“1年生は雑務をやらない”京大アメフト部という「体育会組織」の合理性

“1年生は雑務をやらない”京大アメフト部という「体育会組織」の合理性

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「強い組織」とは一体、何なのだろうか?

 連日報道された日本大学アメリカンフットボール部による一連の「悪質タックル」騒動を見て、ふとそんなことを考えた。

 思うに、ステレオタイプな「体育会系」という言葉が示すような、上意下達の組織構築が健全に行われるには、トップに強固なカリスマが必要だ。選手が道を誤った時にはしっかりと軌道修正をし、指針を示せる。そんな存在が必須なのである。かつて黄金時代を築いた1980年代以前の日大アメフト部には、故・篠竹幹夫元監督という存在がいたからこそ、その強さと健全な組織力が維持できたのだろう。

 一方で、そういった強烈なカリスマは常に集団に存在するわけではない。では、そんな先導者のいない組織が強くなるために必要なのは、どんな要素なのだろう。

■勝つための徹底した“合理主義”

 ひとつの興味深いチームがある。

 京都大学アメリカンフットボール部。

 ご存知のように、京大と言えば東京大学と並んで日本を代表する難関国立大学の最高峰だ。もちろん強豪の私学のようなスポーツ推薦の選手はいない。それでも1980年代〜90年代の京大は、大学王者6回、日本一4回など輝かしい成果を残してきた。

 決して恵まれているわけではない環境の中、彼らが結果を残し続けることが出来た理由は、徹底した“合理主義”だった。

「勝つために必要なことだけを合理的に、具体的に実行していましたね。とにかく『勝利』という結果に向かって大切なことだけをひたすら考えていましたから」

 そう語るのは、28年前に日大との学生王者決定戦・甲子園ボウルで京大チームのクオーターバック(QB)を務めた佐野徹だ。

■練習が終わると4年生の先輩たちがボールを磨いている

 奇しくもこの年は、日大が2017年に優勝するまでは最後に学生日本一に輝いた年でもあった。

「当時の日大は篠竹監督譲りの愚直なプレーと、驚異的な練習量に裏付けられた能力の高い選手を揃えていて、本当にすごいチームだった。だからこそ僕たちのような経験者のいない国立大が勝つには、無駄をとにかくなくすことが必要だったんです」

 分かりやすい例が、チームの雑用だ。

 京大アメフト部では、当時から1年生は雑務をやらない。代わりにその役目を請け負うのは最上級生の4年生だ。佐野が回想する。

「最初はやっぱり不思議な感じがしましたよ。練習が終わって4年生の先輩たちがボールを磨いたり、グランドを整備したりしている中で1年生の僕らは『帰って良いよ』と言われる。それは当時の体育会系のイメージとは、正反対でしたから」

■一番勝ちたいと思っている4年生が雑用までこなす

 だが、部員として日常を過ごしていくうちに、その意図も少しずつ分かってきたと言う。

「だって単純に1年生の方がたくさん練習しないと上手くならないですよね。無意味なシゴキなんてもっての他。新生活にも慣れないといけない中で、上級生に絶対服従するとか、雑用までやるなんて勝つためにはまったく意味がないわけです。長い時間フットボールに打ち込んできて、一番勝ちたいと思っている4年生が雑用までこなすのは、合理的だし普通なんです。また、下級生もその姿を見ていますから、自分たちが上級生になったときは自然とそういうことをやるようになるんです」

 今でこそ、強豪の帝京大ラグビー部など、こういったシステムの組織は増えてきている。だが、30年近く前の“体育会組織”にあって、こういった形は特異なものだっただろう。

「あとは『実力が同じ場合は下級生を使う』ことも徹底されていました。これも理由はシンプルで、下級生の方が伸び代が大きいから。『同じ実力なら頑張ってきた4年生を使いたい』という考え方もあるとは思うんです。でも、そこは“情”ではなく、勝つために必要な方法を選んでいたと言えます」

 勝利を求める合理性を佐野らに説いたのが、当時の京大アメフト部監督・水野弥一だった。水野の合理主義の礎には、「勝つために、選手自身が自分の頭で考えなければいけない」という思いがあった。

 前述の篠竹元監督と並んで「カリスマ監督」と称されることも多いが、佐野はその見方は少し違う、と語る。

「水野さんは『自分はカリスマじゃないんや』と常々言っていました。もちろん謙遜もあるとは思いますけど、なにかを命令するというのではなく、とにかく選手に『考えさせる』ことを大事にしていたように思います」

■実際の社会では正解があることなんてほとんどない

 佐野は、大学入学直後の1年生に対して水野監督が常々言っていた言葉が印象に残っているという。

「受験が終わったばかりの1年生に『お前たちはホンマのアホやで』って言うんですよ。みんな厳しい受験戦争になんとか打ち勝ってきた直後なので、『えっ』となる。でも、話を聞いていくと『入学試験には正解がある。でも、実際の社会での成功手法には正解なんてほとんどない。正解だけを追い求めることに疑問をもたずに、ただ勉強をしていたなんて、アホや』ということなんですね。要は決められた答えを探すだけじゃなく、自分で考え続けろというメッセージです」

