王位戦リーグ最終戦で羽生善治九段と激突 佐々木大地五段「チャンスを逃したくない」

王位戦リーグ最終戦で羽生善治九段と激突 佐々木大地五段「チャンスを逃したくない」

佐々木大地五段 1995年長崎県生まれ。2016年四段プロデビュー。次点を2度獲得してフリークラスからのデビューだったが、1年以内に順位戦参加の資格を得る。居飛車党で、相掛かりを得意とする。師匠は同じ長崎県出身の深浦康市九段。師匠と共同でツイッターを運用する

 最年少タイトルホルダーが誕生した2020年、その年末時点で藤井聡太二冠と公式戦を複数局指し、かつ勝ち越している棋士は数少ない。その一人が佐々木大地五段である。小学生低学年で全国優勝の経験があり、プロになってからも常に高勝率を挙げているが、その棋歴は順風満帆ではなく、むしろ波乱万丈であったと言ってよい。

 将棋に打ち込んだ佐々木少年は2004年、小学校3年生の夏に倉敷王将戦(低学年の部)で優勝する。だが同年の12月に突然の病魔が襲う。「拡張型心筋症」と診断され、一時は生命も危うかった。

 そんな佐々木五段は、王位戦の挑戦者決定リーグにて最終局を羽生善治九段と戦う。勝てば藤井聡太王位への挑戦が現実味を帯びてくる大一番だ。 文春将棋ムック「読む将棋2021」 に掲載されたインタビューから、一部を抜粋して掲載する。

■振り返ってみると、全然勉強していなかった

佐々木 福岡県の病院に4ヶ月ほど入院しており、その間に小学生名人戦の長崎県予選がありました。当時は県予選より先の西日本大会をどう戦うかということを考えていたので、県予選に出ることすらできなかったのは悔しかったですよ。ですが入院が長期化したので、福岡の病院に住民票を移すと、福岡県予選には出られることがわかりました。無理を押して出場し、結果は優勝。その後の西日本大会には病状的に外出すら厳しい状況で参加できなかったのですが、この予選をきっかけに体調が回復していきました。医者の先生にも不思議だと言われましたね。当時は将棋を指したいという気持ちしかなく、その一つの希望があったのが大きかったのでしょうか。

 元気を取り戻した佐々木少年は前にも増して将棋に打ち込み、ついに2007年の第32回小学生名人戦で西日本大会を突破し、ベスト4へ進出した。小学生名人戦はベスト4から東京で収録が行われ、NHKで全国放送される。第32回大会に参加して、後にプロ棋士となったのは佐々木の他に近藤誠也七段、増田康宏六段、古森悠太五段、本田奎五段、黒田尭之五段、山本博志四段、冨田誠也四段がいる。

佐々木 準決勝では近藤君と当たったんですが、惨敗でした。何を思ったのか大一番で中飛車を採用していました。それ以前に振り飛車は遊びでは指していましたが、真剣勝負で指したのは初めてのはずです。よほど緊張していたのかなと思います。

――2008年の9月に6級で奨励会に入会されています。奨励会試験の受験以前から、家族全員で対馬から横浜に引っ越したそうですが、これは背中を押してくれたのでしょうか。それとも、プレッシャーに感じましたか。

佐々木 やはりプレッシャーはありました。でも、やっぱり小中学生ですから、事の大きさはつかめていなかったんですね。振り返ってみると、全然勉強していなかったなと思います。

 佐々木は奨励会時代、連勝規定で昇級・昇段をしたことがない。爆発力に欠けていたとみることもできるが、一歩一歩着実に力をつけていったということもできる。三段へ昇段したのは2013年の5月。同年の10月から始まる第54回三段リーグが、佐々木にとって初の三段リーグ挑戦となった。

■「今回の次点がチャンスだと思って前向きになるように」

佐々木 三段リーグには5期いました。初参加のリーグが4連敗スタートで、レベルの高さを思い知らされました。5、6回戦で連勝できたんですが、その相手はどちらも自分と同じ新三段だったんです。先輩から「まだリーグは始まってないね」と言われて、そういうものかと怖い思いがありました。

