成約事例で見る東京都心部のオフィス市場動向(2023年上期)-「オフィス拡張移転DI」の動向
2023年09月04日 13時14分THE GOLD ONLINE

オフィス拡張移転DIは、23年第1四半期にコロナ禍前の水準を一時回復したものの、第2四半期には反落し、オフィス需要は力強さに欠けています。とくに「製造業」と「情報通信業」が伸び悩むなど、業種ごとに差がついているようです。本稿では、ニッセイ基礎研究所の佐久間誠氏が23年上期の企業のオフィス移転動向について解説します。
1―企業のオフィス移転動向は活況
三幸エステートの公表データ2によると、2023年上期の東京都心5区のオフィス成約面積は43.1万坪となり、2017年以降で最高を更新した(図表1)。これは前年同期を+7.5%上回り、またコロナ禍前の2019年同期を+9.9%上回る水準である。
成約面積を未竣工ビルと竣工済ビルに分けて見ると、2023年上期は新築オフィスビルの供給が増加したため、未竣工ビルの成約面積は8.5万坪と、過去平均の8.6万坪とほぼ同水準となった3。また、竣工済ビルは34.6万坪と、2017年以降で最高となった2022年上期の34.8万坪と同等の水準である。
2021年下期から既存ビルのリーシング活動が堅調に推移しており、2023年上期には新築ビルの供給増加に伴い未竣工ビルの成約も増加した。この結果、リーシング活動は総じて活況となった。

2 三幸エステート「オフィスマーケット調査月報」を参照。
3 過去平均は、2017年から2019年の平均。
2―オフィス拡張意欲は急回復も一時的、回復ペースはビルクラス・業種間で二極化
2023年上期は、オフィス拡張移転DIが一時的にコロナ禍前の水準に戻ったものの、その回復は短期的だった。回復ペースはビルクラスや業種間でばらつきがあり、全体としてはまだ勢いに欠く状況である。
以下では、東京都心部のオフィス拡張移転DIの推移を確認したのち、ビルクラス別・業種別の順に分析する4。
4 東京都心部は、東京都心5区主要オフィス街および周辺区オフィス集積地域(「五反田・大崎」「北品川・東品川」「湯島・本郷・後楽」「目黒区」)。詳細は、三幸エステート「オフィスレントデータ2023 資料編 東京都心部 A・B・Cクラスビル ガイドライン」を参照。
1|オフィス拡張移転DIはコロナ禍前水準を回復も一時的
東京都心部のオフィス拡張移転DIは、オフィス市況が活況だった2019年は70%台で推移していた(図表2)。2018年以降、新築オフィスビルの供給が増加したが、企業の旺盛なオフィス需要によって吸収された。結果として、空室率は2019年1月に初めて1%を下回り、その後もタイトな需給バランスが維持された。
しかし、2020年はコロナ禍の影響で、オフィス拡張移転DIは69%(2020年第1四半期)から51%(第4四半期)へと急低下した。その後、空室率は遅れて上昇に転じ、2020年末には2.36%となった。
2021年に入ると、オフィス拡張移転DIが51%~53%(第1四半期~第3四半期)と、企業の拡張・縮小意欲が拮抗する水準で横ばいに転じた。一方で、オフィス床を解約する動きも多く、空室率は2021年第3四半期に4.48%と大幅に上昇した。
2021年第4四半期以降、オフィス拡張移転DIは上昇し、2023年第1四半期には75%と、一時的にコロナ禍前の水準に達した。しかし、第2四半期には60%に低下し、オフィス需要の回復が一服した。
既存ビルでは拡張移転や館内増床等の前向きなオフィス需要により空室床の消化が進んだものの、新築ビルが空室を抱えて竣工したため、空室率は2023年7月に5.34%(ボトム対比+4.55%)まで上昇した。
総じて、オフィス拡張移転DIはコロナ禍の水準からは改善しているが、今後も予定されるオフィスビルの大量供給を考慮に入れると、オフィス需要は依然として力強さに欠けると言える。

