第7回 本屋が選ぶ時代小説大賞発表!

第7回 本屋が選ぶ時代小説大賞発表!

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「 オール讀物2017年12月号 」より転載

――「本屋が選ぶ時代小説大賞」は今年で7回目となります。読者のもっとも近くで本に関わっている書店員のみなさんに集まっていただき、今年も「いま一番面白い時代小説」を選びます。

 今回も、文芸評論家の縄田一男(なわた かずお)さん、末國善己(すえくに よしみ)さんに、今年度(昨年10月から今年9月まで)の刊行作品から10作品を選んでいただき、その中から編集部で次の5作を候補作として決定し、みなさんに読んでいただきました。

『会津執権の栄誉』佐藤巖太郎(さとう がんたろう)文藝春秋

『駒姫(こまひめ) 三条河原異聞』武内涼(たけうち りょう)新潮社

『白村江(はくそんこう)』荒山徹(あらやま とおる)PHP研究所

『山よ奔(はし)れ』矢野隆(やの たかし)光文社

『おもちゃ絵芳藤(よしふじ)』谷津矢車(やつ やぐるま)文藝春秋

 これらの作品について、これから討議していきます。書店員の皆さんには、あらかじめ1位から5位まで決めていただき、その得点を参考にしながら議論を進めていきたいと思います。

 なお、今回の選考から、リブロの昼間匠(ひるま たくみ)さんに加わっていただきます。どんなお気持ちで臨まれましたか?

昼間 前からこの賞に憧れていたので思い切って手を挙げたのですが、想像以上に大変な仕事でした(笑)。時代小説が好きで仕事を離れても趣味で読んでいますが、限られた期間で賞のために作品を読むというのは緊張しますね。ハードカバーの小説はなかなか売れない時代ですから、この場で少しでも読者の背中を押して、1冊でも多く売る力になればと思っています。

――第一回から参加いただいている中野さん、今回の候補作はいかがでしたか?

中野 どの作品も、さすがというものばかりですね。回数を重ねてくると、ほかの書店員の方の好きな小説の傾向もわかってきますから、皆さんの順位を予測しながら読みました(笑)。

内田 昨年は、候補作がどれも面白くて選ぶのに困った記憶があるのですが、今年はこのところ人気の、絵師を描いた作品から飛鳥時代を舞台にした大作まで、とにかく作品の方向性がバラバラ。そこが面白かったですね。その分、作品の違いがはっきりしていて前回より選びやすかったです。今回もどんな議論が生まれるか、楽しみにしています。

田口 私も前回に比べて選びやすかったですね。前回は初めてでドキドキしながらの参加でしたが、好きな時代小説について皆さんと一緒に語れることが新鮮でとても面白かった。こういう読み方もあるんだな、などと気付かされることも多々ありました。

母袋 私は候補作のリストを眺めて、第一印象では私好みの作品がなくて、推す作品を選ぶのが大変かなと思ったんです(笑)。でも、読み始めたらどれも面白くて、二度読みしたらもっと面白くなって、今度は順位をつけるのが逆に難しくなってしまいました。

■『おもちゃ絵芳藤』谷津矢車

――ご指摘のように今回はバラエティに富んだ作品が並び、票が分かれて接戦でした。まず、谷津矢車の『おもちゃ絵芳藤』からまいりましょう。幕末から明治にかけて、浮世絵師・歌川国芳(うたがわ くによし)の弟子たちの姿を描いた作品です。

内田 谷津さんは、これまでも何度かこの賞の候補に挙がっていますよね。今回は、谷津さんならではの軽みがとても活きた作品だと思います。ただ、どうしても昨年候補になった梶よう子さんの『ヨイ豊』と比べてしまう。こちらも幕末が舞台で、浮世絵師・三代豊国が亡くなり、誰が歌川を率いるのかをめぐる弟子たちの話でした。

田口 谷津さんは軽やかに小説を書いているところがいいですよね。非常に読みやすく、今回も面白かったですね。作中で「今世はあの世までの旅みたいなもんだ」というフレーズが入っているんですが、僕はこの言葉がすごく好きになりました。主人公である歌川芳藤が、その道では格下とみられていた子供向けの「玩具(おもちゃ)絵」を描き続けたのも、そんな人生観につながっているのかなと感じます。

