247敗から得た「生きるための術」 東尾修さんの解説は何がすごいのか

247敗から得た「生きるための術」 東尾修さんの解説は何がすごいのか

中継中の東尾修さん。実況は故・松島茂アナウンサー ©黒川麻希

 2年ぶりの交流戦。普段は組まれていないセ・リーグ球団との対戦を、わくわくしながら中継し、ファンとして楽しんでいる。ゲームセットの瞬間まで何があるかわからない野球は本当に面白い。

 野球は、球場で見るのもよし。家にいてテレビで見るも、運転しながらラジオで聴くのもよし。一人で楽しむも、誰かと一緒に見るもよし。スコアを付けながら見入るのも、旗を振って応援を楽しむのも、時に(今は家でだが)お酒を飲みながら見るもよし。一つのプレーについてとことん議論するのもよし。

 世の中いろいろな人がいるので、人それぞれの楽しみ方を許容する野球は懐が深いなぁ、といつも感謝を内包した感嘆を覚えるものである。

 野球を楽しむとき、それは本来野球が目の前にありさえすればできるのだが、解説があるとまた違う見方ができて、野球をより深く味わうことができる。チームや選手、戦術に詳しい方の解説に「なるほど、勉強になります」と思うのはもちろん、その人が生きてきた中で培われてきた野球観に触れられるのが面白い。

 プロ野球をテレビで見る人、ラジオで聴く人の多くは、プロのマウンドに立ったことはない。打席に立ったことはない。そんな我々にも、かつて選手であり、指導者だった方の生きた話は気付きを与えてくれるのだ。

 試合観戦のお供に、東尾修さんの解説はどうだろう?

 プロの世界で4000を超えるイニングを投げ、通算251勝で名球会、そして監督としてチームを率いて489勝。エースとして、監督としてチームを見てきた。西武の試合を楽しむのに、これほどの適任者はいないだろう。

 東尾修さん。1969年から西鉄、太平洋、クラウン、西武で20年間プレー。現役引退後は解説者として活動し、1995年に監督として球団に戻る。指揮を執った7年間でリーグ優勝は2度。監督を勇退後の2002年から再び解説者として活動されている。26年目を迎える解説歴は、プロでユニフォームを着た27年に迫ろうとしている。

 東尾さんと言えば何と言っても「ケンカ投法」で、ぶつけた相手をマウンドで迎え撃つ姿が印象的だが、さて解説のスタイルはどうだろうか? 文化放送の実況アナウンサーの言葉も交えながら、紐解きたい。

■負けは恥ずべき数字じゃない

 東尾さんの解説のベースにあるのは、まず緻密さだろう。

「イメージでは豪快な人と思ってしまいますが、東尾さんの解説には現役時代に投げ続けて学んだ細かなことがちりばめられています」と話すのは寺島啓太アナ。この1球、あの1プレー……スコアには表れない、がしかしキーとなるものを東尾さんはしばしば指摘する。それが選手、プレー、采配と多方に及び、緻密なのだ。

 その緻密さはどこから来るのか。「負けた数だよ」と東尾さんは言う。

「負けから学んだから、247回学んだから251勝できた。だから、俺にとって負けは恥ずべき数字じゃない。負け数にプライドを持っているんだ」と。

 剛速球を持っていたわけではない東尾投手がつかんだ251勝の裏には、どうすれば勝てるかを考えさせた247敗がある。東尾さんの解説が緻密なのは、勝つ術を考え抜かせた247敗があるからだ。

「洞察がすごい」と答えたのは高橋将市アナ。長谷川太アナも「選手の『これまでとの違い』に敏感な解説をされる」と話す。

 東尾さんは、時にセオリーに頼らない分析をされるのだが、それも選手、監督として培った洞察による勝負勘が働くのだろう。勘には裏付けがあるものだ。

 東尾さんと未だ組んだことがない山田弥希寿アナも「野球を見る眼を鍛えなければ」と研鑽を積んでいる。

 さらに、「プレーだけでなく表情も見て解説されている」と言うのは土井悠平アナ。選手の内面・気持ちの推察も東尾解説の醍醐味だ。特に投手の心理描写は、本当にその選手の気持ちを聴いている気になってしまうほどである。

