耳飾り“旭日旗”騒動があっても…韓国でコミックス版『鬼滅の刃』が大ベストセラーになった2つの理由〈韓国人専門家が分析〉

耳飾り“旭日旗”騒動があっても…韓国でコミックス版『鬼滅の刃』が大ベストセラーになった2つの理由〈韓国人専門家が分析〉

韓国の書店に並んだ「鬼滅の刃」。ベストセラーになっている ©AFLO

 韓国で『鬼滅の刃』のコミックスが異例のヒットとなっている。ソウルの大手書店の全書籍のランキングで1位となるなど快進撃が続いているのだ。近年、日本製品の不買運動で盛り上がり、劇場版アニメの公開時には主人公の耳飾りが「旭日旗に似ている」と批判されてデザイン変更になった韓国で、なぜファンを獲得できたのか。

 現地の漫画評論家で、ソウルウェブトゥーンアカデミー理事長の朴仁河(パク・インハ)氏が寄稿した。

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■なぜ『鬼滅の刃』は“突風”となったのか?

 いま韓国で、『鬼滅の刃』のコミックス版がベストセラーになっている。韓国国内の大手書店でも、総合ベストセラーランキングを席巻するようなブームなのだ。

 韓国において、1990年代の『ドラゴンボール』、『スラムダンク』人気が日本のマンガブームの“第1波”だとすれば、2000年代の『ワンピース』、『名探偵コナン』ブームが“第2波”。今回の『鬼滅の刃』は“第3波”にあたり、これに続いて『呪術廻戦』、『怪獣8号』などの作品も売れている。

 なぜ『鬼滅の刃』は、韓国においても“突風”と言えるようなブームになり得たのだろうか。

■コミックスが「いま売れている理由」

 まず、いまこのタイミングで『鬼滅の刃』のコミックス版が売れている理由を考えたい。

『鬼滅の刃』のコミックスは2017年から韓国で地道に発売されてきたが、すぐに爆発的な反応は起こらなかった。

 まず前提として、日本語版が翻訳されて、韓国で刊行されるまでの“タイムラグ”について、知る必要がある。

 例えば、韓国でも安定的なファン層が存在する『ワンピース』の場合、日本と韓国との刊行の時差が非常に短い。『ワンピース』98巻の場合、日本では2021年2月に発売されたが、韓国でも翌3月には書店の店頭に並んだ。せいぜい1カ月の差だ。

 一方、『鬼滅の刃』1巻は、日本で2016年6月に刊行されたが、韓国では2017年9月に翻訳出版された。

 日本で人気を博していたにもかかわらず、韓国での刊行に時間がかかったのは、大正時代という時代背景がある上に、日本のお化けが出るなど“日本色”の強い作品のため、その文化的ギャップがあった。そのため、日本で第1巻が出てからすぐに韓国で紹介されることはできなかったのだ。

■先行した「劇場版アニメ」「ネットフリックス」

 2017年9月のコミックス発売後も、すぐに『鬼滅の刃』がブームになったわけではない。その予兆がみえたのは、昨年秋になってからだった。

 2020年10月29日付の韓国のネットメディア「IT朝鮮」が、「アニメ業界を揺るがす“鬼滅の刃” 興行収入1千億ウォン突破…ネットフリックスも注視」との記事を公開した。

 この記事では、日本で2020年10月2日に『鬼滅の刃』22巻が刊行され、単行本の販売部数が1億部を突破したことを指摘。劇場版アニメも大ヒットしたため、ネットフリックスでは『鬼滅の刃』の興行に関心を持っているとする、ネットフリックス関係者のコメントも紹介した。

 そして、2021年1月27日に『鬼滅の刃』劇場版が韓国で公開され、2月22日には韓国のネットフリックスでも『鬼滅の刃』アニメシリーズの配信が始まった。

『鬼滅』の劇場版アニメは、新型コロナ・パンデミックにより映画産業が崩壊寸前の状況でも、2021年3月7日まで累積観客数100万人を突破し、同じ時期に公開されたディズニーのアニメ『ソウルフル・ワールド』に続き、2番目に100万人突破を記録した。興行は続き、5月18日までに延べ200万人を突破した。

 ネットフリックスは、韓国で、コロナ・パンデミックにより加入者が爆発的に増加。ネットフリックスの映像コンテンツは、デジタルネイティブの若い世代にピッタリの先端的なメディアとなっていた。そんな韓国の若い世代が、ネットフリックスのアルゴリズムに勧められて、『鬼滅の刃』に接することになった。