 だが、2期目の第55回リーグで佐々木は勢いに乗る。小学生名人戦で名をなさしめた近藤誠也、四段昇段候補の筆頭格にあった増田康宏らを破って、リーグ最終局を迎えた時点では13勝4敗。あと一局を勝てばプロへ手が届くのだ。

佐々木 最終局は相当に悔いが残りました。こちらが優勢で、寄せに行くか手堅くいくかという局面でしたが、そこで幻の詰みを見てしまい、手堅い順を逃して逆転負けです。終わった後すぐに帰宅しましたが、他力昇段の可能性があるのは知っていたので、負けた反省とひょっとしたらという気持ちが頭をぐるぐると駆け巡っていましたね。その入れ替わりがきつかったです。次点に終わって、師匠(深浦康市九段)から厳しめのメールをいただきました。

―― どのような内容だったのでしょうか。

佐々木 「より強くならなくてはならない」という内容でした。もちろんダメージはありましたけど、師匠のメールを受けて気持ちを変えたのが、自分の人生の中でハイライトの一つとは思っています。5期目の第58回リーグで2つ目の次点を獲得しましたが、その時は9勝3敗から競争相手に連敗し、不甲斐なさから頭を丸めました。最終日を迎えた時点で自力昇段があるのはわかっていたのですが、1局目は退会が決まっていた折田さん(翔吾四段。奨励会退会後にプロ編入試験を受け、合格)に完敗し、「また昇段はないか」と。ですが前回は頭ハネで昇段を逃したので、来期に向けて一つでも順位を上げることだけを考えました。

 佐々木の三段リーグ最終局は260手超えの熱戦となったが、黒田現五段に勝利。その結果、佐々木は2つ目の次点を獲得した。奨励会三段リーグは原則として上位2名が四段昇段の権利を得るが、それとは別に、次点(3位)を2回取ったものに「フリークラス四段」の権利が与えられる。ただし、フリークラス四段はプロ棋士として認められるが、その時点では順位戦への参加資格がない。そして10年以内に規定の成績を上げて順位戦へ参加できないと、引退を余儀なくされる。フリークラス入りを放棄して三段リーグで順位戦を目指す選択肢もあり、20歳当時の佐々木は難しい判断を迫られた。

佐々木 2度目の次点獲得をまったく想定していなかったので、どうするかを考えていませんでした。権利があることを知らされて、すぐに師匠へ電話しました。普段は電話することがなく、奨励会例会の日に電話したのは初めてかもしれません。「リーグでもう少し鍛えたほうがよければ頑張ります。ただ自分としては三段リーグはすごくつらいので、(権利を)使いたいです」と言った記憶があります。翌日、千駄ヶ谷の喫茶店で話し合うことになりました。電話をかけていた時、周りに三段が何人かいて「使う一手でしょ」と驚かれましたね。

―― 昇段枠は限られていますから、周囲の三段にとっては、強いライバルが残る上に「あなたたちになら勝てる」と言われているも同然ですね。

佐々木 周りからしたら「ふざけんなよ」という感じですよね。喫茶店へ向かうときはドキドキでしたよ。「もう一度頑張ったら」と言われたらまたやるとは思っていましたが、周りからのプレッシャーでどうなってしまうのかという恐れもありました。千駄ヶ谷駅近くのエクセルシオールで師匠と会い、「三段リーグがつらいからプロになるというのはよくない。プロになってからもリーグはある。今回の次点がチャンスだと思って前向きになるように」と言われました。

 野澤亘伸氏の著書『師弟』には、三段リーグの翌朝に、森下卓九段(深浦の兄弟子)が深浦に電話をかけ「佐々木君を四段にしてあげてくれ。もう一度三段からやり直せなんて可哀想だ」と嘆願したくだりが紹介されている。対する深浦の返事は「僕は佐々木の意思に任せていますので、本人がフリークラスを希望するなら昇段させるつもりです」というものだった。

佐々木 師匠の言葉を聞いて、まだまだ自分の甘さを感じました。森下先生の電話に関しては野澤さんの本を読んだのが初めてで、そういう経緯があったとも知りませんでした。三段リーグの最終局が3月で、プロとしてのデビュー戦が6月。その間はふわふわしていた感がありましたね。プレッシャーもあって、デビュー戦をそれほど楽しみとは思っていませんでした。

