「もう自分はアイスの当たり棒を交換しにいけない年齢だ」絶望グルメ漫画『鬱ごはん』約3年ぶりの新刊、鬱々さは増すばかり!

「もう自分はアイスの当たり棒を交換しにいけない年齢だ」絶望グルメ漫画『鬱ごはん』約3年ぶりの新刊、鬱々さは増すばかり!

『鬱ごはん』(施川ユウキ/秋田書店)

 ふつうのグルメ漫画では、「訪れた飲食店のこと」「そこで出てきた料理や、自分で作った料理のこと」「その料理の美味しさ」などが、つぶさに観察・分析されて、描かれている。

 しかし、1人で食事をするとき、みんなそんなに料理のことや、お店のことばかり考えているだろうか。自分の将来などについてぼーっと考えつつ、1人の寂しさもあいまって、暗い気持ちになったりしているのではないだろうか。

 そもそも食っているものの大半は、グルメ漫画のように美味しいものではなく、普通の味だったり、時にはむしろマズかったりするのではないだろうか……。

 約3年ぶりの新刊となる第2巻が発売された『鬱ごはん』(施川ユウキ/秋田書店)は、そんな鬱々とした一人メシを描いた漫画だ。第1巻も「自分で作ったカツサンドがキャベツの量が多すぎてベチャベチャに」「賞味期限切れのカンヅメの中身をトイレに流す」など傑作の話が多かったが、2巻は鬱々さも面白さも切れ味が増していた。

 たとえば主人公の鬱野たけし(22歳・就職浪人中)が、夏カゼをひいた日に、ガリガリ君らしきアイスを食べたときの話。

 鬱野は豪快にアイスにかじりつく。が、アイスは真ん中から左右にパキッと割れる。割れた破片を受け止めた左手はベチョベチョになる。

 そして中から覗いた棒には「1本当たり」の文字。鬱野は「当たりを見て初めて 自分が当たり棒を交換に行ける年齢ではないと気付いた 僕は人として とっくにカビているのだ」と感じる。そして鬱野の熱は下がらない。外のセミも鳴き止まない……。

 ガリガリ君の味は一切言及されないのだが、「大人が1人でガリガリ君を食べる寂しさ」をここまで見事に描いた漫画があっただろうか……というくらい胸に染み入る話だ。

 カレーの話もすごい。街中を歩きながら、鬱野は次のようなことを考えている。

夕暮れ時 住宅街でカレーの匂いが漂ってくるとノスタルジックな気持ちになる…
と今更得意げに言ってくる奴の顔を
夕暮れ時 住宅街で漂ってくるカレーの匂いで思い出す

 鬱野という人間が、頭が切れすぎる人間で、ひねくれていて、いい具合に自意識も肥大しちゃってる……ということが分かる、ものすごい独白だ。

 読んでいて何度も爆笑させられたが、それは自分も主人公の鬱野と同じような“鬱ごはん”を何度も食べてきたからだろう。そして爆笑できたのは、その鬱ごはんに辛さや寂しさだけでなく、1人だからこそ感じられる小さな楽しさや喜びも描かれているから……なのだとも感じた。

 アイスの当たり棒を1人で交換にいけなくなった、すべての大人たちに読んでほしい。

文=古澤誠一郎

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