【日本サッカー】「パスを出した先で潰されるのがオチ」…名将・ペップの〈5レーン理論〉を真似してもうまくいかない根本要因

(画像はイメージです/PIXTA)

人々を熱狂させるプロスポーツには、景気や株価を上向きにする力があります。国民的スポーツであるサッカーもその1つですが、日本代表のFIFAランクは第20位(2023年6月9日付)。日本が世界の壁を破るにはどうすればよいのでしょうか。Leo the football氏(著)、木崎伸也氏(構成)による書籍『蹴球学 名将だけが実践している8つの真理』(KADOKAWA)より一部を抜粋し、世界有数の名監督・名選手が実践している「戦術」を見ていきましょう。プレイヤーとして実戦に活かせるだけでなく、サッカー観戦がもっとアツくなる知識です。

●ここ数年、日本サッカー界で最も流行した戦術用語は「ポジショナルプレー」ではないだろうか。選手の立ち位置によって攻撃で優位に立つという考え方で、Jリーグでも「5レーン」という言葉をよく耳にするようになった。

●だが、はたして日本に伝わっているそれらは正しい理論なのだろうか? 本講義では誤った認識を指摘し、ポジショナルプレーを成立させるために不可欠な「正対理論」を説明する。

ポジションの最適解とは?

「ポジショナルプレー」を語るうえで、まずはペップ・グアルディオラの書籍『ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう』(著マルティ・パラルナウ/東邦出版)の中に出てくる説明を紹介したいと思います。

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【ポジショナルプレー(ポジションプレー)】

選手が動きながら的確なポジションを保ってパスを循環させることで相手チームの秩序を壊し、自チームの攻撃の態勢を整え、ゴールを狙うサッカーの1つのスタイル。またボールを奪われた後、素早く激しいプレッシャーでボール奪還を可能にするのも特徴。グアルディオラのサッカーに象徴される。対極にあるのがゴール前を守ってカウンターを仕掛けるスタイル。(『ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう』より)

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ようはポジションを考えてボール循環させられたら相手の守備組織を破壊でき、逆に失ったときには守備にすぐ移行できる、っていうことですよね。

その後、日本で「ポジショナルプレー」が広まっていく中で、「質的優位」、「数的優位」、「位置的優位」という枝葉もついてきましたが、本講義では幹となる「ポジションをどう取るか」についてのみ考えたいと思います。

「5レーン理論」にとらわれすぎると、逆にはめられやすい

Leo the football(著)、木崎伸也氏(構成)『蹴球学 名将だけが実践している8つの真理』(KADOKAWA)
[図表1]5レーン理論 出所:Leo the football(著)、木崎伸也氏(構成)『蹴球学 名将だけが実践している8つの真理』(KADOKAWA)

日本においてポジショナルプレーを語るうえで欠かせないのは「5レーン理論」(図表1)でしょう。

ピッチを縦に5分割して、攻撃のときに

・1列前の選手と同じレーンにいてはいけない

・1列前の選手の隣のレーンにいるべき

という理論です。このルールを実行すれば、ピッチのいたるところに三角形をつくることができ、前線で5つのレーンを効果的に占有できる…という触れ込みです。

中央のレーンと大外のレーンにはさまれた「ハーフスペース」という用語は、地上波の実況でも聞くくらいポピュラーになりましたよね。

でも、実際に実践した方ならわかると思うんですが、忠実にやろうとするとけっこう不都合が起きる理論になっています。僕も監督を務めるシュワーボ東京で取り入れてみたところ、うまくいかないことが多々ありました。

なぜ「5レーン理論」をやろうとすると問題が起きるのか?

