表現力、想像力、資力で神話世界を完璧に構築!――春日太一の木曜邦画劇場

表現力、想像力、資力で神話世界を完璧に構築!――春日太一の木曜邦画劇場

1959年作品(180分)/東宝/2500円(税抜)/レンタルあり

  前回 、実写版『火の鳥』を久しぶりに観て思ったのは、神話の時代を映像化することの大変さだった。

 セット、衣装、小道具――基本的に時代モノを撮る時は現代のあり物を流用できないため、なにかと新たに作る必要がある。それでも平安時代以降であれば、これまでの作品の撮影で使ったのを使い回したり、参考にすることはできる。が、この時代となると本当に全てをゼロから作らないといけないから多額の予算が必要になる。しかも、史実ですら解明されていないため、拠り所にするものがない。

 そのために、実写で描くにはかなりハードルが高くなり、ディテールなどの描写に困難が生じ、作品としてのリアリティが弱くなってしまう。『火の鳥』を観ていて、そんなことをつくづく思い知らされた。

 ただ、逆に考えると。その世界を綿密に構築できるだけの表現力と想像力と予算があれば、「ゼロから構築する」ということは一転して短所ではなく長所になりうるとも言えないだろうか。「ゼロ」故に作り手は自由自在なエンターテイメントを展開できるからだ。

 今回取り上げる『日本誕生』は、まさにそんな一本。「古事記」に記されたヤマトタケルノミコト伝説を、スケールの大きいスペクタクルとともに描いた作品である。

 物語は、三船敏郎扮するタケルの活躍を、父である天皇やそれを取り巻く大伴氏の謀略、弟橘姫との悲恋などを絡めつつ展開していく。

 本作が見事なのは、予算を惜しみなく投下して神話の時代の世界を完璧にビジュアル化していることである。特にセットが凄い。多くの茅葺の建物が並ぶ集落。外観だけでなく高い天井に巨大な柱や門扉――屋内の細部まで作り込まれた宮殿や神殿。しかも、それが倭と熊曾(クマソ)の双方の場面で作られている豪華さ。これらを眺めているだけで、悠久の世界へ自然と誘われていく。

 そして圧巻は、神話なのだから何が起きてもおかしくはない――と言わんばかりにイマジネーションを炸裂させた特撮シーンの数々だ。

 天空の高天原で神々が起こすミラクルな出来事の数々、スサノオ命(三船が二役)と八岐大蛇(ヤマタノオロチ)との対決、タケルたちの船団を襲う猛烈な嵐。そしてラストは、タケルを騙し討ちした大伴軍に襲いかかる、火山の大噴火、溶岩流、山崩れ、地割れ、津波。次から次へと押し寄せてくるド迫力のスペクタクル映像を観ていると、「神の力」の凄まじさを説得力をもって受け止めることができてしまう。

 現代の映画界ではもう、こうした大スケールの製作は難しくなった。それだけに、貴重な映像体験のできる作品だ。

(春日 太一/週刊文春 2018年9月27日号)

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