国分町の“おんつぁん”と語った「野球と人生、そして背番号14のこと」

国分町の“おんつぁん”と語った「野球と人生、そして背番号14のこと」

背番号14の男 ©文藝春秋

 東北一の歓楽街・国分町。表通りから一本奥まった路地にあるうらぶれた居酒屋を、まもなく還暦を迎えようとしている初老の男が、いつものように切り盛りしていた。

 お店の常連客からは、「おんつぁん(仙台弁で=おじさん)」と、親しみをこめられ、そう呼ばれている。

 店内のちょうどよい目線の位置に備え付けられた年季の入ったテレビモニタには、背番号14を背負った男が映し出されていた。

■「あの姿は忘れられないんださ」

「んだから、あいつの入団1年目の年は、2013年か。俺は前の年にさ、いぎなり
離婚したんだ」

 へへへっ、とおんつぁんは笑いながらそう答えた。

 イーグルスが日本一となった2013年を経て、その後勝てない時代を経験する。平成から令和に移り変わりいくなか、決して多くはない収入のなかから別れた妻と子供のために養育費を払い続けた、それがおんつぁんのプライドだった。

「その頃の仙台は、震災の復興バブルと言われたりしてよ、国分町もどこいっても混んでるちゃあ。なんだべ〜大工の日当も4万になった〜って現場監督の常連客が困ってたんだ」

 そう言うとおんつぁんは、クリムゾンレッドの手帳をバッグから取り出すと、小学生らしき二人の子供が写った写真をジッと見続けた。別れてから何年も会えていない子どもたち。気落ちすれば、そのまますっぽりと社会から取り残されるかような孤独に追い詰められるなか、この写真とともにイーグルスの試合を見ることだけが心の拠り所だったという。

「けっぱったなあ……俺、けっぱった」

 頑張ったという意味の仙台弁の言葉を連呼するおんつぁんの隣で注文を一手に引き受けるフィリピン生まれのおばさんは、またこの話か……という呆れた顔をしながら、手慣れた手つきでドボドボとブラックニッカを注いで濃いハイボールを作ってくれる。

 おんつぁんは客にしわがれ声で話し続ける。

「公園でさ、父親とちいさい子供が遊んでいるのを見ると、いぎなりいづい気持ちなんだべさ。そりゃあ自分が悪いんだ。浮気して家族を裏切った自分が100%悪い。球場前の榴岡公園、桜の季節は特に嫌!なんだべさ、通るたびに胃がぎゅうっと掴まれるっぺよ」

「いぎなりいづい」とは、仙台弁で「違和感あるとか居心地悪い」ということ。おんつぁんいわく、離婚の原因は1アウトもとれないKO負け。何の言い訳もできない、おんつぁんのただの浮気。

 おんつぁんいわく、離婚の原因は1アウトもとれないKO負け。

 何の言い訳もできない、おんつぁんのただの浮気。

 ふうっとため息をつくと、今年の仙台の桜は早く咲いて早く散ってくれてよかったと、たわいもない世間話を続けてくれた。

「震災で家族をなくしたり家を失ったりした人の事を考えれば、俺が抱えた孤独なんてそりゃあくだらない。んだけども、日本一の2013年もそうだし、マー君がアメリカいったあども、チームを支えて一生懸命投げてくれてたあいつの姿にどんなに励まされたっぺよ。あの姿は忘れられないんださ」

■「いつか誰かが見てくれる、いや見てくれないかもしれない。それでもやるんよ」

「だいたい心がぐぐっと病んだりするのは、仕事とプライベートが両方ダメになったとき。仕事の調子の悪さの裏には、プライベートの乱れがあったりすんだわ。うちのお店でしょんぼり飲んでるおっさんの客はみんなそうだべ。そこは野球選手もサラリーマンも同じよ。ウチの元の奥さんは、気立てがよくてめんこい子(注:かわいい子)。サラリーマンやってた頃の会社の後輩なんだべ。んだから、結婚した後も会社の同僚と家族ぐるみで付き合ってな、めんこい子供と嫁つれて、広瀬川で芋煮会だっちゃー来週は蔵王にキャンプだっちゃーて、いぎなり楽しかったんだ。いい思い出よ」

 そんな幸せの時間も、少しばかり店が繁盛し収入が増えて飲み歩いて出会った女に入れ込んだばかりに一瞬にして失った。

「んだから、みんながさ、そういうのを叩く気にもなるのはわかるんけんども。俺からすれば本人が一番反省してんだから。たしかにここ数年のあいつは、なんだかマウンド上でおかしかっだ。よく考えりゃ、ありゃあなんかあった顔だよ(笑)」

 だから俺は応援すんよ。だって俺はあいつの気持ちわかるっぺよ、と。

「結局、男は周りにガヤガヤ言われようと、自分に一生懸命与えられた仕事をやり抜くしかない。そう思うべ? いつか誰かが見てくれる、いや見てくれないかもしれない。それでもやるんよ」

 そういうと、おんつぁんはテレビを見入った。画面の中では、背番号14が去年とは別人ような吹っ切れた投球を見せていた。

「コロナもあるべよ、養育費も払い終わったしよ。そろそろこの店も店じまいしようかと考えているんだ。あとさ、こないだ久しぶりによ、子供たちが俺に会いたいってよ。へへへ、なあ俺、けっぱったよな?」

 テレビ画面にうつる試合はまだ中盤戦。

 ピッチャー投げました、内角高めのストレート!

 ランナーを背負いしピンチ。けっぱりながら投げている。

「コロナだからな、20時には店閉めっぺよ。さあラストオーダーだ。それ飲んだら、けえった、けえった!」と、おんつぁんが言う。

「このピンチ乗り切ってくれよ。けっぱれ!!」

 おばさんがついでくれた今日一番のとびきり濃いハイボール片手に、おんつぁんも僕らも、生きてく、生きていく。

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(ハガ ユウスケ)

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