「『ありのままの君』でいいわけないだろ」――“越境芸人”マキタスポーツが考える「共感ビジネス」

「『ありのままの君』でいいわけないだろ」――“越境芸人”マキタスポーツが考える「共感ビジネス」

©文藝春秋/釜谷洋史

 芸人・マキタスポーツさんと、「テレビブロス」でおよそ8年にわたって連載しているコラム(『 越境芸人 』で書籍化)の担当編集者・おぐらりゅうじさんの対談 第4回。芸人、俳優、ミュージシャン、文筆業……“越境”を続けるマキタさんの生き方と「共感ビジネス」の共通点とは。(全5回の4回目/ #1 、 #2 、 #3 、 #5 が公開中)

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■自分のいる業界に染まりきって生きるのは楽

おぐら 『 越境芸人 』の帯には「『ありのままの君』でいいわけないだろ」、「『多様化』はストレス」と書いてありますが、芸能界に限らず、別の世界を知らないまま、自分のいる業界なり世界に染まりきって生きていくのって、一番楽ですよね。

マキタ 身も蓋もないことを言うと、人間にとって最も楽で幸福なのは、問題意識を持たないことだと思う。

おぐら ハラスメントの問題とかは、まさに問題意識のズレが最大の要因です。

マキタ 何か新しい問題が起きたときに、これまでの経験値や慣習や常識を疑って、頭を使って思考せざるを得ないような状況になると、人はものすごいストレスを感じる。毎日いい加減に飯を食って、スマホ見ながら電車に揺られて、会社では決められたことを淡々とこなすって、この上なく幸せでしょう。かけがえのない時間だよ。

おぐら 幸福度が高いゆえに、崩れたときに感じるストレスも大きい。

マキタ ルーティーンにどっぷり浸かっている人ほど、変化を嫌がる。

おぐら 電車が遅延とか。

マキタ 許せないね。

おぐら 別の業界から転職して来た上司とか。

マキタ あ〜許せない。

おぐら 何年も買っている商品の仕様が変わった。

マキタ 即クレーム。

おぐら 新入社員からの「それLINEじゃダメなんですか?」。

マキタ 無理。団塊の世代は卒倒しちゃうよ。

■どこに行っても、馴染むのに時間がかかる「転校生」

おぐら そういう意味では、マキタさんは芸人の世界における常識も知りながら、ミュージシャンとしては音楽業界の、俳優としては映画界やドラマ界の常識も身につけないといけませんよね。

マキタ だからもう、問題意識が発生しまくりなの。芸人の世界では当たり前のことが、映画の現場で「あり得ない」と言われたり、逆になんでこんなことしなくちゃいけないんだっていう疑問も「この業界ではみんなやってますよ」で片付けられたり。

おぐら そのたびに「なぜなんだ」と思考するのは素晴らしいことじゃないですか。

マキタ どこに行っても転校生みたいな気分だし、いちいち馴染むのに時間がかかる。

■歌舞伎町のサパークラブで覚えた「里言葉」

おぐら でもいまの問題意識だらけの世の中では、定住しない越境者のほうが生きやすいかもしれません。変化に対応できない人たちが、いつまでも「俺の若い頃はそんなことなかった」とか言いながら、アップデートされていく時代を恨んだりしてますから。

マキタ そもそもの越境でいうと、山梨から上京してきたのもそうなんだよね。東京に来て初めて「言葉が通じない」と思った。歌舞伎町のサパークラブでバイトをはじめたときに、業界用語というか、とにかく里言葉みたいなやつがあるわけよ。それはどの分野でも、どの時代にも必ずあって、同じ日本語だから意識が薄いだけで、確実にある。そこで俺は、外国に留学した生徒のように、その国の言葉を覚え、その国の飯を食べ、現地の人と酒を酌み交わしたりしながらコミュニケーションを深めていった。

おぐら そういった経験が越境芸人となったいまに活きていますか?

マキタ かなり活きてるね。俳優業をするときには、同業者の役者たちと一緒に飯を食べ、役者言葉をしゃべる。あとは外からやって来た人間だからこその素朴な疑問をぶつけてみる。

おぐら それは有効ですね。「これ何ですか?」って聞くだけで、そのジャンルの先輩たちはうれしくなっちゃう。

マキタ 「いいか、これはなぁ」とか言って、喜んで教えてくれるよ。

おぐら 留学の例えで考えると、海外で自分の言葉や常識が通じない、なんでこんなことが当たり前に行われているのかわからないっていう状況を、ストレスだと感じるか、あるいは楽しいと思えるか、向き合い方ひとつで変わってきます。

マキタ もちろん相手に合わせることは疲れるんだけど、それを新しい価値観との出会い的な快楽にまで持っていけたら最高。でもたいていの人は「疲れるから遠慮します」で終わりなんだよね。

おぐら この話は、いわゆる共感ビジネスの話にも通じますね。

マキタ まさにそう。いまこそ共感は最強だよ。

おぐら 共感が最高のコンテンツになる時代。多様性の容認が進み、自分とは異なる価値観が次から次に押し寄せる時代背景の中でストレスを感じているからこそ、説明不要の一発で相互理解を獲得できる共感に飛びついちゃう。

