」海外投資家が「日本株を見限った」根本原因
2023年03月23日 08時15分幻冬舎ゴールドオンライン

様々な要因によって世界的なインフレが起こり、将来の展望が正確に描けない昨今。自身の資産を守り、未来につなげていくためには、どのような行動を取ればいいのでしょうか。複眼経済塾の取締役・塾頭、エミン・ユルマズ氏が、著書『エブリシング・バブルの崩壊』(集英社)から、世界経済の展望と、日本経済に潜むチャンスについて解説します。
日本を襲う未曽有のインフレが市場を圧迫
このところ日本株の動きが冴えないし、チャートの形が悪い。経験上、このような場合には、企業業績やコメントには見えない何か悪い要素を市場が検知し、株価に織り込んでいる場合が多い。
前の菅政権による携帯料金の値下げがなければ、日本のインフレ率は1.6%になっていたと、新聞各紙が書き立てている。
企業はそんなにすぐには最終商品の値上げはできないから、いまのように円安で輸入コストが上昇すれば利益が圧迫される。円安で喜んでいる企業もあるにはあるが、今回の円安は多くの日本企業にとって、あまり良い円安ではないと思われる。
その影響が出ていて、結果的に業績悪化、利益圧迫を嫌がって、株価が下がっているのではないか。そしてもう一つは岸田政権がマーケットから好かれていないことが、株価下落をもたらしているということだ。岸田政権発足以来の月足チャートがきわめて悪いのが、その証左といえる。

市場の信頼を損ねた岸田首相の「日和見発言」
岸田政権が自社株買いを制限しようとしたり、金融所得増税をしようとしたのを見て、彼は、あまりマーケットフレンドリーな政治リーダーではないと、市場は判断したのだろう。それが日本株の動きに反映している。
市場が岸田首相を嫌っているのは、日経平均に如実に表れている。前首相の菅氏が退陣を表明、総裁選が行われることが決まったとき、日経平均は高値を付けた。下げ出したのは、総裁選前に最有力候補と見なされた岸田氏が金融所得増税を導入する構想を示してからだった。
市場のあまりに悪い反応に岸田氏は、発言を慌てて撤回、「いま直に金融所得増税をするわけではない」と二枚舌を使ったことから、市場の信頼をおおいに損ねてしまった。以降、菅前首相が辞任発表の日に付けた日経平均の高値には戻らなかった。
「結局、岸田首相は金融所得増税を導入するのではないか」とするマーケットの疑心暗鬼は収まらず、岸田首相はまたも前言を翻した。さらには「自社株買いに制限をかける」と発言し、再び日経平均を下げてしまった。こうした経緯は日経平均を月足で見ると、本当にわかりやすい。
菅前首相のときも大きな下向線は出ていたが、それはデルタ株絡みで、菅氏の発言そのものが下げ要因になったのではない。ところが岸田首相の場合、コロナの状況が良くなっているのに、日経平均が下がっているわけで、本来はおかしな話なのだ。岸田首相は財務省に傾斜しているのではないか。
市場としては、そんな印象を抱いてしまったのだろう。この首相の下では、株式投資を難しくしてしまうリスクがあるのではないかと。そうなるとますます、米国株に比べると日本株の魅力が薄れてしまうわけである。円安にもかかわらず、日経平均が下がっているということは、ドルベースにおいてはさらに大きく下がっている。海外の投資家も岸田首相のことをかなり研究しているようだ。
聞くところでは、岸田政権は財務省のアドバイスをよく聞いているのか、どうも緊縮財政をやりそうな気配だと感じ取っている向きがかなり多い。「子育て世帯への臨時特例給付金」の話もややこしかった。これについても、無駄にややこしくしているとしか思えないフシがあった。18歳以下の子どものいる全世帯に10万円をそのまま配ればよかったのだ。そこに960万円という年収の壁を設けたりした。
私は、子どもに渡すお金なのだから、親の収入は関係ないはずで、矛盾していると思った次第である。このあたりも微妙に、岸田首相はマーケットフレンドリーではないと、市場に捉えられたのではないだろうか。
一時高値を付けた日経平均は10月初旬には2万7,000円台半ばに急落し、「岸田ショック」と呼ばれた。下げ幅は11.3%に及んだ。新首相就任直後にショックを起こしたのだから、これはきわめて不名誉なことだと言わざるを得ないだろう。
岸田政権が掲げる「貯蓄から投資へ」を自ら遠ざけるように見える政策の数々
岸田首相は日本の借金の膨大さを憂い、財政規律を重視している可能性が高い、というのが私の岸田分析だ。菅前首相がアベノミクスを踏襲したのに対し、岸田首相はかなり違う路線を歩むのではないかと思う。
貯蓄から投資へという投資誘導路線を重要視していると言いながら、株取引で得たキャピタルゲインや配当収入に対して課せられる税金の税率を、現在の税率一律20%から25%に上げようとしている。まことに矛盾が多いのだ。
米国にも似たような流れがあるにはある。だが米国の場合、そもそも論として、米国では、総額としては株を一部の人たちが独占的に握っているとしても、株を持っている人の数がかなり多い。
しかし、日本の場合はそうではない。25%の金融所得増税を実施してしまうと、株を買って運用する人のシェアが増えないのは目に見えている。さらに言えば、日本人の投資が日本株に向かわなくなってしまう。個人資産2,000兆円のうちわずか11%しか株に回っていないのは、常々、私が言及していることであるが、あまりにも少ないと言える。