それを解き明かすヒントが、ペップ本の中にあります。「5レーン理論」についてこんなくだりが出てきます。

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4本のラインが引いてある第1ピッチまで私たちを案内してプレーのコンセプトを語り始めた。それも、ここで正確に再現するのは不可能なほど、とてつもない集中力で一人芝居を交えながら、約20分間にわたり説明してくれた。

選手たちが白い4本のラインを越えて、5分割したピッチを移動しながら補い合うのがよくわかる、見事な授業だった。しかし、ペップのジェスチャー付きの説明は竜巻のようで、詳細までを理解するのが難しい箇所もあった。

「ピッチを5分割した5つのレーン状のエリアを認識させて、トレーニングしている。基本的に同じサイドのウイングとサイドバックは絶対に同じレーンにいてはいけない。同じサイドのサイドバックとウイングは、センターバックのポジションによって外側か内側のレーンにいる。理想的なのはセンターバックが広がったときは、サイドバックは内、ウイングは外だ。

〈中略〉

サイドバックが内に入れば、敵のウイングを引きつけることができる。その敵のウイングがサイドバックについてこなかったら、私たちはピッチ中央にフリーマンを持つことになる。もし、敵のメディオセントロがカバーに入りサイドバックの対応をしたら、今度は私たちのインテリオールがフリーマンだ」(『ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう』より)

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要約すると、

・サイドバックが中に入って相手ウイングがついてきたら、外へのパスコースが開く

・もし相手ウイングがついてこなかったら、今度は中へのコースが開く

ということです。

相手がズレたときに誰がフリーマンなのかを認識しろ、ってことですね。

ただ、先ほど言ったように、これをそのままやろうとすると不都合が起きてくるんですよ。

結論から言うと、現代サッカーにおける守備戦術のアップデートによって、「5レーン理論」にとらわれると逆にはめられやすくなるんです。

5レーン理論だと「同サイド圧縮」を回避できない

守備戦術のアップデートとは、「プレス戦術の進化」です。

ペップの名将としての地位を揺るぎないものにしたのは、2011年のマンチェスター・ユナイテッドとのCL決勝だったと思います(バルサが3対1で勝利)。

あの試合、ユナイテッドは守備のときに4-4-2でブロックを組んでいました。ペップはその相手に対してどこにポジションをとってどこにボールを送り込めばいいかを選手たちに示し、選手たちがそれをオートマティックに実行したため、ユナイテッドはプレスのはめどころを見つけられませんでした。そしてバルサの攻撃時には常にフリーマンが生まれていました。

しかしペップという攻撃の革命児の存在が、逆に守備の進化を促します。対抗するかのように、新たな守備戦術が表舞台に姿を現したのです。

その代表格が「同サイド圧縮」。どちらかのサイドへボールを追い込み、同サイドでマンツーマンに近い形でプレスをかけるという守備法です。遠いサイドのマークは捨て、ボールサイドに守備者を集中させるんです。

この守備戦術の普及によって「5レーン理論」は過去のものになります。

すでにペップがバルサやバイエルンを率いていた当時から、この兆候が現れていました。

ビエルサ率いるアスレティック・ビルバオのマンツーマンディフェンスに苦しめられたり、クロップ率いるドルトムントの高い位置からの激しいプレスに手こずったりしていました。

「5レーン理論」というのは、基本的にゾーン相手の攻略法なんですよ。ブロックをつくってゾーンで守る相手には機能するんですが、マンマークや同サイド圧縮を使いこなす相手には苦戦します。

なぜ「5レーン理論」だと、同サイド圧縮を回避できないのか。理由は大きく3つあります。

1つ目は、フリーマンを簡単につくれないということ。

同サイド圧縮では相手が遠いサイドのマークを捨て、ボールサイドでマンマーク気味についてくるので、もはや内側に入ったサイドバックも、インサイドハーフも、ウイングも簡単にはフリーになれません。

相手が「コースカットプレス」(パスコースを消しながらかけるプレス。守備者1人で攻撃者2人を無効化できる)をうまくやってきたら、なおさらフリーマンをつくるのは難しくなります。

2つ目は、相手の立ち位置を考慮していないということ。

サッカーでは言うまでもなく相手が動くので、「人基準」で考えるべき。「場所基準」の理論には限界があります。

たとえば「サイドチェンジしている間に、逆サイドのハーフスペースに立て!」と言っても、相手が素早くスライドしたら簡単にマークされますよね。

本当に機能する理論にするには、「人基準」で場所を定義すべきです。それは講義2(次回記事)で詳しく触れましょう。

3つ目は、体の向きを考慮していないということ。

「5レーン理論」の説明のとき、図の中で人を表す丸はたいてい真正面を向いたイメージで語られていますよね。相手ゴールを向いているので、問題ないように思われるかもしれません。