中野 谷津さんは、引き出しの多い方ですよね。いろんなものが書ける。その分、このところ絵師を描いた小説が多い中で、谷津さんは逆にうますぎて、ちょっと力感がないと感じました。谷津さんならもっとストレートな何かが書けるのではないか、といつも感じているんです。その点では今作はちょっと惜しいかな、という印象でした。

母袋 私は以前に谷津さんの作品を読んだとき、「私の肌には合わない文章だな」と思ったんです。今回は、久しぶりに作品を手に取りましたが、軽快で読みやすい文章で、セリフも洒脱ですごくよかった。この『芳藤』を読んで反省し、最近の谷津さんの本を買い漁って読もうと思っています。

 ただ、私も『ヨイ豊』と重ねてしまいました。どうしても内容が重なってしまい、もうこの時代にこのテーマでは書くことがないんじゃないかというくらいに感じられました。内容自体はいいのですが、それで魅力が失われてしまった。

内田 確かに、『ヨイ豊』がなければもっと推せたのに、という面がありますね。ただ、先行作品があった故に面白いと思った部分もありました。『ヨイ豊』は、浮世絵が終焉を迎えようとする“挽歌”の趣でしたが、『芳藤』は海外での高い評価という視点も加わっていて“希望”がみえる。

昼間 芳藤は、努力を重ねても才能のある後輩に勝てません。私はそんな“ど真ん中”じゃない人を主人公にしているところが、身近に感じられてよかったですね。幕末から維新にかけて、特別でない人々がどう生きたのか。廃れていく浮世絵の世界を描くことで、時代の空気感が間接的に伝わってきます。

 また、師匠の国芳のことは冒頭にしか出てきませんが、一冊を通じて弟子たちがあれだけ慕う人物とはどれほどの人間なのか。これから国芳関連の本を読んでみたいな、と感じさせられました。

内田 安部龍太郎さんが『等伯』で直木賞を受賞したのが2012年下期、狩野永徳を描いた山本兼一さんの『花鳥の夢』がこの賞の候補になったのが13年です。絵師を描いた作品のブームは、ここ5年ほど続いていますから長いですね。

母袋 絵師を扱った作品は、美術ファンと時代小説ファン、両方取り込めるところはありますよね。特に展覧会があれば、相乗効果で売れる。澤田瞳子さんの『若冲』もそうでしたね。テレビでもNHKが特集を組んだりして。

内田 柳広司さんの『風神雷神』に至っては、京都国立博物館の特別展覧会とコラボしていて割引券までついていた。

昼間 美術関係の本は、美術展に通うような年配のお客さんと親和性が高いようにも思います。うちは店舗が都内なので、普段から書店に通う人以外の、展覧会に行って興味を持って「もっと知りたい」と思ったお客さんも取り込める。そこがこの分野の強いところですね。

田口 読者もブームだから読むというより、作者がどこまでその人物に魅力を感じて書いているかをよく見ていると思います。誰を描いているかだけでなく、一歩進んで、どういう風に書いているのかに、興味を持っている気がしますね。

■『山よ奔れ』矢野隆

――矢野隆さんの『山よ奔れ』はいかがでしょうか。幕末の博多の街を舞台に、祇園山笠の巨大神輿に命を懸ける男たちの物語です。

昼間 時代小説の中で、ありそうでなかった切り口で、面白かったですね。作中で使われている博多弁が最初はすごく読みにくかったんですが、読み進めるうちにだんだんと博多弁を含めて作品に入り込んでいけました。なにより物語に勢いがあります。一緒にお祭りに参加したくなる。私自身は東京生まれで、こういう感覚を知らなかっただけに、地方の郷愁を含めて魅力的だなと思いました。

母袋 そうですよね。この本は1本の映画みたいなイメージでした。お祭りをうまく使って、情熱を伝えています。最初は、ザクザクと鉈(なた)で割ったように視点が変わっていくのが読みにくかったんですが、慣れてしまうとキャラクター1人1人、場面ひとつひとつに気遣いがあって、ある種の「芝居」が行き届いている。ちょっと凝りすぎというくらいですが、それが全体の流れで生きてくる演出なんです。ほぼ刀を抜かないで幕末の志士たちを書き上げている構成もよくできています。

