火花――読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

火花――読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

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「彩織ちゃん、小説を書いてみなよ」

 バンドのボーカルの深瀬が言った。

 2012年、私たちのバンドSEKAI NO OWARIが初のアルバムをリリースし、全国二十五都市をライブで回っている最中だった。

「小説? どうして?」

「彩織ちゃんは文章を書くのが上手だから」

「でも、私はブログくらいしか書いたことがないし、幾らなんでも小説は……」

 深瀬に言われて、私は言い淀んだ。

 小説を読むのは好きだ。中学生の頃からずっと短い日記をつけているので、文章を書く習慣もある。だから小説を書いてみることに興味があるかと聞かれれば、それは勿論あると答える。

 でも、日記と小説じゃあまりにも違う。

 まず具体的に文字の数が違う。私のつけている日記は、多い日でも千文字くらいのものだ。小説は……一体何万字くらいあるのだろう?

 考えただけで頭がくらくらした。ブログを書くのだって何時間もかかってしまうのに、そんなに長い文章を書くにはどのくらいの時間がかかるのか想像も出来ない。

 そして、小説は日記のようにその日起きたことや感じたことを自分だけに分かるように書けば良いという訳でもない。物語を創作し、情景を描写し、人に伝わるように描かなくてはならない。

 それを、あんな文字数で?

 私は今まで読んだことのある小説の、途方もない文字の量を頭に浮かべながら、やんわりと深瀬の提案を否定した。

「無理だよ」

 すると、深瀬は急に真面目な顔になった。

「やってもいないのに、無理って言うな」

 私は唇を噛んだ。深瀬はいつも、口癖のようにそう言ってきた。

 彼はその挑戦が無謀であればあるほど、みんなが無理だと言えば言うほど、そう言うのだ。

「やってもいないのに、無理っていうな」

 でも、確かにそれは一理あるだろう。

 無理かどうかはやってみてから決めれば良いのかもしれない。やってみて、それでも駄目なら諦めればいいのかもしれない。

 作品を書き上げられる自信はなかったが、私はやってみる、と深瀬の前で小さく頷いた。

 部屋に戻って何を書こうか考えてみると、思いの外小説の題材はすぐに決まった。

 自分の人生をベースに物語を脚色していくのが、今書けるものの中でベストを尽くせると思ったからだ。

 そう言うとまるで多くの選択肢があるように聞こえるが、正直なところそれ以外には考えられなかった。日常の日記しか書いたことがなかった人間が、いきなり手から魔法が出たり、人を殺したりする話を書けるとは思えない。

 私はパソコンを立ち上げて、初めての執筆を始めることにした。

「さて、何から書き始めようかな」

アイディアは少しずつ湧いてきた。主人公は自分と同じ女の子にしよう。最初のシーンは学校が良いな。友達をどうやって作れば良いのか悩んでいる所を入れたいから、中学校にしてみよう……。

 深瀬に言われて考え始めてみたものの、私はずっと文章を書いてみたかったのだということが画面の前に座るとよく分かった。

 嬉しくて、それでいて少し恥ずかしい気分だった。

 自分が憧れていた文学という世界に挑戦していることを、烏滸がましいと思いながらも、どこかで期待してしまっている。

 そんなのは無理だと言ったにも関わらず、いつか自分の名前が書かれた本が本棚に並ぶ所を想像してしまっている。

 物語には幾らでも書くことがあるような気がして、私は意気揚々とキーボードの上に指を乗せた。

「さて……!」

 しかし、そこで景色が一変した。

 キーボードの上に置いた指が、いつまで経っても動かないのだ。真っ白な画面の最初の一文字のところで、カーソルが一定のリズムで点滅している。

 音楽を作っている時に、イントロがつまらないと曲もつまらないという人がいるが、その理論でいくと今私が書こうとしている一文字は、最も重要な部分になるかもしれない。

 最初の一文字。この先の物語を預けることになる最初の一文字とは……。

 そんなことを考えて、私の頭はいつの間にかぷすぷすと白い煙をあげていた。

 白紙。それが私の執筆第一日目だった。

?