2| B・Cクラスビルはコロナ禍前水準を回復もAクラスビルは頭打ち
コロナ禍前後のビルクラス別5のオフィス拡張移転DIの動向を見ると、コロナ禍前である2019年下期のオフィス拡張移転DIは、Aクラスビルが86%、Bクラスビルが79%、Cクラスビルが81%と、特にAクラスビルにおいて拡張意欲が強かった(図表3)。
IT企業を中心に企業の拡張意欲が強く、働き方改革や人材確保の観点からもオフィス環境を改善する動きが多く見られたため、この時期はAクラスビルの大量供給があったものの順調に吸収された。
しかし、コロナ禍の影響により、Aクラスビルは2020年下期に25%と急低下し、2021年上期も39%と低迷した。先行き不透明感が強いなか、Aクラスビルへの拡張移転を決定する企業は少なく、グループ会社の集約など縮小移転が増加した。BクラスビルとCクラスビルも低下したが、Aクラスビルに比べて緩やかな低下にとどまり、企業の拡張・縮小意欲が拮抗する水準である50%を割り込むことはなかった。
2021年下期からはAクラスビルが60%台を回復し、2022年上期以降はBクラスビルとCクラスビルも回復傾向に転じた。しかし、2023年上期は、Bクラスビルが74%、Cクラスビルが81%とコロナ禍前の勢いを取り戻しつつある一方、Aクラスビルが60%で頭打ちとなっている。

5 各クラスは、三幸エステートの定義を用いる。三幸エステートでは、エリア(都心5区主要オフィス地区とその他オフィス集積地域)から延床面積(1万坪以上)、基準階床面積(300坪以上)、築年数(15年以内)および設備などのガイドラインを満たすビルからAクラスビルを選定している。また、基準階床面積が200坪以上でAクラスビル以外のビルなどからガイドラインに従いBクラスビルを、同100坪以上200坪未満のビルからCクラスビルを設定している(詳細は三幸エステート「オフィスレントデータ2023 資料編 東京都心部 A・B・Cクラスビル ガイドライン」を参照)。
3|コロナ禍前水準を回復する業種がある一方、「製造業」と「情報通信業」が伸び悩み
コロナ禍における主要業種のオフィス拡張移転DIの推移を見ると、「学術研究・専門/技術サービス業」が2020年上期に43%(2019年下期81%)と急低下した(図表4)6。
続いて、「製造業」が2020年下期に38%(同60%)、「情報通信業」が2021年上期に36%(同86%)へ低下した。これらの業種は、コロナ禍においても業績が総じて底堅く推移したが、複数の企業がオフィス戦略を早々に見直して、縮小移転や解約などオフィス床を削減する方針を発表した。
その他の主要業種では、「卸売業・小売業」が2020年下期に47%(同67%)、「その他サービス業」が2021年上期に46%(同60%)に低下したが、前述の3業種と比較すると低下は小幅にとどまった。
2021年下期以降、オフィス需要に底打ちの兆しが見られるようになり、まずデジタル化加速の恩恵を受けた「情報通信業」が52%に上昇した。2022年上期には「製造業」が50%、そして「学術研究・専門/技術サービス業」が55%に上昇し、全ての業種で50%以上となった。
この改善傾向は2022年下期も続き、「学術研究・専門/技術サービス業」が81%、「その他サービス業」が77%、「不動産業・物品賃貸業」が77%と、コロナ禍前の水準に戻った。
しかし、2023年上期は二極化の動きが強まっている。内需中心の業種は引き続き好調で、「その他サービス業」が88%、「不動産業・物品賃貸業」が84%に上昇した。さらに、「卸売業・小売業」も77%と、コロナ禍前の水準を上回った。一方で、「学術研究・専門/技術サービス業」は70%に低下した。
また、「情報通信業」は61%、「製造業」は48%と、オフィス需要が伸び悩んでいる。

オフィス移転件数における拡張比率は、業種間で温度差が大きくなっている。拡張比率が高い順にその推移(2022年下期→2023年上期)を見ると、「その他サービス業(67%→82%)」>「不動産業・物品賃貸業(60%→74%)」>「卸売業・小売業(38%→62%)」>「学術研究・専門/技術サービス業(72%→57%)」>「情報通信業(50%→49%)」>「製造業(43%→27%)」となった(図表5)。

