なぜ寅さんは「死なない」のか――「男はつらいよ」の新作を考える

なぜ寅さんは「死なない」のか――「男はつらいよ」の新作を考える

68歳で亡くなった渥美清 ©文藝春秋

 先日、映画「男はつらいよ」の22年ぶりとなる新作が製作されることが発表された。1969年の劇場版第1作目から数えて、来年で50周年を迎えることを記念してのことだという。しかしご存知の通り、主役の「寅さん」こと車寅次郎を演じる渥美清は1996年に亡くなっているわけで、一体どうやって「新作」ができるというのか。

■幻の「49作目」があった

「一人の俳優が演じた最も長い映画シリーズ」としてギネス記録にも認定された「男はつらいよ」シリーズは、渥美清の死により48作で終了した。山田洋次監督によれば、49作目は「寅次郎花へんろ」というサブタイトルで高知県を舞台とする予定であったが、結局は幻となってしまったという(『週刊朝日MOOK 渥美清没後20年 寅さんの向こうに』2016所収インタビュー「寅さんと渥美清と」)。

 ただ、「男はつらいよ」には渥美清の死後に公開された「49作目」が存在する。1997年の「寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」である。映画の冒頭と最後に甥の満男(吉岡秀隆)が寅さんについて回想する場面が描かれるものの、内容のほとんどは浅丘ルリ子演じるリリーがマドンナとなる25作「寅次郎ハイビスカスの花」のリマスター版であり、これを49作目と数えないファンも多い。

■現代パートをどう撮影するのか

 2019年公開予定の「新作」も、製作側の松竹が「50作目」と掲げていることから、「49作目」と同じように過去作品の名場面を繋げたものになるのだろうか。新作発表の場ではストーリーは詳しく明かされなかったものの、妹さくら役の倍賞千恵子らが出演する現代パートと、過去の名場面を組み合わせたものになるようである。

 しかし現代パートを撮影するにしても、渥美清が亡くなってからの22年間に団子屋「くるまや」(39作までは「とらや」)を営む三代目おいちゃん役の下條正巳、おばちゃん役の三崎千恵子、隣の印刷会社のタコ社長役の太宰久雄など、主要な脇役がいずれも鬼籍に入ってしまった。帝釈天の住職・御前様役を長らく演じてきた笠智衆が1993年に死去した際には、翌年の46作「寅次郎の縁談」で娘役の光本幸子のセリフを通して御前様が健在であることを表現した。しかしこうも物語に必要な人物がいなくなってしまっては、御前様の時のような対応は難しいだろう。

■第1作から見直すと気付く「あること」

 もしかすると「新作」の現代パートでは、おいちゃんやおばちゃん、タコ社長の「死」が描かれることになるのかも知れない。48作の中で、寅さんを取りまく人々は着実に年を重ねてきた。第1作で生まれた赤ん坊の満男は、48作では靴メーカーの営業マンとなっている。「男はつらいよ」は、登場人物がいつまでも年を取らない物語ではないのだ。その先に「死」が待ち受けていてもおかしくはない。

 ところが第1作から改めて映画を見直してみると、年相応に変化していく周囲に比べて「寅さん」の印象がほとんど変わらないことに気が付く。1作目では41歳だった渥美清は、生前最後の作となった48作目「寅次郎紅の花」に出演した時は67歳であった、しかもこの時、医師から「出演は奇跡に近い」と言われるほどガンが進行していた渥美清は、痩せてしまった首筋をマフラーで隠したり、ほぼ座ったり寝転がったりしての演技をしていた。にもかかわらず、不思議と「老けていない」のである。寅さんが旅から旅を続ける存在であることもあいまって、我々はふと錯覚に陥る。「もしかして寅さんはまだ生きていて、ひょっこり顔を出すのではないだろうか」と。

■渥美清は車寅次郎に同化した

 むろん渥美清、本名田所康雄という人物が亡くなったことは分かっている。しかし共演者や周囲の人物は、口をそろえて渥美清を「プライベートを表に出さない」と語る。特に「男はつらいよ」が大ヒットしてからは、渥美清はほとんど他の仕事を引き受けなくなったと倍賞千恵子は語る(『お兄ちゃん』廣済堂出版・1997)。また生前渥美清と親交のあった作家、小林信彦も「〈田所康雄に近い渥美清〉は、〈車寅次郎に近い渥美清〉に変化しつつあった。少くとも、衆人の目がある街頭では」(『おかしな男 渥美清』新潮社・2000)としている。

 渥美清は長年寅さんを演じる中で、プライベートを消して車寅次郎と同化していったのではないだろうか。それは山田洋次監督の「“入れ子”というのでしょうか。車寅次郎の中に渥美清が入っていて、さらにその中に本名の田所康雄がいて。その一番中の田所康雄がすーっと抜け出してしまったけど周りは残っている。観客の心の中にいつまでも生きているのです」(前述インタビューより)という言葉に端的に表れている。

■寅さんは「死ななく」なった理由

 ファンには広く知られている話だが、1968〜69年にかけて放送されたテレビドラマ版「男はつらいよ」では、最終回で寅さんがハブに噛まれて絶命する。このラストに抗議が殺到し、69年8月に映画版「男はつらいよ」が製作される運びとなったのである。寅さんは一度死んで、映画で甦った。その時点から寅さんは「死ななく」なったのである。

 現在「男はつらいよ」の舞台となった柴又を訪れると、駅前広場の目立つところに寅さんとさくらの銅像が建てられている。渥美清と倍賞千恵子の銅像ではない。あくまでも「フーテンの寅」と「見送るさくら」の像だ。「葛飾柴又寅さん記念館」はファンで賑わい、帝釈天の参道も寅さん一色である。映画の舞台となった場所が観光地化するのはよくある話だが、「寅さん」という架空の人物があたかもそこに実際にいるかのように扱われているのは柴又をおいて他にないと思う。ここにもやはり寅さんは「生きている」のだ。

■「生きている」寅さんをどう表現するか

 ではその「生きている」寅さんを、「新作」ではどのように表現するのだろうか。1つにはCGという手段がある。阪神・淡路大震災の直後に撮影された48作目では、村山富市首相(当時)に並んで避難所を訪問する寅さんの姿が合成されていた。49作目の冒頭でも満男が見た幻として手を振る寅さんが登場するが、これは過去作からCGで合成したものである。現在の進んだCG技術では、より一層自然に寅さんを映像の中で動かすことも可能なのではないだろうか。

 あるいはアンドロイドの作製だろうか。以前、松竹の大船撮影所に併設されていた鎌倉シネマワールドには「寅さん」人形があちこちに置かれていたが、渥美清本人がそれを見て「俺はあんな顔かい?」「気持ち悪い」と不快感をあらわにしたという話が伝わっている。しかし現在は二松學舎大学のプロジェクトで作製された夏目漱石アンドロイドが芝居をしたり講演をしたりする時代だ。もしかすると「寅さんアンドロイド」が映画に出演する日もそう遠くないのかも知れない。

「新作」について、会見で山田洋次監督は「ちょっと不思議な映画」と予告している。どのような不思議がそこに隠されているのか、楽しみに来年を待ちたいと思う。

(オギリマ サホ)

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