 何も書けないまま数日が経った頃、もうとにかく書いてみて、つまらなければ後で消せば良いと腹を括った。書く前から考え過ぎて、頭も体も硬直して、しまいには文章までもが硬直してしまっていたことに気づいたのだ。

 私はパソコンに向かって、ようやく書きたいと思うエピソードを一つずつ文章に起こしていった。

 ピアノのことを書いてみよう。出身の大阪のことも書いてみよう。十代の頃に悩んでいた、精神疾患についても自分なりに考えたことを書いてみよう。

 文字数は少しずつ増えていき、あっという間に時間が過ぎていった。その間、振り返ることはせずに進もうと決めた。毎回振り返っていると、また以前と同じように前に進めなくなってしまうと思ったからだ。

 SEKAI NO OWARIは日に日に忙しくなってきていたので、私は休みの日に文章を書くようになった。休みを見つけて書くのでどうしても物語が進むペースはゆっくりだったが、それでも自分の自由にできる時間に文章を書くのは、充実した日々に思えた。

 書こう。とにかく書こう。

 執筆作業は続いた。その間、私はほとんど自分の原稿を読み返さずに文章を書き続けていた。

?

 そうして二年が経過した頃、ふと自分の原稿を印刷して読んでみた。それがどんなきっかけだったかは忘れてしまったが、もう既に百ページもの分量、文字でいうと十万字程の文章を書いていたので、そろそろ読んでも良いような気がしたのかもしれない。

 私は分厚いコピー用紙を一枚一枚めくりながら、自分の作品を読み始めた。

 休みを何日も潰して書いた文章だ。お酒を飲むことも、旅行をすることも我慢して書いた文章。

 私は自分の頑張りを確認するような気持ちでページをめくっていた。

 でも、半分を過ぎたあたりから異変が起きた。紙を持つ手が汗ばみ、唾を飲み込む回数が増え、そして遂には手を動かすことが出来なくなってしまったのだ。

 それは期待に反して、めちゃくちゃだった。まとまりがなく、描写が分かりにくく、物語はあちこちへ散乱してしまっていた。

 この小説は、だめだ。

 私は肩を落とした。二年もかけたのに、作品はゴミみたいに思えた。

 もしかすると私は、今まで休みの日にせっせとゴミを書いていたのかもしれない。ゆっくり体を休めたり、美味しい物を食べに行っても良かった時間の中で、ひたすらゴミを製造していたのかもしれない。

 ああ、そんなのあんまりだ、と叫びたくなった。私は惨めな気持ちで自分の部屋にある天井まで続く本棚を見上げた。

 あそこに自分の名前が載るまでの道のりは、何と、なんと遠いのだろう。

 二年間、頑張ってきた。でも、無理だった。私は印刷した原稿をゴミ箱に捨てて、パソコンをそっと閉じた。

 それから数ヶ月が経つと、深瀬は思い出したように小説について聞いてきた。

「彩織ちゃん、書いていた小説はどうなったの?」

 私は、努力はしてみたがどうしても完成することが出来なかった旨を伝えた。やる前から無理だと言った二年前と違い、やってから無理だと言うのだから、もうどうしようもない。

 深瀬は静かに相槌を打ちながら私の報告を聞いていた。でも、急に口を開いて、

「途中までは書いたんでしょ? そしたら、それを友達の編集者さんに読んで貰おうよ」

 と言った。

 私は驚いて、目をいっぱいに開いた。確かに、私たちの友達の中には編集者さんがいる。でも、物語が完成する前に見て貰うことなど、考えたこともなかった。

 私は深瀬の言う通り、データを送ってみることにした。

 そして、これでもし編集者さんに諦めた方が良いと言われたら、もうこの原稿のことは諦めよう、と思った。二年の間で、一人で出来ることはもう充分やってきたと思えたからだ。

 編集者さんからの返答は、すぐにきた。

「すごくいいと思いました。だから、必ず最後まで書くべきです」

 私は泣いてしまいそうになった。深瀬は隣でにこりと笑っていた。そしてその日から、もう一度書きかけの原稿に向かうことになったのだった。

?