昼間 主人公は、山笠に命を懸ける「のぼせもん」の九蔵(きゅうぞう)ですが、脇役にもそれぞれにドラマがあるんですよね。語りながら昔を振り返るストーリー展開の中で、民衆と政治みたいなことも考えさせられました。この物語は、幕末から文明開化に向かう時期ですが、みんなが政治のことを考えていたわけではない。単純に山笠を愛しているだけの人もいるわけです。そんな市井の風景がリアルに感じられました。

内田 私も、動乱の中にも変わらない営みがあることが、ドラマの「太い芯」となっていて気に入りましたね。動乱の時代を描くにしても、ただ派手な動きがあるより、そういうシーンがある方が、ドラマにも厚みが出て好みです。

中野 九蔵とそれを取り巻く男連中の描写は臨場感がありました。これは余談かもしれませんが、今年たまたま深川八幡宮の水かけ祭りを見に行ったんです。すると、顔見知りの方が御輿を担いでいました。聞いたところ「祭りが終わると一カ月くらい何もする気が起こりません」と、この本の主人公のようなことを言ってましたよ(笑)。だから、娯楽の少ないこの作品の時代なら、九蔵のように山笠を中心に暮らすのも無理はないと思いました。

田口 僕は前回もそうでしたが、この会に臨むにあたって、「どうこれを売るか」を頭において読んでいました。その時に、地域性という問題があります。盛岡が地元の私が、山笠や博多の街について何の予備知識もない状態でこの本を読んでいると、どうしてもその熱さが伝わってこなかった。「これぐらい離れた場所のものだと、わからない人はわからない」というのが正直な感想です。最後まで博多弁に入っていけませんでした。作品がどうのという前に、僕の知識不足が問題なのですが。

中野 そうですか。私は、九州出身の友達が多いこともあって、最初から入れました。彼らと一杯やっていると、やっぱり飲んでいるうちに博多弁が出てきてしまうんですよ(笑)。

母袋 ネイティブの人がしゃべったのを聞いてから読むと、もっと生き生きと読めるのでしょうね。

田口 そうなんでしょうね。

母袋 それこそ龍馬の土佐弁じゃないですが、あれぐらいに自分で頭の中でリズムが入るようになれば、大阪弁、土佐弁に続いて、時代小説に博多弁ブームがくるかもしれません(笑)。

■『駒姫 三条河原異聞』武内涼

――次は、武内涼さんの『駒姫 三条河原異聞』について伺いたいと思います。最上義光(もがみ よしあき)の娘で、東国一の美女と呼ばれた駒姫が京都に呼ばれることからはじまる悲劇の物語です。昼間さんが強く推していらっしゃいます。

昼間 私は時代小説の中でも女性ものが好きなんです。あの時代の女性は、生まれながらにして家の駒にされたりしながら、限られた条件の中で懸命に生きていることに惹かれます。

 この物語は、駒姫が豊臣秀次(とよとみ ひでつぐ)の側室となるべく京都に向かって三条河原で処刑されるまでの短い期間を描いているのですが、その中で主人公に限らない、登場人物たちそれぞれの「家族愛」が描かれている。駒姫を救い出そうとする父ら最上家の男たちはもちろん、秀吉(ひでよし)にしても甥の秀次ではなく自分の生まれてくる子供に豊臣ファミリーを残さなくてはいけないという気持ちが、決して秀吉ばかりを責めない形で書かれています。

中野 そうですね。最上義光の娘を思いやる愛情が感じ取れてすごくよかったですね。残虐な史実がありながら、この物語では駒姫だけでなく、駒姫の侍女・おこちゃ、秀次の正室・一の台(いちのだい)ら周りの人物も、明るく書かれているのが特徴的でしたね。

田口 私としては、これは『山よ奔れ』の逆で、地域性として『駒姫』を推さないわけにはいきません。我々からすれば、東北から京都に出て行った駒姫をどうしてくれる、っていう話なわけですよ(笑)。おこちゃの許婚が出てきますが、彼の存在が作者の解釈の部分を浮き立たせていましたね。読みやすさという意味でも、今回の候補作の中で一番好きですね。

昼間 最後の処刑の描写はちょっと緩くて、もう一つでした。ただ、話として通して読むとまとまっている。結論は分かっていたはずなのに、「天候が悪くて駒姫の京都入りが2、3日遅れていたら、彼女は処刑されなかったかもしれない」という気持ちにさせられた。これはこの小説の力だし、武内さんの読ませ方が良かったんだと思います。