マキタ あとは景気とも関係があって、景気の良かった時代には無意味なものや、無駄に長大なものにお金や人材を投入できた。

おぐら 意味のないもの、ナンセンスがかっこよかった時代ですね。

マキタ 今はみんなナンセンスに時間とお金を使う余裕なんてないよ。

■「わかるわかる」が一番売れる

おぐら フィクションよりも、実用書や自己啓発本が売れますし。

マキタ 「わかるわかる」が一番売れる。そういう時代にお笑いとして最強なのは、ものまねでしょ。

おぐら 「わかる〜」で笑えるって、最強の芸ですね。

マキタ ものまねのベースにあるのは共感だから。顔が知られている人に人気が集中するのも理屈としては同じ。意味のないものや知らない人の芸を見せられると不安になっちゃうから、ストレスなく理解できるほうに人は流れていくんだよ。

■合理化の時代に「シャツとネクタイ」はもういらない?

マキタ さっき文藝春秋の社内に菊池寛の銅像があってふと思ったんだけど、創業者の銅像って、昭和の象徴だよね。

おぐら ベンチャー企業だったら「銅像があることでビジネスに何の役に立つんですか?」「銅像を作る経費を社員に還元してください」って言われますよ。

マキタ 合理化を進める時代に不要になったものってたくさんある。

おぐら ベンチャー企業の社長や役員って、会見の場やメディアに出るときもTシャツにジャケットの人が多くて、シャツとネクタイじゃないんですよね。

マキタ ビジネスの役に立たないから。

おぐら シャツを着てネクタイを締めることで売り上げや成果に影響が出るならやりますけど、っていう。

マキタ 世の中がグローバルスタンダードや利便性を追求して、合理的に均質化していく流れは止められないとはいえ、一方では雑というか、精度が低いことの魅力が見直される動きもある。前に高校野球の試合を観に行ったらすごいおもしろかったんだけど、その理由を考えてみるに、プロ野球と比べて精度が低いからこそなんだよね。

おぐら 甲子園も「なんでわざわざ夏の炎天下で野球やるんですか?」「普通に危険じゃないですか」って言われてますよ。

マキタ たしかにそうなんだけど、技術にしろトレーニングにしろ、プロ野球のクオリティを知っているうえで、高校野球の雑さを肯定したときに、初めてコンテンツとして楽しめるんだと思う。

おぐら たとえばアイドルでも、Perfumeのような世界に通用するレベルの超ハイクオリティなパフォーマンスが当たり前になってくると、逆に不完全でおぼつかない地下アイドルのほうがおもしろい、みたいな気持ちになるのはわかります。上位概念があるからこそ、新鮮な気持ちで「雑」を楽しめるようになる。

マキタ ただ、そこをこじらせると、有名になったときに「メジャーに魂売った」とか言い出す人になるので要注意。

■ネット空間にいると、人は驚くほどわがまま

おぐら あと、普段は「インターフェースが使いづらい」とかってテクノロジーに文句を言っているような人が、一方では昭和のノスタルジーにうっとりしたり、「旅は思い通りにならないところがいいんだよ」とか言っていて、ダブルスタンダードが甚だしい場合があります。

マキタ ネット空間にいると、人は驚くほどわがままになるんだよね。

おぐら テクノロジーの分野においては、際限なく合理化や利便性を追求しちゃいますからね。

マキタ 昭和から平成になって何が変わったかって、考えるべきことが増えたってことだと俺は思っているんだけど、それはニーズが上限に達して、最低限の悩みが解消されて以降の悩みなんだと思う。

おぐら それは経済成長も含めて、の話ですね。

マキタ もちろん今でも必要最低限のニーズすら満たされていない人たちがいるのはわかっているけど、基本的には社会インフラも整って、コンテンツも充実して、かつてのように全体が飢えている時代ではなくなった。

おぐら 否応無く家業を継いだりとか、断る選択肢のないお見合い結婚とかはだいぶなくなりました。

マキタ そこまで満たされてようやく初めてジェンダーの問題とかを考えるようになった。昭和までは十進数で物事を考えていたのが、今はもう1の中でやっているような感覚。すごく神経質になっているのは間違いない。

おぐら 小数点以下の問題をみんなで考えていると。

マキタ 金さえもらえりゃ仕事なんて何でもいい、腹いっぱいになれば何でも食う、そういう時代じゃないでしょう。

おぐら 今の人が求めているのは、快適で不正のない職場環境と、健康に気を遣った食事です。

マキタ ただ、自分が世の中にそれだけ神経質になっているということは、一方で自分も同等のことを世に提供しなきゃいけないってことだから。はっきり言って、生きづらいですよ。

おぐら 客でいるときには「店のルールなんて知らん」とかって完璧なサービスを求めるくせに、会社員としての自分は社内のルールに縛られまくって「それは前例がないから無理だ」とか平気で言っちゃうような。

マキタ 現状そんな人ばっかりなんだよ。それでも時代の要請を引き受けて生きていかなくちゃいけないわけで、そのために俺が実践している越境性であるとか、感受性の角度を変えてみるとか、生き方や価値観を変えていかざるをえないんだよね。

( #5 に続く)
写真=文藝春秋/釜谷洋史

(おぐらりゅうじ)

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