アンデス山脈にはコカ茶がよく似合う――高野秀行のヘンな食べもの

アンデス山脈にはコカ茶がよく似合う――高野秀行のヘンな食べもの

イラスト 小幡彩貴

 二十五年ぶりに、ペルーのクスコに行った。アンデス山脈の上にあるこの町はかつてインカ帝国の首都で、標高三四〇〇メートル。 前回 、ひどい高山病に苦しんだので、今回は用心して予防薬を飲んできたのだが、飲み方が間違っていたようで、見事に高山病になってしまった。症状は前回よりひどい気がする。

 後で知ったが、高山病は高地に着いてすぐには発症しないそうだ。私も空港に降り立ち、タクシーでゲストハウスまで行き、荷物を背負って三階の部屋まで登った。息はあがったが、大したことはなかった。ところが、時差ボケのため、二時間ほど寝てしまい、夜の七時頃目が覚めると、猛烈な貧血状態に襲われた。

 体を立てていられない。トイレも這っていかねばならず、用を足すために便座にすわっているだけでスーッと血の気が引いてくる。なにしろ三階だし、電話もないし、助けを呼ぶこともできず、ベッドに横たわるのみ。

 高山病の根本的な治療法は高度を下げることだけだが、たいていの場合は数日すると徐々に慣れてくる。でも、「数日」もこの状態を耐えるのは辛すぎる。

 翌朝、ほんの少し症状が和らいだので、手すりにつかまりながら、なんとか階下の食堂まで「下山」した。ハアハア息を喘がせながら、椅子の背にもたれてスタッフの女の子に「高山病なんだ」と訴えると、彼女はまず医療用のアルコールをもってきて、「これを手につけて顔を拭いて」と言う。やってみたら、パーッと目が覚める感じ。あくまで一時的なものだが。

「高山病に効く食べ物は何かないの?」と訊くと、「コカ茶を飲みなさい」。

 コカ茶! すっかり忘れていた。コカの葉はインカ帝国の時代からアンデスの人々に高山病の薬やエネルギー補給薬として重宝されてきた。

 コカの主要な薬用成分はコカイン。コカの葉からコカインだけを抽出・精製したのが同名の麻薬である。(ちなみにコカ・コーラの「コカ」はこのコカのことで、発売当時は本当にコカイン成分が含まれていたという。今はもちろん含まれていない)

 そのせいでコカの葉もコカ茶も日本では違法とされているが、葉にはそれほど強い作用も依存性もないため、ペルーやボリビアではコカを嗜む人の姿が風景の一つに見えるほど一般的だ。

 クスコの空港の到着ロビーには、皿の上にウェルカム・ドリンクならぬ“ウェルカム・コカ”(コカの乾燥茶葉)が置かれ、旅行者が自由にとれるようになっていた。この食堂でもコカの葉が食卓に当たり前のように用意されていた。

 葉っぱは長さ五センチほど、料理で使うローリエそっくりの形と質感だ。女の子の指示にしたがって茶を入れる。葉をひとつまみ紅茶のカップに入れ、湯を注ぎ、蓋をして三分という、カップ麺のような手順でコカ茶の出来上がり。

 薄い黄色の茶を含むと、味はマイルドで、緑茶それも日本茶に似ていると思うのは、どちらも茶葉を発酵させていないので、若干青臭さが残っているせいだろう。

 茶を飲みながら、若干食欲があったので、パンやチーズを食べているうちに、自分がふつうに体を起こしていられることに気づいた。息苦しさが明らかに軽減している。なんという即効性。

 ビバ、コカ茶!

 食後、食卓のコカの葉をまた、ひとつまみ、口の中に放り込んで、外に出た。自分用のコカの葉を買うためだ。二十五年前はコカの葉を噛みながら、四五〇〇メートルくらいの山に登ったのだった。郷に入れば郷に従え。今回もコカにすがってこの苦境を脱出したい。(以下、次号)

(高野 秀行)

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