■やっとスタート地点に立ったなという気持ち

――デビュー戦を勝利で飾った後も好成績を上げ、2017年2月にフリークラス脱出を果たしました。次点2回の四段昇段者で、1年以内に順位戦参加資格を得たのは佐々木さんだけ。そのときは、10年以内に引退せずに安堵したという感じでしょうか。

佐々木 10年で引退ということは考えていませんでしたが、やっとスタート地点に立ったなという気持ちでしたね。近い世代の近藤君、増田君、梶浦君(宏孝六段)が先に行っていたので、早く追いつかねばという一念でした。あと、昇級を決めたのはNHK杯の予選でしたが、その日は本戦入りまでまだ2局あったので、そちらのほうばかり考えていました。

――デビュー1年目は25勝10敗、勝率0・714という好成績でした。一方、佐々木さんの半年後に史上最年少で四段昇段を果たした藤井聡太四段が大きな注目を集めました。

佐々木 藤井君のようなスターが現れて、世間にも将棋界がよい取り上げられ方をされて、脚光が集まったのはうれしかったですね。でも、まさかあそこまで勝つとは思っていなかった、というのが本音です。

 藤井は三段リーグを1期で抜けたため、奨励会時代に両者の激突はない。そして新記録となる29連勝を藤井が達成したときも、佐々木―藤井戦はなかった。両者が公式戦で初めて相まみえたのは2017年9月の新人王戦、勝者がベスト4入りを果たす一番である。その時の藤井の通算成績は39勝5敗だった。

佐々木 藤井君が三段になる前から、ネット将棋で彼だと言われていたアカウントと指したことはあります。もちろん強いとは思っていましたが、中学生にしてはという感じでしたね。プロになってからも以前とは段違いの強さでしたが、まだ粗さも残る感じもありました。ただ棋譜を並べるのと実際に盤を挟むのとでは違うので、とにかく早く指したいなと思っていました。

■後手番だったら全敗でもおかしくなかったと思っています

――初対局では佐々木さんが勝ち、2局目では藤井さんが勝っています。迎えた3局目は2019年6月の王座戦決勝トーナメントでした。王座戦では、その前年に藤井さんがベスト4入りしていたこともあり、注目の集まった一局でした。

佐々木 実際に指してみると、藤井君の妥協しない指し方は感じましたし、前評判通りの中終盤の切れ味とか深さとかもありました。でも初手合いの時点ではそれまでの印象と極端に変わったということはなかった気がします。

 藤井君の一番の脅威は若さと成長力ですが、将棋自体を凌駕されたとは思いませんでした。ですが、3局目の王座戦では全体の読みの深さと正確さを感じましたね。結果こそ幸いしましたが、感想戦でこちらはヘトヘトなのに、向こうはまったく疲れていない感じで鋭い読みを披露されました。その時の新聞解説が佐々木勇気七段でしたが、自分をそっちのけで二人の感想戦という感じ。タフさが足りないことを思い知らされましたね。

 藤井君に勝ち越しているのは先手番を3局引けて、相掛かりに持ち込めたのが大きかったです。自分はけっこう先手後手を気にするので、後手番だったら全敗でもおかしくなかったと思っています。実際あるイベントで藤井君と指した時には、後手番で悲しくなるくらいの内容で惨敗しました(苦笑)。

■悪くはないけど、よくもない

 現在(2月6日時点)の佐々木の通算成績は179勝78敗の0.696。これは勝ち数と勝率のいずれにおいても、同時に四段昇段を果たした都成竜馬六段と井出隼平四段の数字を上回っている。ただ、都成と井出がすでに経験している「棋戦優勝」が佐々木にはまだない。佐々木はこれまでのプロ生活についてこう語る。

佐々木 悪くはないけど、よくもない。勝率はある程度残せても、大きなところで勝てていないから。その殻を破れずに今に至っています。大一番に勝てないのでは無駄に率が高くてもしょうがない。7割は勝ちつつ、かつ大事なところでも勝ちたいですね。奨励会時代にしのぎを削った同世代に負けないよう、一歩ずつ進んでいかなければと思います。

