“怪優”佐野史郎が「フジテレビをぶっ壊す」と思ってた時代

“怪優”佐野史郎が「フジテレビをぶっ壊す」と思ってた時代

『限界団地』第2話より ◆オトナの土ドラ『限界団地』(東海テレビ・フジテレビ系)毎週土曜日23:40〜放送。第2話は6月9日24:05〜、第3話は6月23日放送予定

『限界団地』(東海テレビ・フジテレビ系)で連続ドラマ初主演を務める佐野史郎さん。冬彦さんから井伊直弼まで、数々の役柄を演じてきたからこその演技の秘密を伺いました。役者歴40年以上の名優が語るバイプレーヤー論とは?

※前編〈 佐野史郎が語る「冬彦さんは平成のゴジラだった」http://bunshun.jp/articles/-/7663 〉より続く

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■テレビで見た団地への憧れ

――主演される『限界団地』はその名の通り団地が舞台です。佐野さんには「団地の思い出」はありますか?

佐野 僕は昭和36年まで練馬にいて、7歳から島根県の松江で過ごしましたから団地には縁がなかったんですよね。松江は県庁所在地とはいえ、その頃はほんとに田舎の風景で、クラスの半分は農家の子。その子たちは農繁期の刈り入れ時になると午前中で帰っていました。家の手伝いだから。ただ、テレビなんかで文化住宅や団地の映像は目にしていたから、なんとなくの憧れはありました。

――松江から上京されるのは74年、昭和49年のことですね。

佐野 高校卒業して、表現の道に進みたくて東京に出てきたんですが、一人暮らしする時に団地への憧れって、まだやっぱりありましたね。友だちが荻窪団地に住んでいて、倍率が高いだの、入居手続きが面倒だの話を聞いていると羨ましいというか。僕は阿佐ヶ谷の木造モルタルのアパートに住んでました。この前、そこを通りかかったんですけど、でっかいマンションが建っちゃっててショックだったな。お隣のラーメン屋さんもなくなってた。

■なぜこのドラマが平成最後の年に放送されるのか

――思い出のラーメン屋さんだったんですか。

佐野 劇団員時代でお金もなかったから、醤油を借りに行ったりしたんですよ(笑)。100円持ってって「メンマください」ってお願いしたら、どっさり差し入れしてくれたりね。メンマつまみながら仲間と酒を飲んだのもいい思い出です。

――歴史の長い団地には今や「昭和遺産」的な側面を持つ部分もありますが、佐野さんはこの『限界団地』のお話がきたときにどんなことを感じましたか?

佐野 正直言うと、主役をどう演じようかと考える前に、なぜ団地を舞台にしたドラマがこの平成最後の年に企画として成立したのかなって、まず、その理由を知りたいと思いました。時代の気配というか。

■唐十郎さんから受けた影響

――時代の気配。

佐野 お話をいただいたときに「なぜ今この企画なのか?」と、今に照らし合わせて考えてしまうのは、劇団時代の恩師、唐十郎さんの影響が大きいのかもしれません。僕は20代の頃に唐さんが座長の「状況劇場」で舞台に立っていたんです。唐さんの戯曲ってたとえば『由比正雪』にしても、江戸の始まりとは何だったのかということを、戦後史やその当時の60年代のことを重ね合わせながら描いているんですよね。そこから学んだのは、コメディーにしろ、ホラーにしろ、ハートウォーミングなドラマにしろ、それこそ冬彦が出てくるようなドラマにしろ、演じるうえで大切なことは、「なぜ今この作品が生まれ出ようとしているのか、それを読み解くこと」なんです。

――佐野さんの俳優論の根っこにあるものという気がします。

佐野 個人史を大きな歴史の流れに照らしながら、作品を探るということかもしれないですね。この『限界団地』も、憧れの団地が次第に齢を重ね、昭和で解決できなかった問題群がそのまま平成に引き継がれ、その平成もまた終わりを迎えようとしている、そんな時代背景を象徴していると思います。家族観、共同体のあり方を含め、結論の出ていない問題が「団地」という場所に集約されているというか。

――特に住宅というのは、時代の家族観を反映しますよね。

佐野 冬彦の翌年に、再び賀来千香子さんとご一緒した『誰にも言えない』で住まいに設定されていたのは南大沢の高層マンションの最上階でした。なんというか、それこそ現実がドラマのオープンセットのような空間で、虚実が転倒するような空気が漂っていた気がしますね。

■井伊直弼の最期を演じながら思ったこと

――佐野さんは歴史上の人物も数多く演じていらっしゃいます。過去を生きた実在の人物に取り組むときには、どんな心構えで臨まれるのでしょう?

佐野 その人物に対して失礼のないように演じようとしています。犯罪者を演じる場合は、被害者に対して失礼のないように気をつける。そこだけは、大事にしています。

――今年の大河ドラマ『西郷どん』では井伊直弼を演じられました。

佐野 直弼公については「安政の大獄」が圧政であったと批判されがちですよね。たしかに過ぎていたところはあったかもしれません。ただ、非情の選択をしなければ、世の中が収まらなかった上の覚悟であったのだと思います。そうした想いが葬られ封じ込められた直弼公の「この国を頼む」という想いを、桜田門外で倒幕派に首を斬られる最後の表情に込め、演じました。

――なんとも言えない表情での最期でした。

佐野 歴史というのは、どうしても勝者の視点で語られることが多いですよね。直弼公の圧政が批判されるのも、それは勝者の側からの歴史観だからでしょう。彦根に足を運んで学んだのは、彼が文武両道の非凡な人物であり、禅を極め、能楽師であり、茶人としても一期一会を旨とした広い世界観を持つ政治家だったということ。そうした人物像を、これまでの価値観の中に一石投じてみたかったんです。

