日本の投資家が「自分が住む国の株」を避けるワケ【マーケットのプロが解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

本記事は、フィデリティ投信株式会社が提供するマーケット情報『マーケットを語らず』から転載したものです。※いかなる目的であれ、当資料の一部又は全部の無断での使用・複製は固くお断りいたします。

「ROEが上がれば、PBRは上がる」わけではない

日本株市場でいま注目が集まる「PBR(1株純資産倍率)」は、「ROE(株主資本利益率)」と「PER(株価収益率)」の積として分解されます。すなわち、「PBR=ROE×PER」です。この式をたしかめるために、分数で書くと「株価/1株純資産=1株利益/1株純資産×株価/1株利益」です。

「PBR=ROE×PER」という関係から、「ROEが上がると、PBRも上がる」や「ROEが低いから、PBRも低い」といったふうに、PBRとROEの正比例の関係が議論されがちです(→こまかくいえば「PBR1倍が下限として機能し、そこから上は正比例の関係である」といった議論です)。

また、PBRの分子である株価は「市場の評価に委ねられる」一方で、ROEの分子や分母である利益や純資産は「企業が作用を及ぼすべく努めているものである・及ぼすことができる」ため、「ROE⇒PBR」といった因果関係で議論されがちです。

しかし、「PBR=ROE×PER」にはPERも入っていますから、このPERもまたPBRに影響を及ぼします。

データを見てみると、[図表1]に示すとおり、①過去10年の米国株式市場【図の上段】では、「ROEも上がり、PERも上がり、PBRは上がっています」。

他方の、②過去10年の日本株式市場【図の下段】では、「ROEは有意に上がったものの、PERが有意に下がることで、PBRは年率0.4%増とほぼ横ばいに留まっています」。ROEが上がればPBRも上がる、というわけでは必ずしもなく、日本株のデータがそれを証明しています。

[図表1]日米株式の実績PBRの内訳と過去10年の変化
[図表1]日米株式の実績PBRの内訳と過去10年の変化

日本企業は、ROEの上昇を通じて「結果を出してきた」わけですが、投資家は、PERの低下を通じて日本株の評価を引き下げてきました。

「日本株のPBR1倍割れ」というキーワードでもって日本株の低PBRが各方面から問題視され、コーポレートガバナンス・コードの御旗のもとで、その矛先はおもに日本企業に向けられています。しかし、筆者にはそうした考え(≒「PBRが上がらないのは企業のせい」)は、データとの整合性を欠くように感じます。

こういうと、「現在のROE9.4%ではまだ足りない。ROEをもっと上げないとPBRは反応しない」といった反論が返ってきそうです。

しかし、かつては「ROE8%未満ではPBRはフラットであり、ROEが8%を超えればPBRは上がる」といわれていたように思います。ROEが9.4%になってもPBRの上昇は起きず、「まだ足りない」とゴールポストが遠ざけられたのかもしれません。

また、もしかしたら「この10年で、投資家が求める要求収益率はグローバルに上がっている」といわれるかもしれませんが、本稿の最後に示すとおり、むしろ他国(米国)では要求収益率は低下しています。

PBR横ばいの原因は「PERの低下」

ではなぜ、過去10年において、日本株のROEは上がったものの、PBRは横ばいだったのか。

その答えは「PERが低下したため」となりますが、もう1歩先に進んで、「どういったときにPERは下がるのか」について考えてみます。

「PBR=ROE×PER」を思い出すと、ROEが上がるときにPBRも上がるためには、シンプルには「PERが横ばいであることが必要」です(→厳密には、ROEの上昇率がPERの低下率を上回ればよい、となります)。

理論式に基づいて計算すると、利益の増加や株数の減少がROEの上昇をもたらす場合に「PERが横ばいである」ためには、

1.利益の増加が恒久的であると株価に織り込まれる(→1株利益の上昇率=株価の上昇率;純利益の増加率=時価総額の増加率)

2.株数の減少が恒久的であると株価に織り込まれる(→株数の減少率=株価の上昇率;時価総額が一定すなわち当該株式への需要が一定の下で株数が減少する)

のいずれかが必要です。

過去10年の日本株式市場で「ROEは上がったものの、PBRは横ばいだった要因は、PERの低下であった」わけですが、その背景には、投資家が「利益の増加や株数の減少を一時的とみなした」ことになります。