 大きなところで勝つ、そのチャンスと言えるのが2021年の2月から始まる、お〜いお茶杯第62期王位戦の紅白リーグだ。白組に入った佐々木はそこで優勝すれば紅組の優勝者と挑戦者決定戦を行い、勝つとタイトル戦七番勝負の舞台に躍り出る。佐々木の王位リーグ入りは4度目で、相性のいい棋戦と言える。

佐々木 リーグ表を見ると、当たり前とはいえ強豪しかいませんし、また過去の王位戦ではリーグに入れても、そこで結果を残せていないので……。

―― 初の王位リーグ入りを果たした第59期は1勝4敗でしたが、その後の60期と61期は3勝2敗と勝ち越しています。

佐々木 前期は負けた相手がいずれもシード組の2人(豊島竜王と永瀬拓矢王座)でした。今期の白組はシード組に永瀬先生と羽生先生(善治九段)がいますが、この2人に勝てるかどうかだと思います。もちろん他の3名(近藤七段、長谷部浩平四段、池永天志四段)も大変な相手ですが。今年度はトップ棋士に勝てていないので、王位リーグは試金石になると思います。

■勝負所で集中力が切れないように

 佐々木は以前、あと一歩というところで檜舞台への登場を逃したことがある。19年度の第45期棋王戦だ。挑戦者決定戦まで勝ち進んだが、本田五段に敗れた。王位戦と棋王戦には持ち時間4時間という共通点がある。

佐々木 4時間の将棋は勝率が高いから、向いているのではと思いますね。王位戦に関しては師匠が王位を取っていたこと、小学生時代に教わった藤本裕行さん(元奨励会二段、現在はフリーの観戦記者)が王位戦の担当記者をされていたことなどの縁もあるのかもしれません。棋王戦に関しては挑決まで行けたのは運がよかったですが、そこまで行ったら挑戦しなくてはいけなかったと思います。挑決の1局目を勝った後、勝てば挑戦が決まる2局目が消極的で、手が縮こまっていた感じでした。

 その後の五番勝負は、もちろんスコアの行方は気になりましたし、本田君も相掛かりをやるので戦型の細かい部分をそれぞれ一つの課題として見ていました。もちろんあと1つ勝っていればという悔しさもありました。

―― 調子がいいときの状態は、いつもと何が違うのでしょうか。

佐々木 雑念がなく将棋に集中できているときは、調子がよくいつもより変化を深く読めている気がします。例えば藤井君との王座戦はそうだったかもしれません。終わったあとは全く頭が回らないくらいに使い切った実感がありました。とはいえ対局中に将棋以外のことを考えることも多いですよ。

―― どんなことですか?

佐々木 先日は誰と遊んだ、何を食べた、などですね。さすがにまだ局面に変化がなく、比較的早い時間帯の話ですが。

―― 頭を休ませるという面もありそうですね。

佐々木 ずっと盤を見ているのは難しいので、席を外して会館内を少し歩くなどの気分転換はします。勝負所で集中力が切れないようにと考えています。

――現在の将棋界は渡辺名人、豊島竜王、藤井二冠、永瀬王座の「4強」時代と言われています。今後どのように目標を設定していきますか。

佐々木 タイトル戦にからめるようになればうれしいですが、現状の自分ではまだ足りません。棋王戦は対戦相手が調子を落としていたなど、運がよくて挑決まで行けた部分もあると思っています。ただタイトルまで遠くても、本戦トーナメントや挑戦者決定リーグに入れればチャンスは来ると思うので、まずはそれを目標にしています。現在は将棋ソフトの存在も含めて、勉強法を一つ変えればチャンスが来てもおかしくないという意識はあります。それを逃さないようにしたいですね。

 写真=鈴木七絵/文藝春秋

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 佐々木大地五段のインタビュー「『生きる希望』だった将棋で狙う『次なるチャンス』」の全文は、文春将棋ムック『読む将棋2021』に掲載されています。

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(相崎 修司)

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