 劇場版が日本で史上最高の興行成績を更新したという日本発のニュースにも後押しされ、YouTubeやネットコミュニティ、ソーシャルメディアに推薦の書き込みが頻繁に掲載されるようになり、ネットフリックスでの視聴へと繋がった。

■「完結巻」は総合ベストセラー1位に

 この劇場版アニメ、ネットフリックスによるアニメ配信に後押しされて、コミックスの『鬼滅の刃』の販売部数が伸び始める。

 韓国の書店大手である「教保文庫」によると、2021年1〜4月のマンガ販売量が前年同期比で61%も伸びた。そのうち、日本のマンガが中心となる「コミックス分野」が67%も増えている。『鬼滅の刃』の完結巻となる23巻が刊行されると、教保文庫の4月第3週オン・オフライン総合ベストセラー1位となった。マンガの単行本が同書店の総合1位になったのは、2014年のユン・テホの『ミセン』以来だ。

 さらに細かいデータをみると、今年1〜5月の『鬼滅の刃』のコミックスの出庫量は、1月と比較して2月が3倍ほど上昇。その後も上昇傾向が続いている。

 つまり、劇場版アニメやネットフリックスの配信が先行して、単行本が売れるという流れだったのだ。

■ガラパゴス化していた『鬼滅』以前の日本のマンガ

 しかし、今回のブームは、その流れだけでは説明しきれない。その背景には、韓国のマンガ業界の大きな流れの変化に『鬼滅の刃』がマッチしたという事情がある。

 その事情を説明するために、韓国における日本のマンガの歴史を振り返ってみたい。

 先述の通り、韓国における日本のマンガ人気は、1990年代の第1波に続き、2000年代の第2波が続いた。

 1990年代の“第1波”、つまり『ドラゴンボール』、『スラムダンク』がヒットした時、日本のマンガやアニメは、韓国の若者の間で最もホットな大衆文化であった。金大中(キム・デジュン)政権が推進した日本文化開放によって、日本のマンガが正式に翻訳出版されるようになり、それと同時に、韓国の週刊マンガ雑誌に連載された。

 主人公が何かに全力で取り組んで、ゲームのように各ステージをクリアしながら成長していく。それを迫力あふれる構成で見せる日本のマンガは、読者層は子供に止まらず、青少年や大人にまで広がった。

 当時の韓国の文化トレンドをリードしていた映画雑誌「キノ」や「シネ21」では、そんな“ジャパニメーション”を取りあげ、日本のマンガを様々な角度から紹介している。1995年に初めて開催されたソウル国際マンガ・アニメーション映画祭(SICAF)は数十万人が集まる大盛況だった。今まで見たことのない日本のマンガやアニメに、韓国の10代、20代の若い世代が歓呼したのだ。

 しかし、1990年代後半から、若い世代のコンテンツ消費が変化し始めた。

 男性は1998年に韓国でサービスを開始したオンラインゲーム「スタークラフト」に、女性は1996年にデビューしたH.O.T.のような第1世代のK-POPアイドルに流れていった。2000年代の“第2波”ブームで『ワンピース』や『名探偵コナン』などの人気作品は生まれたが、長期連載のため新規読者の流入は限定的で、日本のマンガの読者がガラパゴス化していった。

 その結果、韓国では2000年代以降、マンガそのものの読者数が減少していった。

■物語・演出…すべての速度が早まった韓国マンガ

 そして、2010年以降、韓国のマンガ業界は大きな変化を遂げる。苦戦の末、「ウェブトゥーン」というスタイルのマンガを生み出し、拡大させ始めたのだ。

 元々ポータルサイトを通じてサービスが始まったウェブトゥーンは、縦スクロールでスマートフォンに適したスタイルのマンガ。スマホの普及後、韓国では早いスピードで若者の生活に浸透していった。ウェブトゥーンは、スマホを通じて最も簡単に消費できる大衆文化となった。

 紙で発行される出版マンガと違って、デジタルコミュニケーション方式に適した形式で発展したのも特徴だ。作品別に専用掲示板を設け、読者と作家のコミュニケーションも繰り広げられた。

 ウェブトゥーンのサイトである「ネイバーウェブトゥーン」では、「挑戦マンガ→ベスト挑戦マンガ→正式連載」という昇級方式があり、さらに「レス数、星点評価、シェア数」が明らかにされ、読者のトラフィックの重要性が増した。