しかし、これが大問題なんです。

パスコースをつくるには、体の向きがめちゃくちゃ重要です。特にボール保持者の体の向き。体の向きまで考慮しないと、立ち位置は決まりません。

おそらくペップはそんなことは百も承知で、世に広まっている「5レーン」はペップの思考の一部でしかないはずです。

実際、ペップ本の著者のスペイン人ジャーナリストは「詳細まで理解するのが難しい箇所もあった」と正直に書いています。僕たちは説明されていない「行間」を想像しないといけません。

では、体の向きをどうつくればいいのか?

その問いに答えを出してくれるのが「正対理論」です。

「正対理論」と「Y字のポイント」

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正対理論

ボールを持っている選手が、ターゲットとなる相手に対してへそを向けて正対すると左右両方にパスを出しやすく、もしくはドリブルで抜きやすくなるという理論。

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たとえば敵が目の前にいたとしましょう。ボールを取られるのを怖がって右方向を向いて半身になったら、右にはパスを出せるものの、左にパスを出すのは難しくなりますよね。無理やり左に出しても相手にブロックされてしまいます。

問題はそれだけではありません。

右に出せるとは言っても、そちらにしか出せないので相手にバレバレです。相手チームは事前にプレーを読み、パスを出した瞬間に一気に詰めにくるでしょう。

一方、半身にならず、相手に正対すると、左と右の両方にパスを出すことができる。僕はこの状態を「相手に二択を迫る」と呼んでいます。どちらに出すか読みづらいので、相手チームの反応を遅らせられます。

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正対するメリット

・正対する相手に二択を迫れる。

・相手チームにプレーを読ませない。

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この「正対理論」の申し子と言えるのがアンドレス・イニエスタです。

ファーストトラップで相手に正対し、ボールを持ち出すときもスペースへ運ぶのではなく、相手に向かっていくことを基本にしています。

もし、スペースに逃げるようにボールを運ぶと、方向が限定され、最終的に追い込まれてしまいます。それに対してイニエスタのように正対してボールを持つと、左右両方に行けるので相手は簡単に飛び込めません。全盛期のイニエスタは密集地帯でも正対を繰り返し、すいすい抜くことができました。

「正対理論」の有効性をイメージしてもらうために、左センターバックがボールを持ったシーンを想像してみましょう(図表2)。前方にいる選手たちはマークされているとします。

出所:Leo the football(著)、木崎伸也氏(構成)『蹴球学 名将だけが実践している8つの真理』(KADOKAWA)
[図表2]正対理論 出所:Leo the football(著)、木崎伸也氏(構成)『蹴球学 名将だけが実践している8つの真理』(KADOKAWA)

そのとき左センターバックの右斜め前から、敵FWが「同サイド圧縮」をすべく「コースカットプレス」を仕掛けてきたとします。

もし正対しなかったら、左センターバックは前方にボールを持ち出すしかなく、敵FWがどんどん近づいてきて、焦って闇雲に強いパスを出して相手ボールになる…そんな結末になることがほとんどでしょう。

一方、左センターバックが敵FWに体を向け、正対したらどうか?

二択を迫れるので、敵FWを迷わせられます。うまくいけば敵FWは立ち止まるでしょう。もし相手が一か八かで突進してきても、体が右斜めを向いているのでGKへバックパスして「同サイド圧縮」を回避することができます。

「正対理論」を初めて日本に紹介したのは、『蹴球計画〜スペインサッカーと分析〜』というブログだと思います。僕は幸運にもシュワーボに入団したある選手が「正対理論」を実践しており、彼が「レオさんの力でもっと日本に広めてください」と教えてくれたのが知るきっかけでした。