1980年代後半のバブル全盛時には日本人の個人資産のうち株式での運用が30%を超えていたのを考えると、いまは3分の1に縮んでしまったことになる。50%超の米国には届かないにしても、いまの3倍程度には増やしたいものである。そうすれば本当の意味で「貯蓄から投資へ」の世界が実現されるだろうし、日本の株式市場にもお金が回ってきて、活性化されよう。ただし、いまのままでは厳しいだろう。
「金持ちいじめ」をしても日本が豊かにならないワケ
「成長と分配の好循環の実現を目指す新しい資本主義」これが岸田首相が掲げるスローガンなのだが、市場はこういうわかりにくいメッセージを嫌がる。新しい資本主義などと言われると、市場には何か中国式資本主義のように聞こえるからだ。もしくは金持ちを締め付ける資本主義とも聞こえかねない。いままでより格差是正、分配優先、社会福祉に中心を置く資本主義ではないかとの憶測が飛んだ。
これらはイコール金持ちいじめにつながるわけだから。子育て世帯への給付金の話に戻すと、960万円という年収の壁を設けようとしたのだが、この960万円の設定はどういう発想から出てきたのだろうか? おそらく公務員や役人の一番多い年収層がもっとも優遇される設定で線引きしたのだろう。それをちょっとでも超えると、税率がぐんと変わるのが、日本の特徴だからである。
子育て世帯への給付金について親の収入で線引きするのは、基本的にナンセンスだと私は思う。たとえば親の年収が1,000万円でも、子どもが3人いるのと、1人いるのとでは違う。1,000万円の年収の人に子どもが3人いて、700万円の年収の人に子どもが1人いたとすると、どちらが豊かなのか? したがって、そういう線引きをつくろうとすること自体がおかしいわけである。
お金を配るのであれば全員に配ればよい。それは必ず世の中の景気にはプラスとなること請け合いだから、それには賛成の立場である。私見に過ぎないが、岸田政権の路線については、ちょっと行きすぎている気がする。確かに米国の政治は、いま明らかに格差拡大を是正し金持ち優遇を見直そうとする左派に向いている。けれども、日本はまだ米国やヨーロッパと同じ問題を抱えているわけではない。
日本の場合はとんでもない金持ちが多くいるわけではないし、株で儲かっている資産長者がさほど出ているわけでもない。岸田政権が欧米や中国に政策を合わせようとしているのは、あまり意味を見出せないように思う。日本はこれらの国とまったく違う性質でまったく違う問題を抱えているのだ。投資家への増税より投資家を増やすことにこそ重点を置くべきである。
エミン・ユルマズ
複眼経済塾取締役・塾頭
著者画像撮影 Rikimaru Hotta
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