シン・カープ!〜広島カープ、暗黒時代の歩き方と錬金術

シン・カープ!〜広島カープ、暗黒時代の歩き方と錬金術

3連覇を達成し、胴上げされる緒方孝市監督 ©時事通信社

 始まっちゃいましたよ、2018年CS! こわい!
 
 カープのCSを語るには2017年セ・リーグ2連覇後のCSファイナルステージ敗退を避けては通れない。ああ、そうさ負けたさ横浜さんに。テレビ中継を観ながら連日震えていた私にアシスタントさんが「漫画原稿のペン入れ進めないと! このままだと1日7枚ペン入れ必至の計算になります! 無理! 原稿落ちるぅ!」と悲鳴を上げていた1年前。

 そしてもうひとつカープのCSと言えばあれですよ、16年間Bクラスで「CS? なにそれ美味しいの?」状態だったことだ。

■マイライフ・アズ・ア・カープ ライカ犬の哀しみ

 広島東洋カープはリーグ3連覇致しました。実に嬉しかった。素晴らしい結果です。何度も言いたい、おめでとう、ありがとうと。

 しかし、昨今よく言われているカープ上げ文言たちはあやしい。育成のカープだの、金でよそから獲ってくるだけの球団はカープを見習えだの、層が厚いだの。3連覇しているからそりゃあベタ褒めですよ、評論家の方々は。

 ……忘れていませんか? 25年かかっているんですよ、その見習おうという育成に。前の優勝から3〜4年でいまのカープになったなら見習うべき、と私も思うでしょう。

 本当は見習いたいほど羨ましくはないですよね?

 シーズン開始前に優勝をくちにしたら馬鹿にされてたんですよ丸24年。忘れもしない万年5位時代、漫画の担当さんに「毎年、カープが優勝すると思って開幕迎えてます」と言ったところ、カープが優勝? ナイナイと顔の前で手を左右に振られ半笑いされたわ……うちのマンションロビーでの打ち合わせ中……ソファーに座ったまま泣きそうになったわ……。

 優秀な選手が次々出てくると注目のカープアカデミーだって毎年有望新人がざくざく出てきているわけではないのだ。まだアカデミーやってんのと言われた時期もありました。

 今シーズン、巨人がマツダで勝てないと何度もニュースになった。対広島の巨人の弱さは異常だ、マツダ14連敗とは! と。あのー、カープは東京ドームで15連敗記録があるんですけど。当時まったくニュースになりませんでしたが。裏を返せばカープは巨人にどんなに負けても話題にはならないほどの弱さだったのだ。普通のことだった、東京ドームで負けるなんてことは。

 他球団ファンの皆さんはさすがに25年はないようちは、と思っているでしょう。カープほど暗黒時代を長くするつもりはないと。Aクラスに16年かけるかよ、と。

 地球には戻すすべのないスプートニクで実験のため宇宙に打ち上げられ死んだライカ犬、クドリャフカより自分は幸せなんだと言い聞かせて暮らす少年の物語、マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ。カープはそのライカ犬だ。かわいそうに思われる側だった。暗黒鯉カープよりうちはひどいことはない、と。

■フランダースの犬のように人生は取り返しがつかない

 人生のほとんどは取り返しがつかないことで出来ている。

 緒方監督1年目、田中広輔幻のホームランで決まってしまった4位、あとで誤審でしたと謝られても順位が上がるでも再試合できるでもなく。初のCS出場前に前田智徳が怪我で離脱、引退表明。デッドボールの前には戻れない。誠也の骨折も安部の怪我もないまま去年のCSに戻ることはできない。25年の間に優勝を知らないで去っていった選手たちもいまのカープに現役復帰できる都合のいいタイムマシンもなく。