同様に、主要業種のオフィス移転件数における縮小比率も、二極化が進んでいる。縮小比率が低い順にその推移(2022年下期→2023年上期)を確認すると、「不動産業・物品賃貸業(7%→5%)」<「その他サービス業(13%→6%)」<「卸売業・小売業(24%→8%)」<「学術研究・専門/技術サービス業(11%→17%)」<「情報通信業(24%→28%)」<「製造業(33%→31%)」となった(図表6)。

そこで、「製造業」と「情報通信業」のオフィス需要の改善が停滞している要因について考察したい。この背景としては、在宅勤務の影響が考えられるほか、2022年以降はそれぞれ業種固有の要因がオフィス需要を抑制してきたと見られる。
「製造業」では、2023年6月の日本の輸出数量は前年比▲4.8%と8ヶ月連続の減少を記録するなど、外需が低迷している7。この要因としては、コロナ禍による供給制約の長期化や、欧米中銀の急激な利上げによる景気減速が影響していると考えられる。
しかし、米ニューヨーク連邦準備銀行が公表するグローバルサプライチェーン逼迫指数を見ると、供給制約はすでに解消したことが示唆される(図表7)。また、主要20カ国のOECD景気先行指数が2023年2月以降プラスに転じ、日本の輸出が増加する可能性が高まっている(図表8)8。このように世界景気の回復により、「製造業」を取り巻く環境も好転することが期待される。


「情報通信業」では、コロナ禍における株価急騰の反動により2022年は米国を中心に株価が低迷した。さらに、主要な米IT企業での人員調整が進行した結果、オフィス需要が一時的に抑制される要因になったと考察される。
しかし、2023年はChatGPTの台頭によるAIブームにより、GAFAMに代表される大手IT企業の株価は堅調に推移している9。2023年上期のGAFAMの株価上昇率が高い順に、Facebook(+138%)>Amazon(+55%)>Apple(+49%)>Microsoft(+42%)>Google(+36%)となった(図表9)。このような動向から、「情報通信業」の景況感も改善しつつあると考えられる。

「製造業」や「情報通信業」におけるオフィス拡張移転DIは伸び悩んでいるが、オフィス需要の抑制要因は次第に薄れつつある。そのため、在宅勤務の普及に伴う影響は未だ不透明要因として残るものの、今後は前向きなオフィス移転が増加するかに注目が集まる。
6 業種別のオフィス拡張移転DIは、十分なデータ数を確保するため、東京都心部ではなく東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)を対象とした。
7 2023年6月の輸出金額は前年比+1.5%と、海外のインフレを背景に28ヶ月連続の増加となっている。
8 OECD景気先行指数は、世界の景気動向を表し、日本の輸出に先行する傾向がある。
9 GAFAMは、Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoftの頭文字をとったもの。ただし、Googleは親会社アルファベットが上場しており、Facebookはメタ・プラットフォームズに社名変更している。
3――おわりに
本稿では、オフィス拡張移転DIをビルクラス別・業種別に分析し、2023年上期のオフィス移転動向を確認した。そのなかで、
(1)オフィス拡張移転DIは、2023年第1四半期にコロナ禍前の水準を一時的に回復したものの、第2四半期は反落しており、オフィス需要は依然として力強さは欠ける
(2)ビルクラス別では、BクラスビルとCクラスビルがコロナ禍前の水準を回復した一方、Aクラスビルは頭打ちとなっている
(3)業種別では、コロナ禍前の水準を回復する業種がある一方、「製造業」と「情報通信業」が伸び悩んでおり、業種間の二極化が進行している。ただし、「製造業」と「情報通信業」のオフィス需要を抑制してきた一部要因は解消しつつある
ことを確認した。2023年はポストコロナへ移行するなか、オフィスビルの大量供給が予定される。
オフィス需要は依然として力強さに欠け、在宅勤務の影響など不透明要因も多い。しかし、オフィス需要回復の兆しも随所に見られ、今後の動向が期待される。オフィス市場における変化を捉えるには、引き続き、データを丹念に確認していくことが求められる。
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