 そしてこの教えこそが、当時の京大アメフト部の組織力を生んだと佐野は考えている。

「極端なことを言えば、練習しないで試合に勝てれば一番良いですよね。楽ですし、簡単ですし(笑)。でも、もちろんそれでは絶対に勝てない。だから何かの練習をする。しかし、その練習方法に正解など一切ない。さらにそれを一生懸命こなしていれば相手が負けてくれるなんてことも絶対にない。

 じゃあどうするか。まずは相手を分析し、自分との差を理解し、その差を埋める為の手法を考える。自分の進化をチェックし、もしそれがダメなら別のアプローチを考える。このサイクルを続けていくことが成長につながるんです。つまり、自分との向き合いこそが重要で、結果が出たらそれが正解だったというわけです。だから自分の頭で考え続けないといけないということなんでしょうね」 

■いざとなったら考えるな、ということを考えさせられる

 指導者から与えられた答えを妄信するだけでは、本当に強いチームにはなり得ない――。それはまさに、今回の日大のアンチテーゼとも言えるかもしれない。

「監督はとにかく考えるきっかけをくれる人でした。僕がよく覚えているのは4年生の時に『無念無想になれよ』と言われたことです。最初は何を言っているのかわからなくて、必死で考えたんですよ」

 佐野は水野の言葉の意味を日々、問い続けた。そうしてひとつの結論にたどり着く。

「『絶対に勝ちたい』という想いを強く持つことは重要です。しかし、その想いが逆に力みを生んで、プレースピードを奪うこともあります。相手にやられてしまったときに『どうして?』と考え、焦りを生じさせることもある。

 でもスポーツはスピードが命なんです。そのスピードが奪われるのは考えてしまうから。いざとなったら無心で臨む必要があるんです。そう考えて、『無念無想とはこれか』とはっとひらめいた時に迷いがなくなった。そうすると今まで通せなかったパスがなぜかビシッと通せるようになってきました。

 要するに力まないで投げられるようになったんだと思いますが、それを『力むな』という指導ではなく、自分で考えさせられる。水野さんはこうして選手それぞれに高度な試行錯誤を求める方でした。いざとなったら考えるな、ということを考えさせられる……ややこしい指導法ですけどね(笑)」 

 また、結果的にこれらの体験は、部活動の枠組みを越えて役立つ経験だったという。

「こうして振り返ると、この一連の作業ってよくビジネスで言われるPDCAサイクルとまったく同じです。計画を立てて、実行して、確認して、改善する。そういう意味では水野さんは30年前からすでに社会に出ても通じるような思考法を、大学の部活動を通して教えてくれていたんだと思います。これはビジネスの面でもすごく役立っています」

 おそらく各々の問いかけに対して、どういう結論に達するかは人それぞれなのだろう。だが、そこに至るまでに自分で考え、試行錯誤をすることに意味があると水野は考えていたのではないだろうか。

 佐野は言う。

「スポーツの世界にも勝つための『正解』ってやっぱり存在しないんですよね。でもその中でどうにかして勝利を求めなきゃいけない。だからこそ必死で自分の頭で考えるわけです。正しい体育会系の強みと教育的価値は、本来そういう部分にあるのではないでしょうか――」

■勝利のために“考える”ことができていたか

 今回の騒動で、日大理事を解任された内田正人元監督は、タックルをした選手に対して「力の出しきれていない者に殻を破って欲しかった」と言っていた。そのために特定の選手を“干し”たり、理不尽な根性練習や暴力行為も辞さなかったと報じられている。

 もちろん、当時の京大アメフト部にも根性練習がまったくなかったとは思わない。試合の最後の最後、勝負を分ける瞬間に精神面が大きな影響を与えることは確かにあるからだ。

 だが今回の日大と当時の京大における最大の差は、佐野が言うように選手自身が自らの思考を放棄せず、勝利のために“考える”ことができていたかどうかではないか。選手もスタッフも、内田元監督に対して誰も「明らかにおかしい」と思うことを言えない。ひょっとしたら、「おかしい」とすら思えなくなっていたのかもしれない。

 そんな思考停止の状況になってしまっていたことが、今回の問題の根幹にあるように思う。仮にどれほどチームが強くなったところで、そこには佐野の言う「教育的価値」は存在しないだろう。

 それぞれの学生、スタッフすべてが勝利という目的のために、それぞれの立場で自発的に考え、試行錯誤と努力をできる集団――それこそが、本当に「強い組織」ではないだろうか。

(山崎 ダイ)

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