 フランダースの犬だ。ルーベンスの絵の前のネロだ。アロアのとーちゃんが反省しても戻ってこないよ。辛い。

 中学時代の「自分の手を彫刻する」美術授業を思い出す。四角い蝋の塊から思い思いの手を削り出すのだ。私は美術は好きだったがその授業は憂鬱だった。彫刻刀でサクッと間違った部分まで削ってしまたら、もうくっつかないんだよ? おそろしくないですか。絵の具なら上に塗り重ねられるのに。失敗しないように選んだ自分のモチーフは「グー」。クラスに数人いた「パー」「オーケーマーク」「Vサイン」などのいかにも折れそうなあやうい指を削り出している子たちを度胸あるなあと見ていた。

 中学2年の私よ。蝋をうっかり削り落としても、そんなん取り返しのつかない失敗のうちに入らないよ。死なない。それくらいでは。だけどわからないのだ、弱さの渦中にいると。その失敗がちっぽけかどうか、その時の自分が決めるんじゃもの。

■エデンの東 広島は西

 取り返しのつかない欠けをつかないなりに補えるのが強さなのだ。打てない打線を投手が相手をおさえることで補い、投手が打たれたら打線がさらに点を取ることで補い、ファインプレーで救い、エラーは次の打席で補う。弱いチームはエラーはエラーのまま、打たれれば打たれたまま、打てなければ走れもしない。

 弱さって加速する。

 マイナス×マイナスで無理にでもプラスにできれば強さだって加速できるけど簡単にはいかない。強さと弱さと愛しさと切なさと心強さと。

 怪我をした丸を野間が、薮田不調はフランスアが、打撃不調の菊池は自分の守備で補えた、強さ掛け算は今年もなんとか完成したのだ。

 夭折の青春スター・ジェームズディーンの吹き替えを担当した故野沢那智さんは「彼の痛いくらいの輝きが若さだけのものだったのか、そうでないのか、僕は知りたかった」とラジオでおっしゃっていた。とてもよくわかる。大人を敵にしてきた尖った個体は大人になってからが本番じゃないのか。別の煌めきはあるのか。あって欲しい。

 暗黒時代をぬけたあと、どう戦うのか。いまから暗黒時代に意味を持たせることができるのか。あの辛さに。「暗黒時代が長かったからいまのカープがあるんだよ、うんうん」なんてしたり顔で言いたくないなあ。抜け出したいってずっと戦ってた選手たちに失礼だ。

 スポーツ新聞記者の漫画を描いていた時期にマツダを取材させていただいた。試合前のカメラマン席から選手の練習風景を観た。記者席前にネットに囲まれたバント練習用打席一つ。当時バントが下手だ下手だと言われていた鈴木誠也がその打席に入った。ほんの3〜4球、バントっぽいあて方をして首をひねりつつすぐ出て行った。私の隣にいた阪神ファンの担当さんは「え? もう終わり? 大丈夫なんですか、全然バントになってなかったけど!?」と心配したほどにあっという間だった。そのあとにすぐ菊池涼介がバント練習に入った。「さーて、誰を狙っちゃおうかな」と冗談を言いつつ、細かくどこに飛ばすかを決めて狙い通りにあてていた。さすがだった。

 その年、鈴木誠也は4番になり、前年度まで必要だったバントの場面はまったくなくなった。思い出すたび笑ってしまうバント練習だ。確実にできるようになる正統派と、パンが無いならお菓子を食べればいいじゃない=バントできないならホームラン打てばいいじゃない派。そうだ、暗黒の抜け方は様々あるね。だからこそ補い合える、強さは掛け算、弱さは割れる。

 優勝をしたとたん、ファンはくるりと真逆を向かねばならない。低い弱みの沼から優勝を見上げていたのに、その見上げていた高い壁の上に立ってぐらぐらしながら落ちる恐怖にストーカーされながら応援し続けるのだ。

 取り返しがつかないから生きていける。とりあえずそう言っとこう。今年の野球だけを応援できる。

 苦しい負けから別の何かを作り出せるのが強さだ。去年のCSからなにを創り出したのか暗黒錬金術を見せてもらおう。

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(石田 敦子)

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