そこから自分なりに「正対理論」を現場で実践しやすいように噛み砕き、ポジショナルプレーの概念とうまく組み合わせられないかと考えるようになりました。ボール保持者が味方ではなく相手に体(へそ)を向けたら、パスの受け手が立つべきポイントも変わると思ったんです。

その結果行き着いたのが「Y字のポイント」という概念です。

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Y字のポイント

ボール保持者と相手を線で結び、それを縦線として「Yの字」をつくる位置に2人の受け手が立つ。

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「Y字」の立ち位置は相手と距離が近すぎると角度がないためパスが通りにくく、パスが通った後もプレスを受けやすくなります。相手のプレッシャーから遠く、かつボールホルダーからパスが出しやすい位置が最適なポジションです。

ボール保持者が右斜め前の相手ボランチに正対したら、相手ボランチの両脇の「Y字」が受けどころになります。左斜め前の相手サイドハーフに正対したら、相手サイドハーフの両脇の「Y字」が受けどころです。

出所:Leo the football(著)、木崎伸也氏(構成)『蹴球学 名将だけが実践している8つの真理』(KADOKAWA)
[図表3]Y字のポイント 出所:Leo the football(著)、木崎伸也氏(構成)『蹴球学 名将だけが実践している8つの真理』(KADOKAWA)

より正確に言うと、「Y字のポイント」に受け手が最初から立っているとマークにつかれる可能性があるので、タイミング良くポイントに顔を出すのが理想です(囮〔おとり〕になる場合はあらかじめ立っていてもいい)。このパスコースにタイミング良く現れることを、僕はポジショニングと区別して「アピアリング」と呼んでいます。

ボールホルダーの正対→Y字へのアピアリングを駆使し、プレーの判断を正確に行うことで、ポゼッションとボールの前進が実行しやすくなります。

「ポジショナルプレー×正対理論」でようやく使える理論になる

大事なことなので、もう1度整理しましょう。

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(1)ボール保持者は敵ゴールに顔を向けるのではなく、ターゲットとなる相手に対して正対してボールを持つ。

(2)「Y字のポイント」に受け手が立つ(もしくは受け手がタイミング良くそこに現れる)。

(3)ボール保持者は「後出しジャンケン」的にマークがついていない受け手にパスを出す。どちらもついている場合は、裏へのパスや迂回のパス、バックパスなど、(1)(2)によって生まれる最適な選択肢を選ぶ。

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「5レーン」を表面的に真似しても、体の向きという概念が抜け落ちていると、パスを出した先で潰されるのがオチです。ポジショナルプレーに「正対理論」を掛け合わせて、初めて使える理論になります。

もちろん意識してやっと正対するようなスピード感では、試合では通用しないでしょう。無意識にオートマティックに正対できるようになる必要があります。

バルセロナの下部組織では、子供の頃から「ボールを持ったらへそを相手に向ける」ということを教えられるそうです。

日本も育成のときから「正対理論」に取り組めば、日本サッカーの大きなアドバンテージになることは間違いありません。

<まとめ>

●守備戦術の進化により、「5レーン理論」は不都合が起きやすくなった。

●ボール保持者が相手に体を向ける「正対理論」はボール保持に不可欠。

●受け手は「Y字のポイント」に立っておく、もしくはタイミング良く現れると、ポゼッションとボールの前進の確率が上昇する。

著者:Leo the football

日本一のチャンネル登録者数を誇るサッカー戦術分析YouTuber(2023年8月時点で登録者数23万人)。日本代表やプレミアリーグを中心とした欧州サッカーリーグのリアルタイムかつ上質な試合分析が、目の肥えたサッカーファンたちから人気を博す。プロ選手キャリアを経ずして独自の合理的な戦術学を築き上げ、自身で立ち上げた東京都社会人サッカーチーム「シュワーボ東京」の代表兼監督を務める。

構成:木崎 伸也

「Number」など多数のサッカー雑誌・書籍にて執筆し、2022年カタールW杯では日本代表を最前線で取材。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『ナーゲルスマン流52の原則』(ソル・メディア)のほか、サッカー代理人をテーマにした漫画『フットボールアルケミスト』(白泉社)の原作を担当。

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