停電、火事、トイレ崩壊……生放送中の大事故でもコントを続けた志村けんさんの“人間力”

停電、火事、トイレ崩壊……生放送中の大事故でもコントを続けた志村けんさんの“人間力”

©文藝春秋

 志村けんさんが、昨年3月29日に亡くなって早1年。志村さんが所属していたザ・ドリフターズの先輩にして盟友・仲本工事さんが命日に「一年早いものですね。でもまだ、志村がそばにいるような気がします」とTweetしていたが、それは志村さんを愛したファン共通の想いでもある。

 その溝や心の隙間が埋まるはずもないとは思ったが、予想どおり埋まるはずもなく、今も志村さんがいた心の場所にはポッカリと大きな穴が空いたままだ。なぜなら“志村けん”の隙間を埋められるのは志村けんその人しかいないから。1年経ってその真実を改めて突き付けられた思いだ。ならば、“志村けん伝説”の生き証人として、その偉業を後世に伝え続けていくしかない……と思い立ち、本稿を書かせていただく次第。

 もちろん晩年に近い『志村軒』(’10年〜’12年)や『志村でナイト』(’18年〜’20年)、第2の黄金期ともいうべき『志村けんのだいじょうぶだぁ』(’87年〜’93年)や『バカ殿様』シリーズ(’86年〜’20年)も大好きだったが、昭和42年生まれ的にはやはり『8時だョ! 全員集合』(’69〜’85年/志村さんの登場は’73年〜)時代の志村さんが一番思い出深い。決してそれが“ベスト”と主張しているわけでなく、世代的に個人的“思い入れ”が熱いのが『全員集合』時代という話で、リアルタイム世代として証言しておきたいということなのでどうか誤解なきよう。それぞれがそれぞれの時代の志村さんを語っていただければ……と思う。

 そして今回は、志村さん一流の“芸”ではなく、生放送ならではのハプニングとそれを乗り切った“プロ魂”をプレイバックしたいと思う。

■停電から始まった『8時だョ! 全員集合』伝説の放送回

『全員集合』16年の歴史で最大のハプニングといえば、やはり“停電”に尽きるだろう。番組開始とほぼ同時に会場(入間市市民会館)が停電したのだ。1984年6月16日放送分のこと。いつもどおり土曜の夜8時に、テレビの前にいた我々視聴者は、暗闇の中のざわめきに“8時だョ! 全員集合”のタイトルロゴが躍る、いつもと違う光景に目を疑った。

 いつものようにリーダーの長さんこといかりや長介さんが「8時だョ!」と叫び、会場の階段にいる加トちゃんや志村さんはじめ残りのドリフ・メンバーが「全員集合!!」と続けて、元気よくステージ上に疾走するオープニングを期待していた我々視聴者は瞬時に異常事態が起きている事実を理解した。以降しばし照明は点いたり消えたり。

■長さんのアドリブ「8時9分半だョ! 全員集合!!」

 志村さん、仲本さんが「どうしたの?」とツッコみ、「今日は……休みか?」と加トちゃん。「15年間やっておりますが、こういうアクシデントは初めてでございます」との長さんの理路整然とした説明に、リーダーとして、“大人”としての貫禄を感じたり。懐中電灯で自分の顔を照らす志村さんに「遊んでんじゃないよお前は。大変な事態なんだから」とツッコむ長さん。これは会場を和ませようとする志村さんの心遣いだろう。

 暗がりの中、懐中電灯を手に当日のゲストを紹介する長さんはどこまでも頼もしい。「西城君でございます」と西城秀樹さんを紹介。直後、会場からは「ヒデキ〜〜!」のシュプレヒコールが。ファンも逞しい。続いて河合奈保子さん、オレンジ・シスターズさん、菊池桃子さんとゲスト紹介。やがてスポットライトや補助照明を駆使し、長さんのアドリブが利いた「8時9分半だョ! 全員集合!!」の雄叫びとともに番組は再開。あくまでも補助電源なため、どこか薄暗い印象を受けつつもどうにか生放送は終了した。エンディング直前、「また来週も(停電で)!」とアドリブを入れ、さらに長さんに「目が赤いよ、どうしたの?」とツッコむ志村さん。もちろん志村さん一流のギャグだが、後者は半分、駆け回っていた長さんを労う心遣いも込めてのことだろう。

