独特な不穏さでサウンドが視覚に訴えてくるポルノグラフィティ――近田春夫の考えるヒット

独特な不穏さでサウンドが視覚に訴えてくるポルノグラフィティ――近田春夫の考えるヒット

絵=安斎肇

『カメレオン・レンズ』(ポルノグラフィティ)/『ALWAYS』(FlowBack)

 歌謡曲と、ロックやヒップホップ、ダンスミュージックなども含めた、広義でいうところのポップスを分けるものというのは、確実にあるのではないかというのが持論だ。

 線引きは、聴き手が歌詞と旋律以外――もう少し平ったく書けばサウンドである――に果たして意味や魅力を感じられるかどうか……である。

 ここでいうサウンドとは音響のことだ。音の響きに関係する要素はふたつあると思う。ひとつは和声(コード進行)で、もうひとつは楽器の音色である。間奏のエレキギターのディレイ音だかが、もうたまらなくってその曲を好きになったとか、歌よりドラムに耳がいってしまったとか、そういう話はあまり歌謡曲には聞かないだろう。

 この、私の理論(が正しいかどうかはともかく)にのっとって“仕分け”をするならば、ヒットする大半のjpopは歌謡曲に属すると個人的には思うけれど、それは表現の優劣を示すものでは決してないので、誤解のなきよう。

 逆に、押しも押されもせぬ堂々の昭和時代邦楽曲のなかにも、音響を確信犯的に印象づけようとした形跡のものはある。代表例が、佐川ミツオが戦前の歌を一九六〇年にリバイバルヒットさせた『無情の夢』だろうか。オリジナル共々、web検索が可能なはずなので、二者のコード、リズムなどなど、聴き比べをしてみてほしい。ここで述べた“サウンド”とはどういうことなのか、きっと分かるはずだ。

 前置きが長くなった。ポルノグラフィティの『カメレオン・レンズ』である。この、イントロから鳴り出す、乾いた音のする楽器はシンセなのかギターなのか? 刻むリズムがなんだか心地よく、気持たせというか、何かが始まりそうな気配を上手く演出する。すかさずそこに乗っかるのが、お馴染みのあの声なのだが、どうやらうっすらエフェクト処理がなされているようで、そうした一連の、楽器と一種人工的といってもいい肉声の絡み具合には、独特の不穏さがあり、それが曲の展開とともに増していく。コード進行、メロディいずれ、パッと聴いて即コピーしてしまえるような甘口なものではないし、コーラスのラインもエッジが効いていてスリリングに動く。がしかし、リスナーには難解さや面倒臭さといったものをこれっぽっちも感じさせぬのがこの曲の聴きどころということになろうか。それはおそらく全体を通じて“音響”が、歌詞とはまた別の官能性でもって『カメレオン・レンズ』というコトバのイメージを高めてくれているからなのだろう。このサウンド、とても視覚に訴えてくるのだ。

 ところで全然別のことだが、聴いててふと思ったのはこの曲をカラオケとかで平気で歌えるんだったら相当なツワモノよね。あ、そうだ、大体その前に、このCDとソックリにカラオケトラック作るのも結構仕事大変だわ、コリャ。

 FlowBack。

 おお! 今回もメイドインコリアっぽさ、貫いてるねぇ。

(近田 春夫)

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