マイクロアントレプレナーは働き方の本流になるか?

マイクロアントレプレナーは働き方の本流になるか?

マイクロアントレプレナーとは、組織を大きくして社会にインパクトを与えるような起業家ではなく、好きなことを仕事にして自由に稼ぐスモールビジネス起業家のこと。労働人口全体のおよそ1割が自営業だという米国では、今後最も増えるであろう働き方だと言われています


■マイクロアントレプレナーという働き方
働き方改革が叫ばれて久しいですが、現状では主に短時間労働やリモートワークといった議論が中心で、「楽しく自分らしく働くにはどうすればいいか」という視点ではあまり語られていません。

たとえば米国では、労働人口全体のおよそ1割が自営業だそうですが、今後最も増えるであろう働き方が、マイクロアントレプレナーだと言われています。組織を大きくして社会に大きなインパクトを与えるような起業家ではなく、好きなことを仕事にして自由に稼ぐスモールビジネス起業家がマイクロアントレプレナーです。

この形態は「遊ぶ」「学ぶ」「働く」「自由」が同時に併存している働き方です。働きたいときに働き、遊びを極めるために学び、それが価値を生み人に感謝されお金を生み出すことは、自分の人生を生きている実感を与えてくれます。

一方、会社員は必ずしも希望する職種につけるわけではありません。不本意な部署に配属されたり、合わない上司ともうまくやっていく必要があります。もちろん、配置転換や抜擢等によって才能を開花させる人もいるので一概に悪いというわけではありませんが、つまらないと感じる仕事をやっても付加価値は出せないでしょう。


■「器用な会社員」という弊害
会社員としてやっていくことは、自分の真の欲求を抑えつけて働き、それで納得してしまうという問題も内包しています。というのも、大学など高等教育を受けた人間であれば、たいていの仕事は慣れればある程度の水準まではこなせるようになるし、職場環境にも柔軟に適応する能力を持っているからです。ある意味器用であるがゆえに、自分には向かないと思っても順応できてしまうのです。

そういえば以前、保育士不足が社会問題となったとき、ネットで「保育士の給料が安いのは誰でもできる仕事だからだ」という発言があって炎上したことがあります。しかし現実には保育士に限らず、ほとんどの仕事は慣れれば誰でもできるものです。違うのは、その仕事に習熟するまでにかかる時間と、アウトプットのクオリティだけです。金融の仕事、貿易の仕事、物流の仕事、法律や税務の仕事などなど、たいていの仕事は入社して数年も経験すれば、よほどひどい人でなければ誰でもできるようになります。

それは自分の仕事を振り返ってみてもわかるのではないでしょうか。新卒で入社したときは何もできなかったけれども、今はルーチンとしてできるようになっている。かかる時間やクオリティは違っても、自分も同期も先輩も後輩も、実際にこなせているでしょう。(ただし厳密には誰でもできるわけではなく、「適性」が必要です。実際、保育士の仕事は大変で、体力と忍耐力、子どもに対する優しさやホスピタリティがないとできないと感じます)

ちなみに保育士の給与が低いのは、誰でもできるからではなく、補助金に依存したビジネスモデルだからです。園児一人当たりに分配される補助金額は決まっているし、園児の月齢に応じて人数あたりに必要な保育士の人数も決まっている。園の運営経費は削っても知れている。歯科や皮膚科などのように自費診療の商品も作れない。だから補助金の範囲内でしか給与を出すことができないだけ。これは、同様にニュースなどで騒がれる介護関連の仕事も、同じ理由です。つまり本人や仕事内容、運営会社に問題があるのではなく、そもそもの制度設計という構造上の問題なのです。


■働き方は改善するものではなく改革するもの
ちょっと話が逸れてしまいましたが、器用な会社員が抱える問題は、この仕事は自分に向いていないかもしれないとうすうす感じつつ、慣れてきてソツなくこなせるがゆえに「この仕事も悪くない」「それなりに向いているのかもしれない」「仕事があるだけありがたい」と、自分をだましだまし定年を迎えてしまうかもしれないという点です。

むろんそういう人生もあるかもしれませんが、広い視座を持って世界を見渡すと、もっと自由で楽しい働き方、生き方があるのに、それから目をつむるというのはもったいない。

そして冒頭の「働き方改革」に戻ると、サラリーマンの枠内での働き方を変えることは改革というより改善です。改革というなら、政府や会社に改革させられるのではなく、まさに根本的に自分が理想とする生き方を実現する働き方を考えてみてはいかがでしょうか。
(文:午堂 登紀雄(マネーガイド))

関連記事(外部サイト)