「お母さんは教育が激しい人で、悪い人じゃない」育児放棄された男の子を変えた西成高校カツコ先生《NHK「逆転人生」》

「お母さんは教育が激しい人で、悪い人じゃない」育児放棄された男の子を変えた西成高校カツコ先生《NHK「逆転人生」》

堀田賢さん ©文藝春秋

「300円のチャーハンが夢やった」西成高校OBが語った“子供の立場から見た育児放棄と貧困の連鎖”《NHK「逆転人生」出演》 から続く

 2021年1月度の月間ギャラクシー賞も受賞した、『逆転人生』(NHK)の「貧困の連鎖を断て! 西成高校の挑戦」(1月25日放送分)。番組で紹介された大阪府立西成高校はかつて非行や中退の多い「教育困難校」だった。しかし、山田勝治教頭(現校長)が赴任してプロジェクトを立ち上げ、「反貧困学習」に取り組み始め、やがて就職率100%の学校に変貌する。

 この番組に西成高校の卒業生として出演していたのが、「Dプロモーション」所属のボーカルグループ「Star T Rat」の「ほっつん」こと堀田賢(すぐる)さん(27)だ。ほっつんさんも小さい頃から育児放棄され、ベンチで寝た経験もあり「つらくなることが多くて、みんなと顔を合わせたくない、将来なんかなかった」が、西成高校で“逆転人生”を果たした。

 今回、彼に取材をしたのは教育分野の取材も多く、プライベートでは8年間に渡って小学生に文章の書き方を教えるボランティア「新聞づくり教室」を続けているライターの田幸和歌子氏だ。 【前編】 でみえてきたのは、番組では描かれなかったほっつんさんの過酷な人生だ。親との折り合いが悪く、中学2年生になると自宅に帰らなくなり「ホームレスみたいな感じやった」の状態に陥ってしまったという??。

◆ ◆ ◆

■お金がないなりに楽しんではいました

??次第に学校へも行かなくなってしまったんですよね。日中はどう過ごしていたんですか??

 昼間はひたすら外で寝て、学校が終わってからみんなが集まってくると起きて、ひたすら友達を探しに行っていました。夜は家にも帰れないから、友達の家とか、大阪城とか、チャリンコで公園とか行ってました。お金がないなりに、体を動かしたり、探検したりして、楽しんではいました。

??ですが中学生になると友達付き合いでお金がかかる場面も増えてきますよね。

 そうですね。みんなはお小遣いをもらっているので、カラオケとかにも行きたいじゃないですか。でも僕がいると行きづらいだろうから、そういうときは自分からさりげなく外れたりしていました。あんまり特定の子と一緒にいると、その子のやりたいことが出来なくなってストレス溜めさせちゃうから。そういうときは他の地区の友達と遊んでいました。西成とか東成、寝屋川、住吉、住之江……ぐるぐるいろんなところをまわって友達を探していましたね。僕も、生きるために必死やったんで。

■グレる? グレるって、どんな感じなんだろう

??相手にストレスを与えたくないとか、相手の気持ちをすごく優先している印象があります。グレてやろうと思ったことはないんですか。

 うーん……グレる? グレるって、どんな感じなんだろうと思います。そうですね……あまり周りに迷惑かけたくなかったからな。結果、外で暮らして、周りに迷惑ばかりかけているんですけど、極力かけたくないという思いはあるので、そこは気をつけながらやっていましたね。誰かを傷つけたりするのも嫌やったんで。迷惑をかけない範囲を考えながら当時は過ごしていたかもしれないです。

??ベンチで寝ていたというのは、どこなんですか。

「うえほんまちハイハイタウン」のベンチです(写真)。ハイハイタウンは下がショッピングモールになっていて上に住居がある建物なので、隠れられるスペースがいろいろあったから、こっそり階段を上がった突き当りの室外機のぬくもりで寝ていました。屋根もありましたし。でも警察に見つかってしまって。周りの人はみんな僕の生活環境を知っていたから、中学3年の春くらいから一時期また児童施設に入れられました。でも施設で暮らしている間に親と話す機会があって、とりあえず「ごめんなさい」と言っていったん家に戻ることになりました。施設にいることが本当に嫌だったので。

■気づいたら、家族が引っ越していた

??家に戻ってから、西成高校へ入学するわけですね。

 そうですね。西成高校に入学したのですが、また少しすると親との仲が良くなくなって、家に帰れなくなりました。それでまた外で暮らすようになって、気づいたら、家族が引っ越して、いなくなっていたんです。それで住む家もなくなって、学校にも行かれへんし、留年してしまって。もう希望も何もなかった。

 でも、当時担任やったカツコ先生に「学校やめる」と話したら、先生は「絶対に高卒はとったほうが良い。今やめたらあかん!」と言ってくれて、生活環境なども全部整えてくれました。それで4年間で無事高校を卒業することができたんです。