内田 秀次の妻妾、子供ら総勢39名が殺された三条河原の公開処刑は、歴史上でも類を見ないぐらい悲惨な場面です。これを描くときにサブタイトルに「異聞」とあったので、私は武内さんならではのアクロバティックな内容を期待してしまった。でも、三条河原のあのイメージを覆す何かが起こるかと思ったらそうではない。そこが少し残念でした。ただ、文章や駒姫の家族や人間関係の描き方は、非常によかったです。

母袋 私も駒姫と聞いた時点で、「ああ、三条河原」と連想し、大体流れがわかって「お涙ちょうだい物は苦手だな」という気持ちで読んだんですが、話がすごく丁寧に作られていて、一代悲劇にうまく作られている。駒姫とおこちゃの関わりと、一の台の存在を際立たせて涙に持っていくのですが、敵をいかにいやらしく描いて憎ませていくかの仕掛けがすごくよかった。女性の話では、着物の描き方が魅力的でした。色、艶が伝わってきて悲劇性を出していました。正統派悲劇として楽しみました。

■『白村江』荒山徹

――荒山徹さんの『白村江』です。兄に処刑されかけて日本に逃れた百済の王子・余豊璋(よほうしょう)を中心に、「白村江の戦い」に至る激動の東アジア情勢を描いた作品です。今回の候補作の中で、もっとも評価の割れた作品でした。母袋さんは、強く推していらっしゃいますね。

母袋 歴史が好きな人で、「はくそんこう」「はくすきのえ」なんて聞いたら、ちょっと萌えちゃう感じですよね。不慣れな地名、人名も多くて読みづらくはあるんですが、その昔、学生時代に『三国志』を初めて読んだときに難しくて進まないんだけど、そのエンターテインメント性が楽しくなって、歴史の蘊蓄は全然わからなくても、それをすっ飛ばして面白い――そんな感じを思い出しながら読みました。久しぶりに歴史の骨太なものを読んだなという感想です。

田口 私はこの賞にノミネートされる前から好きだったんですよ。読みにくさっていうのはあるんですが、それを我慢した先に、「なるほど敵と味方っていう単純な構図ではないんだ」とか、「時代の流れで、そんなことが起こっていたかもしれない」と思わせたところが、この本の価値かなという気がしています。白村江と言われて「あ、読もう」という人が少なからずいると思いますが、昨年末に刊行されて埋もれてしまったので、これをどう売ろうかと、思っていたところだったんです(笑)。ぜひ、この機会に推したいですね。

母袋 荒山さんなので、『高麗秘帖 朝鮮出兵異聞』のような奇想天外な展開を期待していたのですが、それは封じて、今回は大真面目に、得意とする朝鮮半島や中国の歴史を織り込んだ作品に挑んだ。古代なんだけど、小説のために「時代」を借りてきた感じではないので、時代性が浮かない。しっかりこの時代のエンターテインメントになっています。これまで高句麗とか百済とか、名前は知っていても実際の事情を知らなかったので、そこも面白かった。

田口 この物語に出てくる地名や登場人物は、教科書で見たことがあるものがかなり多い。その時点で関心を失って“終わり”と思う人もいるでしょうが、実は名前を知っているからこそ、蘇我入鹿(そがのいるか)がイルカと泳ぐエピソードなんかも面白いですよね。

中野 私も最初は読みにくかったですけど、半島まで及んだこの作品のスケール感の大きさは感じ取れました。兄の百済王に処刑されかけた王子・豊璋、彼に従う田来津(たくつ)、豊璋と相思相愛だった祚栄(そえ)、これらの人物は上手に描き切れていました。倭国に唐まで絡んで、海を渡って半島で戦をするわけですが、史実と違う部分も荒山さんなりの説を小説にうまく落とし込んでいるなという感じを、しみじみ受け取りました。

昼間 私はこの時代に興味がなくて、予備知識もないこともあって、5作のなかで最も読むのに時間がかかりました。巻末の人物相関図と巻頭の地図をコピーして手元に置きながら読んだんですが、やっぱり時代も場所もあまり浮かんできませんでした。

内田 私は荒山さんは好きなのですが、今作はウーンというところでしたね。歴史解釈の面で現代人の視点で描いているように読めてしまった部分が目についてがっかりしてしまった。むしろ、荒山さんなりにムチャクチャやってくれればと思っていたのですが。

田口 荒山さんらしさが実はもっと欲しかったというのは、その通りなんですよね。ただ、僕は最近この時代の本を結構読むんですよ。すると、朝鮮半島と日本がつながっていたことが映像とともに浮かんで、敵と味方というだけじゃない何かを感じることができるんです。それがもしかしたら、今の時代に必要なのかな、というふうに思ったりします。

内田 私は今後、荒山さんがどこに向かうのか気になりますね。また伝奇小説にも戻ってくれるのでしょうか?

