岡田有希子さん「18歳の死」から35年…当時原因とされた“ある出会い”

岡田有希子さん「18歳の死」から35年…当時原因とされた“ある出会い”

楽曲の作曲陣は竹内のほか尾崎亜美、坂本龍一と豪華だった ©共同通信社

 アイドル歌手・岡田有希子(享年18)が1986年に自らの命を絶って35年。命日の4月8日、現場となった新宿区の元所属事務所ビル前と、故郷・愛知の墓前には、ファンが集まり黙祷を捧げた。

「最近は往年のファンだけでなく、YouTubeなどで知った若い人も来るように。岡田の愛くるしい顔のパネル写真と花束や飲み物などを並べ、偲んでいた」(スポーツ紙記者)

 岡田が所属事務所サンミュージックのビルの屋上から飛び降りたのは白昼、午後0時すぎだった。ベテラン芸能記者が回顧する。

「午前10時頃、青山の自室で手首を切り搬送。幸い軽傷で事務所で専務と話し合いをしたが、一瞬のスキに屋上に上り、飛び降りた」

 トップアイドルの死という衝撃に、後追い自殺する若者が続出。国会でも取り上げられ、海部俊樹文部大臣が答弁に立った。

 遺書は遺族に渡され、中身は明かされていない。当時、原因として指摘されたのが、前年11月より放送された、岡田にとって唯一の主演ドラマ「禁じられたマリコ」での出会いだった。

■岡田が恋愛感情を抱いていたのではと指摘された共演者

「共演者に24歳上の峰岸徹がいた。岡田が峰岸に恋愛感情を抱いていたのではと指摘され、会見した峰岸は『妹のようにアドバイスしていた』と恋愛は否定するも『僕にも責任はある』と発言した」(同前)

 その峰岸も2008年、65歳で鬼籍に入った。

 岡田は名門・名古屋市立向陽高時代にオーディションに合格。東大進学も望めるほどの秀才だったが上京。84年、16歳で竹内まりや作の「ファースト・デイト」で歌手デビューした。

「3枚目のシングルでオリコンのトップテン入り。吉川晃司との争いを制しレコ大の最優秀新人賞を受賞した。翌年に事務所の先輩・松田聖子が結婚。ポスト聖子の声も高まったが、それを問うと本人は『聖子さんは聖子さん、自分は自分ですから』と語った」(同前)

■似たタイプがいそうでいない

 2年遅れで上京した後輩の酒井法子を可愛がっていた岡田。86年1月に発売した8枚目の「くちびるNetwork」(作詞は松田聖子)ではオリコン1位を獲得。紅白初出場も見えた。が、3カ月後、自らの命を散らせたのである。

 没後、岡田を知る者たちが口を揃えて語ったのが、その頑張り屋ぶりだった。超のつく過密日程の中、取材に真摯に応対し、点滴を打ちながらテレビ出演。

「天真爛漫とは違う、どこか思慮深げな笑顔が記憶に残る。似たタイプがいそうでいない、オンリーワンなアイドルだった」(同前)

 それが、35年を経た今も、岡田が忘れられていない理由なのだろう。

注:当初、「事務所で社長と話し合いをしたが、一瞬のスキに屋上に上り、飛び降りた」と記述していましたが、話し合いをしていたのは社長ではなく専務であり、本文を修正しました。確認が不十分でした。お詫びして訂正いたします。(2021/04/18? 19:25)

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年4月22日号)

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