 最初から何のプロットも立てずに書いていたので、私の執筆作業は常に行き当りばったりだった。書きながら、こうでもないああでもないと何度も同じ場所を行ったり来たりするだけで、ほとんど何も進んでない日もあれば、書いているうちにどんどんアイディアが湧いてきて、自分が想像していたより遥かに物語が進んでいく日もあった。

 音楽を作っていると、

「これは本当に自分が作った作品だろうか?」

 と信じられないような気持ちになることがあるが、文章を書くことも同じで、昨日書いた物語がまるで別人が書いたように思えることがある。

 それは良い意味の時もあれば、悪い意味の時もあり、後者の場合の時は、

「もうこのままゴミ箱に捨ててしまいたい」

 という自己嫌悪で全てをやめてしまいたくなるのだった。

 自分のことや、自分の書いた文章のことをゴミのように感じてしまう感覚は、小説を書いていると定期的に訪れた。

 こんなゴミみたいな文章しか書けないんだったら、もうやめちゃえよ。才能なんてないよ。頑張るだけ無駄なんだよ。そんな声が頭の中で響き、背中に冷や汗が走る。

 それでも、執筆も三年目に突入すると、私は小説を書くことをやめられなくなっていた。以前のように放り出したり、途中で逃げ出してしまうことを考えると、肺の辺りがぎしぎしとこすれ、嫌だ、やめたくない、と思うようになっていた。

 四年目にはようやく物語の軸のようなものが出来ていった。地に根を張っている幹があると、新芽が伸びていくように話は広がり、時々思いがけず花が咲くようなシーンを書ける日もあった。

 そして五年目になって、遂に編集者さんによって締め切りが設けられた。

 初めて締め切り日を聞いた日は、

「何を言っているんだ、そんなの無理に決まってる!」

 と半分怒りのような感覚が沸いてきたが、それでも何とか書き上げようと私は必死に時間を見つけた。

 私は書いた。五万人の前に立ったドームツアーの後に。私は書いた。テレビ番組で新曲を披露した後に。私は書いた。アジアツアーに行く為の飛行機の中で。私は書いた。仕事に行く前の、誰もが寝ている静かな朝に。

 書いて書いて、そして、たくさんの文章を消した。

?

 遂に小説「ふたご」が書き上がった日のことを、私はよく覚えている。

 何度目かの校閲作業を終えて、もう修正はかけられないという段階に入ったその夜、ベッドに入ると「ふたご」の第一話「夏の日」から、第十六話「君の夢」までが高速で頭の中をびゅんびゅんと駆け巡り、早回しの機械音のような音で再生され続け、一睡もできなかったからだ。

 最後の最後まで、悪夢のような執筆期間だった。それなのにどうしてなのか、今はその日々をとても恋しく思う。

?

 本を書いている間、私はほとんど本を読まなかった。読んでしまうと、書きたいことや、文体のリズムが影響されてしまうかもしれないと思ったからだ。

 私はぼんやりと本を書いてきた五年間を思い出しながら、ずっと読みたかった本をようやく手に取った。

 そしてこの本を読みながら、ああ、やっぱりこの本を読まなくてよかったと思った。

 この文章の意味が、わかる時に読んでよかった。

―――

「必要がないことを長い時間をかけてやり続けることは怖いだろう? 一度しかない人生において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう。無駄なことを排除するということは、危険を回避するということだ。臆病でも、勘違いでも、救いようのない馬鹿でもいい、リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑める者だけが漫才師になれるのだ。それがわかっただけでもよかった。この長い月日をかけた無謀な挑戦によって、僕は自分の人生を得たのだと思う」(又吉直樹『火花』より)

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(藤崎 彩織(SEKAI NO OWARI))

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