「情弱」が一人負けする時代に突入?

「情弱」が一人負けする時代に突入?

インターネットの普及により、得ようと思えばたいていの情報は手に入ります。そして情報を多面的に捉えれば、そのウラに潜む意図を理解し、自分が不利になる行動を避けることができます。しかし何もしない人は、あらゆる側面において負け続ける「一人負け」になってしまうリスクにさらされます。情報の格差が所得格差を生むというわけです。


■「情弱」は搾取されるだけでチャンスをつかめない
「情弱」とは、いわゆる「情報弱者」のことで、有益な情報を得られない人、得たとしてもその情報に対して適切に対応できない人のことです。「一人負け」というのは、経済的・時間的・精神的に搾取される、不利益を被る、あるいは得られたはずの機会を逃す、という意味です。裏を返せばこれは、情弱から搾取している「誰か」の存在をもほのめかしてもいます。

情弱が負ける典型例としては、税金の仕組みを知らないばかりに本来払うべき金額以上の不必要な税金を払わされる人や、モノの値段の相場を知らないばかりに法外な高値で買うはめになる人、などが挙げられます。もちろん情報がなくても幸せに生きることはできると思いますが、情報があれば、より有利に人生を楽しむことができます。

たとえば、田舎で農業をして生計を立てていれば、情報とは縁がなさそうに見えます。しかし、トラクターなどの機械を使うのであれば、燃料を買わなければなりません。そんなとき、中東で紛争が起こって原油の値段が上がりそうだ――という情報を入手したら? 安いうちに燃料の在庫を増やしておこう、という判断ができます。

また、円安になりそうだと判断できれば、肥料をまとめ買いしておこう、日本がTPPに参加するなら、安全で国際競争力のある作物を作っておこう、という戦略を立てることができます。原材料を安いうちに買っておく、チャンスをつかむ商品を準備しておくというのは、やはり情報があってのことです。


■情報の格差は所得格差を生む
これはすなわち、個々人によって情報の格差があると、所得格差を生みやすくなることを意味します。情報がなかなか得られなかった昔は、一部の権力者に情報が集中し、有利な情報はすべて握っていました。今でもそういう側面はありますが、インターネットの普及により、得ようと思えばたいていの情報は手に入ります。そして情報を多面的に捉えれば、そのウラに潜む“誰か”の意図を理解し、自分が不利になる行動を避けることができます。

そういったことが十分に可能な時代にいるのに、何もしない人は、あらゆる側面において負け続ける「一人負け」になってしまうリスクにさらされます。私たちは自分の得た情報によって世界観を作り、よいにしろ悪いにしろ、思考のフレーム(価値観・先入観・固定観念)を作っています。その思考フレームを通じて解釈された発想が行動となり、私たちの人生を作っています。

ということは、どんな情報に触れ、どんな解釈をするかで、大きく差が生まれるということです。たとえば、「起業にはリスクが伴う」という情報だけを受け取り、「起業はハイリスクなんだ」と思ってしまうと、ビジネスの才覚がある人でも起業に踏み出せないまま生涯を終える、ということが起こります。


■情弱は「誰か」にお金を使わされる
お金を払えば払っただけ、より便利で快適で楽しい思いができるのも事実です。しかし一方で、こんなふうに感じたことはないでしょうか。

・なぜそんな高価な家を買って、高額な住宅ローンを組む必要があるの?
・なぜそんなに毎年新しい洋服を買わなきゃいけないの?
・本当にそんなものが必要なの? 別に買わなくてもいいんじゃないの?
・もっと安上がりな方法があるんじゃないの?
・ほかにお金を振り向けるべきものがあるんじゃないの?

私たちの周りには情報があふれていますが、その情報発信者は誰で、その意図は何かということに無意識でいると、どうしても広告宣伝や、お金を使わせようと誘導する情報に支配されがちになります。テレビを見ても、雑誌を見ても、電車内も街も、企業や政府が提唱する商品やライフスタイルがあふれています。普通に生活していて、広告宣伝に触れない日はないといえるでしょう。

インプットされる情報と、その情報処理のやり方がまずければ、自分の人生も望ましくない方向へと進んでしまう可能性があります。逆にいうと、望ましい情報を取得し、望ましく処理すれば、望ましい人生へと変わる可能性があるということでもあります。
(文:午堂 登紀雄)

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