「気持ち」については、監督時代のこんなエピソードがある。デニー(友利結)投手の話だ。

 デニー投手は横浜でのデビュー以降、一軍で思うような結果を残せずにいた。それでもサイドから剛速球を投げるデニー投手の実力を評価していた東尾さんは、1996年オフ、横浜からトレードで西武に獲得。

 しかし、実力を認めると同時に、制球に難ありと言われていたデニー投手の課題の本質を見抜いていた。メンタルの弱さである。「克服には自信をつけさせる必要がある」と考えた東尾さんは、最初のうち、登板を点差がついた楽な場面か、弱点を知っているイースタン・リーグではなく、デニー投手の情報が少ないウエスタン・リーグに二軍を持つ球団を相手に投げさせたというのだ。

「自信をつけさせるために、経験させて、結果を残させる」

 そうして結果を残し、自信をつけたデニー投手は97年、98年とリーグ優勝に貢献。東尾監督時代、西武のブルペンを支えることとなった。

 プロでも気持ちでパフォーマンスが変わる。人間がやる野球の本質的な面白さを伝えたいという思いが、東尾さんにはある(だから実況者には「手元の資料を見すぎるな。グラウンドを見て感じろ」と度々伝えている)。

■「うへへ」と笑い、時に黙る

「東尾さんはどんな人?」とアナウンサーに問うと、異口同音に「人間味がある」という答えが返ってくる。中継中もしばしばライオンズファンに戻っていて、西武の選手がホームランを打つと「うへへ」と笑い声が入ることもある。かみ合わない実況にはパンチを食らわせるなど豪放な(?)一面もあるが、遊び心に富んでいて、お茶目なのだ。

 その昔、渡辺久信現GMが現役を引退し解説者になるにあたり、東尾さんを誘って一緒にテレビ朝日のアナウンススクールに通ったことがあるそうだ。「ナベは俺の滑舌が悪いからって言うけど、俺を口実に使ったんだよ」と東尾さんは笑うが、本当に行ってしまうのだから愉快な話である。

 そんな東尾さんはイニング間も実況者やスタッフとよく話す。そのことを問うと、理想が返ってきた。

「言ったことを実況がうまく拾ってくれて、(中継の中で)それが広がること。会話のキャッチボール。多少試合から逸れたっていいんだよ。面白い話ができれば」

 東尾さんの解説の先には、必ずリスナーがいる。「リスナーは何を聴きたいのか」を考えるのは、現役時代「ファンは何を見たいのか」を考えたことと違わない。だからイニング間も会話をし、話のタネを蒔く。リスナーのために、そして横にいる実況者のために。

 余談だが、東尾さんは中継中にもかかわらず黙ることがある。リスナーの中には「東尾さん、機嫌が悪いのでは……?」と思う方もいるかもしれないが、その通り、機嫌が悪いのである。正直な方なのだ。

 会話をし、たまに褒め、時に黙る。その気付きを促す姿に、私は理想の上司像を見ている。

■251勝247敗投手の「人生の教訓」

 東尾さんの現役時代の話を最後に一つ。

 春先や秋口、空気が乾燥する時季はボールが滑る。東尾投手はどう対策したか。試合前にみかんを食べてマウンドに上がったそうだ。みかんを食べると手がべたつく。これを利用した。実家がみかん農家だったことが役に立ったと言う。

「汚いと言われればそうだが、それが生きるための工夫だった」

 調子が良いときに成績を残すだけでは一流にはなれない。悪いときにこそ工夫をして結果を出す。247敗から得た東尾さんの「生きるための術」は、野球を超えて、人生の教訓となる。

 プロの世界で戦い結果を残してきた人の野球論は奥深い。勝負の世界に身を置きメシを食ってきた人の話は、野球論を超えて面白い。

 そんな東尾さんの解説で野球が聴ける。なんと贅沢なことか。今日はどんな話が聴けるんだろう……わくわくしながら、私は球場へ向かう。

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(黒川 麻希)

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