2024年3月までに要申請!事業承継の「贈与税・相続税」が猶予される「事業承継税制・特例措置」を税理士が解説
2023年06月06日 15時55分THE GOLD ONLINE

経営者や後継者にとって悩ましいのが、贈与税や相続税といった事業承継時にかかる「税金」です。税金対策に苦慮したり、最悪納税資金を用意できず借金しなければならないケースも存在します。そんなときには、一定の要件を満たせば贈与税・相続税が猶予になる「事業承継税制」が有効です。本記事では、相続に詳しい税理士・公認会計士の小形剛央氏が本制度のしくみや一般措置と特例措置の違い、注意点について解説します。
税負担を軽減する「事業承継税制」とは
事業承継を考えている経営者や後継者にとって大きな悩みのひとつが、会社の株式を贈与、相続するときの税金(贈与税・相続税)です。
現に、「事業承継はしたいけれど、贈与税・相続税が高額すぎて、納税資金を確保できない」「株式以外の相続財産が少なかったため、やむを得ず相続税を借金で支払うことになった」といったケースも多く、そうした事業承継にかかる贈与税、相続税の負担が猶予になる制度が「事業承継税制」です。ここでは簡単に制度の概要を説明しましょう。
国税庁の資料によると、事業承継税制(正式名称:法人版事業承継税制)は以下のように説明されています。
法人版事業承継税制は、後継者である受贈者・相続人等が、円滑化法の認定を受けている非上場会社の株式等を贈与又は相続等により取得した場合において、その非上場株式等に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもと、その納税を猶予し、後継者の死亡等により、納税が猶予されている贈与税・相続税の納付が免除される制度です※。
※ 「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(法人版事業承継税制)のあらまし」より
簡単にいえば、後継者が株式を贈与・相続した場合、一定の要件を満たせば、贈与税・相続税が猶予されるという制度です。
具体的な納付税額や要件は会社によって異なりますが、場合によっては数千万円、数億円になる可能性もあります。そんな多額の税金が支払い猶予となるのであれば、経営者、後継者にとっては非常にありがたいですね。
優遇措置設立の「背景」
ここで、なぜこうした優遇措置が生まれたのか、その背景についてお話ししていきましょう。
この事業承継税制は、2009年(平成21年)4月1日に租税特別措置法が改正され、非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税猶予制度(法人向け事業承継税制)の創設に始まります。
当時から中小企業の事業承継問題(後継者不足や相続トラブルなど)が表面化して問題視されており、国としては優遇措置を設けることで事業承継する中小企業の数を増やそうという狙いがありました。
ところが実際には、創設以来、この制度の利用件数はほとんど増えなかったのです。その理由は、主として次のことが挙げられます。
・納税猶予割合について、相続は80%まで
・制度そのものが難解で、利用するための手続きも煩雑
・5年間で雇用を平均8割維持しなければならない
・納税猶予が取り消された場合のリスクが極めて大きい
事業承継税制が導入された当初の原則的な措置を「一般措置」といいますが、この一般措置が思ったより浸透しなかったという実情を受けて、2018年(平成30年)度には租税特別措置法が改正され、2027年度までの10年の期間限定で特例的な措置が導入されました。この措置が「特例措置」です。
一般措置と特例措置とでどのような違いがあるのか、それぞれの特徴を見てみましょう。
一般措置と特例措置の「5つの違い」
1.特例措置は「期間限定」
特例措置の適用を受けるには、2018年(平成30年)4月1日から2024年(令和6年)3月31日までに、「特例承継計画」という書類を提出しなければなりません。
そして対象となる相続・贈与は、2018年(平成30年)1月1日から2027(令和9)年12月31日までに行う必要があります。一方で一般措置は、「特例承継計画」のような事前の計画策定等は不要で、適用期限もありません。
「特例承継計画」とは、後継者名や事業承継の予定時期、承継時までの経営見通し等が記載されたものを指します。この書類は、認定経営革新等支援機関(税務や金融等に関する専門知識や中小企業支援の実務経験を一定以上有する個人や法人等で、経済産業省の認定を受けた機関のこと)の指導および助言を受けたものでなければならないことには、ご留意いただければと思います。
2.特例措置は「100%」が対象となる
一般措置の対象株式が「総株式数の最大3分の2まで」であるのに対し、特例措置は「全株式」が対象と、その範囲が広くなります。
3.特例措置は、「贈与税・相続税がともに100%」猶予される
一般措置の場合、贈与税は100%猶予対象となりますが、相続税は80%までしか猶予されません。しかし特例措置であれば、いずれも100%が猶予対象となります。
4.特例措置は「後継者最大3人」が対象となる
一般措置では、対象となる後継者は1人ですが、特例措置では後継者3人までが対象となります。
5.特例措置は「親族外承継における相続時精算課税」も適用される
一般措置では、推定相続人(直系卑属)・孫に限られていましたが、特例措置は推定相続人・孫以外の者であっても、相続時精算課税の適用を受けられるようになりました※。
※ ただし、適用を受けるためには一定の要件を満たす必要があります
「相続時精算課税」とは、簡単にいえば、贈与のときは贈与税が最大2500万円非課税になるが、相続のときに、非課税にした分を精算して課税するという制度です。つまり贈与のときは税金が安くなるものの、相続のときにその分課税されるので、「節税」というよりも「税金の支払いを先送りにできる制度」と捉えればいいでしょう。
なお、相続時精算課税を利用すると、生前贈与の年間110万円までの基礎控除(暦年贈与)が使えなくなるので、どちらを利用すべきかについては慎重に判断する必要があります。

“駆け込み特例”はキケン…事業承継の「目的」を考えて
このように事業承継税制のメリットはとても大きいものの、「税制を利用したい」という目的で焦って事業承継を進めるのは、非常に危険です。
現に、とりわけ相続税や贈与税が猶予されるという魅力は大きく、そこに注目するあまりに「とりあえず事業承継をしよう」という「駆け込み特例」になるケースが多く見られますが、先に述べたように事業承継とは、会社をより長く社会に存続させ、従業員や取引先などのステークホルダーの幸福につなげるために必要な手続きであることは、しっかり意識しておかなければなりません。
現に、「税が猶予される」という目先の金銭的なメリットに目を奪われて事業承継を安易に決断し、結果として残された従業員や取引先、ひいては親族までもが悲惨な目に遭ったというケースを、私は見てきました。
この制度をきっかけに事業承継を前向きに考えるというのは、とても素晴らしいことですが、その際は必ず、「なぜ事業承継をしなければならないのか」という問いに真摯に向き合っていただきたいと思います。
小形 剛央
税理士法人小形会計事務所 所長
株式会社サウンドパートナーズ 代表
税理士・公認会計士
- 事業承継税制とは?制度の内容、活用メリットと手続き・注意点【税理士が解説】
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