■“お約束”のコントのつもりが……トイレが志村さんに崩れ落ちる大事故

 これぞ志村さんにとっての最大のハプニングと言えるのが1983年6月4日放送の「ドリフの民宿・これじゃ明日も満員御礼」。加トちゃんと志村さんが田舎で民宿を営む老夫婦に扮して、東京から来た長さん、仲本さん、高木ブーさんファミリーをもてなすという設定。加トちゃんのはげヅラ爺さんが、建てつけの悪いフスマを勢いよく閉めると、その反動(?)で、婆さんが入っていたトイレが傾いて(もしくは志村さんだけが外に飛び出す予定だった?)大騒ぎという、ある意味“お約束”のコントだったが、なんと! 飛び出した志村さんの上に、トイレのセットが音を立てて崩れ落ちたのだ。

 加トちゃんと高木さんに助け出されるや、頭と腰をさすりつつものすごく俊敏な動きで飛び出す志村婆さん。すかさず「あれまで落ちる予定じゃなかったでしょ!?」、「後ろからドーン!」と、愚痴ともつかぬアドリブを連発。「『全員集合』始まって以来の死人が出たかなと思ってまぁ」という加トちゃんに思いっきり当て身を喰らわす志村さんの姿に、我々もようやく「ほっ」。「なんか全部忘れちゃった俺。次はなんだっけ? もう今日帰ろう。なんか嫌な予感してきたオレ」、そして「1+1は3、あ、大丈夫だ!」という見事なアドリブでコントは無事再開。アドリブとギャグで混乱した自身の頭を整理し、且つ会場や視聴者も和ませる志村さんに、子供ながら一流の“芸人魂”を見出した。

■今では考えられないハプニングの数々を乗り切った“頼れる大人たち”

 1977年5月14日放送の探検コント「ドリフの地上最悪の山」での“火事”も有名だ。探検隊が射ったピストルの火薬がヘビの人形に飛び火して燃え上り、火事になった。会場内に非常ベルが鳴り響き、一時騒然となったが、スタッフが消火して事なきを得た。ここでは「探検はこれまでぇ!」のひと言でコントを中断させた長さんのリーダーたる英断がお見事だったが、観客の緊張をほぐすためか、志村さんは最後まで傍にあった動物の人形を小突くなどの細かいアドリブを披露していて微笑ましい。

 また別の回では志村さん・加トちゃんコンビで有名な「ヒゲダンス」で、いつものバックの赤レンガ壁が上から降りて来ず、バックバンドが丸見えのまま、ピストルで風船を割る芸が展開されたこともあった。全く動じずに粛々とコントを続けるお二人の姿に、今は笑うよりすっかり敬服してしまう。

 全くいい時代になったもので、これらはDVDやオン・デマンド動画で気軽に観られるので、興味を持たれた方はぜひ。

■数々の“あり得ない”を乗り切った人間力

「今じゃ絶対あり得ない」という驚きと同時に、これらあり得ないハプニングの数々を乗り切った長さん、志村さんをはじめドリフ、ゲスト、スタッフたち。さらに観客のみなさんに至るまで惜しみない拍手を贈りたくなってしまうし、番組の座長たるザ・ドリフターズには“どんなハプニングにも冷静に対処する立派な大人像”を感じてならない。セキュリティやコンプライアンスばかりが叫ばれる昨今だが、『全員集合』を観直してやはりそれらも“人間力”次第と痛感した。“頼れる大人たち”がいて、初めて為し得る“あり得ない”の数々だったのだ。

 最後に、こんなことを書くのはバカげたことだし、幼稚極まりないとは思うが……1年前の志村さんの訃報が、「民宿コント」での加トちゃんのアドリブ的ジョークであって欲しいと改めて切に思ってしまった。やはり志村さんのいない隙間は埋まらない。だからこそ思い出し、語り続けるしかない。志村さん、あなたのことは死ぬまで忘れられません。だから自分が死ぬまで、語り続けさせてください。一周忌を迎え、改めてご冥福をお祈りします。

(岩佐 陽一)

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