投資家が利益の増加や株数の減少を「一時的」とみなしたワケ

では、なぜ、投資家は、利益の増加や株数の減少を一時的とみなしたのか。

ある評論家は「人口が減少している国には投資家は期待を持たない」、別の評論家は「アベノミクスや日銀の金融緩和が利益を一時的に押し上げただけ」と、いつもの「上から目線」の「訳知り顔」で言うでしょう。しかし、それは彼ら「お得意の後講釈」であり、投資家にとっては現実がすべてです(→そして、まちがいなく、筆者もそうした評論家の1人です)。

現実には、日本株を信じた投資家は、米国株よりも大きい投資家リターンを得てきました。言い換えると、割安な株価で企業利益を獲得する機会を与えられました。反対に、米国株の投資家は、割高な株価で企業利益を得てきました。

[図表2]日米株式の投資家リターンの実績値(当年度1株利益/前年度末株価)
[図表2]日米株式の投資家リターンの実績値(当年度1株利益/前年度末株価)

そして、[図表3]に示すとおり、現在(1年先の予想1株利益/現在の株価)も状況は同じで、日本株のほうが、米国株に比べて投資家リターン(期待ベース)が高いままです。

[図表3]日米株式の投資家リターンの期待値(12ヵ月先1株利益/株価)
[図表3]日米株式の投資家リターンの期待値(12ヵ月先1株利益/株価)

今後の日本株はどうなるか

他国の企業と同様に、日本企業が世界の顧客を相手に利益を増やし、株主還元を続けていくことが前提ですが、

1.それでも、潜在的な投資家が、日本株の1株利益やROEの上昇を信じないままなら=株価が割安のままなら、既存の投資家は高い投資家リターンを得ることができます。株価は上がりませんが、投資家は株主に帰属する企業利益を割安に獲得し続けられます。「日本株は積み立て投資の機会を提供している」といえるでしょう。

2.とはいえ、利益や株主還元が拡大していけば、投資家はいつかその持続性を信じるはずです。その際には、まずは、①「割安感の解消」というかたちで株価の上昇が生じます。日本株のPERは過去10年で40%も低下していますから、割安感の解消が生じるだけで、株価には大きな影響をもたらします。

そして、②株価の割安感が解消されれば、そのあとは、ファンダメンタルズ(≒1株利益の成長)に沿った投資家リターンが期待されます。

「ROEが上がれば、PBRも上がる」、逆もまたしかりなので、(ROEをPBRで割った)投資家リターン=利益/株価に大きな変化は生じません。株価は期待によってその周りをウロウロしますが、ファンダメンタルズ(≒1株利益の成長)に沿った投資家リターンが期待されます。

本来は「利益の増加→株価の上昇」が望ましいのでしょうが、自社株買いによる株数の減少は株価とバリュエーションを上方にシフトさせる簡単な方法であり、ROEに伸びしろがあり、株数も多い(レバレッジが低い)日本株はお買い得と筆者は感じます。

日銀の引き締めを心配する必要はない

最後に、日銀の引き締めは心配には及ばないかもしれません。まず、①植田総裁は当面の間、現在の金融政策を維持する方針のようです。

次に、②過去10年の低金利政策のあいだ、「人口減少のため」か、「企業利益の増加は一時的」といった解釈なのか、PERは低下してきました。

PERの逆数は、将来利益の割引率(金利+リスクプレミアム)です。[図表4]に示すとおり、投資家は、過去10年の低金利政策のあいだ、日本企業が増やしてきた利益に、より高いリスク・プレミアムを課すことで(=より高い割引率を適用することで)、ROEの上昇を黙殺しました。

[図表4]日米株式の要求収益率(利益の割引率;12ヵ月先予想利益/現在の株価)
[図表4]日米株式の要求収益率(利益の割引率;12ヵ月先予想利益/現在の株価)

他方で米国株では、金利の低下に沿ってリスク・プレミアムも低下しており、日本株のリスク・プレミアムの上昇は、(すべてを調べたわけではありませんが)グローバルな現象ではなさそうで、過去10年の日本に固有の状況や要因を反映したものかもしれません。

今後の金利上昇で不採算の事業や企業が淘汰されれば、残るのは収益性の高い事業や企業の集合です。すると、「利益に対する確信度」が増して、投資家は日本株に現状のような高いリスク・プレミアムを求めることはなくなり、金利上昇を相殺するように、リスク・プレミアムは縮小する可能性も考えられます。

また、なにより金融引き締めの背景にある賃上げやインフレは経済正常化の証でもあります。

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重見 吉徳

フィデリティ・インスティテュート

首席研究員/マクロストラテジスト

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