独裁的な国で起きるかもしれない理不尽、閉塞感…ベラルーシという国の現実を思う

独裁的な国で起きるかもしれない理不尽、閉塞感…ベラルーシという国の現実を思う

『理不尽ゲーム』(サーシャ・フィリペンコ 著/奈倉有里 訳 )集英社

 この書評を準備している最中、驚くべきニュースが届いた。ギリシアからリトアニアに向かっていた旅客機が、ベラルーシに強制的に着陸させられ、そこに乗っていた同国の反体制的ジャーナリストの身柄が拘束されたというのだ。

 まさに本書『理不尽ゲーム』の登場人物たちが生きる、独裁的な「小さな共和国」で起きてもおかしくない「理不尽」な出来事だ。

 この小説はベラルーシ出身のサーシャ・フィリペンコが29歳で発表し、ロシアでもっとも重要な文学賞のひとつを受賞した話題作である。ベラルーシの文学者というと、まず思い浮かぶのは、2015年にノーベル文学賞を受賞したズヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチにちがいない。

 歴史の忘却の中に埋もれた名もなき小さな人々の「声」を丹念にすくい上げてきたこのノンフィクション作家は、同郷のフィリペンコを高く評価しているという。若き作家がフィクションという手段を駆使し、強権政治のもと沈黙を強いられる市井の人々の叫びを聞き届けているからだろう。

 しかし本書は決して重苦しく深刻な印象を与えない。むしろ軽妙でポップで、思わず笑いが漏れるユーモアに満ちている。それは、ベラルーシという国名やミンスクという都市名には言及しないまま、同国の歴史や現実の不都合な事実を喚起する絶妙な距離感に加えて、芸術専門学校で音楽を学ぶ主人公フランツィスクが、とくにやりたいこともなく、漫然と日々を過ごすどこにでもいそうな若者だからかもしれない。

 ところが、貧しく自由のない社会でそれなりに友人や彼女と楽しく過ごしていた主人公がある日、群集事故に巻き込まれることで物語は動き出す、いや寓話的な停滞にはまり込む。

 事故で多くの若者たちの体が折り重なり、圧迫され窒息していく描写は極めてリアルでおぞましい。だがその後の展開はもっと予想外なものだ。

 フランツィスクは一命を取りとめるものの、昏睡状態に陥る。この長い眠りのあいだ、最愛の孫息子を回復させようと奮闘する祖母の闇雲な献身ぶりは、ときに滑稽だが感動的である。そして祖母や見舞いに来た者たちが、もの言わぬ彼に対して語りかける言葉からは、「理不尽」なことがまかり通る国の息苦しい現実が浮かび上がってくる。

 主人公の眠りを満たしていたそうした不条理な夢は、長い年月を経て目覚めたとき、消え去るのだろうか?

 そのとき彼が直面するのは、昏睡以前よりも「大統領」の権限が強化され、言論の自由が弾圧される悪夢である。だが抵抗すれば、身柄を拘束されたジャーナリストのようにさらなる悪夢に連れ戻されるだろう。

 主人公も国外に出ることを考える。しかし……。

 この小説の結末は、ベラルーシの現実を思うとき、私たち読者を不穏な余韻で揺さぶらずにはおかない。

САША ФИЛИПЕНКО/1984年、ベラルーシのミンスク生まれ。サンクトペテルブルグ大学卒。テレビ局でジャーナリスト、脚本家として活動し、2014年『理不尽ゲーム』で長編デビュー。本書で「ルースカヤ・プレミヤ」(ロシア国外に在住するロシア語作家に与えられる賞)を受賞。
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おのまさつぐ/1970年生まれ。作家、早稲田大学教授。2015年「九年前の祈り」で芥川賞受賞。近著に『踏み跡にたたずんで』。

(小野 正嗣/週刊文春 2021年6月17日号)

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