 さらにウェブトゥーンでは、作品の中身も変化した。

 まず、物語(ナラティブ)の展開をスピードアップさせた。時間をかけて主人公の成長を描くより、最初から主人公が問題を解決するような展開が重要視され、主人公の努力の瞬間はほとんど消えていった。

 読者とのコミュニケーションを取りやすいように、主人公の内面を直接「一人称」のナレーションで伝えることが主流となった。

 こうしたウェブトゥーンにおける変化は、すべてモバイルコンテンツ特有の「速度」に対応するためだった。ウェブトゥーンは出版される紙のコミックスとは異なり、物語・演出・連載周期のすべての面において「速度」が重要とされるようになったのだ。

■『鬼滅』の一人称ナレーションが“ハマった”

 この流れに『鬼滅の刃』はピッタリと重なった。

『鬼滅の刃』は、韓国の若い世代に馴染みのあるウェブトゥーンのように、主人公の竈門炭治郎の一人称のナレーションが繰り返し使われている。

 一人称のナレーションで感情や状況を説明し、作画のスタイルも“萌え”を強調せず、自然なタッチを見せてくれた。主人公のキャラクターも、日本で一時期流行した「ひきこもり」のキャラクターのように内向的でなく、外向的で優しく、家族を守ろうとする努力も親近感が湧いた。

 そして、何よりもストーリーの進行速度が速かった。

 原作コミックスでは、第1話で炭治郎は鬼に家族を殺され、第3話で鱗滝左近次を訪れ、修練を始める。第4話で最終選別に出て鬼たちと対決しながら多様な技を駆使する。

 以前のマンガなら数冊にわたるはずのストーリーが、数話でスピーディーに進められた。ネットフリックスで『鬼滅の刃』シーズン第26話までストリーミングで鑑賞したファンは、韓国語に翻訳された原作コミックスを購入し、その後の展開を確認したいと思ったのだ。

 これまでのように、長期連載で完結が見通せないためコミックスでの購読を諦めざるを得なかった従来の日本のマンガとは異なり、『鬼滅の刃』は先述の通り、韓国でも2021年4月に23巻で完結している。

 このような様々な要因により、『鬼滅の刃』は韓国で日本マンガの“第3波”となった。

■不買運動が続くのに日本のマンガがヒット?

 もう一つ、チェックするべき社会的背景がある。それは、2019年の韓日対立以降、韓国では日本製品の不買運動が続いているにもかかわらず、なぜ『鬼滅の刃』のように日本色の強い作品が成功できたかということだ。

 韓国の大衆、特に若い世代は、日本のコンテンツで日本の文化や生活様式を取り入れているからといって、それだけで排斥することはない。劇場版やアニメで炭治郎の耳飾りが「旭日旗に似ている」と指摘され、その韓国版ではデザインが変更されているが、韓国版コミックスでは変更されていない。それでも、作品内に軍国主義を擁護する描写が登場しなければ、拒否するような世論は形成されないのだ。

 しかも『鬼滅の刃』はジャンル的にも、韓国人にお馴染みのクリーチャー(Creature)物だ。鬼殺隊に入って鬼を退治する主人公・炭治郎の活躍は、最近メジャーとなったゾンビ物やヴァンパイア物など、クリーチャーもののジャンルとあまり変わらない。朝鮮時代を舞台にゾンビと戦う韓国ドラマ『キングダム』(ウェブトゥーンが原作、ネットフリックスで配信)が、いま世界で人気を集めているのと同じ流れと言える。

■「鬼滅」に続く日本マンガは生まれるか?

 これまで見て来たように、『鬼滅の刃』のコミックスは、韓国のウェブトゥーンにおける変化に対応し、「原作マンガからアニメへ」という従来の流れから、最新のコンテンツ消費プラットフォームを経由した「ネットフリックスのアニメから原作マンガへ」というユーザー体験で大ヒットとなった。

“ガラパゴス化した日本のマンガ”としてではなく、最先端のコンテンツとして『鬼滅の刃』が若い世代に紹介され、消費されたのだ。

 新しく日本のマンガの読者に仲間入りした若い世代は、ネットフリックスのアニメ原作ではなくても、「日本マンガのファン」として残るだろうか。

 すでに『鬼滅の刃』に続く、『呪術廻戦』、『チェンソーマン』、『怪獣8号』などの作品は、日本マンガの“第3波”の流れに乗って、多くの韓国の人々に読まれ始めている。

 作品の完成度さえよければ、新たな「日本マンガのファン」を生み出すことは、これからも十分に可能なことだと、筆者は断言したい。(訳:金敬哲)

(朴 仁河/Webオリジナル(特集班))

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