田口 伝奇は読み続けたいですよね。いま、そういうものを書ける人はいないですから。

母袋 そうですね。貴重な存在です。ぜひゴリゴリの伝奇ではじけてほしいですね。

■『会津執権の栄誉』佐藤巖太郎

――いよいよ最後になりました。佐藤巖太郎さんの『会津執権の栄誉』です。戦国末期、会津の名門・芦名(あしな)氏の滅亡を描いた作品です。

中野 私は最初に読んだとき、「まだこういう人が埋もれていた」というのが正直な感想でしたね。佐藤さんのデビュー作ですが、結構年を召されていて55歳。最近は時代小説に若い書き手がどんどん入ってきている中で、こういう方がいらっしゃったのはびっくりしたというか、感動的ですらありました。

 本作は、連作短編ですが、1つ1つ読んでも短編の名作。私が好きなのは、野村銀之助(のむらぎんのすけ)と名乗る浪人が登場して仇討ちを果たす「報復の仕来り」。表題作の「会津執権の栄誉」も、400年続いた芦名家が滅びる過程として、金上盛備(かながみもりはる)の最期が印象的でした。

内田 私も一読感服しました。私は、以前のこの会でもお話ししたことがあるのですが、連作短編というスタイルに食傷気味なんです。これは現代物、時代物問わずです。でも、本作は、一編一編に短編としてのコクとキレ――ビールではないんですが、そういうものを強く感じるんです。人間関係の細やかさ、心の動きなどが、際立って面白いうえに、通して読んだときに歴史のダイナミズムがちゃんと感じられる。そこに感動しました。そして、この「会津執権の栄誉」というタイトルに非常にしびれました。なんだか『柳生一族の陰謀』みたいだなと(笑)。『真田幸村の謀略』『徳川一族の崩壊』と続く、東映映画のシリーズを彷彿とさせます。

中野 ただ、最後に伊達政宗(だてまさむね)の小田原攻め遅参の話があるのは面白くはあったのですが、ここには入れなくてもよかった気もしました。伊達と秀吉のやり取りなどは非常に興味がわく内容でしたが。

母袋 私は最後に勝った伊達家の側を書くことで、伊達は伊達で苦悩を抱えていて、秀吉を相手に苦労したこと、何より伊達をぺシャンと頭から叩くような秀吉の態度、さらに秀吉の人たらしとは違う意味での掌握術はちょっと面白かった。最後にそういう章があって、ちょっと軽くなって読み終えられるし、構成もよかった。会津というと幕末のイメージがありますが戦国時代の、それも芦名家をテーマにしているのが今までなかったし、これから落ちていく歴史の流れの中にいる人々の閉塞感が実によく書かれています。

昼間 私も、最後に伊達の一編を入れたことで、連作がすごく締まった気がします。芦名家に縁がある猪苗代湖を海に例える表現がありましたが、もっと俯瞰してみたら、大きな海の中では秀吉のほうが強かった。伊達も大変だったことが分かって、作品がまとまった気がします。よくも悪くもストレートな時代小説で、メジャーな人も最終章以外はあまり出てきませんが、そこを舞台にしているところが最終的にはよかったですね。本当に次作が早く読みたいと思わせる作家さんです。あと、田口さんが隣にいるのでなんですが、私が勝手に描いている東北人の粘り強さとか暗さ――そんな、ちょっと茶色っぽいイメージが読みながら頭に浮かびました。

田口 それは、私の特徴と一緒です(笑)。連載誌の「オール讀物」で言うのもイヤらしいかなと思って黙っていましたが、僕はこの作品がホント好き。特に「退路の果ての橋」が好きだったな。あの一編に1票入れたいくらい。

 最後の一編については、佐藤さんは福島出身ですから、戊辰戦争という歴史を受けられた中で「滅びの美学」のような感覚があったのではないでしょうか。あくまで想像ですが。ほかの五編と異なる「違和感」をそこに持ってきたのは、そうやって意図的に、福島の歴史そのものに一石を投じたのではないかと感じています。

――それでは最終投票にうつります。

■栄えある大賞は『会津執権の栄誉』に決定!

