炎上確信犯の秋元康が描く欅坂46新曲に見る「相対的不幸」――近田春夫の考えるヒット

炎上確信犯の秋元康が描く欅坂46新曲に見る「相対的不幸」――近田春夫の考えるヒット

絵=安斎 肇

アンビバレント欅坂46)/EMOTION(Q'ulle[キュール])

 地球全体で見渡したとき、商業音楽というものが、かつてほどにはこの世界を大きく動かすこともなくなってきてしまっているというのは、まぁ事実といっていいと思う。

 実際問題、洋の東西を問わず、チャート傾向はますます“内向き”なチマチマしたものに収斂を見せている。そうした国際的情勢! に至るまでの経緯/必然等について専門家でもない、いちロックンローラーたるポジションにて業界の末席を汚すに過ぎぬ男が、あーだこーだ考察を述べるなんてェのも僭越なことでしょうからしませんけども。ひとつだけいえることはある。

??いまだに歌手や演奏家を“アーティスト”とかいって崇高な存在と信じて疑わぬ人達(やる側も客も)には怒られそうですけどね??たかだか娯楽を提供するに過ぎぬ程度の行為が必要以上に人々の生き方/哲学/思想なぞに影響を及ぼすといったことが当たり前だった、人気者にとっての“ありがたい時代”はもう終わったよ。

 いまやアーティストとは、運がよければ! 普通のお勤めよりは少しはセレブ感に浸れる、単なる“職業のいちカテゴリー”でしかないだろう。

 そんなことをつらつら考えていた過日、おりもおり、こんな記事を目にした。

 〈秋元康氏がプロデュースをするガールズバンドプロジェクトが、先日発表された/ポスターには「IT社長と結婚したい人!」「有名人と熱愛したい人!」と綴られている/ネット上では「女性蔑視にもほどがある」「バンドやってる女性に失礼」と炎上している〉(@Niftyニュース記事まとめより)

 炎上騒動は無論百も承知、確信犯秋元康のことゆえ、そこはどうでもよいが、まさに女の子がバンドをやる動機のひとつとして、ここに謳われていることは、述べてきたようなこのご時世に於いては、決して的外れなことでも何でもない気がして仕方がない。

 おっと話がそれ出してきた。秋元康がどんなバンドサウンドを披露してくれるのか、お楽しみは後々にとっておいて、欅坂46『アンビバレント』である。聴いて先ず感じたのが、この歌詞に共感を覚える子達とは、どちらかといえば自身を不幸な境遇と考える層に属するのかもしれないということだ。ただそれは、傍(はた)から見たら恐らくはそこまで悲惨な日々でもなかったりする。

 最近よく、「相対的貧困」っていうじゃないさ。その伝で、つまりは「相対的不幸」ってことなのかな? 昔なら、なに甘ったれたこといってんだ! で片付けられたぐらいのことなのに、本人にしてみれば、それはおっしゃる通りなのはわかってるんですけどぉ、自分大マジで、死にそうに辛いんっすよぉ……的な?

『アンビバレント』とは相変わらずいいところに目をつけるものよね(笑)秋元康!

 Q'ulle。

 そうした文脈において語れば、こちらは購買層のフォーカス的詰めが、ちと甘いかも。

(近田 春夫/週刊文春 2018年9月27日号)

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