■毎日起こしに来てくれたカツコ先生

??2012年当時、西成高校には非正規雇用者やシングルマザーの家庭が多く、育児放棄や教育放棄されてきた生徒がほとんどだったと番組で紹介されていました。カツコ先生(番組にも登場したほっつんさんの恩師)を始め、先生方が年間600件もの家庭訪問を行い、寄り添ったと。先生方が生活保護の手続きや、住む家の手配などもしてくれたそうですね。

 はい。生活保護で借りられる家のリストがあるんですけど、その中の何個かをめぐった中で、カツコ先生が「ここで。私が起こしやすいから」と学校の一番近くを選んだんです。僕は遠くが良かったけど、先生は「いや、絶対近くがいい」と(笑)。

??それで毎日起こしに来てくれたんですよね。すごい先生ですね。

 本当にすごいし、優しい先生でした。カツコ先生にも家庭があって、息子さんがちょうど僕と同い年くらいだから、「ついでや」と言ってくれて、おにぎりとか作ってくれて。朝、起きたら、ここらへん(顔から20〜30センチほどの距離)に先生の顔があるんですよ(苦笑)。当時は僕も甘えていたので、すごく嫌がっていましたけど。たぶん自分の子どもを起こして弁当作って、僕のおにぎり作って、朝はよ出て、僕を起こしに来てくれていたんですよね。

??ほっつんさんが住んでいた賃貸アパートは西成高校からは歩いて20分ほどの距離がありますよね。それを毎日というのは、すごいですね。カツコ先生は、ずっと担任だったんですか。

 最初の担任だったんですけど、そこから4年間ずっと僕とセットです。クラス替えする度にカツコ先生は「またかよ〜〜!」って言うんですよ。ずっと俺のお世話役だったから、担任になることなんかわかっているのに(笑)。

■高校生のときの親みたいな存在

??これまでの人生で、こんなにも深く関わってくる人はいなかったのでは? 最初は「うっとうしいな」という思いもありましたか。

 常に思っていましたよ、昔は(笑)。先生は最初の半年間くらい毎日来てくれてたんですけどやめてほしくて。僕が「ホントに起きるから。もう来んといて」「もうホントにやめて。絶対起きるから」と言ってそれで行かへんかったら、カツコ先生が「また行くで!」「わかった、行くから!」って言ってまた来るんですよ。

 僕もほんまにお母さんに言うみたいに「もうええ!」って怒っていました。今思えば、高校生のときの親みたいな存在でしたね。僕はあまり親とか家族と過ごしてこなかったので、母親の存在もよくわかっていなくて、理解しようともしていなかったんですよ。でも、カツコ先生には「おかんってこんな感じなんやろなあ」と思ったりしていました。

■自分が喜んでもらえる側になるんだっていう感覚

??この頃に音楽を始めたんですよね。

 高校のイベントでステージに立って歌わせてもらったときからです。それがすごく楽しくて。聴いてくれた人が「良かったよ」って言ってくれることもあって、「何これ?」って、これまで味わったことのない新しい喜びでした。いつも喜ばされる側だったから、自分が喜んでもらえる側になるんだっていう感覚を得て、それにハマってステージに立つようになったんです。

??今はバンド漬けの日々なのでしょうか。

 本業は音楽ですがそれだけでは生活できないので、荷揚げ屋をしながら、グループで京セラドームに立つことを目指している途中です。

■過去のことは過去のこととして受け止めています

??お母さんとはずっと会っていないんですか??

 お母さんとはなんだかんだ、ときどき会っています。このあいだも、僕の支払いが遅れてガスが止まってしまったとき、お風呂入らしてって言ったら「勝手に使えや」と言ってくれて家に行きました。ピンチのときには助けてくれることもあります。お母さんは教育が激しい人で、別に悪い人じゃないんですよ。だから、過去のことは過去のこととして受け止めています。

??大人同士として接するようになって変わったことは?

 たまに過去の話をするようになりました。しょーもない話ですけど、僕が小学校1年くらいのとき、カップ焼きそばを作ったことがあったんです。お湯入れて3分経ってお湯切ってっていうのを僕なりに頑張ったんですが、当時のお父さんに「茹ですぎ!」「お湯、もっと切れよ!」って怒られて、めちゃくちゃショックやったことがありました。それを覚えてる?って聞いたら「覚えてるよ。そんなん、言わんでもええのにね」って。昔ほど険悪じゃないので、そんなことも、きっかけさえあれば、ゆるく話せる感じです。

??西成高校でカツコ先生と出会って、色々なことが変わったんですね。

 そうですね。僕自身の目標もできました。サッカー選手にはなられへんかったけど、いつかバンドで有名になって児童ホームに歌いに行きたいんです。昔、僕が児童ホームにいるときにバンドが来てくれたことがあって、その時に音楽ってすごいなと初めて思ったんです。でも「しょーもないやつが行ってもなぁ……」と思うから、少しでも有名になってから行きたい。それで親から虐待を受けたり親がいなかったりする子供たちに、少しでも何か夢を持てるものが届けられたらと思っています。

 ほっつんさんのグループStar T Ratは4月28日に シングル「暁」 も発売した。将来に希望を持てなかった少年は、いま夢への道程を歩んでいるのだ。

(田幸 和歌子/Webオリジナル(特集班))

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