――皆さんには5作品のうち1作品に〇、そのほかに△と×をつけていただきました。

 その結果、『会津執権の栄誉』が、2位の『白村江』の票数を僅差でしたが上回りました。この投票をもちまして、『会津執権の栄誉』1作を、時代小説大賞ということでよろしいでしょうか。

一同 (拍手)

――それでは、今年の「本屋が選ぶ時代小説大賞」は、佐藤巖太郎さんの『会津執権の栄誉』に決定しました。

■最近の傾向、注目の作家は?

――長い時間ありがとうございました。では最後に、このところの時代小説をめぐる状況について伺っていきたいと思います。議論の中でもあったように若い書き手の台頭が顕著ですが、注目される作品はございますか?

内田 やっぱり澤田瞳子さんが素晴らしいですね。この秋に出た『火定(かじょう)』も素晴らしいですよ。

田口 あれは抜群によかったですね。天平時代、天然痘流行を食い止めようとする医師の、絶望と戦うところが好きでしたね。

内田 一方で、先にでた『腐れ梅』もよかった。こちらでは似非巫女を描いた。こんな短いスパンで、まったくタイプが違う素晴らしい作品をお書きになるというのは、もう大物作家への第一歩を踏み出された感じですね。

中野 私が、期待しているのは天野純希さん。最初に読んだ『破天の剣』の島津家久が印象的だったのですが、最近読んだ作品もよかった。それに、河井継之助を書いた秋山香乃さんの『龍が哭く』。秋山さんは寡作ですが、書くときはしっかり長編を書かれている印象があります。新撰組を書いていたのが、最近はこの河井継之助や吉田松陰なども書き出して、変わってきましたね。読みやすかったのは、今村翔吾さんの『羽州ぼろ鳶組』シリーズです。文庫書き下ろしですが面白かった。

母袋 私は今年前半に出た谷治宇(はるたか)さん『さなとりょう』が面白かったですね。

田口 僕もそれを言おうと思っていました(笑)。

母袋 現代小説の感覚で読める作品で、もうタイトルで持って行かれますよね。龍馬好きならやっぱり、「鬼小町」と呼ばれた龍馬の許嫁のさなと、おりょうを比べますから。

内田 はじめは、分かり切ったことが書かれているかと思っていたんですが、読んでみたらすごく面白かった。

母袋 私も、もうちょっとラノベっぽい感じかと思っていましたが、しっかりした作品でした。

田口 私からは経塚丸雄さんの『維新の羆撃ち』。『旗本金融道』シリーズで人気の方ですが、今作も非常によかった。箱館戦争の落ち武者が主人公で、蝦夷地で熊撃ちの男に救われるのですが、この2人の関係性がうまくシンクロしていく。これからどんどん書いていかれる方だなと思いました。それに、簑輪諒さんの文庫書き下ろし『最低の軍師』も面白かったな。

昼間 今回の候補だった武内涼さんや矢野隆さんは同世代なんで、昔から応援しています。時代小説を書く方と自分が同世代になってきた今がすごく楽しいですね。最近読んで印象深いのは柳広司さんの『風神雷神』。本を読んでから現物の絵も見たら、何も知らないで作品を見るのとは全くインパクトが違って、改めて「本の力」を感じました。柳さんのように、これまで時代小説を書いてこなかった人が、この世界に入ってくると、新しいファンを運んでくれるきっかけにもなって、頑張って売りたいな、という気分になります。

内田 俵屋宗達をよく書こうと思いましたよね。すごいです。

母袋 志野靖史さんの『仁者無敵 甫庵伝』も結構よかったですよ。これまで『信長公記』のほうが史実で、甫庵の書いた『信長記』は低く見られがちなんですが、なぜそれを書いたのか淡々と語られている。儒者なのに鼻につかない人物で、理想の君主を求めて戦国時代を淡々と生きた生き様がいいんですよ。お勧めです。

――まだまだ時代小説の裾野は広がっているようですね。来年も楽しみです。本日はありがとうございました。

(「オール讀物」編集部)

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