■『226』で青年将校を演じた時の怖さ

――歴史に封じ込められた「敗者」で言えば、応仁の乱を描いた大河ドラマ『花の乱』では、8代将軍・足利義政の弟で、後継となりながらも次期将軍の座に就けなかった足利義視を演じられましたし、映画『226』では急進派の青年将校・栗原安秀中尉を演じています。

佐野 栗原中尉は奇しくも僕と同じ松江の出身なんです。キャスティングした方はそんなことを知らずに依頼してくださったんですが、あの時はさすがに怖いというか、背筋が伸びるような思いがしましたね。あの時も、2・26事件が起きた昭和11年とは何だったのか、青年将校たちはなぜ急進的にならざるを得なかったのか、クーデターが鎮圧された無念とはどんなものだったのか、ずいぶん考えました。

■“主役と脇役”はあるのか

――佐野さんの、勝者の歴史観とは違った視点を大切にする姿勢にも繋がるのかもしれませんが、これまで主役ではなく数々の名脇役を演じてこられての「バイプレーヤー論」とは何でしょうか。

佐野 そうですね……、歴史と一緒で、どんな縮尺で物事を見るかで主役も脇役も同じと言えば同じなんですよ。何が歴史の転換点だったのか、誰が時代の主役だったのかなんて、歴史の縮尺の度合いで変わってきますからね。そりゃ、若い頃は「芝居に主役も脇役もないんだ」なんて言われても「いや、あるじゃん」って思ってましたよ(笑)。でも主演であろうがエキストラであろうが、ワンカットワンカットで言えばそこに存在するという意味では同等ですよね? ただ、それが全体として、編集されて1つの見方を提示する作品になったときに、主役と脇役が生まれてくる。

■「フジテレビ、もうぶち壊してやろうぜ」

――『ずっとあなたが好きだった』の冬彦さんは、主役の賀来千香子さん、布施博さんに次ぐ役どころでクレジットされていましたよね。でも、「冬彦さん現象」によって主役を喰っちゃったという思いはありませんでしたか?

佐野 いやあ、あの時はどう思ってたかな……。今だから思うのかもしれないけど、僕も30代で若かったし、もともとパンクをガンガン聴いて、ロックバンドやってるような人間ですから、乱暴なところは内側に秘めてますよ、実は(笑)。ただそれは、主役のお二人に対してってことではなくて、テレビドラマの約束事をぶっ壊してやるとか、それこそプロデューサーの貴島(誠一郎)さんと言っていたんだけど、恋愛やってるフジテレビをぶっ壊すぞ的な闘争心。「もう、ぶち壊してやろうぜ」みたいなのはあったかな(笑)。そうして、今はフジテレビで「限界団地」をやるという(笑)。

――先ほど、「冬彦さん=ゴジラ説」が唱えられましたけど、封じ込められた人物としての冬彦さんは、ある種の主役だった気もします。

佐野 振り返ればね。だから偉いとかそういうことではなくて、誰が物語を先導していくかにおいては、どの役であっても“主役”になれるということかもしれません。

■憧れのバイプレーヤーは

――佐野さんは「状況劇場」を辞めた直後の頃に、ひと月ずっと小津安二郎の映画を観て過ごしたことがあるそうですね。

佐野 ひと月どころじゃないですよ。20代の終わりに、小津だけじゃなくて、成瀬巳喜男、清水宏……観られる限りね。

――佐野さんの憧れるバイプレーヤーってどなたでしょうか。

佐野 そうだなあ……、バイプレイヤーというか、尊敬する昭和の俳優さんたちだと、天本英世さん、岸田森さん、佐藤慶さん、小松方正さん、戸浦六宏さん、植木等さん……笠智衆さん、吉田輝雄さん。一番尊敬しているのは佐分利信さん。佐分利信さんはやっぱり好きですね。

――ちゃぶ台の前に座ると出てくるあの父性みたいなものですか?

佐野 『お茶漬の味』ね。佐分利信のお父さん役って何もしないでしょう(笑)。山村聰さんも好きなんですけど、ああいうどっしりした感じの構え方に、僕もちょっとは影響を受けています。まあ、僕はあんな風にできなくて、チョコチョコやってますけど、こういうふうに佐分利信、山村聰に影響を受けた俳優が60を過ぎてどんな俳優になっていくのか、僕自身、これからがたまらなく楽しみです。

写真=山元茂樹/文藝春秋

◆ここまで読み終えたあなたはすでに佐野史郎マスター!? こちらのクイズもあわせてお楽しみください。〈 クイズ!佐野史郎 「冬彦さん」インタビュー理解度チェック  http://bunshun.jp/articles/-/7686〉

さの・しろう/1955年生まれ。山梨で生まれ、東京は練馬を経て島根県の松江市で育ち上京、75年に劇団シェイクスピア・シアターの創設に参加。80年から4年半、唐十郎主宰の「状況劇場」に所属した。86年に映画『夢みるように眠りたい』(林海象監督)主演で映画デビュー。『ぼくらの七日間戦争』などの出演を経て、92年TBS系ドラマ『ずっとあなたが好きだった』の桂田冬彦役で大ブレイクする。2018年『限界団地』で連続ドラマ初主演。俳優活動のほか、故郷松江にゆかりのあるラフカディオ・ハーン(小泉八雲)作品の朗読を現在も続けている。

(「文春オンライン」編集部)

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